零れ落ちる
コツコツ…
「……何してんのあたし…っ!!」
コツコツコツ…
「本当に何してんのあたし…っ!!」
コツコツコツコツ…
「ねぇ本当に何してんのあたしっ?!!」
薄暗い洞窟の中。
そこにはコツコツと足音を鳴らして奥へと進んでいるアスナの姿があった。
その顔は真っ赤に染め上がり、先程から何度も繰り返している自問自答のような呟きが増える度にその足はスピードを増しているように見える。
「あ、あたし…っ!咄嗟にあんなこと…!うわぁぁあもうジンの顔見れないっていうかまず了承もなしにやっちゃったわけじゃん?!ジンが嫌がってたらどうしようやり逃げみたいな感じでここまで来ちゃったから反応なんて見てないし!てかおまじないって何よ聞いた事ないわそんなの!やだ、ねぇもう本当にこれからジンの顔見れない!」
自問自答というのは勿論、ここに来るまでにアスナがジンにしてきた事である。
もの凄い早口で繰り広げられるアスナの語り…というよりもあたふたとしている様子を彼女の腕の中から見上げているとあるポケモンは、そんなアスナを見かね、ツンツンとその腕をつついて鳴き声をあげた。
「ヤーミィ?」
「どうしよどうし…え?あ、あぁそうだ!そうだよね?!ごめんヤミラミ!」
「ヤミ、ヤーミラァ!」
ツンツン、と腕をつつかれてやっと我に返ったアスナが呼んだそのポケモンの名前はヤミラミだった。
小さな紫の体に反している大きな宝石のような瞳を向けられて、そうだったと慌てて本来の目的を思い出したアスナはごめんごめんとその頭をよしよしと撫でる。
「あはは!随分ご機嫌だね?」
「ヤーミィ!」
頭を撫でられ、ご機嫌そうに両足をぱたぱたとさせているヤミラミの様子を見て、この子は人懐っこい性格なのかもしれないなと少し微笑ましくなったアスナは先程自分が何に対してあたふたしていたかなどすっかり忘れ、この迷子のヤミラミの仲間を探しに、そして電波状況が良さそうな場所を求めて更に奥へと足を進めるのだった。
一方その頃。
アスナと別れ、次々と来るロケット団達の相手を引き受けたジンはというと…
「…シャ……シャモー…」
「……やべぇ…」
「「………」」
どうしたことか、やっちまったと言わんばかりの表情をして心底面倒そうに煙草の煙を吐き出していた。
その隣にいる彼のエースポケモンであるバシャーモも、あちゃー…といった表情でこめかみ辺りを軽くかいている。
視線を感じたジンが後ろを振り向けば、そこにはジトー…とした目を向けて主人とバシャーモの失態を静かに責めるグラエナとウォーグルの姿。
「お前ら止めろよ…」
「バウ。」
「グルゥ…」
自分でやってしまっておいて、手持ちのポケモンに止めろよと文句を言ってしまうのも正直どうかと思うが、それでもジンは言わずにはいられなかった。
どうしたものかと恐る恐る前方へと視線を戻せば、そこには…
目を回しているロケット団とそのポケモン達の山と
崩れた沢山の岩でガチガチに塞がった…
洞窟の入口だった。
「こりゃ…ちっと暴れすぎたなバシャーモ…」
「シャモー…」
…そう。
ジンがグラエナとウォーグルに止めて欲しかったこと。
それは完全にバトルモードのスイッチが入ってしまった自分とバシャーモを止めて欲しかったのだ。こうなる前に。
しかし止めたところで「うるせぇ」と言われることが経験上分かっている尚且つ自分達もスイッチが入ってしまうとバシャーモのようにテンションハイになってしまうことも相まって止めることをしなかったのだろう2体はこれどうすんの?と言うような視線を主人のジンに向けている。
「あー…と、まぁ…なんだ…取り敢えずあいつの所に行ってやるか。ここにいても仕方ねぇしな…」
「シャモ!」
どうすんのといった視線をグサリと刺されていたジンは取り敢えずロケット団達と入口のことを放置してアスナの元へ向かうことを決断したらしい。
決断というよりもただ単に面倒な事を放ったような気がするが、ジンと付き合いの長いポケモン達は特に何も言わない。
ちなみにポケモン達もジンと同じくロケット団達の心配などは全くしていないよう。
まぁする必要もない…というよりも寧ろ可哀想にと同情してしまうレベルだ。
それはもうジンのせいで物凄く怯えていたのだから気を失って良かったのではとさえ思う。
「…まぁ外部と連絡が取れれば外側から誰かがこじ開けんだろ。おら、行くぞお前ら。」
その誰かはどう考えても水のイリュージョニストかデボンの御曹司なのだろうことは突っ込まない方が良いのだろう。
再度胸ポケットから煙草を取り出し、火をつけたジンは煙を吸って怠そうに吐き出すとロケット団達など目もくれずに先へと進んでいるアスナを追いかける。
その足が少しだけ早足になっていることに気づいているのは何も言わずにその後ろをついて行くポケモン達のみだ。
「……あいつ何処まで進んだんだよ。全然見当たらねぇんだけど。」
「……!ガウ!」
「お。見つけたかグラエナ?」
「バウ!ワウワウ!」
暫くして。
あれから何処まで進んだのか、もう三本目となる煙草の最後の煙をため息と共に吐き出したジンはその火を消して携帯灰皿の中にしまう。
すると、その間にずっとアスナの匂いを辿ってくれていたグラエナの耳がピクンと動き、見つけた!とジンに合図を送り、褒めて褒めてと言わんばかりの視線を向けるグラエナに対し、よくやったとジンがわしゃわしゃとその頭を撫でればグラエナの尻尾は勢いよく左右にブンブンと動き回る。
そんなご機嫌なグラエナが誘導してくれる方向へと早足で向かい始めたジンだったが、暗闇の奥から聞こえてきた声と物音に思わず一度足を止めてしまった。
「コータス!火炎放射!」
「コォーーッ!!」
目の前で数秒、暗闇だった筈の視界が炎によって明るく照らされ、その瞬間見えた光景に思わず舌打ちをしたジンは既に戦闘態勢に入っているグラエナと共に全力で走って行く。
その間に見えるのは、まだ残っていたらしいロケット団達に囲まれながらも、必死に自分の後ろで怯えているヤミラミ達を守っているアスナの姿。
そして既に瀕死になっているマグカルゴと息を荒くしているコータスに放たれた、相手のポケモンのいわなだれ。
先に到着したグラエナがアイアンテールで出来る限り撃ち落としてくれたが、それでもまだ残ってしまったいくつかの岩はコータス達を通り過ぎてアスナへと向かっていく。
避けてくれればいいのに、ヤミラミ達を守るつもりなのだろうアスナは目をぎゅっと瞑り、抱きしめているヤミラミに岩が当たらないように体を動かした。
間に合え、間に合え
「…っ、…ジン…!」
目の前にグラエナが現れたことで、彼が来てくれたんだと思った。
でもその瞬間、視界の向こうには自分の方へと向かって来ている岩の数々が見えて、咄嗟にヤミラミ達を守ろうとその場に立ち止まってしまった。
ジンが来てくれたからと、強気になってしまったのかもしれない。
気づいたら名前まで呼んでいて、あぁ、何処までも自分は彼に…そう思っていれば、その呼びかけに応じる声が聞こえて、弾かれるように前を向いた。
「っ…なんだよ、…この強がり女。」
「………っ、え…?」
前を向けば。
そこには自分を覆い被さるようにして立って、呼吸を切らせているジンの姿があった。
彼の表情が歪んでいるのはどうしてか。
彼の肩が痛みに耐えているかのように震えているのはどうしてか。
自分に向かっていた筈の岩が一切当たっていないのはどうしてか。
そんなの、この光景を目の当たりにすれば直ぐに分かることだった。
「!?ジンっ!!」
自分の目の前にいる彼の頭から、赤い何かがぼたぼたと零れ落ちて来たのだから。
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