話したいこと





「…ねぇお父さん、」


「ん?何だ?」


「何か…不思議だなぁって思って。だってついこの間まで私、今こうしてこの場所で眠ってるお母さんと普通に会話をしてたんだもん」


「はっはっは!まぁ、私からしたらそれは20年以上前の話だけどな!あの時代から帰ってきたばかりのお前からしたら確かに不思議な感覚だろうよ」


「うん。それにお母さん…凄い綺麗で美人だった。容姿じゃなくて中身も素敵な人だった…」


「…そうだろう?そして、そんなお前のお母さんは私を好きになったわけだ。…どうだシアナ、昔のお父さんもカッコよかっただろう?」


「えー?…んー…ダイゴの次にね!」






潮の香りを乗せながら。
木々の間をすり抜けてそのプラチナブロンドの髪を撫でた風は、まるでの場で一緒に笑っているかのように優しい。
父親の自分ではなく、きっと近いうちに自分の息子にもなるのだろう婚約者の方がカッコよかったと言われたセイジロウは参ったと面白そうに笑いながら雑草の入った袋の端を縛り始める。
その隣では、周りに咲いている…この場所に眠っている彼女の大好きな色の花達にあげていた肥料の袋を綺麗に折りたたんで片付けているシアナの姿があった。

今日は親子二人で久しぶりの墓参り。
シアナからすれば、それは最近まで隣で会話をしていた相手のものだったが、セイジロウからしてみればそれは20年以上も前のこと。
二人で不思議な感覚だなと笑いながらも揃ってカイリの前にしゃがんで手を合わせる。







「…そういえばシアナ、お前いつの間にこんなに花を増やしていたんだ?お父さん驚いたぞ」


「ん?ふふ。あのね、元々昔からガーデニングとか好きだったんだけど…ダイゴの家に住むようになってからは結構本格的に出来るようになったんだ。ほら、凄く広いから」


「確かに広いな…私も初めてあの家に邪魔した時は驚いたもんだ。…そういえばあの木の実畑もシアナが作ったんだったか?…うむ。そりゃ植物の世話も上手くなるわけだな…」


「うん!お陰で毎日楽しいよ。バシャーモ達も手伝ってくれるし!あ、でも最近はついバシャーモに甘えちゃうんだ…過去にいた時に全然会えなかったから、良く抱きついちゃう」


「ははは!そうかそうか!バシャーモには感謝しないとな!…それに、お前が幸せそうで私は何よりだよ。私もダイゴなら安心して娘のお前を任せられる。…その髪…約束の長さにはもう少しと言ったところかな?お前の花嫁姿が楽しみだ」







元々ガーデニングが趣味だったのもあって、きっとダイゴと暮らすようになってからはそれはそれはのめり込むようにガーデニングな熱中したのだろう。
それが分かるくらいに周りに咲き誇る花達は昔よりも遥かに数を増やして、その輝きさえも増している。
空色のブルースターや青いアネモネがゆらゆらと潮風と共に揺れている姿は、何処か嬉しそうにも見える。

そんな、娘の育てた花に囲まれた白い墓石の下に眠る妻を想い、良かったなと柔らかく微笑んだセイジロウは次にまだ見ぬ娘の花嫁姿を想像しながらニコニコと雑草の入った袋を持って、帰り支度を始めようとすると、先程までバシャーモに対して幸せそうに惚気けていた筈のシアナから、突然真剣そうな声が掛かった。






「お父さん…あのね、その事で少しお願いがあるんだけど…」


「うん?」


「…まだダイゴにも言ってないんだけど…ちょっと世間的にどうなんだろうなって思って言い辛くて…」


「世間的…?何だ?取り敢えず話してみなさい」





娘の真剣な声に振り返り、一度持った袋を再度下ろして話を聞く体勢に入った父親と目が合ったシアナは、少し気まずそうにしながらも少し間を置いてゆっくり、はっきりと伝えたい言葉を吐いた。





「…私……………」



「………………え………?」






タイミングを見計らったように思える、シアナの言葉以外にもその場にある何もかもを揺らすような潮風は、まるで…共にお願いをしているような、喜んではしゃいでいるような。

その潮風はセイジロウの髪を揺らし、優しく肩を叩くようにして去っていく。
その場にいたセイジロウにしか聞こえなかったその「お願い」は、果たして…






















カイリの眠る花畑でとあるお願い事をしたシアナは、あの場でセイジロウからの許しをもらってからも尚、ダイゴにその話をする事を悩み続けていた。
それがどれだけの期間かというと、分かりやすく言えばあの日から今日までの間にプロモーションカップの準備が全て終わってしまったと言えば簡単だろう。
自分がいつまでも言い出せないまま時はあっという間に流れてしまった。
早く言わなければ、聞いてみなければと強く思えなかったのはそれよりも遥かに周りの情報が目まぐるしく回っていたからだ。

会場のセッティングや宣伝の為に使うポスターの撮影、宣伝活動。
何十回も繰り返されるリハーサルやポケモン達のコンディションチェック。
家に帰ってきたダイゴから聞かれた事に、あの時のように熱が入り切らないようにと気をつけながら助言をしたり…
勿論その他にもやる事は沢山で、そちらに全力を注いでいればそんな余裕など無かったし、何より真剣にコンテストバトルを物にしようと努力してくれている今のダイゴに余計な悩み事を増やしたくなかった。





「……ふう。……あー…緊張してきた…」


「…大丈夫?」


「ん?あはは!大丈夫大丈夫。立場上こういう緊張には慣れているからね。逆に心地良いくらいだよ」


「ふふ。流石チャンピオンだね!」


「光栄です。でも…シアナこそ大丈夫?最近ずっと働き詰めだったでしょう?」


「私も大丈夫!でも、とうとう明日なんだなぁ…って思うと今からそわそわしちゃうな…」




リビングにあるいつものソファに隣同士で腰掛けて食後のコーヒーを飲んでいた二人はしみじみとここ数ヶ月の出来事を思い返しながらそんな話をしていた。
お互いがお互い、とうとう明日に迫ったプロモーションカップに向けて努力していたことを知っているからこそ、明日は絶対にヘマなど出来ない。

何よりシアナにとっては大好きなダイゴと共にコンテストの仕事に関われるということがとても嬉しかったのだ。
初めは思いっきり断られたものの、引き受けてくれたからには真剣に取り組んでくれていた事を知っているし、ミクリからも定期的に「流石はチャンピオンだよ」等と報告を受けているくらいだ。

だから、明日は素直にそんな彼のコンテストバトルを見れるのが楽しみで仕方ない。
彼がどんな魅せ方をするのか、どんな戦い方をするのか。
ポケモンバトルでの彼しか見たことがない為に全く想像出来ないが、逆にそれが明日の楽しみを何倍にも膨れ上がらせる。





「そうだね…僕もまだ数ヶ月しか体験してないけど、それでもコンテストの奥深さを痛感した身としては、シアナと同じでハルカちゃんには頑張ってほしいなと思ってる」


「…うん。ハルカちゃんならきっと大丈夫。直感だけど、初めて戦った時に「この子は勝ち上がってくるだろうな」って思ってたから!」


「あはは!ティターニアにそこまで信頼されてるなら、きっと大丈夫だね!」


「ふふ。うんっ!それにダイゴのコンテストバトルも本当に楽しみ!当日まで私が相手をするのかミクリさんが相手をするのかは分からないんだけど、楽しみには変わりないよ!」





本人に直接言うわけではないが、彼女ならきっと大丈夫だと信じて笑っているシアナを見て、心の中で少し嫉妬をしてしまうものの、その後に自分のことを楽しそうに話すシアナの頬がほんのりと赤く染まったのを見たダイゴは嫉妬をしていた筈の心がくすぐったく感じて思わずシアナを抱き締める。

突然のことに小さく声をあげたシアナが可愛くて、その頭をぽんぽん、と優しく撫でれば幸せそうにこちらに擦り寄ってくるのが何よりも愛おしくてたまらない。






「…君とはいつまでもこうしていたいな…」


「…うん、私も」


「……ねぇシアナ」


「…ん?」






ただ広いだけの空き地だった筈の庭が、今ではシアナのお陰で沢山の木の実や花達で埋め尽くされているように。
自分がこんなに誰かを愛おしいと思う日が来るだなんて、心がこんなにも幸せで満たされる日々が続くなんて。
きっと、あの頃の自分は想像もしていなかったのだろう。

今では自分の腕の中で幸せそうにしている彼女に初めて出会って、この空色の瞳に吸い込まれるように惹かれてしまった、あの頃の自分は。

まだ、こうして自分の指の間をふわふわとすり抜けて、花の香りを運んでくるこのプラチナブロンドの髪が失われるだなんて思ってもいなかったし、何より…今のような覚悟もなかった。





「…髪、伸びたよね…あの頃のような髪型ではないけれど、長さは変わらないくらいになった」


「!……うん。スタイルはお母さんに褒めてもらえたのもあってこのままだけど………長さは…そうだね。あの頃と変わらないくらいまで伸びたと思う」


「「…………」」





髪型はあの頃とは異なっているものの、それはシアナが好きでそうしている髪型。

母親が憧れていた髪型であり、過去で出会った彼女から直接褒めてもらえた髪型。

そのスタイルのまま伸びたその毛先は、お互いが出会った頃と同じで彼女の胸下まで降りている。
それが何を意味するのか分かっている二人は何も言わずにお互いの唇を寄せ合って触れ合うと、ぱちりと目を合わせた。





「……明日、さ」


「…うん」


「全部が上手くいったら…君に伝えたい事があるんだ」


「…私も…ダイゴに大切な話があるの。話というより、お願い事なんだけど…」


「…うん、分かった。…なら、明日の夜は二人で話そう」


「…うん」






伝えたい事がどんなことか。
お願いとはどんなことか。
それはきっと、明日の夜に明らかになるのだろう。

一度離した唇を再度寄せ合って、その心地良い熱を帯びた感触を味わう寸前に、まるでハーモニーを奏でるかのように揃って呟かれた「愛してる」という音色は、テーブルの上に置かれたコーヒーカップから立ち上る湯気と共に空へと昇る。



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