暗闇に消えていく背中





「ヤッコーー!!!」


「あはは、元気だねーヤヤコマ…うん、元気だね。」




自身の大切な手持ちの一員であるヤヤコマ。
その小さな体が自由に飛び回っている空を見上げているアスナは何処か疲れたような雰囲気を醸し出していた。

何故、まだ何もしていない午前中からこのような疲労感を感じているのかと言えば、それはとても簡単な話だ。







眠れなかっただけである。







「ジン…と、ふ、2人で、出掛ける…んだよね…?あ、あたし…」


「ヤッコ!ヤッコーー!」


「というかどうしよう…色々なんて言おう…この本だって…一体どう言って渡せば…」


「ヤッコヤッコ!コー!」




どうすれば良いのか、まずどの問題から処理をしていけば良いのかということすら考えがまとまっていなかったアスナは必死に考えた、寝ずに。
寝ずにと言うよりも緊張も焦りとで入り交じった最早パニック状態の脳が自分の体を休ませてくれなかっという言い方の方が正しい。

昨日、自分のポケフォンに連絡をしてきたミクリからの「頑張ってくれたまえ」という茶化しと今回の鉱石問題の件を聞いた時には正直心臓が口から飛び出るかと思った。
何故自分がジンとペアを組むことになったのかは何となく察しがつくだけに、あの御曹司には感謝もあれば怒りもある。




「…でも、絶対に嫌な思いをするよね…」


「ヤッコー!」




目的は鉱石問題の解決なだけあって、それを上手く利用するのは正直どうかとも思うが、それでも距離を縮めるチャンスだとも思ったし、あの屋敷で聞いてしまったことも、少しでも前に進ませる事が出来るかも知れない。

アスナはそう考えて、今回必要になりそうな物を詰めたリュックサックの中に一応彼の所有物であったらしい「あの本」も入れてきたのだ。

そう、実はアスナ、あの屋敷の中にある彼の部屋から持ってきた本を預かることになってしまっていた。
ダイゴの「それは君が、あいつの元に届けてやって欲しい」というお願いを渋りながらも了承してしまったからだ。
了承したのは、チラリと横目で確認した時のキンモクまでもが涙目で頷いてくれたから。




「…まず、第一は鉱石問題のことだけど…チャンスがあればどうにかそれを狙って…えっと、あーでも何から解決すれば…」


「ヤッコー!」


「おー。相変わらず元気だなーヤヤコマ。」


「ヤッコヤッコ!」


「で?お前のご主人様は何さっきから唸ってんだ?」


「ヤッコ?」




さっきから何やらヤッコヤッコと騒がしいことには気づいてるのだが、もうミクリから聞いた約束の時間になってしまっている。
どうやら今回の作戦は全組同じ時間に調査をするらしい。
相手が数人のグループである可能性が高い以上、少しでもすれ違いを防ぐ為だ。
これならもし犯人達が手分けしていたとしてもこちら側の誰かが鉢合わせられるという作戦。

…何かまだヤッコヤッコと聞こえるが今は申し訳ないが無理だ。
考えることがまだ沢山あるのだから。
ちなみにこの作戦、午前中、夕方、夜の計三回実行するらしい。つまり自分からすれば、丸一日ジンと一緒にいられるかもしれないという大チャンスなのだ。






「ヤッコヤッコ!」


「お前のご主人、まだ終わんねぇの?良く分かんねぇ自問自答。」


「ヤッコー?」


「あーーもううるさいっ!!今大事な考え事してんだからちょっと黙…」











……。















「わぁぁぁああぁあーーっ?!?!?!」


「っ、うるせぇのはどっちだよ…」


「な、なな、なん、なん、で、ここ、こ、こ…!」





人が考え事をしているのに、さっきから何なのだと声が聞こえる方向に顔を向けたアスナの目の前にいたのは、「考え事の根源」であるジンだった。

そのあまりの驚きに顔を真っ赤に染め、口をトサキントのようにパクパクとさせながら「どうしてここにいるのか」とアスナは自分の手の甲で嬉しそうにしているヤヤコマを指でつついているジンへと噛みながら言葉を発する。まぁ言葉にすらなっていないようだが。





「何でってお前…この時間に現地集合って上から言われてたからだろ…」


「そ、そう、そうだったね!あ!うん!大丈夫!あたしも今来たばかりだから待ってないよ!」


「待ったかなんて聞いてねぇし…寧ろ待ってたのは俺なんだけどな。」


「そうだよね!現地集合だったよね!あははは忘れてた!そりゃ来るよね?!あはは!!さて行こう!」


「いやまだ合図出てねぇだろ。」





石の洞窟の入口前で、必死に無理矢理笑って誤魔化すアスナの笑い声が響く中。
最早ボケとツッコミにすらなっていないチグハグな会話にジンの足元にいたグラエナは呆れたような表情をしている。

そんなグラエナからの視線もあってか、取り敢えず落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせたアスナは肩に乗ってきたヤヤコマをまだ少し緊張でカタカタと小刻みに震えてしまっている指でそっと撫でる。






「…悪かったな。組む相手が俺になっちまって。」


「…え?」


「ったく…あの石馬鹿が何考えてるかは下らな過ぎて考えるのも面倒くせぇが、俺はお前を巻き込むつもりはねぇよ。後は俺1人で適当にやっとくから、お前は帰っちまえ。」





ヤヤコマを撫でながら、岩肌に寄りかかって怠そうにしているジンに何か言わなくては、取り敢えず何か…と話題を探そうとアスナが口を開きかけた時だった。

落ち着いたような、冷静で静かな声でそう言ってきたジンは鳴り出したポケフォンのアラーム音を止めるとグラエナを連れて石の洞窟へと足を向ける。







暗い、明かりのない空間へと、
1人ゆっくり進んでいく彼の背中が、どんどんと自分から離れて行く。








「や、やだっ!!」


「!……アスナ?」


「やだ、やだっ!駄目!行っちゃ駄目!!」


「は?」






暗闇に消えて行くなんて、そんなこと。
絶対にさせない、させたくない。
皆いるのに、振り返ってくれれば皆がいるのに。

なのに、どうして1人で全部背負ってしまうんだろう。
どうしてあんな暗く、寂しそうな所へ進んで行くんだろう。



石の洞窟へと入っていくジンの背中を見ていたら、急にそんなことが思い浮かんで、自分でも分からない間に両手は彼の背中へと伸びていた。

両手が彼に届いたのか、そんな事を考える暇もなくて。
気づいたらただ、彼を引き止める言葉を口にしていて。
この、急に現れた温もりが何なのかすらもう分からなかった。
ただ、彼を、ジンを引き止めなきゃいけないって、ただそれしか頭に浮かばなかったから。






「…おい?」


「…っ、……………え?」


「お前…どうし、」


「な、」


「は?」







「何してんの馬鹿ぁぁぁぁあ!!!!!!?!」






アスナの大声の後に、すぐさま鳴った、バチーーーン!!!
というその音は薄暗い石の洞窟の入口から内部へと、きっと良く響き渡った事だろう。























「……。」


「ご、ごめんジン!本当にごめん!」


「…何がしてぇんだよお前…」


「えっと…それはそのー…つ、疲れてたのかなーあたし!あ、あはは!…っ、本当にごめんなさいっ!!」





あれから暫くして。
現在アスナは懐中電灯を持ちながら、石の洞窟内をジンの隣で歩いていた。
そう、頬をヒリヒリと赤く腫らしているジンの隣を。

そんなジンの頬を見て、痛そうだと罰が悪そうに眉間に皺を寄せたアスナはバッ!!っとジンに向かって頭を下げる。

何故アスナが頭を下げているのか、それはジンの頬を赤く腫らさせてしまったのがアスナだからだ。
あの時は必死にジンを引き止めようとしただけだったのだが、なんとアスナ、咄嗟にジンの背中を抱き締めてしまっていたらしい。

そして、アスナのそんな行動に驚きながらも声をかけたジンの声で我に返ったアスナが自分がしている状況を理解。
その後にパニックになって何故か彼の頬を思いっきり叩いたのだ。





「別に怒ってはねぇけど…急に抱き着いてきたりビンタしてきたり…さっきはズバット達の羽音にビビって大声あげたり…俺の腕にしがみついてきたり、お前も忙しそ、」


「わーっ!!!わざとでしょ?!ねぇ!わざと言葉にしてるでしょ?!」


「何のことだか分かんねぇなー?」


「っ、ジンのば…」


「「「ズバーーッ!!」」」


「いやぁぁぁあお化けーーーっ?!?」





冒頭でそんなことがありつつ、アスナの様子が変だと気づいたジンは結局彼女を連れて石の洞窟の内部を今もこうして進んでいる。

その間にも隣の彼女は騒がしくギャーギャーしているが、正直見ているこっちは面白い。
怖がりなのにも程があるだろう、ズバット達の羽音をどうしたらお化けと勘違いするのだろうか。

そして自分の腕にしがみついたことに気づいて、また慌てて悲鳴を上げるのだから、うん、やはり面白い。






「え、えっと、今何処ら辺なのかな?」


「あー…まだ中間地点くらいだろうな。…あ?グラエナ、どうした?」


「グルルルル…ッ!!」


「え?グラエナ…?」





隣で騒がしくしているアスナのお陰で暇な洞窟調査も何とかなっているなどと考えていたジンは足を止めて姿勢を低くしたグラエナに気づき、自分も足を止める。

どうかしたのかと静かに声をかければ、グラエナは歯を剥き出しにして唸り声を上げている。
そんなグラエナの様子を見て、嫌な予感がしたジンは横で首を傾げているアスナの手を取ると近くにあった大きな岩の影に身を潜める。





「?ちょ、ジン!いきなりどうし、むぐ」


「シッ。…ちっと黙ってろ。」





ジンの行動に、いきなり何なのだと言いかけたアスナはその瞬間口を彼の手で塞がれる。
近い、取り敢えず近くはないかとその距離感に心臓がバクバクと暴れ回るが、彼が真剣な表情をしていることに気づき、何とか落ち着きを取り戻したアスナはジンと共に静かに身を潜めた。






「ここでは後どれくらい採れそうだ?」


「もう随分進んできたからな…」


「そうか、ならもうこの洞窟に用はないな。」


「いや、まだまだここには世話になるつもりだ。あのポケモン、覚えてるか?」


「?…あのポケモン…?」







段々と聞こえてきた男女の会話に、耳を澄ましながら。




BACK
- ナノ -