光る青





「な……なんて…っ、美しいんでしょう…か…」




打ち上がる色とりどりの花火は、ベテランのMCでさえも大したことが言えない程に大きく美しく、盛大に、儚く散っていく。



始まりを思わせる青空の色。

暖かな南国を思わせる翠玉色。

凛々しさを思わせる銀色。

荒々しくも燃え上がるような烈火色。

母を思い出させるような、大海原のような紺碧色。



そのどれもが輝いて、周りを…世界を照らして。
その光は会場にいる人間の瞳を輝かせ、時には零れてしまった透明な涙さえも美しく色を添える。

誰もが言葉を失い、今目の前に広がる光景に魅入ってしまった中で、最後の白い花火がキラキラと瞬いて消えた時。
ハッとした様子で我に返った観客達が見たステージでは、何も言わずに見つめ合っているダイゴとシアナの姿があった。
それがどんな顔をしているのか、どんな状況なのか。
観客席からはそれを確認するのは難しく、本人達が何を思っているのかは分からなかった。





「「…………………」」





何も言わない2人と、そんな2人とシンクロしているかのように黙って立っているメタグロスとバシャーモ。
お互いに先程の技で全力を出し切ったようで、特に戦う様子は見当たらない。

そんな光景を誰もが黙って見つめる中で、無常にも響き渡ったのは時間終了を知らせるブザー音。
すると仕事柄一番我に帰るのが早かったのだろうMCが、何とか絞り出すような声をマイク越しに響かせる。





「…っ、け、結果…!!結果はどうなりました?!モニター!」




MCの言葉にようやくその場にいたもの、テレビで観覧していたもの達が今自分が見ているのが「コンテストバトル」だったということを思い出してモニターを見れば、そこには集計中のカウントダウンが映し出されていた。

10…9と、どんどんその数値が小さくなる度に興奮でドキドキと音を鳴らせる心臓の圧迫感に耐えながら、誰もがモニターを見つめる。
ダイゴもシアナもそれを見届ける為にステージの中央へと移動し、2人並んでモニターを見上げれば、残りカウントが3を表示した。
誰も何も指示していないのにも関わらず、「3…2…」と全員でカウントダウンを始めた、その時。





−…ガシャァァンッ!!!…−





突然何かの大きな音が響き、容赦なく地面がグラグラと揺れ始めたのに耐えようと椅子にしがみついた観客達は突然のことに理解が追いつかないものの、わけも分からず恐怖に襲われて悲鳴を上げ始める。





「っ…な…んだ、ありゃ…?!」





そんな観客席の中で咄嗟にアスナを守る為に抱き締めたジンが見たものは、なんと天井を突き破ってステージの近くへと転がり落ちてきたヘリコプターだった。
そして畳み掛けるかのように上に設置してあった大型モニターが粉々に潰れて落下した音が響くと、やっと「避難して下さい」とのアナウンスが流れる。

何がどうなってこんな事になったのかは今は検討もつかないが、逃げ惑う観客達の悲鳴。我先にと目の前の人を押し抜けてでも逃げようとする連中。転ぶ子供や突然のことに椅子にしがみつく事しか出来ない老人等が目に入ったジンは苛立ちを抑えずに舌打ちをすると、アスナを強く抱き締めたまま、隣にいるユウキへと声を掛けた。




「お前は控え室からハルカを迎えに行ってやれ!それが終わったら強引でも何でもいい!エントランスで円滑に避難出来るように警備員のサポートしろ!それからほのおタイプのポケモンは絶対に使うなっ!!」


「わ、分かりましたっ!!でもジンさんは?!」


「俺はまずここをどうにかするっ!いいからお前は早く行けっ!!」


「は、はいっ!!」




泣き叫ぶ声や怒鳴る声に混じりながらもジンの指示を聞いたユウキは強く頷くとオオスバメをボールから出し、観客達の上を通って控え室へと向かった。
その姿を確認したジンが少し安心したのも束の間。

今まで状況が理解出来ずにいたのだろう、されるがままとなっていたアスナが腕の中からもがくのを感じて一度その腕を緩めれば、アスナは勢いよく中央のステージへと走って行こうとした為にジンはその腕をパシ!と掴んで引き止めた。





「離してジン!シアナ…!シアナを助けなきゃっ!」


「だと思った…!ったく!行かせるわけねぇだろうが!シアナならダイゴが隣にいただろ?!ミクリだって近くにいたんだ!今お前がやるべきなのはこの場を落ち着かせる事だっつの!」


「分かってるっ!そんな事分かってるよ!!でも!でもあたしは!それでもシアナの方がその何倍も大切なんだよ!!」


「っ…!!なら俺だってこんな自分勝手な奴らよりも!ダイゴ達よりもっ!!お前の方が何倍も大事なんだ!行かせるわけねぇだろ!今は黙って俺の隣にいろこの無鉄砲がっ!!」


「っ…!!」


「……ウォーグル!手当り次第に年寄りと子供を乗せて外まで運べ!グラエナは埋もれてる奴がいねぇか探せ!!…っ、そこ!危ねぇから瓦礫の上を通るなっ!外に警備員がいるだろうからその指示に従えっ!!若い男は女や子供、老人もついでに背負って逃げろ!!てめぇら早く逃げてぇなら三列ぐらいで並んで外に出ろやっ!!そんなに死にてぇのかっ?!!空を飛べるポケモン持ってるやつは空から逃げろ!!ほのおタイプは絶対に使うな!!落ちたヘリに少しでも引火したらこの建物吹っ飛ぶぞ!!」





自分が放った言葉をブーメランのように返してきたジンのお陰で黙ってしまったアスナを目だけで確認したジンは、もうアスナが無鉄砲な行動をすることはないと判断したのだろう。
直ぐに周りを見渡し、言い方は悪いものの的確な指示を観客達に届くように大声を張り上げる。
すると、先程まで我先にと出口の前で詰まっていた観客達がジンのその威圧に圧倒され、徐々にではあるが円滑に出口へと人が流れていく。

そんな彼の…補欠と言えどもこんな時こそ私情を捨てなければならない、ホウエンを代表する立場である「四天王」としてのその姿を見て、自分は何をやっているんだと自らの拳を握り締めたアスナは一度だけステージの方を確認すると、数人のスタッフとミクリがいる事に気づき、それなら自分はとジンの隣に立って同じように声を張り上げ続けた。















「ダイゴ!!シアナちゃん!!何処だい?!」


「分かりません…!2人がポケモンを咄嗟にボールに戻したのはこの目で確認したんですけど…カメラの映像がこの衝撃で壊れてしまったのでその後を確認する事が出来なくて…!でも、見当たらないとなると…が…瓦礫の下敷きになっている恐れが…!」


「っ…!」


「!!ヘリの中から人がっ!まだ息があります!!」


「担架!!誰か担架持ってこいっ!!」




一方、ヘリが落ちてきた中央のステージ側にいたミクリ達は何とか無事だった人達でダイゴとシアナの救助をしようとしている所だった。
しかし何処を探しても見つからず、声を上げても返事さえ聞こえてこない。

おまけに目の前では落ちてきたヘリが無惨な姿で潰れており、燃料が漏れてしまっている状態で、引火しないようにとミクリの水ポケモン達が総出で水をかけている状態だ。
そんなヘリの中に人がいるのを確認したスタッフが助けようとしている所を横目に、ミクリは立場を忘れて大切な友人達を探すことを優先してその手を必死に動かす。

例え汚れようが、怪我をしようが。
そんな事はどうでもいいと、乱れた髪も破けた衣服も気にすることなく、ただひたすらに瓦礫を掻き分けて友人達の名前をまるで叫ぶかのように繰り返していた。
すると、余程集中していた事で気づかなかったが、自分のすぐ後ろから女の子の声がしたことでミクリは驚いたように後ろを振り返る。




「ヤンチャム!ニンフィア!瓦礫を動かすのを手伝って!」


「…君は…!?」


「話は後です!今は早くシアナさんとダイゴさんを見つけなくちゃ!!」


「っ…すまない!助かる…!」




見たことがないその女の子は話の流れ上、どうやらダイゴとシアナの知り合いらしい事だけを把握したミクリはその女の子の言う通り、話は後だと再度ダイゴ達の捜索を続ける。
そうしていればいつの間にかこちらに駆けつけてくれたのだろう、ジンとアスナも加わったメンバーは揃って何度もダイゴ達を呼び掛けながら瓦礫を掻き分け、ガラガラと崩れる音の中で段々とアスナのすすり泣く声が混じり、その声は一層その場の危機感と不安を募らせる。





「っシアナ…!シアナ!!…ふ…う…っ、ぐす、何処?!シアナ…!!」


「っ、クソが…!!ダイゴ!シアナ!何処だっ!!」


「ダイゴ!!シアナちゃん!!お願いだ…!返事をしてくれっ!!」


「っ……あ、れ………?ねぇ…!ねぇ、これ………?!」





ダイゴとシアナを大切に思う仲間達が必死に探す中。
涙が滲む中でふいにある物が目に入ったアスナはその顔を真っ青に染め、近くにいたジンの服の裾を掴み、震えた指でそれを指す。

その震えた指先の向こう側に転がり落ちていたものは、この場の誰もが見覚えのある物だった。
それは青く、青く光る…彼女が…シアナが幼い頃からずっと肌身離さず持っていた…





彼女の母である、カイリの形見のピアスだった。





「!!?一旦退いてろ!!おいミクリ!!」


「分かっているっ!!」


「っ、やだ…!やだ!!シアナ!!ねぇやだ、こんなのやだぁっ!!!」


「アスナさん、大丈夫…!きっと大丈夫ですから…!!」





そのピアスを見た瞬間、直ぐに反応したジンとミクリが掛け声と共に大きな瓦礫を退かす様子を目の前で見ながら。
涙をボロボロと流して崩れ落ちてしまったアスナと、その背中を摩ってくれている女の子が次に目にしたものは、退かされた瓦礫の下から見えた銀と金。

その瞬間に目を大きく見開いたアスナは動かなくなってしまった足を気にもせず、腕だけを使って這うように近づくと、大好きな親友の体を抱き締めて必死に声を上げる。





「ねぇ、…!ねぇシアナ!!やだ、やだぁ…!!お願い!!目を開けてよシアナ!!お願い…お願いだから…お願いだからぁ!!あたしを置いていかないで、…!!ねぇ、シアナ…っ!!」


「………っ、…」


「!!…シアナ?っ、シアナ!!!」


「……あ、…アス…ナ…?」


「シアナさん!よか…良かったぁ…!!」





ぽろぽろ、ぽろぽろ。
目を閉じている親友のその頬に幾つもの涙を零しながら必死に声を掛けるアスナは、ふとその閉じられていた瞳がゆっくりと開かれるのを確認すると、顔を真っ赤にして震えた手と声で再度また親友の存在を確認するかのように何度も名前を呼ぶ。

すると、意識がはっきりしたのだろうシアナは目の前で子供のように泣きじゃくるアスナの頬に手を添えて微かに笑ってみせたが、徐々に何かを思い出したかのように目を見開き、急にアスナの頬に添えていた筈の手を移動してアスナの手を握ると、その空色の瞳に大きな雫を浮かび上がらせ、震える声で言葉を発した。





「…、っ、…だ、ダイゴ……が……!アス、アスナ…!ダイゴが……!」


「…っ、え……?」


「ダイゴ、が…っ!わた、私を…!庇って…っ!!おね、お願い…!!ダイゴ……!ダイゴを助けて…っ!!お願い…っ!!」





自分の腕の中にいるシアナの言っていることを理解した、その時だった。
自分の直ぐ近くで発せられていたのだろうに、親友に夢中だったことで全く耳に入っていなかった、ジンとミクリの声が、言葉が。





「おい……っ!おい…っ!てめぇ…ふざけんなっ!!」


「ダイゴッ!!おい!ダイゴッ!!っ…!目を開けろダイゴッ!!っ、血が…!血が止まらない…!!誰か!誰かぁ!頼む…っ!頼むから早く…っ!!誰でもいい!!医療に携わっている人はいないか?!助けてくれ…!助けてくれぇっ!!」


「この場に医者は駆けつけてねぇのか!!?!誰でもいい!!誰でもいいからっ!!早く…!はや………っ、早くしてくれ!!!頼む…っ、たの、頼むからぁっ!!!!!!」





頭から血を流してぐったりしているダイゴを抱えたまま。
掠れて、震えて。
涙を流して叫んでいるだなんて、そんな事。

気づいてしまった…気づきたく、なかった。


見たくなんて、なかった。



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