出会いは突然に



晴れやかな日。
うん。今日はなんて晴れやかな日なのだろう。
カナズミシティの街中を歩きながら、ご機嫌な様子でそんな事を考えてしまうアスナの足はとても軽やかなものだった




「…っ、ふふ。」




あまりの嬉しさに、思わず笑みを零しながら歩くアスナの腕の中には、ずっと欲しかったポケフォンが入った紙袋があった。
まぁ元々、このポケフォンはシアナを助けにカロスに行った際、密かにダイゴに強請っていたものだったのだが、本当に嬉しいのはそれだけではない。



「…それにしても…今回ばかりは本当に感謝だなぁ…ジムの件、許してあげよ。」



あれだけ怒っていた、いや、正確には根に持っていたと言うべきだろう。
カロスへと行く前に起こった、自身のジム半壊滅事件。
まぁ、それだって言ってしまえば自業自得な部分もあったのだろうが、あれだけユウキに大暴れされ、尚且つそれを止めなかったダイゴが手伝いにも来なかった事に少しながらもまだ苛立っていた部分があったアスナ。

しかし、それさえも笑いながら許してしまう程にアスナが喜んでいるその理由。
それは、このポケフォンを取りにデボンの社長室へとお邪魔した数分前にダイゴから言われた…





「この中にジンの連絡先を入れておいたからね。」




…という、何とも粋な計らいをしてくれたダイゴの言葉が原因だった。
最初は顔を真っ赤に染め、いやいやいやいや!!と戸惑ったアスナだったが、聞けば本人にも了承を得てくれていたようだったので、ついついその言葉に甘えてしまったのだ。




「え、あ、ありがとう…ございます…っ!!」


「これくらいお安い御用さ!アスナ、頑張るんだよ!」




その時のダイゴの顔があまりにも得意気で、おまけに「頑張れ」とまで言われたアスナの脳裏にははっきりと自分の親友の顔が浮かんでしまったが。
その前に自分はジンが好きなのだとダイゴに直接話した覚えがない。いつの間に察していたのだろうか?

やはり夫婦は似るという言葉はあながち間違ってはいないのかもしれない。
いや、まだあの2人は夫婦ではないのだけれども。



「…待てよ…?でもその時のジン、どんな反応したんだろ?」



そんな事を考えて、ふと進めていた足を止めたアスナはその時のジンが一体どんな反応をしたのかという事が気になってしまい、思わず近くにあったベンチに腰掛ける。

そうだ、たしかに自分にとっては嬉しい。
好きな人の連絡先を入手し、おまけに本人にも了承を得ているという安心感もある。
しかし、もしかしてそれは無理矢理だったのではないだろうか?

ダイゴとジンは昔ながらの幼馴染で、本人達ははっきりと明記はしていないが、あの関係は自分とシアナのような「親友」と言っても何も間違えはないだろう。
そんなダイゴからお願いをされていたとしたら?



「アスナにポケフォンを渡すんだけど、ジンの連絡先を入れておいても良いかい?」


「はぁ?何でだよ。」


「ほら!何かしらで用事とか出来るかもしれないだろう?」


「何かしらの用事って、お前なぁ……面倒くせぇから却下。俺は抱ける女だけで充分なんだよ。」


「もしも用で!もしも用で入れておくからな!」


「話聞けよてめぇ。」



そう。例えばこんなやり取りだったとしたら?
もしこの予想が当たってしまっているとしたら、軽い気持ちで連絡など出来るわけがない。
これでは宝の持ち腐れと言うやつではないか。
いや、まず本当に自分が想像した通りのやり取りなのかも分からないが、万が一という事もある。

別にジンの性格が悪い等とも思っていないし、そんな事を言うような人とも思ってもいないが、やはりどうしてもマイナス思考に考えてしまうのだ。
最悪の事態を想定していれば、その分もしそれが事実だったとしても、傷は軽く済むのだろうから。



「っ…何か怖くなってきたな…あーもう!あの時ダイゴさんに聞いてみれば良かった…!」



完全に確認不足だ。やってしまった。
今から連絡をしてさり気なく聞いてみようか?
いや、しかし今更そんな事は恥ずかしくて聞き辛い。

どうしよう、踏み出せない。
そう頭の中で呟き、思わず頭を抱えて俯いたアスナの視界に映るのは、勿論自分の足元。
すると、そんなアスナの足元に一つの影が現れた。



「あの、何かお困りですかな?」


「……え?」



一体誰だろう?
自分の足元に影を落とした人物を確認する為に顔をあげたアスナに声を掛けたのは、アスナがまるで知らない老人。

良く見れば、その容姿は頭を抱えていた自分に対して何か困っているのかと優しく問い掛けてくれた事が納得出来る程の優しそうなジェントルマンだった。

あぁ、自分は見ず知らずの人にまで心配を掛けてしまったのかと申し訳なくなりながらも、どうしてもアスナはそれよりも目の前で自分を心配そうに見詰めている老人に突っ込みを入れたくて堪らなくなってしまう。



「…いやあの…すいません。私は大丈夫ですから、どうかご自分の心配をなさって下さい…っ!」


「え?あ、それは良かった!私の事などお気になさらずっ!!」


「いやいや傾いてます!傾いてますって!!」



ついにアスナが我慢出来ずに突っ込みを入れてしまったのは、その男性の両手にはこれでもかという程の紙袋やら箱やらが山積みになってふらふらと揺れているからだった。




「あぁぁあ…!」


「あーっ?!…っ、ふぅ…あっぶなかったぁ…!!」


「おや?!…何と!これはこれは…助かりました…!いやはや申し訳ございません…。ありがとうございます!」


「え?あぁ。いえいえ!これくらいなんて事無いですから!取り敢えず荷物が無事で良かったです!」



そして案の定、その山積みになった荷物は彼の「お気になさらず」という言葉に反して、ぐらりとバランスを崩して傾き始めたのを確認したアスナは思わず立ち上がってその荷物を受け止める。

そんなアスナの運動神経抜群な咄嗟の行動に、思わず拍手を贈りそうになった老人だが、自身の両手は何とか崩れずに済んだ残りの荷物で塞がっている為、代わりとでも言うように柔らかな笑顔で謝罪と感謝を述べる。



「本当にありがとうございます…この荷物は殆どが精密機械なので、落としたら元も子もなかったのですよ…!」


「精密機械?」


「ええ。と言っても、簡単に言ってしまえば掃除用具なのですが。」


「掃除用具?!え、それがこんなに?!」



ジェントルマンな老人の両手に山積みになっていた荷物の詳細を聞いたアスナは驚きのあまり思わず自分が受け止めた荷物を眺めてしまう。
かなり沢山のこの荷物が、まさか全て掃除用具だったとは想像の遥か斜めを行っていたからだ。
てっきり、誰かの贈り物だとか、この老人の奥様の洋服なのだとばっかり思っていたのだから。

しかし、確かに洋服にしては重いので嘘ではないのだろう。
失礼かもしれないが、こんなに掃除用具を用意するだなんて、一体どれだけ汚れた家なのか。
何処かの屋敷等に仕えていそうな、もしくは誰かを雇う側にも見えるこの老人が部屋を汚すだなんて、正直想像が出来ない。



「ははは。実は私、このカナズミシティにある屋敷に仕えていた者でしてね…つい先日懐かしくなって、お邪魔してみたらあまりの荒れように居ても立っても居られず…」


「あぁー…成程…。」



そんなアスナの考え事を察したのか、老人は苦笑いをしながら簡単に事の詳細を教えてくれた。
成程、どうやらこの老人は何処かの屋敷に仕えていた執事さんだったらしい。
通りで物腰柔らかな礼儀正しい人だったのだと納得をしたアスナは、それならばと未だに受け止めたままの荷物を持ち直すと、ベンチに置きっぱなしだった自分の荷物の持ち手を腕に通し、きょとんとしている老人に笑顔で声を掛けた。



「それなら、そのお屋敷まで一緒に運びますよ!また傾いたりして、今度こそ落としちゃったら洒落になりませんもん!」


「ええ?!いや、流石にそこまでお嬢さんにご迷惑をお掛けするのは!」


「良いんですって!これも何かの縁ですから!ほら、案内して下さい!」


「…!?」



自分が持っていた筈の荷物を持ち、眩しい程の笑顔を自分に向け、こちらが断れないような少し無理矢理な勢いをつけて言ってくれたアスナをその瞳に映した老人は、ゆっくりとその瞳を大きく見開くと、その後何故か言葉を失ってしまった。

そんな老人を不思議に思ったのか、アスナが首を傾げて見つめていれば、老人はハッと我に返ったように一瞬肩を震わせると、少しだけ泣きそうな表情をチラつかせながら柔らかい笑みを浮かべる。




「?」


「っ…いえ、申し訳ございません…それでは、お言葉に甘えさせて頂きます。…では、こちらです。」


「…?…え?あ、はい!」




一瞬。
本当に一瞬だけチラついた、悲しそうな表情は一体何だったのか?
そう思ったアスナだったが、そんな疑問を吹き飛ばしてしまう程の心落ち着く笑みを浮かべてくれた老人はお礼を言うとこちらです、と紳士的な態度でアスナに向かって声を掛ける。

女性であるアスナの歩幅に合わせるように、ゆっくりと歩いてくれる老人に、やはり元執事なだけあって紳士な方だと感心しながらも、その横を歩き始めたアスナは自分でも分からない安心感を、何故かこの老人に抱いてしまったのだった。




まさかこの出会いが、未来に進む為にどれだけ重要だったかだなんて、思いもせずに。




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