歩み寄る方法





「はぁ…助けるとは言ったものの…」





一体何をどうしたら良いのかという最大の謎に自分はぶち当たっているのでは?
いや、ぶち当たっている。確実に。
そう頭の中で自問自答をして、「参った…」と頭を抱えたアスナは項垂れるように自室のテーブルへと額を置いた。





「いっった…」





置いたつもりだったのだが…
どうやら加減を間違えたのか、イメージではコツン、とゆっくり置いた筈の自分の額はそれよりも予想外な「ゴンッ!」という音を立ててズキズキと痛み出す。

何をやっているのか、自分は馬鹿なのか。
そう思いつつ顔を上げ、痛む額を擦ったアスナはふと視界に入ったポケフォンを手に取ると、電話帳を開いて指でスクロールしていく。
そうして辿り着いたある名前までくると、下から上へと動いていた指はぴたりと動きを止めてしまった。





「……何、考えてんのかな…」





表示されている名前を、ポケフォンが反応しないようにそっと指でなぞり、そう呟いたアスナはつい昨日あった出来事を思い出した。

雨が降る中、ダイゴから教えてもらった彼の秘密。
あの後、何故自分にあんな重大な事を話してくれたのかと本人に聞いたのだが、その本人は涙を流しているシアナを抱き締め、背中を擦りながらこう答えたのだ。






「君だから、教えたんだよ」






あの意味は、自分の恋人の親友だからなのか。
それとも別に何かあったというのか。
理由は定かではないが、あの時のダイゴの表情はただ、困ったような笑みを浮かべていたのを覚えている。

それがどんな感情の元でのあの表情だったのかはやはり理解が出来ないが、取り敢えず自分に対するダイゴの評価がマイナスなことではないのは自信がある。

いつもはシアナの親友だということで、自分に対して何処か張り合ってくるような態度に腹が立つ時もあるが、基本的にあのチャンピオンには日頃世話になっているし、何より親友の婚約者でもある為、自分からのダイゴへの信頼も勿論ある。

そんなこともあって、ダイゴから信頼してもらっているのは非常に有難いし、素直に嬉しいことなのだが…






「あぁ、あとジンの連絡先なんだけど…あの後電話とかしてみたのかい?」


「…あー…えっと…それは…まだ…」


「え…何か引っかかることでもあった?」


「いや、無理矢理あたしの連絡先を教えてたりとかだったら、ジンに申し訳ないなって思って…!」


「……。」


「…え、やっぱりダイゴさん、無理矢理教えたんじゃ…?!」


「…いや、」


「?」


「君って…案外こう…初な所もあるんだなって思って…というか、顔真っ赤…ふっ、」





ジンの妹さんの話が落ち着いた後に、帰り道で言われたあの言葉は正直殴ってやろうかと思った。
思ったというよりも、「見てて面白い」だなんて笑ったのであの一部だけ突き出している髪にチョップを入れたのは本当だ。

ただ、彼の話によるとどうやらジンは特に嫌がる様子は見せなかったそうで、
寧ろアスナの方に自分の連絡先を入れるなら、アスナの連絡先も自分に教えろとダイゴに聞いてきたらしい。
ジンにも意外に律儀な所があるようだった。

だからその話を聞いた時は心底安心したし、何より内心物凄く嬉しかった…のだが…






「…かけれる訳ないじゃん…っ!!」





そう、自分から電話をかけるだなんて、そんな事。
恥ずかしくて出来る訳がなかった。
それにまず、あの話を聞いて、思うがままに「助ける」だなんて宣言した癖に何から始めれば良いのか検討もつかないし、何よりまずこの話を自分が知っていること自体、ジンからしたら嫌なことだと思う。

キンモクさんによれば、あの話は本当に禁句で、知っているのはジンの義両親、そしてキンモクとダイゴやミクリの幼馴染2人だけなのだそう。つまり…








「…それだけ…ジンにとっては…」









とても重くて、とても痛い、
どうにも出来ない出来事なんだろうから。

だから、それを知っている自分に罪悪感が押し寄せて、どう動けば良いのかやはり分からない。
だからと言って「話を聞いた」だなんて馬鹿正直にジンに言える勇気も今の自分は持ち合わせていない。

どうすれば良いものか。
悩んでも考えても良い案など浮かんでは来ないが、一つ自分の気持ちを優先するとすれば、それはジンを1人にしたくないということ。
昨日は雨が降っていたし、ダイゴのあの話からして、もしかしたらジンは雨がトラウマになっている可能性だってゼロではないと思ったから。

それにもしトラウマになっていないにしろ、雨が降っていた事で少なからず妹さんの事は思い出していた筈。






「…心配…だな…」






ねぇ、ジンはさ…
今、どれだけ胸を痛めてるのかな。
その痛みを、一体どれだけ長く抱えてきたのかな。
どれだけ、自分を傷つけてきたのかな。

どれだけ、




「どれだけ…辛いのかな…」





そんな事を呟いても。
ポケフォンの画面に表示されている名前が答えてくれることはないけれど。
それでも言葉に出さずにはいられなかった。

しかし、その考えとは裏腹に、まるでそれに代わりに答えるかのように部屋に響いた着信を知らせるその音は、細めていたアスナの瞳を大きく開かせるには充分過ぎる音だった。














一方、アスナに心配をかけていた張本人、ジンは昨日カゲツへ宣言していた通りリーグへ顔を出すことはせずに自宅で静かに煙草を吸っていた。

まぁ昨日の雨のせいで夢見が悪かったせいもあり、結局は仕事をする気など湧かなかったのだろうが、取り敢えず今日はやる事もない為に、適当にテレビをつけてソファに座っている。





「続いてのニュースです。先日から問題になっていました、ホウエン地方での鉱石密猟についての件ですが…」


「……。」


「ここ数日、このホウエン地方の鉱石が異常な減り方をしているこの問題ですが、本日午後、政府はこの事件は数十人によるグループでの犯行の可能性が高いと考えているとの発表がありました。」


「……。」


「この問題につきまして、政府はホウエンを代表するリーグメンバーやジムリーダーの面々に、即座に捜査に当たるようにと指示を出した模様です。チャンピオンであるツワブキダイゴ氏はこれを了承、リーグ内で会議を行い、速球に事態を解決するよう動き始めたとの事です。」


「…は?」






適当につけたニュース番組での報道内容に、下らないことをする馬鹿が居たものだと他人事の感想を頭の中に浮かべ、テーブルに置いてあるコーヒーに手を伸ばしたジンだったが、その手は口元の手前で傾くのを止め、思わず疑問符を口にしてしまう。

何故か、それは目の前のテレビに映っている、真面目にスーツを着こなしてシャキ、っと背筋を伸ばしているこのニュースキャスターから信じられない言葉が飛び出してきたからだ。

どう考えても嫌な予感しかしない。
そう思ってチラリとソファの端に追いやられていたポケフォンを見れば、どんなタイミングかやはり着信音が鳴り始めるその光景にジンは盛大な溜め息を吐く。







「お前!やっと電話に出たな!?全く!今日もサボって…!」


「あーーー、ほんっっとにうるせぇな…」


「うるさくさせてるのはお前だろう?!…まぁ、今回はもう良いけど、1つ頼みがあっ」


「先に言っとくが、俺は面倒なことは参加しねぇからな。」


「あぁ、ニュースでも見たのか…まぁそういうと思って勝手に捜索場所を決めといたよ、場所はムロタウンの石の洞窟。」


「いや勝手に決めてんじゃねぇよ。」


「今日の会議に来なかったお前が悪い。」







電話の相手は予想通り、先程ニュースで名前も上がっていたホウエンチャンピオンのダイゴだった。
どうやら何度も電話をかけてきていたらしいが、生憎そんなことなどジンはどうでも良かった。

どうでも良くないのは、マシンガンのように話すダイゴからの問題発言。
嫌な予感がしていたが、やはり自分もその鉱石密猟事件とやらに手を貸すことになってしまったらしい。





「つか、ムロならトウキが居るだろ、なんでわざわざ俺がそこの担当になんだよ。」


「あぁ…トウキはつい最近トレーニングマシンの不具合で事故にあって、大事には至らなかったんだけど右腕を骨折したらしいんだよ。だから今回は不参加。そんな状態で参加してもらって、もし何かあったら大変だし…」


「何やってんだよあの筋肉馬鹿が。」





ムロタウンならそこ担当のトウキがいるだろうと最もな意見を言えば、どうやら彼は現在利き腕を骨折してしまっているらしい。
なんてタイミングでやらかしてくれるのだとダイゴの回答に溜め息を吐いて眉間に皺を寄せるジンは、もうこの案件から逃げられそうにない雰囲気を察して再度また諦めたように溜め息をつく。
一応、自分はただの補欠メンバーなのだが、と。






「あぁ、あともう一つ。今回、犯人はそのスピードとか容量の良さなんかも考えて、グループの可能性が高くてね、こっちも2人一組で構成したから。」


「はぁ…別にそれは構わねぇけど…んで?俺の相手は誰になったんだ?ミクリだけはやめろよ。」


「アスナ。」








その名前を聞いた時。
何故自分の胸が少しざわついたのか。
その理由は分からなかったが、電話の向こうで聞こえた幼馴染の声がとてもハッキリしていたことは、分かった。



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