当たるも八卦当たらぬも八卦



落ちる雨音が激しく響く、中庭以外の場所全てがドームに覆われているキンセツシティ。
そこで適当なベンチに座り、びしょ濡れになってしまったズボンの裾を絞っているアスナは眉間に皺を寄せ、突然の不運に思わず愚痴を吐いてしまう。



「あーもう本当に最悪…びしょ濡れじゃん…!」



何故、こんなにもアスナがびしょ濡れになっているのか。
それは今朝何気なく観たニュース番組のせいでもあった。
今日は傘要らずの晴天だとお天気お姉さんが話していたし、その後の星座占いだって一位だったのだから。




『今日の貴女はとってもラッキー!素敵な事が起こる予感!こんな日はゆっくりとお散歩をしてみては?』




何処がだ。
思いっきりアンラッキーじゃないか。
やはりニュース番組の占いは信用してはならないのかもしれない。




「うわー絞ればどんどん出てくる…雑巾かって!」


「…何やってんだお前。」


「いや、おじいちゃんのリザードンに乗ってたら突然降られちゃ…」


「そりゃ災難だったな。マジで雑巾みてぇだわ。」


「………て……?」




何をやっている。
自分の後ろから聞こえたその言葉に思わず返事をしてしまったアスナ。
だがしかし、その声が聞き覚えのある声だと気づいて話しながら後ろを振り返れば、やはりそこには自分が見知った人。

見知った人…というよりも、ぶっちゃけて言い直せばこの人は自分の想い人。
そう。それは自分の目の前にある階段に座り、頬杖をついてこちらを見ているこの彼のことだ。

こちらはびしょ濡れだというのに、ドームに覆われたこのキンセツシティにいる彼はびしょ濡れの「び」の字も無い。
まぁもし仮に濡れてしまったとしても、こういった色気のある男性は水も滴る何とやら…に当てはまってしまうのだろうが。

なんて思ってしまうのは、やはり自分がこの人を好きなんだと自覚して、改めてそのカッコ良さを痛感しているからなのだろう。





…違う、そうじゃない。







「?!?!?え、あ、え?!ジン?!」


「よ。」


「え?あ、はい…どうも…!」


「お前そのまんまだと風邪引くぞ?」


「いや!これくらいで風邪を引く程ヤワじゃな…って!!いやいやだから違う!!なんでジンがここに?!」


「なんでって…そりゃ…」




頭の中で盛大にそのカッコ良さを分析し、そしてやはり自分はこの人を好きなんだなと先日親友のお陰もあってか判明した事実を痛感していたアスナ。

しかしいやいやそうじゃないだろう馬鹿じゃないのと我に返って、慌てながら、そして恥ずかしさで顔を真っ赤にしながらも何とかジンが何故ここにいるのかと問う。

というよりもまず。
これは雨に降られて最悪だとか言っている場合ではない。
寧ろそのびしょ濡れの間抜けな姿を想い人に見られた方が余程最悪なのではないだろうか?
うん。当たり前だ。ただ散歩がてら空を散歩していただけなのだからメイクだっていつも通りなのだ。
会えると分かっていたらもう少しまともな身なりをしていたし、なによりまず雨に降られるなどする訳もない。

そんな事を心の中で盛大に叫びつつ、返答を待っていたアスナの耳に届いたその言葉は…




「ここ、俺ん家。」


「………は?」



その軽そうな言葉と共に、ジンが指をさして示した方向を辿ったアスナの目に写ったもの。
それは高くそびえ立つキンセツシティで有名な新築マンションだった。
そのマンションを見上げ、突然の事実に思わず変な声を出しながらアスナがきょとーーんとしていれば、ふと温もりを感じた手首に意識を持っていかれる。



「…?」


「取り敢えず、マジで風邪引いたらシャレになんねぇだろ。シャワー貸してやっから、ちっと上がってけ。」


「…………。」


「?おい、聞い」


「おわぁあぁあ?!?!」



ふと温もりを感じたその手首。
なんでいきなり暖かくなったのだろうか?
そう思って視線を移したアスナの視界に入ったものはなんと自分の手首を掴んでいるジンの手。
黒い手袋越しだが、いやそれでもこれは明らかに恋愛のテクニックでも良く使われる、言わばボディタッチというやつだ。

爆発寸前の頭でそんな事を考えて、そしてそれを脳で理解した途端にアスナは弾かれたように大声を上げてしまう。
そんなアスナの突然の悲鳴にも似た声に、ビクッ!と肩を震わせながらも空いている片手で咄嗟にアスナに近い方の耳を塞ぐジン。

あ、驚かせてしまった。
そりゃ驚くのも無理はないよな…。
いや、でもまずあんな色気もない悲鳴を上げるだなんて自分はどれだけ馬鹿なのだろう。



「…お前…そんなに驚くような事か?」


「え?あ、ですよねー?!いやほら!びしょ濡れだから頭が上手く働かないんじゃないですかねー?!」


「いや関係ねぇだろ。…つか、マジで風邪引くだろ。ほら、いいから着いてこい。」


「う、え?あ、は、はい…!!」




結局、咄嗟のこともあってかお礼も何も言えないままジンに手を引かれ、エレベーターに乗ってしまったアスナはチラリ、と隣で階数を見つめているジンの横顔を覗き見る。

横から見ているのもあってか、整った鼻筋が更に整って見え、睫毛も長い事が良く分かる。
自分が左側にいる為に、彼の首筋にある刺青も正面から見えて、なんだか新鮮だな…だなんて思ってしまったアスナは頬を染めて言葉を失ってしまった。
…と言っても、元からかなり言葉は失っているのだが。




「…?どうかしたか?」


「……え?あ!いーえ何でも?!何でもないです!」


「ならいいけどよ。…ほら、着いたぞ。取り敢えず体拭くもん持ってくっから、玄関で待ってろ。」


「あ、あぁはい!!」




いけない。思わず見惚れてしまった。
チーン…と鳴った音と共に開いたエレベーターの扉を潜って行ったジンに釣られて少し後ろを歩きながらアスナがそんなことを思っていれば、気づけばもう目の前には黒いドアがあり、鍵を開けたその部屋の持ち主らしいジンは自分を玄関に残して中に入っていってしまった。

言われた通りにその場に待機し、ふと足元を見れば、そこには段々と広がっていく灰色の染み。
確かにこのままでは部屋に入るわけにはいかないだろう。
そんな事を苦笑いしながら思っていれば、途端に寒気を感じてクシャミをしてしまう。



「っ…くしゅっ!」


「言わんこっちゃねぇ。…ほら、これで体拭け。」


「うぶ。」



まずい、本当に風邪を引いてしまうかもしれないと危機感を感じたアスナが自分で自分を抱き締めていると、バサ、と音を立てて飛んできたバスタオルが顔面へとダイブしてくる。

それを変な声を出してしまいながらも何とか持ち前の反射神経で受け止めたアスナは取り敢えず顔を拭き、タオルを口元に当てたまま投げただろうジンへと視線を移した。



「風呂場は右の部屋な。着替えは適当に用意しとくから、取り敢えずシャワーでも浴びてこい。洗濯機も、勝手に使って構わねぇからな?」


「…っ…!!」



ぽんぽん。
浴室の説明を聞きながら感じたその温もりは、頭部。
目の前にいるジンが自分の頭に手を置いているのだと理解して、変な叫び声をあげそうになったアスナは何とかそれを無理矢理抑え込む。

そんなアスナの葛藤を知るのか知らないのか、ジンはアスナの頭から手を離すとリビングへと続いているのだろう扉のドアノブに手をかけた。

いけない。このままではまともにお礼も言えずに世話になる事になる。




「…!あ、あの!待ってジン!」


「ん?」


「あ…ありがとう!!た、助かります!」




恥ずかしさも、ニヤけてしまいそうな嬉しさも。
取り敢えずその全てを押さえ込んで何とか絞り出せた、ずっと言わなければと思っていた言葉。

目を瞑りたくなるのをグッと堪えたお陰で、呼び止めた時に振り返ってくれたジンの表情が一瞬だけ柔らかくなったのを見ることが出来たアスナはゆっくりと目を見開く。

そして次に瞬きをした時には扉はガチャリと静かに音を立てて閉まってしまい、その音で旅立ちそうになっていた思考が帰ってきたアスナはそそくさと逃げる様に説明された浴室のドアを開けるのだった。












「………マジでか…いやまぁうん。そうだよね…普通に考えてそうだよね、うん。そうだよ普通だよ。」



そしてあれから数十分後。
バスタオルを体に巻きつけた状態のまま、何故か脱衣場で立っているアスナは目の前に置かれた物を見つめて何やら自分で自分と話をしているようだった。

その原因は今アスナの目の前に置かれているこのグレーのスウェット。
勿論サイズは男性用。まぁそれは当たり前だが。
取り敢えずつまり、これはジンの服…という事だ。



「………ぶかぶか…」



いやしかし、ここで悩んでいては結局湯冷めしてそれこそ風邪を引くだろう。
そう思って半場勢いで着てしまえば、やはりサイズは合わずにかなり余裕が出来てしまっている。
幸い、下は紐が通っているようで、絞れば何の問題も無さそうだ。



「……今日の貴女はとってもラッキー…かぁ。」




爽やかなミントを思わせる、男性用のシャンプーとリンスの香りが漂う脱衣場。
しかしそのミントを通り越してきた、鼻をくすぐってくる香りに思わず頬をほんのりと桜色に染めて目を細めたアスナは先程まで絶対に嘘だと思っていた言葉を思い出すと、くすりと笑みを零した。




案外、占いも捨てたものではないのかもしれない。



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