金メダルなハイテンション



「ねぇねぇジン!あたし思い出した事があってさ!ちょっと聞いてくれる?」


「何だ?バトルに勝って上機嫌なアスナさんよ」


「えへへ!あのさ!ここを真っ直ぐ行ったら自然公園でしょ?自然公園ってね、昔シアナがハッサムと出会った場所なんだよね!」


「あぁ…そういやぁあいつ、確かにハッサム持ってたな…ジョウトのポケモンだったのか」


「そうなんだよ!いやぁあの時はハラハラした…シアナのバシャーモとハッサムの一騎打ちを目の前で見たんだけど、もうこれが凄いのなんので…」




コガネシティを色々観光し終えたアスナとジンは、買った物を宅配業者に預けた後、エンジュシティに行くまでの道のりで通る自然公園へと足を進めている所だった。
その途中でリーグを目指しているというトレーナーに出会い、目と目が合ったらポケモンバトルというルールに乗っ取って開始したそのバトルは難無くアスナの勝利で終わり、普通にジンにもハイタッチをしてもらえたアスナの機嫌は、今も尚空を照らしている太陽のように機嫌が良い。

その機嫌が良い状態なら、余計に四方八方をキラキラとした瞳で純粋に見れたのだろう、ふと自然公園であったことを思い出したアスナは隣を歩くジンに当時のことを話し出す。




「ワカシャモに進化した辺りかなぁ…シアナのバシャーモから、オーラって言うの?それが凄く感じられるようになったのは。それもあって、当時のハッサムもそんなバシャーモに惹かれたんだろうなーって今なら思うよ」


「オーラねぇ…まぁ俺は詳しくは知らねぇけど、確かに、あいつのバシャーモは明らかにバトル向きだろうし、ポテンシャルも高く見える」


「ジンのパートナーもバシャーモだもんね。やっぱりジンから見てもシアナのバシャーモは特別強く見えるわけか」


「まぁな。…あぁ、そういやぁ、あいつと砕けて話すようになったのもバシャーモが切っ掛けだったか」


「あ、そうなんだ?まぁパートナーが同じなら、確かに話しやすさは出てくるだろうね!それにしても…うーん…バシャーモかぁ…」




自然公園へと続く一本道を歩きながら。
親友のパートナーでもあり、彼氏のパートナーでもあるバシャーモの話をジンとしていたアスナは、ふとその話題で何かに気づいて前へと動かしていた足を止めてしまった。
そしてそのまま、何だ急にと言わんばかりの顔をしながらも同じく足を止めてくれたジンの方を向くと、アスナは首を傾げながらジンに疑問を投げかける。




「何でジンってあんまりバシャーモを出したがらないの?テレビに出てる時なんてほぼ出さないじゃん」


「…出したがらねぇっつうか…あー…まぁこいつを出す前に勝つ事が多いからな」


「あ、そっか。ジンの初手って大体グラエナだもんね…それってジンの中でバシャーモはやっぱり切り札って事?」


「切り札ってのは間違ってねぇよ。けど、こいつが出る前にグラエナ達が決める事が多いってのが大半の理由。……まぁ、後は…………はぁ、色々あんだよ」


「グラエナ達も凄い強いもんね。…でも、色々って何よ?」




アスナがジンへと投げた疑問。
それは話題通りにバシャーモのことだった。
補欠であるにせよ、四天王であるジンはごく稀にそのバトルをテレビで中継される事もある訳で…勿論それは全てでなくてもアスナも何度か観たことがある。
しかし、その度に彼の切り札である筈のバシャーモはあまり姿を見せないのだ。
勿論それは、ユウキの様な強者には例外でバシャーモを繰り出しているので相手にも寄るのかもしれないが、それにしたってやはりバトル中に彼のバシャーモを見れるのは少ない気がする。

それをそのままアスナがジンに問えば、彼はバシャーモのボールを手に取って説明しながらも、最後の最後で何処かバツの悪そうな顔をしながら深くため息をついてしまい、そんなジンを不思議に思ったアスナが再度首を傾げてしまえば、ジンは手に持っていたそのボールを空高く投げて見せた。




「バシャーモ、ちっと出てこい」


「シャー!!」


「おー!やっぱりバシャーモってカッコイイねー!でも、やっぱりそれなのに何であまりバトルに出さないのか分かんない」


「カッコイイのは否定しねぇけどな……まぁ、口で説明するよりも実際見た方が………って、何だありゃ?」




気持ちの良い音と共にボールから飛び出したバシャーモが決めポーズを取った姿を見たアスナは、わー!と拍手をしながら喜ぶものの、何処か乗り気ではないジンの態度がやはり分からないと言った様子だった。

すると、ジンは説明するよりも実際に見た方が早いと踏んだのだろう。
何処かに血の気の多い野生のポケモンか、或いはトレーナーが居ないかと辺りを見渡せば、タイミングが良いのか悪いのか林の方から何やら豪快な音が近づいて来ることに気づいてそちらを向く。




「え?!何あれ?!タイヤ?!」


「あんな色のタイヤがあるかよ…ポケモン…なんだろうが…つかあれ自分でも止まれねぇんじゃねぇの?」


「え、ヤバいじゃん止めてあげないと!!てかめっちゃ木をなぎ倒してるっていうかねぇこっちに来てるんだけど?!え待って怖い怖い!!!」


「…はぁ、ったく仕方ねぇな…………」


「え?ジン…?ちょ、何する気?」




ジンとアスナが向いた方向には、何やら豪快な音と共に勢いよく転がっている桃色のタイヤの様な物が林の木を何本もなぎ倒してる光景があった。
しかもそれはあろう事かこちらへと真っ直ぐに向かってきており、その転がっている本体も自分で止まれないようにも見えたジンはテンパってしまっているアスナを自分の後ろへと隠すと、「仕方ない」と怠そうにしながら隣にいるバシャーモに目配せをした。

すると、バシャーモは訳が分からないといった様子のアスナと違ってすぐにジンへと頷いて見せると、向かってくるポケモンらしいそれに対して真っ向から向かい合うように前へと出た。





「え、ちょ!危ないって!!!」


「言ったろ、見た方が早いって。…バシャーモ、ブレイズキックと炎のパンチ、同時に使って止めてやれ」


「何その荒業?!って本当にやったぁ?!」




見た方が早いというのを体現しているかのような状況にため息をつきながらも、向かってくるポケモンに対して真っ直ぐに向かい合っているバシャーモに指示を出したジンのその指示とやらがとんでもなく荒業だったことに驚いたアスナだったが、そんなアスナをもっと驚かせたのはその指示を受けたバシャーモが本当にそれを実行して見せたことだった。

炎をまとって力を溜めた両拳で原型が分からない程に転がっているポケモンを受け止め、同じく炎をまとって力を溜めているその脚はギュルギュルと音を立てて押し込んでくるそれを少しでも進ませまいと地面を削りつつもしっかりとバシャーモを支えている。




「え、え?!だ、大丈夫なのこれ?!凄い音鳴ってるっていうか凄い事になってるけど?!」


「おらどうしたバシャーモ鈍臭ぇぞ?!さっさと止めてやれ!」


「そこでそうやって煽るの?!」


「シャァァ…ハーーーッ!!!」


「あごめんめっちゃ楽しそうだね火力上がったね?!」




バシャーモに受け止められていながらも、その転がっているポケモンは土煙と共にズルズルと徐々にバシャーモを押し進め始めてしまったのを見たジンは、あろう事か応援ではなく煽るような言葉でバシャーモを奮い立たたせる。

すると、バシャーモがその言葉を聞いた瞬間に気合いの入った大声を上げて拳と足にまとった炎の火力を上げたのを見たアスナが驚いて目を見開けば、その見開いた視界に映ったのはギュルギュルと物凄い音で地面を削っていたポケモンが摩擦も相まって全身に炎をまとってしまった光景が広がり、とうとう止まらない無意識な自身の体よりもその熱さの感覚の方が上回ったのだろう、ダァンダァン!!と跳ねるように上下に動き、慌てたような声を上げてその動きを止めてしまった。




「ミ、ミィーー!!た、タァァ!!?!」


「よし。良くやったバシャーモ。褒めてやる」


「ッ?!シャモ?!シャモシャモ?!シャ?!」


「はいはいカッコよかったカッコよかった。…な?アスナ」


「え?あ、うん!めっっちゃくちゃ凄くてカッコよかったよバシャーモ!ありが、」


「シャァァーッ!!!!!!!」


「………へ?」




メラメラと燃えながら熱そうに跳ねているポケモンが心配ではあるが…それよりもそれを受け止めきったバシャーモは、ジンに褒められた瞬間にパッと両拳と足にまとっていた炎を消すと、トドメかのようにジンに同意を求められたアスナからも褒め言葉をもらった瞬間に高く高く大声を張り上げてみせた。




「シャァァーッ!!!!!!」


「…あの、バシャー、」


「……出てこいグラエナ」


「バウ」


「シャァァ、ホォーーウッ!!!」


「バシャ、」


「あのポケモンに砂かけしてやれ」


「わふ」


「シャァァーイッ!!!!!!」




その大声はアスナのお礼を遮るどころかまるでこの世に自分一体しかいないとでも言うように…もっと詳しく言うと…

バレーボール選手がスパイクを決めた時のような勢いで飛び跳ね

今度は体操選手顔負けの連続バク転を決め

陸上選手顔負けのスピードでジンとアスナの周りを走り回り

ハンマー投げ選手が投げた後のようなポーズで雄叫びを上げ

最終的にサッカー選手がゴールを決めた時のように膝でスライディングをしながら空に向かって両手でピースを決めている。



そんなバシャーモのハイテンションな盛り上がりに唖然としてしまったアスナが言葉を失っている横で。
まるでそんな物など見ていないかのように静かにボールからグラエナを出したジンは、同じく何も見てないよと言いたげなグラエナに頼んで燃えてしまっているポケモンに砂をかけて火消しをしている。

隣でそんなジン達のやり取りに全く気づけない程にアスナが驚いてしまっているのは、彼女が知っているバシャーモがシアナのバシャーモのみで、その冷静でいて寡黙な姿しか知らなかったのもあるのかもしれないが、それにしたってあまりにもジンのバシャーモのテンションが高すぎて正直ついていけなかったからだった。

それはそうだろう、だって、どう考えても今目の前でオリンピックで金メダルを取りましたばりに狂喜乱舞しているあのバシャーモのパートナーは誰ですかと問われて…あ、ジンですとは即答出来ないのだから。




「………アスナ、」


「……え?………あっ、傷薬!ちょっと待って、えっと…あった!」



ジンがバシャーモをあまり公式でのバトルに出さない理由はこういう事だったのか…と動きを止めてしまった口から言葉は出ないものの、その言葉を脳内で浮かび上がらせたアスナがやっと我を取り戻してジンの方向を向けば、そこにはバシャーモを放ってグラエナと共に先程まで物凄い勢いで転がっていたポケモン……ミルタンクに砂をかけている光景があり、ジンがミルタンクへと視線を外さないまま、手を伸ばしてアスナを呼べば、少しだけ間を置いて傷薬を求められているのだと何とか気づいたアスナは急いで鞄からそれを取り出した、その時だった。




「わー!!!ミルタンクー!!!あかんあかん!!ちょっとお兄さん達!!あたしのミルタンクに何してくれとるんや?!酷い!!!酷過ぎるわぁ!!!もー怒ったで!!」




林の方からガサガサと茂みを掻き分ける音と共に現れたピンク色の可愛らしい髪をした女の子から、そんな怒鳴り声を浴びせられたのは。



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