赤い後ろ姿



ジンとアスナが隠れている岩陰の向こうで何やら話を続けている連中。
声を聞く限り、どうやら男女の2人組のようだとこの場で1人冷静なジンは判断した。
そのままゆっくりと息を殺し、相手に気づかれないように少しだけ岩陰から顔を出したジンは見えた光景に心の中で舌打ちを打つ。




「あのポケモン?…あぁ、この洞窟に生息しているあいつらのことか?」


「そうだ。どうやら報告によるとあいつらは鉱石を食して生活をしているらしい。」


「!成程…もう鉱石は採掘し尽くしたと思っていたが…あいつらの巣を見つけることが出来れば…」


「そう。まだまだこの洞窟では金儲けが出来る、という訳だ。くくく…」




連中の話を冷静に聞きながら脳内でパズルを嵌めるように情報を整理していくジンはこの際なら更に情報を掴めないかと息を殺す。

チラリと隣に目を向ければ、そこには未だに自分に口元を抑えられたままでいるアスナも状況を察して大人しくしているのを確認してジンは安堵する。
よし、このままいけばこちらに気づいていない連中から奴らの話が盗めるかもしれない。
そう思ったジンが再度岩陰から耳を澄まそうとしたその時だった。




「ヤミィ…?」


「?!きゃぁぁぁあっ!!!?」


「「!誰だっ!!」」


「チッ!」




突然、澄ましていた耳と逆の方から聞こえたアスナの叫び声。
瞬時に何があったんだと焦って隣を確認したジンの視界に入ったのは、暗闇の中で怪しげに光る何かから伸ばされた手のような物がアスナの太ももに触れている様子だった。

ズバット達の羽音ですら怖がるアスナだ、こんな事があっては叫んでしまうのも無理はないのかもしれない。
しかしそれにしたってこのタイミングはまず過ぎた。





「しまった…!人がいたのか!おい、こいつらを捕らえるぞ!外には絶対に出すな!」


「分かっている!我らロケット団の邪魔をする者は、誰であろうと排除するのみ!」


「ついでにそこにいるヤミラミをこちらに渡してもらおうか!」


「ヤミッ?!」


「ったく…面倒くせぇことになりやがって…」


「っ、ご、ごめ…!」




自分達をロケット団だと簡単に名乗った連中に心の中で呆れるジンだが、そんな彼らがこちらに向けた懐中電灯の光のお陰で、不気味なポケモンの正体がヤミラミだと分かったのだろうアスナが冷静になってくれたことだけはこの場唯一の救いか。

そう面倒くささで多少苛立っている自分に言い聞かせながら指示をしなくても既に自分の足元で戦闘態勢に入って姿勢を低くしているグラエナに主人であるジンが「行け」と一言口にすれば、待ってましたと言わんばかりのスピードでグラエナはロケット団達に向かってバークアウトを放つ。





「行け!バリヤード!!光の壁!!」


「バリィ!!」


「ははは!そう簡単に我らロケット団に奇襲が成功すると思ったら大間違えだ!」


「…ほう?バリヤードだなんて随分と釣り合わねぇポケモンを用意してんじゃねぇか。…何処で盗って来たんだ?」


「っ、貴様…!この私を馬鹿にするのか!おい!お前もポケモンを出せ!」


「いや、待て…こ、こいつ…もしかして…!お、応援!応援を呼んだ方が良い!!」





グラエナのバークアウトに瞬時に反応し、ボールからバリヤードを呼んだ相手は特殊技であるグラエナのバークアウトの威力をバリヤードの光の壁で上手く抑えることに成功し、目の前にいるジンに得意気な様子だ。

そんな相手に対し、心底馬鹿にした様な視線を向けながらジンが軽く嫌味を含めて挑発すれば、簡単にその挑発に乗った相手はもう1人にもポケモンを出すように指示をする。

しかし指示を出されたもう1人の方は、どうやらジンがホウエンの四天王であることにやっと気づいたようで、物凄いスピードで持っている端末を操作し始める。





「気をつけろ!そいつは最近有名になったこの地方の四天王だ!しかもその後ろにいる女も確かこの地方のジムリーダーの筈だぞ!」


「どうやら片割れの方が頭が良いようだなぁ?」


「貴様ぁ…っ!!調子に乗れるのも今の内だぞ…っ?!地位はあれどお前達どちらもまだ新人らしいじゃないか?そんな奴らにこの私が負けるわけが無い!」


「はぁ?!言わせておけば、誰が誰に負けるって?!」




ジンとアスナがこの地方では有名だと言うことを知り、苛立ちを隠すことなく安い挑発をしてきた相手にジンは心底面倒だと呆れたように胸ポケットから取り出した煙草に火を付け始めた。

そしてそんなジンの後ろでは、いつの間にかヤミラミを抱き抱えているアスナがすっかり相手の挑発に乗って怒鳴り声をあげており、ジンは溜め息と共に吸い込んだ煙を「はぁ…」と口から吐き出す。




「我らロケット団に楯突くものは、どんな奴であれ潰される運命にあるのだ!それを思い知らせてやる!」


「何がロケット団だっての!良いよ、やってやろうじゃん!」


「ウォーグル、エアスラッシュ」


「「は?」」




言い合いを始めてしまったアスナとロケット団の男のバトルを遮るように、いつの前にかボールから出ていたらしいジンのウォーグルが放ったエアスラッシュは容赦なく目の前のロケット団達を吹き飛ばしてしまった。

その際に風で洞窟の岩壁が崩れ、ガラガラと音を立てて控えめな土煙が舞う光景を突然のことでぽかん、と眺めていたアスナにジンは声をかける。





「お前はそのヤミラミを連れて奥まで進め。」


「えっ?!で、でもジンは?」


「俺はここであいつらの足止めをする。その間にお前はそのヤミラミを守りつつ、どうにかしてダイゴ達に連絡を入れろ。反対側の奥まで行けば電波の繋がる場所くらい見つかんだろ。」


「あ、足止め…って……え、も、もしかして…?」


「想像通り、お前が見事に挑発に乗ってる間に応援を呼ばれた。」


「?!ご、ごご、ごめんっ!!!あ、あたしったらつい舐められてカッとなっちゃって…!あーもう本当にごめん!!うわぁぁぁこういう所、本当にあたしの悪い癖だ…っ!!」





ジンからの説明を聞き、今の状況を理解したアスナは顔面蒼白になってやってしまった…!と慌ててジンに謝罪をする。
しかしそんなアスナの焦りとは裏腹に、ジンは特にこれと言って今の状況を気にしてはいないのだろう、それはもうとても涼しそうな顔で呑気に煙草を吸っている。




「別に気にしてねぇよ、敵が増えようが減ろうが変わんねぇし」


「いや変わるでしょ!!」


「あのな、俺を誰だと思ってんだ?いいから、お前はその不安そうにしてるヤミラミを早く仲間の元まで連れてってやれ。俺のことは心配すんな。」


「っ、!」





俺のことは心配するな。
そう言われた途端に、頭に感じた少し乱暴な温もりに思わず顔を上げたアスナの赤い瞳に飛び込んできたのは、あの時の、あの笑顔。







(ジンでいい。)







自分が、瞬間的に心臓を撃ち抜かれてしまった、あの時と同じ、普段の彼からは想像もつかないだろう、優しくて暖かな笑顔だった。

そんな笑顔に惹かれ、どきり。と大きな音を立てて飛び跳ねた心臓を押さえるように自身の腕の中にいるヤミラミを抱き締め直したアスナはつい恥ずかしさで下を向きながらも何とか首を縦に振って頷く。






「俺も全員蹴散らしたらお前の所に向かってやっから。」


「…う、うん。」


「それとも、1人じゃ怖いか?……っ、ズバットとか。」


「だ、大丈夫だってば!!笑いながら言わないでよ!」


「はははっ!それだけ怒鳴れんなら大丈夫だな。…そろそろあいつらが戻ってくる。早く行………」







ちゅ、









吹き飛ばされて相当苛立っているのだろう、かなり乱暴な足音がこちらに近づいてくる音を耳にして。
今の内に早く奥に進むようにとアスナに言おうとしたジンの言葉は小さな、小さなリップ音によって掻き消されてしまう。

突然のことに言葉を失い、目を見開いたジンが後ろを振り向けば、そこには下を向いて俯いたアスナがぎゅ、っとヤミラミを抱き締める力を強めながら立っている姿があった。





「…ぶ、無事でありますように、って…いう、お、おまじない!」


「……。」


「そ、それじゃ!後は任せたから!ち…ちゃんと追いかけて来てよね!!」





未だに言葉を失ってしまっているジンの顔を見もせずに、いや、正確には見ることなど恥ずかし過ぎて出来なかったのだろうが、自分が言いたいことだけを早口で伝えたアスナはジンの返答を待たずに猛スピードで洞窟の奥へと走って行ってしまった。

暗い洞窟の奥に消えていく、色々と真っ赤な彼女のそんな後ろ姿を未だに見開いたままの瞳で眺めていたジンの脳の活動を再始動させたのは、皮肉にもそんなジンの後ろから聞こえてきた乱暴な言葉。






「ふざけたことしやがって…っ!!お前ら!こいつが四天王だからって弱気になるなよ!全員でぐちゃぐちゃに踏み潰せえっ!!!」


「…っ、くくく…さっきまでの頭良さそうな演技はもうお終いか?まぁ、随分下手くそだとは思ってたが…」


「そうやって余裕そうに笑ってられんのも今の内だぜぇ?ひゃはははははぁっ!!!俺ら天下のロケット団に舐めた真似をしやがったんだ!てめぇは再起不能になるまでぐちゃぐちゃにしてやるよぉっ!!」





ウォーグルに吹き飛ばされる前までは、こちらを「貴様」などと呼んでいた男は、どうやら怒りで本性を剥き出しにしてしまったらしい。

しかし、汚い言葉を使い、下品な笑い方をしているそんな相手をジンは気にもしていないようだ。
まぁ、元々ジンもポケモンバトルとなれば今こうして本性を出した彼とそこそこ似たような雰囲気になるのだから当然と言えば当然の反応なのかもしれない。



それに、こういった威勢の良いトレーナーの相手をするのは、正直嫌いじゃない。







「…ぞろぞろとお仲間が増えて、自信がついたのかなんなのか知らねぇが…」









(…ぶ、無事でありますように、って…いう、お、おまじない!)




(そ、それじゃ!後は任せたから!ち…ちゃんと追いかけて来てよね!!)






「今の俺、そこそこ機嫌が良いんだわ。」






先程の事を思い出し、煙草を咥えたまま、歯にかむようにニヤリと笑ってしまったのは、どうしてだろうか。

今の自分は機嫌が良いと口にしたのは、どうしてだろうか。

面倒だと思っていた気持ちがいつの前にか消えているのは、どうしてだろうか。




あぁ、そんな疑問は、今はどうでもいいか。
それよりも今は、早く、






「てめぇら全員、こいつらの炎でドロッドロに溶かしてやるよっ!おら、どいつから火ダルマになりてぇんだ?あぁ?!全員まとめてでも構わねぇぞ?なぁ?はははははっ!!!さぁ、おっ始めようぜ!!楽しい楽しい俺との火遊びをよぉっ!」







あの赤を、追いかけてやろうと、思った。



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