硝子の心





「まっっっっっっったくお前ってやつは!!!!」


「溜めすぎじゃね」


「ふざけてる場合かっ!!!」





デボンコーポレーションの御曹司であるツワブキ・ダイゴ。
そんな普段の彼からは想像もつかない怒鳴り声が響くのはカナズミシティにある総合病院の一室からだった。

誰が彼に怒鳴られているのかと言えば、それはベッドの上で反省の欠片もありませんとでも思っているような…いや、実際思っていそうなジンだ。
しかしその頭部には包帯が痛々しく巻かれている。






「早く来いって言うから行ってみれば貴重な洞窟の入り口は瓦礫で塞がってるわロケット団は山のようになって気絶してるわで大変だったんだからな!?」


「んなのお前のメタグロスのバレットパンチかなんかですぐ退かせんだろうが。ったくうるせぇなぁ…」


「あのなぁ!!あの石の洞窟にはそれはそれは貴重な壁画があるんだよ!このホウエン地方の神話を描いたものだぞ?!瓦礫を退かすのにも慎重になるのは当たり前だろう?!あれがどれだけ貴重なものかお前には分からないのか!?あぁそうだね分かるわけがないか!ごめんごめん!洞窟の奥で頭から血を流してた野蛮人には分からないよね!」


「あぁ?!んだとてめぇ!ほんっっっとに頭が固ぇよな!どんだけ石が好きなんだよ流石に引くわっ!!あぁそうかだから壁画も好きなんだな!大好きな石にお絵描きしてあるんだもんなぁ?!その細けぇ性格どうにかなんねぇのかよ!昔から面倒くせぇんだよお前は!」


「お前が大雑把過ぎるんだろ何事もっ!!というかあの壁画がお絵描きだって?!お前の目は節穴なわけ?!大体何で頭から血を流して平気そうな顔してたのかも分からないね!お前3針も縫ったんだからな?!大怪我だよ大怪我!!馬鹿じゃないの?!何したらそんな怪我するの?!ねぇ馬鹿なの?!」


「馬鹿馬鹿うるせぇんだよ馬鹿はてめぇだろこのシアナ馬鹿がっ!!」


「あはははははは!褒め言葉なんですけど?!それ僕にとっては褒め言葉なんですけど?!馬鹿はどっちだろうね!!あぁ!ごめん!馬鹿は馬鹿でもバイク馬鹿か!V-MAX馬鹿!引くわーっ!!」


「んだとてめぇシバくぞゴラァ!!!!」


「やれるもんならやってみろよ!!」


「まぁまぁ2人共…いい加減その辺にしたまえよ。」


「あの…すみませんが病院内ではお静かに…っ!」


「あぁ、すまない…!今大人しくさせているから…」







何ともアホらしい言い合いをしながら、まるでポケモンのようにガルルルルルルル…ッ!!!とお互いを睨みつけて威嚇しあっているジンとダイゴを流石にもう良いだろうと今まで黙って見守っていたミクリが隣にいるダイゴを羽交い締めにして止める。

しかしそんな2人の声が廊下にまで聞こえていたのだろう、申し訳なさそうに扉を少し開けて顔だけ出した若い看護婦さんにお静かにと注意をされてしまうが、肝心のその2人が未だにガルガルと威嚇しあっているので代わりにミクリが謝罪をする。






まるでグラエナとルガルガンのようだと内心馬鹿にしながら。






「大体さ!僕聞いたよね?!連絡来た時聞いたよね怪我してないかって!お前してないって言ったよね?!」


「知らねぇよ勝手に電話が切れたんだろ面倒くさくて」


「つまりお前が強引に切ったんだよねぇ?!駆け付けた僕がその頭見てどんな気持ちになったか分かる?!本当にどうしようもないなお前は!!何したらあんな怪我するんだよ本当に!ねぇ!」


「ふむ。つまり心配したんだな。」


「だーー!!しつっっけぇな!!だから電話で言わなかったんだよ面倒くせぇな!!」


「ふむ。つまり心配かけたくなかったんだな。」






ミクリに羽交い締めにされたままのダイゴとジンの言い合いを、ダイゴを羽交い締めにしたままのミクリはその2人の暴言の内側に存在するらしい本音を冷静に読み取っている。
その早さからしてかなり慣れているのだろう、つまり昔から彼はある意味苦労人だったのかもしれない。

そしてこんな状況だった為に説明が遅れたが実はあの後一時間もせずに駆け付けたダイゴとジュンサーさん達によって鉱石を密猟していたロケット団達は一人残らず逮捕され、ジンとアスナの2人も無事に保護されたわけだが、その時のダイゴの青ざめた顔と、ある言葉を言いかける様子を目の当たりにしたアスナは驚きのあまり言葉が出なかったらしい。
その言葉とは…






「お前まで死んだら……っ!!」


「それは洞窟ん中でも聞いた。ったく死ぬわけねぇだろうが。大袈裟なんだよお前は。」


「っ、…はぁ、それもそうか…殺しても死ななそうだもんな…」


「そりゃどうも。つか客来たから帰れよ。」


「「ん?」」






駆け付けた時に言いかけた言葉を再度口にしたダイゴだったが、大袈裟だと本人に言われて少し冷静になったのだろう。
ふぅ、と息を吐いて嫌味を含みながらも半ば諦めたように言い合いを止める。
そんな2人を見てやっと終わったか…と密かにこちらも息を吐いたミクリのタイミングを見計らってなのか、ジンがダイゴとミクリの背後にある扉に視線を向けて声をかけた。






「…えっと…どうもです。」


「あぁ、アスナか。事情聴取は終わったのかい?」


「はい。やっと。なのでジンの様子を見に。」


「まぁ見ての通りだから心配は要らないよ。…という事で私達は失礼しようか。」


「そうだね。じゃぁアスナ、ごゆっくり。」






ジンの声掛けの後すぐに入って来たのはアスナだった。
重要参考人として事情聴取をされていたらしいアスナは少し疲れていそうなものの、特に怪我もなく体は何ともなさそうで安心したダイゴ達はアスナと入れ替わるように病室から出ていく。




「悪かったな」




扉が閉まるか閉まらないかギリギリのところで微かに、それでも確かに聞こえた親友の声に呆れながらもこっそり笑みを浮かべながら。







「お疲れさん。…で?どうした?」


「うん、お疲れ様。…えっと、その…今日はジンに話…があってさ…」


「俺に?」


「っ、取り敢えずこれ!フエン煎餅!美味しいから食べてっ!」


「おー。有難くもらうわ。…つか取り敢えず座れよ。」


「あ、う、うん…っ!」






ダイゴ達が出ていったのを確認して、気まずそうにしながらも持ち前の元気と勢いでジンに話があるのだと言ったアスナはバッ!と持っていた袋から包装紙で包まれたフエン煎餅を渡す。
それを受け取ったジンに取り敢えず話があるなら座ればいいと言われ、言われるがままにストンと座ったはいいものの、その顔は更に気まずさを増す一方だった。

何故アスナがこんなに気まずそうにしているのかと言えば、それはこうしてジンが自分をあのいわなだれから庇って頭を8針縫う羽目になったからだけではない。






「その、怪我させてごめんなさい…っ!」


「いやお前そんなことわざわざ言いに来たのかよ…気にすんなっつったろ。」


「っ、それだけじゃ、なくて…っ!こ、この…」


「……………っ、お前、それ…」


「っ……この…本…渡しに…来た…っ!」





そう。
アスナが今日こうしてここに来た理由。
それはあの時カナズミシティの屋敷で託された、ジンの自室に置いてあった古ぼけた本を渡しに来たからだった。
長い間ずっと寂しく本棚に置き去りにされていた、この読み尽くされてボロボロになった本をまた持ち主の手に届ける為に。





「……。」


「大事な本なんでしょ?ごめん、それをあたしなんかがが持ってて…っ!」


「…はぁ、あの馬鹿…」


「…え…?」





アスナが差し出した本を見た瞬間。
ジンはまるで時が止まったかのように表情を凍らせる。
それを目の前で見たアスナは思わず怖くなって目を瞑って謝罪をするが、その次に聞こえたのは予想とは反した呆れたようなジンのため息だった。





「ダイゴから何を聞いたのかは知らねぇが、その本は要らねぇよ。」


「…っ、そのダイゴさんに頼まれた。」


「……はぁ、あのお節介野郎…」





差し出した本を最初は受け取らないと言われたアスナだったが、それでもめげずにもう一声かければ、ジンは溜め息を吐きながら渋々と言ったようにアスナから本を受け取る。
そんな彼にホッとしながらも、ダイゴから聞いたということが完全にバレているようだと察したアスナは少しだけ体を強ばらせてしまった。






「…別に怒ってやしねぇよ。」


「っ、え…?」


「どうせあの馬鹿が勝手に色々話したんだろ?」


「っ、ごめ…!でもそれは違うんだよ…っ!元はと言えばあたしが…、」


「事情はどうあれ、アスナ、これだけは言っておく。」


「……っ?」





自分に対して怒ってなどいないというジンに少し安心したのも束の間。
彼の雰囲気からしてダイゴに対して怒っているのだろうと思ったアスナは必死にそれは違うのだとあの屋敷でのことを説明しようと慌ててジンの方へと体を前のめりにさせて言葉を発するが、その説明をジンはやんわりと遮った。





真剣で、そしてどこか寂しげで、





「お前が俺を、」






泣きそうな顔で、






「こんな俺を、想ってくれようが…」






それでもしっかりと視線は逸らさずに、





「俺はお前の気持ちに」







言う言葉が、








「応えるつもりはねぇから。」








アスナの、いつでも熱く燃えている心を、硝子のように簡単に壊してしまう。





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