太陽と花




「それからは、驚く程あっという間に事が進みました。サキ様の葬儀は身内とほんの数人の方々のみで行われ、それが終わったと同時にジン様は誰にも何も言わずにこのホウエンから姿を消したのです…」


「…………」


「サキ様が亡くなられた後のこの家は、何の音も致しませんでした。会話も、笑顔も、全て消え去ったんです。そうなってから初めて気づきました。…サキ様がいたからこそこの家には音があったのだと。」





そう寂しそうに笑って、時間の花の花弁を優しく撫でるキンモクに何をどう言えばいいのか上手い言葉が見つからないアスナは悔しさを握り潰すかのように自身の拳を強く握る。

大体の流れは知っていた。
知っていたが、まさかこんなに重くて苦しい過去だったなんて。
一体ジンは今までどれだけの物を背負っていたのか…

重かっただろう、きっと息をするのも辛いくらい押し潰され続けて、絶対に誰にも頼らずに1人で背負い続けるつもりで、ずっと…




「でも、でも私はどうしても腑に落ちない事があるんです」


「…腑に落ちない、事…?」


「はい。あの時、何故サキ様は窓から飛び降りたのか…何故サキ様はジン様に…」





「兄だけ許さない」と言ったのか





「!…そっ……か、大好きなお兄ちゃん…のはずなのに…」


「それに、サキ様が何故あの場で身を投げたのか、本当は何か別のことがあったのではないかと…そう思ってあの時一緒にいただろうご主人様達に問おうとしたのですが…聞ける状態ではなく、程なくして私は解雇をされてしまいましたので…」


「……っ、ねぇキンモクさん!その花…もしかしたら…!」


「…やはりアスナ様もそう思いますか…はい、だから私は修行をして戻ってきたのです。……この場所に。」


「……この、場所………?……!もしかして、この部屋って…」


「はい。…サキ様はこの部屋の窓から身を投げたのですよ。……この花は、サキ様からのプレゼントで、奥様がこの部屋の窓辺に飾っていたものです。」





それなら、もしかしたら。
ジンにとっての「真実」が「誤解」から生まれたものなのかもしれない。
5年間もの長い間蓄積されたものを、崩せてあげられるかもしれない。

例えそれがどれだけ辛いものだとしても、誰かが傷つく「真実」なのだとしても。
それでもやはり自分は、ジンの為に動きたい。いや、動くと決めた。



怖いなんて、言ってる場合じゃない。




「…っ、キンモクさん、今すぐにというのは難しいでしょ?何があるか分からないし、どんな真実なのかも分からないんだから、心の準備が必要なんですよね?」


「…アスナ様…?」


「それなら、明日あたしが一緒に見ます。あたしがついてます!だから一緒に「真実」を確認しましょう!それに、あたしジンの為にここに来たけど…でも、」




ずっと背負って来たんだ。それはジンのことだけだと思ってた。
ずっとずっと1人で背負い込んで、誰にも頼らずに生きて来て、幸せになってはいけないんだと他人から一線を置いて。

でも辛かったのはそんなジン1人じゃなかったってこと。
きっと、辛い思いをしていたのは、過去の自分を責め続けていたのは…





「あたし、キンモクさんも助けたいよっ!」


「…!…ア、スナ…様…」


「それに!大好きなお兄ちゃんに誤解をさせたままなんて、そんなの報われない!絶対に可笑しいもん!絶対に「真実」はそんなのじゃない!あたしが保証する!あたしが…っ!あたしが3人を笑顔にする手伝いをしますから!」


「…………ふ、ふふふっ、はははは!っ、なるほど…やはりそうでしたか、ど、どうりで…!はははは!」


「……え?キンモクさん?あ、あたし変なこと言った?」





(それなら、そのお屋敷まで一緒に運びますよ!また傾いたりして、今度こそ落としちゃったら洒落になりませんもん!)


(ええ?!いや、流石にそこまでお嬢さんにご迷惑をお掛けするのは!)


(良いんですって!これも何かの縁ですから!ほら、案内して下さい!)





初めて会った日のあの時。
この人の雰囲気と笑顔を見て、心の中で何かが暖まるような感覚を覚えた。

懐かしいような、慣れ親しんだような、そんな光を感じながらもそれは全く同じものではなかった。

最初はサキ様に似ているのかと思っていた。
でも、それは大きな間違いだった。
似ているだけで、根本的に違う。

サキ様は花のような鮮やかさを見せてくれる方だった。

そして、今自分の目の前にいる、この方は…

ジン様の心を溶かしかけている、この方は…





「まるで…太陽のように眩しく、強いのですね…貴女は。」





そう、どんな闇も明るく照らす、太陽だ。
























「ヤァミィ…!」


「…お前そろそろ離れてくんねぇ?」


「ヤァー!!」


「あーー!!分かったからせめて肩から降りろ!凝るだろうが!!」


「お静かにお願いしますね!!!!?!!」


「「……………。」」





そんな中でこちらは同じカナズミシティにある総合病院のとある一室。
ベッドから上半身を起こし、何やら考え事をしていたジンは段々と疲労が溜まっていく肩にとうとう限界を感じてその重さを与えている張本人…まぁ人というよりポケモンなのだが、それを片手で掴んで引き離そうとする。

しかしよっぽど自分が気に入ってしまっているのだろう、まるで「嫌だァー!!」と言うように声を上げてバタバタと手足を動かして拒否するヤミラミをジンは仕方なく胡座をかいている自身の足の間にすぽりと座らせた。

案外簡単に折れて足の間に座らせたのは外側から鍵を掛けた扉の向こうにベテランの師長さんが待機しているからである。
どうやら相当手間を掛けて怒らせてしまったらしい。



まぁ流石に今回ばかりは当然の報いなのかもしれない。





「つかお前ってあの時アスナに抱かれてたヤミラミだよな?」


「ヤミィ!ヤミラァ…!ヤミヤァミッ!」


「…器用だなお前。…っ、ふ、」





こちらを見上げてくるヤミラミが自分の問いにコクンと頷いて器用に両手でハートを作って見せてきたのを確認し、そういえばこいつは石の洞窟でアスナが悲鳴を上げた原因の一つでもあったな…と思い出したジンはあの時のアスナの怯えようを思い出して思わず少し笑ってしまう。




「ミィ?」


「いや、こっちの話だ。…つか、何だお前…俺に惚れて着いてきたわけか?」


「ヤァミィ!」


「…はぁ、ったく、しゃーねぇなぁ…」





一応、これでも自分は炎タイプの使い手なのだが…ただでさえ純粋に炎タイプなのが手持ちでバシャーモしかいないのにも関わらず、またその他タイプのポケモンを手持ちに入れてしまうというのはどうなのだろうか。

まぁ確かにどうなのかと思うし、下手をすれば悪タイプ使いだと誤解をされかねないが着いてきてしまったものは仕方がないし、まずこの様子だと逃がそうにも嫌がって何度も着いてくる羽目になるだろうと安易に予想がついたジンはヤミラミを受け入れることにしたようだ。




「ミィ?!ヤミヤミ?!」


「先に言っとくが、俺は炎タイプの使い手なんだ、ならお前もバトルすんならそういった戦い方をしてもらうことになる。それでもいいなら着いてこい。」


「ミ!」


「即答でよろしい。…ま、堅苦しいのは苦手なんでな。これから適当によろしくな。」


「ミィ〜!!」


「ははは話は終わりだなー。暑苦しいからボールに戻れなー。」


「ヤァー!!!!!!!」


「嫌じゃねぇよ戻れっつうんだよ!!!」


「お静かにしてくださいと言っているでしょう大声は傷に響くんですよ?!?!その分治りが遅くなるんですからねっ!!!!安静にしないのならぐるぐるに縛りますからねぇ!!!!!」


「「…………………。」」






ヤミラミに振り回されたお陰で考えが悪い方向に行かなかったのは確かに救いだったが、果たしてこの状況は吉と出るか凶と出るか。






(あたしはやる事が出来たから!だからお見舞いにはもう来ないからねっ!)





あの必死なような、喧嘩を売っているような。
強引に突撃してきたかと思えば奪う物だけ奪って走って行ってしまったあの姿を思い出して。

我ながらダサいと思いつつも、





「…つか、何する気なんだあいつ…」





目を閉じれば焼き付いたかのように鮮明に浮かぶあの笑顔に釣られて笑ってしまう自分は、らしくないのだろう。



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