暗闇に光射す





「っ…何でシアナここにいんの…?」


「ジンくんが入院したって聞いたから仕事帰りに寄ったの。……そしたらアスナを見かけたから追いかけてきた。」


「……正直助かった…ありがと。でもごめん今めっちゃ泣きそう。」


「既に泣いてるじゃない…」


「それを言わないで…ぐす、」




下を向いたまま、雨の中を走り去ろうとしていたアスナを追い掛けてギリギリのところで何とかその手を掴むことに成功したシアナは現在、近くにあった屋根付きのベンチでアスナの話を聞いている最中だった。

ぽつりぽつりと事の詳細を聞きながら、どうしたものかと見上げた空が何故かこの病院の真上だけ晴れている事が謎だが、正直今はそれを考えている場合ではない。






「気持ちに応えるつもりはない、か…ジンくんらしい気もするけど…ちょっとハッキリ言い過ぎだね…」


「…言われた時にさ、すぐに分かったんだよ。」


「何を?」


「妹のサキさんのことが関係してるってことと、……多分、あたしの事を考えた上でああ言ったってことも。」


「…うん、私もそうだと思った。」


「でも、でもさぁ…っ、」






アスナから話を聞いた時、すぐにシアナの頭の中に浮かんだのは彼の妹であるサキさんのこと。
そして今後のアスナのことだった。

ダイゴとキンモクから彼が今のような生き方をするようになった経緯を聞いた時に思ったのは、彼が今までずっと自分のことを責め続けて生きてきたのだろうこと。
そしてそれはこのままでは一生続くのだろうということ。

つまりそれはアスナの気持ちに応えるつもりはない…
…違う、もしかしたら彼は……いや、この推測はやめた方がいいだろう。
兎に角、自分を責め続けているジンはアスナを彼なりに傷つけない為にそう言ったのだとシアナは思ったのだ。
そしてそれはアスナも同じ考えのようだった。





「あたし…さ、確かに分かりやすかったと思うよ、駆け引きとかそういうの、苦手だしさ、」


「うん、」


「ジンだってやっぱ、あの容姿だし経験豊富なんだろうけどさ、だっだから気づいちゃった、んだろうけどさぁ…っ」


「……。」






初めは見た目に反して気の利く人なんだと思った。

優しく笑うことも出来る人なんだと思った。

何だか放っておけなくて、1人にしたら壊れてしまいそうな不安感があって、

気づいたら笑っていて欲しいと思うようになって、

もっと気づいたらその隣にいることを望んでしまった。

彼が妹さんのことを自分のせいだと責め続けていることを知って、その気持ちは更に膨らんだ。

絶対に助けたいと思ったし、諦めないって、決めたのに。







「あたしなりに、頑張ろうって…思ってたの、に、さぁ…っ!」






決めたのに。







「あたし、告白する前にっ、振られちゃってんじゃん…っ!」







ぽたぽたと、向こう側で振り続けている雨のように涙を零して染みを作っていくズボンを掴み、悔しそうにその両手に力を込めるアスナの手をシアナは黙って優しく包む。

黙っているのは気を利かせているわけではなく、言葉が見つからなかったからだ。
アスナが悔しい思いをしているなら、辛い思いをしているなら勿論それは親友の自分だって同じだ。

しかしかと言ってジンを責めることもシアナは出来なかった。
彼は彼なりにアスナのことを考えてそう言ったことは分かっているから。



絶対につけてしまう心の傷は、深くなる前につけてしまう方が良いのだと。






「……アスナは、これからどうしたい?」


「っ、え…?」


「…今の状況を脱して、また頑張りたいのか。」


「……。」


「……ジンくんを諦めたいのか。」


「っ!」





シアナに聞かれた二択はとてもハッキリとしたものだった。
シンプルだが、今の自分には何よりも必要な二つの選択肢。

正直に言ってしまえば、辛い。
辛くて仕方がない。今にも心が折れそうで、何処も悪くないはずの健康な体の筈なのに、頭も、心も痛い。

逃げてしまえばどれだけ楽だろう。
この気持ちを閉まってしまえばどんなに楽だろう。

また好きな人をみつけて、恋をして。
ドキドキしたり、涙を流してみたりすることが出来れば、楽しい毎日がやってくるのだろう。





「……あたし、は…」






(今までのアスナの恋愛と、今回のジンくんに対してのアスナが、全然違う。本当に恋愛してるんだなーって感じるよ。正直、今までのアスナはサバサバしてるっていうか、なんか何処か冷めてる雰囲気があったから。)



(ふふ。きっとアスナがこんなに女の子になってるのは相手がジンくんだからだね。)






恋愛が楽しい毎日なんて、本当にやってくるのだろうか?

「やってきた」ことが、今までにあったのだろうか?







「…アスナ、私はね。」


「…シアナ…?」








「ジンくんに…感謝してるよ。」







さっきまで、自分に釣られたように涙声になっていた筈なのに。
聞こえてきたその声は凛としてどこまでも澄んだ音だった。

そんな親友の声に引っ張られるかのように顔をあげれば、そこには涙を滲ませたままの空が優しく微笑んでいる光景。


そうだ、自分はこの空といつも一緒だった。
この空をいつでもキラキラに輝かせたくて、輝いてほしくて。
自分がいるからシアナはいつでも晴れていて、
空がいるから、シアナがいるから、自分は、あたしは。





輝いていれる。





「っ、はは、あははははっ!!」


「ふふ。元気出た?」


「ん!ふふ。出過ぎた!ごめん、もう大丈夫!あたしには昔も今もあんたがいるんだもん、どうなったって大丈夫なんだったよ!」


「お前マジかよ。」


「マジだよ!振られたからなんだっての!それで終わりじゃないし、また何度でもやればいい!諦めなきゃいつまでも終わりじゃない!好きなんだから仕方がない!うん!我ながら名言!」


「……はぁ、…シアナ、お前の親友借りんぞ。」


「ふふ。どうぞどうぞ。なら私はダイゴを迎えにいって一緒に帰ろっかな!じゃぁねアスナ!頑張れ!」


「うん!またねシアナ!ありが……………へ?」





そうだ。
振られたって、拒絶されたって、諦めなければ終わりではない。
本当に拒絶されるまでは、頑張ったって罰は当たらないだろう。
頑張るのが自分の専売特許ではないか!
と自分の気持ちを固めたアスナはスクッ!と真っ直ぐに立ち上がるとこれでもかというくらいに眩しい笑みを親友に向けて会話をする。

途中で親友らしくない返答が聞こえたが、何かの気のせいだろう。
ほら、だってその親友は嬉しそうに笑ってジンの肩を叩いて病院へと戻って行ったじゃないか。


…………ジンの肩を叩いて?





「まさかあんな大声で自称名言を叫ぶとは思ってなかったわ。全く、全然懲りねぇなお前…」


「…………い、い、いい、い、いつから…聞いてた?」


「シアナの二択から。」


「っ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!?!?!」





いきなりの原因の発端である人物の登場に心臓を抉られるかのような衝撃を受けながらも何とか平常心を保っ…………ているかもしれないアスナは目の前で腕組みをして立っている想い人にいつからいたのかと質問をする。

その答えはシアナの二択から。
つまりそれは貴方を諦めませんよ!!と本人に言っていたようなものだ。

通りであの時からシアナが凛とした態度になったわけだ。
きっと遠くからジンが来ていたことに気づいていたんだろう。





「………そ、そういうこと、なんで…あの…御容赦くだ、さい…!」


「っ、はははは!おま、本当に…っ!俺が言えた義理じゃねぇけど、っ、諦め悪いんだな…っ!」


「っ本当だよ!言えた義理じゃないじゃん!こ、こっちがどれだけ……………辛かっ……………た、と…………?」


「悪かった。」




何故笑われなきゃいけない、大体こうなった原因はあんただろう!
と若干の半ギレと開き直りで声を荒らげたアスナだったが、その言葉は最後まで荒らげることはなく、突然に勢いを無くす。

全部言い終わる前に腕を引かれ、すっぽりと自分を包んだその温もりは尋常ではない程に熱を帯びていた。
もしかしたらその熱は自分のものかもしれないが。





「っ、ね、ねぇ!応えるつもりないっ、て、言ってきたくせに、何すんの…!?」


「あぁ。応えるつもりはねぇよ。彼氏になるつもりも、彼女にさせるつもりもねぇ。」


「っ、だったら…っ!」


「それでも俺は、」









顔が見えない。
見えるのは自分達を照らす太陽の光と、それを囲む暗い雨。

聞こえないのは空から降っている筈の雨の音。

その中で確かに聞こえたのは、







「お前が好きだよ。」








何度突き放されても大好きな、ジンの声。



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