ぽっかりと開いた穴



分かっていた
そんなの分かりきっていた。




気持ちに応えるつもりはない




そんなこと言われなくても分かってたし、壁を作られてたことも嫌なくらい感じてた。

それでも諦めたくなくて、隣にいたくて。

妹さんのことを聞いてからは少しでもその負担を軽くしてあげたいって、笑って欲しいって。



前に進んで欲しいって、1人が無理なら一緒に前に進みたいって、




いつの間にか一緒に笑える未来を望んでしまって







「…っ、なんだよ…それ、」







分厚い壁なんか、いつかぶち壊してやろうと思ってたのに






「っ…あたしにさ、」


「……」


「気持ちをぶつけることすら、させてくれないわけ?」


「……」


「っ……あはは、流石にそれは、酷くない?」


「…アスナ、」


「告白する前に振られるとか、人生初なんですけど?…っ、」







いつの間にか握っていた拳はカタカタと小刻みに震えて、それとシンクロするかのように声まで震える。
声を出すのがやっとの状態なのに、言いたいことはボロボロと脳内で増え続けてぎっしりと詰まってしまう。

苦しい、辛い。

そんな言葉で片付けられたらどんなに楽だろうか、どんなにシンプルで簡単なのだろうか。

せめてそうだったら良かったのに、神様はどうしてこんなに残酷なのだろう。



言葉に出来ないくらいの感情に、押し潰されてしまいそうになる。






「……っ、俺は、」


「もういい。今日は帰る。」






その言葉の続きは、一体何?
頭の中ではそう思っても、心はその続きを聞くことを怖がって自分の体は心の方に従った。

この状態で、大好きなジンの顔なんか、見れるわけがない。



だいすき、なのに。







「頑張ることくらい、許し、て…欲しかった…な…っ」






(よーし!今日も頑張るからね!見ててねお兄ちゃん!!)






「っ!アスナ…!」






部屋を出るまでの最後の言葉は、心の叫び。






















「あれ?シアナ、来てたんだ?」


「?…あ、ダイゴにミクリさん!」


「やぁ。こんにちはシアナちゃん。」


「こんにちはミクリさん!ダイゴからジンくんが怪我して入院したって聞いたから慌てて来たの。」


「エルルゥ。」





総合病院のロビー前。
こちらでは先程までジンの病室にいたダイゴとミクリが急遽お見舞いに来たらしいシアナと鉢合わせになったところだった。

シアナの腕の中にいたエルフーンは家で待っていなくては会えなかった筈のダイゴに会えて余程嬉しかったのだろう、ダイゴの顔を見るや否や即座に彼の腕の中にすぽ、と入るとご満悦な笑顔を浮かべている。






「それなら僕も一緒に行くよ。そのまま一緒に帰ればいいし。」


「本当?ありがとう!」


「今ならアスナもいる筈じゃないかな。」


「ふふ。アスナも来てるんだ?それなら暫く経ってから…………ん?」





ダイゴとミクリの2人と会話をし、アスナも来ているということを知ったシアナはそれなら暫く経ってから顔を出した方がいいだろうと近くにあったソファに腰を降ろす。

その顔はとても嬉しそうで、赤い顔をしながらも幸せそうな親友の顔が浮かんでいるのだろう。

しかしそのシアナの表情は早いテンポで音を鳴らしながら近づいてきた人物を視界に入れた瞬間に凍りつく。





「?…アスナ…?」


「「ん?」」


「っ、…!」


「え?アスナ!どうし、っ…待って!!アスナ!!」






俯きながら早歩きで出口へと向かうアスナを不信に思ったシアナがパッとその腕を掴めば、あろうことかその腕は乱暴に振り払われてしまう。

その瞬間に見えたアスナの表情を見たシアナが目を見開くと、アスナは聞き取れないくらいの小さな声で謝罪をして出口へと走りだす。

そんなアスナを目の当たりにしたダイゴとミクリは驚いて固まってしまうものの、シアナは何とかダイゴにアイコンタクトをして急いでアスナの後を追って走って行った。





「っ、あの馬鹿…!一体何を言っ…!」


「…いや、ここはまだ私達が出ない方がいいだろう。様子を見よう。」


「……っ、そう、だね。…取り敢えずシアナを待とうか…」




どういう状況なのかを何とか理解した途端に焦って病室へと戻ろうとしたダイゴの腕を掴んで止めたミクリはまだその時ではないと今にも駆け出してしまいそうだったダイゴを説得する。

いつの間にか周りが何かあったのかとざわざわとし始めていたこともあり、ダイゴはその言葉を飲み込むしかなかった。


















「………はぁ、」



自分の溜め息が良く響くほどに静かになった病室。
いつからだろうか。ふと視界に入れた窓からは嫌な音を立てて暗い空から雨降っている光景が広がっていた。

なんてタイミングなのだろうか。最悪すぎやしないか。
苛立ちを隠そうともせずに眉間に皺を寄せながら立ち上がったジンは見たくもない雨を隠そうとカーテンへと手を伸ばした。

しかしその手はカーテンを掴むことなくスカッと空を切ってしまう。

何故か?それは…





「ヤーミィ?」


「……………は?」





紫色の比較的小さな物体がジンの背後から飛び乗って抱き着いた後、無駄にアクロバティックな動きをして窓の枠に着地したからだった。



キラキラと、まるで宝石のような瞳をこれでもかと輝かせて。





「…………いや、は?」


「ヤミィ!ヤーミヤミヤミ!」


「…悪ぃ、状況が飲み込めねぇんだけど。」


「………」


「………」


「……ヤァ!」


「やぁじゃねぇよ。」





全く持って意味が分からない、とタイミング悪く降ってきた雨のせいでイライラしていた感情がどこかへ吹っ飛んで行ってしまったジンは自分の目の前で片手を上げて「ヤァ!」と挨拶をしてくるポケモンに思わずツッコミを入れてしまう。

色々とわけが分からないが、何よりも一番分からないのが自分の背後からこのポケモン、ヤミラミが飛び付いてきたこと。

自分の背後にあるのはベッドと、手持ちのポケモンが入ったモンスターボールと予備のボールが着いたベルトやら普段着があったはずだ。


そう、中身が空のはずの、予備のボールも。





「………なぁ、今ボールから出てくる音がした気がするんだが、俺の気のせいか?」


「ヤミヤミ。」


「………マジかよ…」





そう、何故かこのヤミラミはジンが所持しているモンスターボールから出てきたのだ。
それはつまりどういうことか、と言えば、そういうことなのだろう。
現にヤミラミもその返事をするようにこくりこくりと嬉しそうに首を縦に振っている。肯定だ。

一体いつ、何処で…いや何処というのは恐らくあの時の石の洞窟なのだろうが、いつの間に自分のボールに入っていたのだろうか。

手持ちを増やすつもりもヤミラミを仲間にするつもりもなかったジンはどうしたもんかと先程まで寄っていた眉間の皺を再度また寄せる。





「ヤミ!…ヤミィ?」


「……ん?…あぁ、雨は好きじゃねぇんだよ。つか、色々状況を把握すっから取り敢えずボールに戻…」


「ヤミ!ヤーミィ…ヤミヤミ…!ヤーヤー!」


「話を聞けや」




ジンが自分のことで悩んでいるのだろうとは微塵とも疑っていないのだろうヤミラミは、窓の向こうでザァザァと音を立てている雨を嫌いなの?と言うように指をさす。

その質問に簡単に嫌いなんだと答えたジンの言葉を聞き、何か閃いたのだろうヤミラミは手をぽーん!と叩くとその後のジンの言葉を無視して何やら念じ始めた。




その念じはまるで、





「ヤミヤミ!」



ちちん



「ヤーヤー…」



ぷいぷい



「ヤー!!」



晴れろー




だった。





「………は?」


「ヤミィ!」




ヤミラミが念じた後に外を見たジン本人ですらもう本日何度目か分からない「は?」を思わず再度呟いた。
その理由は、先程まで自分の嫌な記憶を思い出させる雨が暗く暗く降っていた筈の空が、この病院がある場所だけ止んでいたからだった。

周りは未だに雲も暗い色をして雨を落としているが、まるでこの空間だけ雲にぽっかりと穴が開いたかのように天から光が降りている。

そう、あの、目に入れると、眩しい…






「………太陽…」


「ヤミィ?」


「……ヤミラミ、」


「ミィ?」


「今後の話は後だ。…取り敢えず待ってろ。」


「ミッ!」





眩しい太陽。
それは暗い気持ちも吹き飛ばしてしまう程に眩しい光。







(…しゃーねぇな。好きな時に連れてきてやるよ。)


(……!へ、ほ、本当?!)


(本当。…だからほら、早く食っちまえよ。クリーム溶けんぞ?)


(あ!やだ溶けたら美味しくないのにっ!うん!食べる!)






見た瞬間、あの時の笑顔が、眩しい光が頭の中で蘇って。



自分でも気付かぬ内に、その手は閉まっていた扉を開いて。


その足はあの眩しい「光」を追い掛け、




…走り出す。




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