確信したその時は
比較的暑い気候のホウエン地方。
そんな地方の中でも涼しさに定評のある場所へと辿り着いたアスナはその扉を開け、人工的な滝の前で鏡に映っている自分に酔っている人物へと声を張り上げた。
「ミクリさーん!そこそこ暇ですかー?」
「ん?…おや、アスナじゃないか。そこそこ暇だがどうかしたのかな?」
「よし!ならバトルしましょ!」
アスナの声を耳にし、見ていた鏡を仕舞ったミクリが返答をすれば、キラキラと瞳を輝かせてそれなら!とバトルフィールドに走ったアスナは相棒のモンスターボールを構える。
「おやおや…またか。今日は随分とホットな日だな。」
「はい?」
「いや、こちらの話だよ。よし、私で良ければお相手をしよう。さぁ!ショータイムといこうじゃないか!!」
「そう来なくちゃ!!」
バトルの流れに、何故かミクリが言った「また」という言葉に一瞬首を傾げたアスナだったが、それよりも快くバトルを受けてくれた現在のホウエン地方最強のジムリーダーに、アスナはその赤い目を燃やしてテンションを上げると相棒のボールを宙へと放った。
絶対、この人を超えて、自分が「ホウエン最強」となる日を夢見て。
「…うるせぇ…」
爆発音やら水音やら…様々は爆音が耳に入り、夢の中にいたらしいジンは不機嫌そうに眉間に皺を寄せながらその瞳をゆっくりと開く。
そのまま怠そうに起き上がって、目の前に広がる白い煙を目にしたジンは「お。」と先程まで背を預けていた椅子にきちんと座り直して今度は塀に腕を預けて頬杖をしながらそれを観戦し始めた。
「…やっぱ水って面倒くせぇな…いや、というよりもこの場合はあいつが面倒なだけか。」
そう、実はジン、数時間前にこのミクリのジムで大暴れしていたのだ。
リーグに所属していると言っても所詮は補欠。
つまり中々出番が無いジンを見兼ねたミクリが「久しぶりに相手をしてくれないか」と誘ってくれたのだった。
勝敗は火力で押し込んだジンによって決着が付き、手持ちのポケモンをミクリの使用人に頼んで休ませている間に観客席で横になって…そして今に至る。
「見たまえアスナ!この私の美しいミロカロスが創り出すイリュージョン!素晴らしいだろう!!」
「確かに綺麗ですね!でもすみませんけどあたしはミロカロスならシアナのミロカロス派なんで!コータス!地震!」
「おっと…!ミロカロス!吹雪で地面を凍らせなさい!」
「っ…コータス!火炎放射で溶かせっ!」
ミロカロスのハイドロポンプを避けつつ、そのバランスを崩そうとコータスに地震を指示したアスナだったが、その作戦は直ぐに反応したミクリによって防がれてしまう。
吹雪で凍った地面は震えることが出来ずに、逆にその氷で足を滑らせてしまうコータスを心配しながらも何とかその地面を溶かすように指示をしたアスナ。
「………やっちまったな。」
しかし、そんなアスナの判断が間違えだとでも言うように、それを眺めていたジンは頬杖を解いて両腕を組むと誰に言うでもなくそう呟く。
それは簡単な話だった。
ミクリは確かにジムリーダーだ。しかし彼の場合はそれだけでは無い。
ミクリはこのホウエンのジムリーダーでもあり、そしてホウエン中が誇るコンテストマスターでもあるのだから。
「隙が出来てしまったねアスナ!さぁミロカロス!フィナーレだ!」
「へ?!あ、しま…っ!」
「ハイドロポンプ!」
「っ…!」
凍った地面を溶かす為に使った火炎放射。
その炎を消火させながら向かってくるミロカロスのハイドロポンプは、辺りに蒸発で出来た白い煙を撒きながら物凄い勢いでコータスへと迫ってくる。
その威力は半端なものでは無い。
実はミクリ、アスナが凍った地面に対処をしている間にミロカロスにハイドロポンプの準備をさせていたのだ。
そのお陰で、溜めに溜めた水圧は水飛沫を高く高く天へと上げている。
「…くそ…!」
負けるのか。
そんなに手が届かない事なのか。
所詮、炎は水に勝てないのか。
どうしてこんなに、自分が辿り着きたい道は険しいのか。
そんな風に頭の中で考え、自分の不甲斐なさに情けなくなったアスナが拳を握り締めてコータスから目を逸らそうとしてしまったその時だった。
「水なんて蒸発させちまえっ!!」
「…え…?!」
ふと、響いた声。
それに弾かれるように顔を上げたアスナだったが、生憎ミロカロスのハイドロポンプはもう目の前へと迫っているので声の主を探すことは叶わなかった。
しかしその言葉で何かを思いついたのだろう、その瞳に再び炎を灯したアスナは大きな声であたふたとしているコータスに指示を出す。
「コータス!最大でオーバーヒートッ!!」
「!ッ…コー…タァアーーッ!!」
「?!っ、ミロカロス!吹雪だ!!」
ハイドロポンプを押し込み、その火力で水を気体へと変えていくオーバーヒートの熱を肌で感じたミクリは呆気に取られながらも瞬時にミロカロスへと指示を出す。
液体が気体へと変わり、辺りに広がった蒸気で前が見えなくなった視界では、お互いの立ち位置すら把握するのが難しいのだろう。
それならばと蒸発ごと凍らせる作戦に出たミクリが声を張り上げれば、アスナも負けじと声を張り上げ…
「!しまった…上か?!」
「今だコータス!のしかか」
「いいねぇ!やるじゃねぇかアスナ!そのまま突っ込んじまえ!!」
「………へ?」
楽しそうに、そして聞いたことのある声が横から聞こえ、思わず今度こそその方向を向いてしまったアスナは変な声を上げ、顔を真っ赤にして固まってしまう。
勿論、固まってしまった主人と同じくどうすればいいのと落ちていく上空で困ってしまったコータス。
その隙をミクリが逃す筈もなかった。
「…?っ、ミロカロス!上にハイドロポンプ!」
「え?あ!ちょ、待っ!!」
「ミーーーッ!!!」
「うわぁコータスー?!」
ミロカロスが放ったハイドロポンプは、上から落ちてくるコータスを巻き込んで天井へと高く高く昇っていく。
そのまま天井にぶつかり、大粒の雨となった事で漂っていた蒸気が晴れれば、そこには目を回して地面に伏せているコータスがいて、慌てて駆け寄ったアスナはごめんごめんとその頭を撫でているが、やはりその顔は未だに赤く染まったままのようだ。
そんなアスナを見て、「ほう…?」と何かを確信したかのようにミロカロスにお礼を言ってボールへと戻したミクリは観客席でえ、なんで?と言った表情をしているジンへと声をかけた。
「おはようジン。起きていたのか。」
「…え?あ、あぁ。そりゃあんだけ物音がすりゃ起きんだろ普通。」
「ははは。少々激しかったかな。…アスナ、お相手ありがとう。大丈夫かい?」
「だ、だだだ!大丈夫です!あはは!なんだー!ジンさんが居たんですねー?!ビックリしたなーもう!」
「?そりゃ驚かせたのは悪かったが…お前、別に俺のことは呼び捨てでいいっつったろ。」
というかどうした。
と首を傾げながら言うジンはひょい、と塀に手を着いてバトルフィールドへと降りると更に何故か顔を赤くして固まっているアスナの方へと歩き出す。
そんなジンが不思議そうに近づいてくるのを目の当たりにし、思わずコータスを抱き締めたアスナは物凄い勢いで立ち上がるとコータスを抱き抱えたまま出口へと何故か走っていく。
「…は?」
「あはは!じ、邪魔しちゃ悪いんであたしはこの辺で失礼しますねー!ミクリさん!ありがとうございました!またお願いします!」
「グレイト!いつでもお相手するよ。気をつけて帰りなさい。」
「はーい!っ…ジンもまた!!!」
「?おう…?」
あははあはは!と焦ったような笑みを浮かべ、急いでバタン!と扉を閉めたアスナを笑顔で見送ったミクリと訳が分からないと腕組みをしながら不思議そうにしているジンの2人は途端に静かになった水のせせらぎしか聞こえない空間の中心でどちらとも無く顔を合わせる。
「あいつ良く来んの?」
「まぁ月に一度くらいは。何せ彼女の夢は「ホウエン最強のジムリーダー」だからね。」
「あー…それがあれか。シアナとの約束ってやつ。」
「そうみたいだね。あとここは出来るだけ禁煙だよジン。」
「出来るだけなら無理だな。」
閉まった扉を見つめ、そういうことかと納得したジンは胸ポケットから煙草を取り出すとカチャリと音を立ててそれに火をつける。
その途端に懐かしい匂いだと感じながらも出来るなら禁煙だと伝えたミクリの声は残念ながら意味を成していないようだ。
そんな幼馴染に相変わらずだなと苦笑いしながらも先程のジンとアスナの会話を思い出したミクリは思わずくすりと笑う。
「何笑ってんだよ。」
「…いや、お前にとって、このまま良い方向に事が進めばなと思ってな。」
「何が。」
「…おや。察してはいないのかい?」
「……何のことだか。」
確かに、ジンはバトルが好きだ。
それも、元々荒い言葉使いが更に荒くなる程に。
しかも彼は炎タイプのバトルを得意とすることから、先程のテンションの上がり具合も簡単に説明が着く。
しかし、それにしても今自分の隣で煙を吐き出している面倒くさがりなジンがバトル中に助言をするだなんて想像もしていなかった。
しかもましてや恋愛事に興味がないのにも関わらず、女性に対して自分を呼び捨てにしても構わないだなんて言い放って。
「…まぁ、私は静かに見守らせてもらうがね。」
「…勝手に言ってろ。…つか、」
「うん?」
ジンが恋愛をしない理由は、勿論ミクリも知っている。
それを誰かに言うつもりもないし、無理矢理させるつもりもない。
しかし、もし、確実にその状況が良くなるというのなら、自分は迷わず行動に移すのだろう。
でもそれは「確実なら」の話。
今はまだ、その確信が持てないと判断したミクリはこんなことをダイゴに話したらどうなるのだろうかと静かに笑うと何かを言いかけたジンに視線を移した。
「あいつ怪力じゃね?コータス持ち上げながら帰ったぞ。」
「……お前が気にするのはそこなのか。」
レディーになんて事を。
そう言いながら相変わらずデリカシーのない男だと眉間に寄ってしまいそうな皺を片手で抑えるミクリを他所に、いつの間にか戻って来ていた使用人からボールを受け取っていたジンは悠々と天井に向かって煙を吐き出すのだった。
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