染まる色は赤と青




「…え?自分が可笑しいかもしれない?」



きょとん…とした表情で、テーブルに置かれたアイスティーの氷をかき混ぜる手を止めたシアナは思わず復唱するかのようにそう聞き返す。
そのままストローに口を付けながら目の前にいるこの部屋の主人である親友を見つめれば…

あら。髪だけでなく顔も真っ赤。



「…うん、あたし、絶対に可笑しい。」


「うーん…切っ掛けは?」


「……この間ある人に…呼び捨てでいいって言われながら頭に手を置かれた。しかも自然な微笑み付きで。」


「へぇー…?そこからその人に対して顔が真っ赤になるってこと?」


「うん…この間もバトル中にさ、テンション高そうにアドバイスしてくれたから思わず顔を見ちゃって、そしたら思考が完全停止して負けた。」


「ふふ。それはジンくんらしいねー?」



切っ掛けはどんなものだったのか。
そんな事を親友に聞かれ、思わずその発端を思い出してしまったアスナは更に顔を赤く染めて胡座をかいている自分の足を見つめながらぎゅっと両拳に力を込めた。

すると、そんな親友を見たシアナは軽く笑いながら微笑ましそうにアイスティーを飲んでいる。
そんな親友をチラリ…と見つめながら、他人事だと思ってやしないか、と余裕そうに見えるシアナを少し羨ましく思いながらもそんな事を思ったアスナだった。

…の、だが。
アスナはその後、ふと何か、そう。
何か可笑しい事に気づき、思わず「…は?」と間の抜けた声をあげながら未だに赤く染まった顔を上げて目の前の親友を見やる。



「?どうしたのアスナ…?ん?あれ?私、何か変なこと言った?」


「……ねぇ、」


「うん?」


「……あたしがいつ、何処で、ジンの事だって言った?」



きょとーーーん…。
そんな効果音が聞こえて来そうな状況で、思わず見つめ合う親友2人。
それを見つめるのは壁に貼ってある男性バンドのポスターのみだ。
それが網戸にしてあった窓から吹いてきた風でペラリ、と端の方だけ動けば、シアナは飲んでいたアイスティーを飲み込んでさも当然かのような表情で口を開く。



「?だって…カロスでもそこそこ仲良さそうだったし…」


「え?いや、あれはただ単に荷物を持ってくれただけだよ…?!」


「?でもアスナ、あの時に嬉しそうにジンくんの事を目で追ってたじゃない。」


「…え?」


「あれ?もしかして無意識だったの?優しそうな目で見てたからてっきり気になってるのかなーと思ってたんだけど…」



あれ?違ったの?
首を傾げて言うシアナに、そんな自覚が無かったアスナは口をあんぐりと開けて言葉を完全に失う。
なんだろう、この、なんだ…そう、敗北感は。



「…あれ?アスナ?大丈夫?…というかアスナってそんなに鈍感だったっけ?」


「それだけはあんたに言われたくない!!」


「えぇ?!なんで?!鈍感じゃないよ私!」


「どの口が言うのそ、れ、は!」


「ほ、ほのふひ…!!」



敗北感。
何故アスナがそんな事を思ったのか。
それは簡単な事だった。
今、目の前で自分の両手で引っ張っられた唇で少し涙目になりながら「この口…」と減らず口を叩くこの親友自体が誰もが認める鈍感娘だからだ。

まぁ、元々それは自分自身に対してだけで、他人の恋愛事には鋭いという何とも信じ難い事実を昔から付き合いのあるアスナが知っていたからこそ、こうしてアスナはシアナに相談の様な形で自宅に招いて話をしたのだが。




「全く!まぁ分かってたから相談してんだけど、それにしたって自分の事は鈍感なのに他人の事は鋭いって意味分かんないよね本当に…」


「いー…いー…ん、んん!…っ、そんな事言われたって全く自覚無いんだもん…でもそっかー?鈍感アスナさんは気づいてなかったんですねー?ふふー。」


「っ…その得意げにしてる口をまた引っ張られたいの?」


「ごめんなさい。」




アスナに軽く脅されながらも、ふふ、と笑いながら頬杖をついてニコニコとした笑顔で嬉しそうにこちらを見てくるシアナと目が合ったアスナは照れたように視線を逸らして思わず後ろ髪を少し乱暴に弄り始める。




「でもそっか…ジンくんかー?良く考えればアスナと一緒で炎タイプ使いだもんね…あ。バトルの仕方も少しアスナと似てるかも。火力で押し切る所なんかは特に。」


「え?そ…そうなの?押せ押せスタイルって事?」


「……うーん……お、脅しスタイル…?」


「は?」



脅しスタイル、なんだそれは。
そんな事を聞きながら、青ざめた親友の顔を見たアスナは一体何があったのかと口元をピクリと痙攣させてしまう。
脅しって何だろうか。暴言でも吐くと言うことか。
目の前の親友の言葉と表情を見ながら、頭の中でぼんやりと想像をしてみるアスナだったが、正直それはあながち間違ってはいない。



「え?で、でもさ?ダイゴさんとミクリさんの幼馴染でもあるし、ライバルでもあるんだよね?それに四天王だし…実力は確かなんじゃ…?それで脅す必要なんてあるの?」


「あー…うーん…えっとね、なんて言ったら良いのかな…本当に脅す訳じゃなくて、雰囲気がそんな感じで……?あれ?アスナ、ポケフォン鳴ってない?」


「うん?…あれ、ミクリさんだ…珍しい。…もしもし?」



シアナのなっているようでなっていない説明に、首を傾げて良く分からないといった表情をしているアスナ。
そんなアスナにどう説明すればあの雰囲気を伝えられるのだろうかと悩んでいたシアナだったのだが、つい最近自分がダイゴからだとプレゼントしたアスナのポケフォンが鳴っているのに気づいてそれを本人に伝える。

そのまま、珍しいと言いながらその着信を取ったアスナの表情が次第に真っ赤に染まっていくのをシアナが不思議そうに眺めていれば、少し乱暴に電話を切ったアスナは何故か無言でテーブルの上にあったリモコンを手に取ってテレビの電源を付ける。



「?なんでテレビ?」


「…ミクリさんが、今ジンがテレビに出ているよって。わざわざ教えてくれたわ。わざわざね。」


「あ、あはは…」



顔を真っ赤にして、眉間に皺を寄せて。
そして軽く青筋を浮かべながら言うアスナにシアナは乾いた笑みを浮かべる他なかった。
あぁ、ミクリさんも察していたのかと思いながらも、掛ける言葉が見つからないシアナはアスナと共に電源が入ったテレビに視線を移す。

…が、その瞬間シアナは顔を青ざめて全身をカチコチに固める羽目になる。





「おらどうしたクソガキ!!俺が初出勤だから遊びに来たんだろ?!なぁ?!ならもっと遊ぼうじゃねぇか!」


「待ってジンさ、こんなの聞いてな」


「炎が待つわけねぇだろ、ほぉーらどんどんどんどん燃えてくぞ?!さぁどうする?!水で消すか?!風で飛ばすか?!生半端な威力じゃ俺の炎はビクともしねぇからなぁ?!」


「ねぇ何この人めっちゃ怖いんですけど??!!!!あのカッコイイバイクに乗ったジンさんは何処にい」


「おーーい!無駄話してっとてめぇのポケモンが火傷じゃ済まなくなんぞ?!おらおらもっと本気だしてくんねぇと俺のポケモンが訛っちまうんだよ!」







「「……………。」」







バトル番組だろうその映像を目にし、言葉を失った2人はシンクロしたかのように動かない。
いや、動けない。動けているとすれば、それは瞬きをする瞳と痙攣してしまっている口元の端のみだ。

赤く燃える炎、そしてそれに照らされる周囲とその原因になっているバシャーモとその主人であるジン。
言葉はもうこの際さて置き…いや置けないが、それにしたってゲスい。取り敢えず顔がとてもゲスいことになっている。
あれこそまさに「イケメンが台無し」というやつなのではないだろうか。




「…え…えー…先程の映像にありました通り、先日から新たに四天王としてリーグに在籍する事になったジンさんですが…その…非常に情熱のあるトレーナーのようですね!」


「そ、そうですね!情報によりますと、彼はルネジムのミクリさん、そしてチャンピオンのダイゴさんの幼馴染だそうで、実力はかなりあるとの事…で、です!」


「リーグ初の四天王5人目の導入で、全国では既にこの「補欠制度」が注目されているそうです。つまりジンさんは補欠扱いなので、挑戦時にぶつかったら運が悪…んん!良かったということになりますね!」


「今後もこういった新しい試みを、是非ホウエンでは実装してもらえたらなと思いますね!はい!以上でバトル情報局から最新情報をお届けしまし」




−…ブツ、−




「ねぇ今の何。」


「バトルモードのジンくん。」


「……そっか。」


「…うん、そう。」


「…そっか。」




真っ赤に染めていた筈の顔をすっかりと真逆の青に変え、冷静に目の前にいる親友へと質問を投げたアスナはその後同じく冷静に返ってきた返答に思わずそっかと頷く。

脅しスタイルとはこういう事だったのか。
そう呟くようにアスナが口に出せば、あはは…と苦笑いをしながら否定をしないシアナは無言が続く空間の中で、あの番組のせいで、きっと疲れ果てた様子で帰って来るだろうダイゴを想像し、いたたまれなくなってそれを誤魔化すように残っていたアイスティーを一気に飲み干してしまう。



「…えっと、アスナ、あのジンくんを見た感想を聞いてもいい?」


「…ま、まぁ…正直それでもカッコイイとは、思った。やっぱり。」


「!…ふふ。ということはやっぱりジンくんが好きってことだね。…良かった、アスナに好きな人が出来て。」


「…え?今までだって恋愛はしてきたじゃん。なんで急に…」



感想を求められ、正直想像以上な情熱具合だったとしても、やはりそれでも嫌いになるどころか素直にカッコイイと思ったことをアスナが伝えれば、シアナは途端に頬を染めて嬉しそうに笑顔を見せてそんな事を言う。

今まで普通に恋愛も経験してきた筈なのに、何故そんな事を言うのだろうかとアスナが問えば、シアナは目を伏せて静かに口を開いた。




「…違うよ。全然違う。」


「…違うって…?」


「今までのアスナの恋愛と、今回のジンくんに対してのアスナが、全然違う。本当に恋愛してるんだなーって感じるよ。正直、今までのアスナはサバサバしてるっていうか、なんか何処か冷めてる雰囲気があったから。」




そう、本当に幸せそうな表情で言う昔からずっと一緒だったシアナに言われたアスナは何も言えずに口を固く結んでしまう。
言われてみれば、確かに自分は今までの経験では当時の交際相手にこんな顔を真っ赤に染めたり、心臓が暴れたり等は無かったからだった。



「ふふ。きっとアスナがこんなに女の子になってるのは相手がジンくんだからだね。」


「…そ、それは…えっと…!」


「ジンくんに感謝しなきゃなー?こんな可愛いアスナを見たの、正直初めてだから。」


「え、え?!そ、そんなに…?!」


「ふふ。うん!とっても!…だからアスナ、」


「う、うん…?」



そうか、自分は本当に乙女チックな体験をしているのか。
ずっと一緒だったシアナにそんな事を言われて、自分ことながらまるで他人事のように驚いてしまったアスナは、その後ゆっくりと、静かに、しっかりとテーブルの上に置いていた自分の両手を同じく両手で包むように握ってきたシアナにも少し驚いて顔をあげる。





「私が、全力で応援する。…大丈夫!アスナはこんなに可愛いんだから、絶対に上手くいく!それは親友の私が保証するから。」


「!シアナ…」


「私とダイゴとのことを一番応援してくれたのはアスナだよ。そんな優しいアスナなんだもん、私の親友なんだもん。ふふ。絶対に上手くいくに決まってるでしょ?」


「っ…あはは!…もう…馬鹿だなぁ…それはあたしが優しいんじゃなくて、親友のあんただから応援したんだってば。」


「それと一緒ですー。私もアスナが親友だから応援するんですー。」


「はいはい。凄く嬉しくて有難いけど空回りした応援は勘弁だからね?ふわふわ天然のシアナさん。」


「えー?!空回りはさせないよ!?」


「へぇー?本当に?」


「……た、多分ね!!」


「目が泳いでるから説得力ないけどー?」


「ナンノコトカナー!!」



自信満々に、任せて下さい!とでも言うように瞳に力を込めた親友に向かい、ジトー…とした瞳を向けて質問を投げかければ、途端に目を泳がせてナンノコトカナと片言で話すシアナに、アスナは思わず吹き出して笑い出す。

そんなアスナに釣られ、シアナも笑い出せばそれをまるで一緒に笑うかのように窓から入ってきたホウエンの風がカーテンと共にアスナの部屋の中で舞い踊る。



「あははは!もう…まぁ、なんだ、ありがとねシアナ。やっぱり持つべきものは親友だな。」


「ふふ。それは良かった!私もアスナが幸せになってくれたら嬉しいもん!」


「まぁ、あたしもシアナがダイゴさんと上手くいいった時は素直に嬉しかったからねー……」


「あはは!ありがとうアスナ!……」


「「…………。」」


暫く楽しそうに笑い合い、呼吸を整えたアスナとシアナの2人はお互い自分で溢れていた涙を指で拭って再度話を続ければ、途端に2人は何故か視線を外して言葉を詰まらせる。

何故か。
それはずっと、ずっと言っていいものかどうなのか、絶妙なラインにある「ある事」が2人の頭の隅に置いてあったからだった。

言おうか、それとも知らないフリをするべきか。
いや、でもなんか言いたい。言ってしまいたい。



「…あの、ねぇアスナ…」


「…うん、何?」


「……さっきのテレビに映ってたジンくんの対戦相手、絶対あれユウキく」


「うんやっぱ言わないであげて。」




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