闇に咲く





ぞくり、とした。
舞い散る青い紙吹雪の中で…一際目を引く彼女のパートナーであるバシャーモと同じ色の赤がひらりと揺れ、その空色と目が合った瞬間に。

身の毛がよだつような、血の気が引くような。
まるで…彼女以外の全ての物を排除されたかのような、そんな感覚。





「…ダイゴ、」


「…何だい?」


「今からこの場は、コンテストステージだよ」


「……そしてそのステージに色付けするのは…僕とシアナの2人だけにしか許されない。…そうだね?」


「…うん」





いつもはその空色が自分を見つめる度に愛おしくなるのに
今は…今この瞬間だけは、その色が何よりも自分を怖くさせる。

しかし別に嫌な怖さでは無い。
その怖さはマイナスなものよりも、寧ろプラスに作用するもの。


武者震い



カタカタと震える拳が、何よりの証拠だった。









「それでは…ステージはミクリさんがプロデュースした物となります!足場の周りを水が囲むこのステージで、婚約関係の2人がどんなコンテストバトルを魅せてくれるのか!さぁ皆様っ!!存分にその世界を堪能して下さいっ!!」





ダイゴとシアナがステージの両端に立ち、ボールを構えた事でMCの説明が入る。
ステージはダイゴが選ばなかったくす玉の持ち主であったミクリがデザインしたもの。
白いステージを取り囲むように水が流れるその世界は、まるでルネシティを思い出させるような物だった。

その場にいる誰もがゴクリと喉を鳴らして黙り込む…水の流れる音が聞こえる中で、お互いの最大のパートナーをボールから出した2人は、すう…と一つ息を吸うとMCの合図に合わせて揃って声を出す。






「それでは!プロモーションカップ…エキシビションバトル!…開始っ!!」


「「お願いします!」」

















「メタグロス!バレットパンチ!」


「バシャーモ!ブレイズキック!」





開始早々、お互いのパートナーは、まるで何を言われるか分かっていたかのように指示とほぼ同時に勢いよく相手に向かって技を放つ。
ダイゴが得意とする鋼タイプのその技は、シアナのハッサムが惚れるのも素直に頷ける程の速さと強さでバシャーモへと放たれるが、それは片足に全体重を込めた炎を纏った蹴りで受け止められる。

そしてそのまま…何100キロもあるメタグロスは炎を纏いながらミクリが座っている審査員達の上を飛んで証明へとぶつかり、まるでドミノ倒しかのように周りの証明達は小さな爆発を起こしながら炎上していく。

本来なら確実に事故だが、それをそうさせないのは事前に準備していたガラス張りのシェルターが審査員達を囲んでいることで事なきを得ている。





「おっとぉ?!これは初っ端から物凄い勢いですっ!!これはダイゴさん!チャンピオンと言えども流石にキツいかぁ?!」


「舐めてもらっては困るね…メタグロス!ラスターカノン!」


「…!バシャーモ!守るっ!」





チャンピオンと言えども、流石に勝手の違うコンテストバトルはやはりキツイのか。
そんな事を言われたダイゴは怒るでもなく、寧ろそうでなくてはと言わんばかりに強気に笑うと、爆発を起こしている証明達に突っ込んだままのメタグロスにラスターカノンを指示する。

すると、その眩しい光は爆発で何倍にも膨れ上がった炎を螺旋状に纏って物凄い速さでステージの上へと立っているバシャーモへと向かっていき、シアナは咄嗟に「守る」と指示をするものの、その威力はバシャーモの防御を貫通して、今度はバシャーモがメタグロスとは反対方向に吹っ飛んでいってしまう。

そんな様子を見たシアナが思わず目を見開くが、それは会場に大きく響き渡るMCの実況によって我に返ることになる。





「こ…これは凄いっ!!すかさずダイゴさんのカウンターがティターニアのバシャーモに決まったぁ!!!」





そう。カウンター。
それはシアナがコンテストバトルの中でも特に得意とする方法。
相手の技を活かし、それさえも自分のポケモンの魅力を引き出す材料にしてしまうものだ。
それはシアナがポケモンバトルでも活かすようになった方法で、それはずっと傍にいた…そして何よりミクリからコンテストの教えを受けていたダイゴが一番良く知っている。

パリン、パリン、パキン、と反対側の証明達もその衝撃で次々に割れ始め、すっかりと光を無くした会場には唯一眩しく辺りを照らす大型モニターがその存在感を放つ。

そして…思わずそんなモニターを見てしまったシアナの目に映ったのは…






「!!予想外!これは予想外です!!バシャーモのメーターがメタグロスよりも減っていますっ!!!」






ポケモンバトルとは違うコンテストバトル。
決して相手を瀕死にさせる訳では無いそのバトルは、如何に自分のポケモンを魅力的に見せるかどうか。
そして、その勝敗はそれを表現するメーターの残量で決まる。
そんなメーターがメタグロスよりもバシャーモの方が減っているという事は…この時点でメタグロスはバシャーモよりも輝いて見える、という事。

それを頭の中で理解した途端。
シアナはゆっくりと俯くと、拳を握ってふるふると震え出す。
そんなティターニアを初めて見た観客席からはどよめきの声がざわざわと響くが、それは「まだ序の口だ」と言わんばりにピンピンしているバシャーモがステージへと戻ってきた事に状況が一変する。






「…っ…バシャーモ…!ダイゴ…!」


「…」


「…何かな?コンテスト界のティターニアさん」


「っ…!楽しい…!凄い楽しいっ!!」






バシャーモが自分の目の前へと戻ってきた時に顔を上げたシアナは、目の前にいるバシャーモとダイゴにそう告げる。
俯いてしまったのは、拳を震わせていたのは悔しさでも何でもない。

わくわくして、楽しくて。
心の底から…体中の血の巡りが活性化するような感覚がシアナを襲っていたからだった。

その瞳はキラキラと輝き、まるで小さな子供に戻ってしまったかのように満面の笑みを浮かべているそんなシアナを見たダイゴとバシャーモはゆっくりと口元に弧を描き、それを見ていた審査員のミクリやアスナやジン達も満足そうな表情をしている。



そう…楽しいのは、わくわくしているのは…シアナだけではないのだ。



今この場で主役になっているメタグロスとバシャーモも、シアナとダイゴも。
ミクリやアスナ達も…観客席やテレビの前で鑑賞している全ての人達も。
今、今このバトルが何よりも輝いて見え、その続きを今か今かと待ち望んでいる。





「なら…!もっと楽しませてあげないとねっ!メタグロス!連続でバレットパンチッ!!」


「バシャーモ!こっちも連続でブレイズキックッ!!」


「コメットパンチッ!!」


「スカイアッパーッ!!」





ステージの中心で繰り広げられるその技の放ち合いの威力を表すかのようにステージの周りを囲っている水達が不規則に波打っては水飛沫を上げる。

その中では相性的に不利な状況にも関わらず全くそんな素振りを見せない炎タイプのバシャーモと、そんな炎を受けても尚動きを止めないメタグロスが何度も何度もぶつかり合って重低音を会場に響かせ続ける。






「っ…!こ…これは…!…は…速いっ!速すぎて全く見えませんっ!!」





大型モニターの灯りしかない世界で。

聞こえるのは何度もぶつかり合っているのだろう重低音と金属音、そしてパチパチと弾ける炎の音。

見えるのは何度もぶつかり合っているのだろう閃光と不規則に燃え上がる炎の光と、それに反射する無数の水飛沫。

そして、大型モニターに映る…お互いに削りあって競い合うバシャーモとメタグロスのメーターの攻防戦だった。





「…ダイゴ!私…ずっとこんな日が来ないかって夢見てたの!…大好きなステージで、大好きなダイゴと誰もが引き込まれるこんな世界を作ることが!!」


「あぁ!それは僕もだったよ…!愛しい君と、本当はいつかこうしてぶつかり合う日が来ないかって思ってた!日常の君だけじゃない、ステージの上にいる女王の君とも交えてみたいって!!」





出会ってから今まで、本当に沢山の事があった。
そのどれもが眩しくて、儚くて。
まるで眩い大輪の花のように咲いて、咲いて。

初めは初々しい程に照れてしまったり、無駄にカッコよく見せようとしてみたり。
いつかその瞳に自分がずっと映ってくれるようにならないかだなんて、期待して、右往左往して。

それが今では君との、貴方との思い出が沢山あり過ぎて、どれを話せばいいか分からない程に増えていった。






「バシャーモ!」


「メタグロス!」






ずっと傍にいた…傍に居てくれた。
大好きな君と、貴方と作ったその沢山の思い出達は…







「フレアドライブッ!!」


「サイコキネシスッ!!」







生まれて、咲いて。
光って、輝いて。
集まって、一つになって。







(…チャンピオンじゃない……御曹司じゃない…ただの僕を見て欲しい…)


(…本当は…ずっと…私だって家族が欲しかった…お父さん……お母さん……)






強がりのナイフを振り回して、いつの間にか自分自身で作り上げてしまっていた暗闇の中で引き篭って、勝手に自分を傷つけて叫んでしまっていた…その痛みさえも光に変えて。






−…ぽちゃん…−






周りを囲っていた、水面から飛び出した一粒の水滴が地面へと落ちた、その時に。



シアナのバシャーモが放った渾身の炎は
ダイゴのメタグロスのサイコキネシスに受け止められて高く高く昇っていく。

頂点へと登ったと同時に…抑えていたサイコキネシスの力が消えた、その瞬間。






「………………これ、は……………花…火………だ…」






2人の光は、咲いた思い出は。


暗闇と化したその会場の空に。
大輪の花となって、色とりどりの光を降り注いだ。



BACK
- ナノ -