増えていくもの





一方は親友2人にからかわれ、一方は逆上せて親友に介護をしてもらう羽目になっていたこの2人は現在、ふかふかに整えられた自宅のベッドにて横になっていた。
そして横になっていたとの文字通り、シアナはダイゴから背を向けて両手で顔まで隠している。




「シアナさーん?いつまで顔を隠してるんですかー?」


「ダイゴさんが寝るまで…」


「なら今日の僕は徹夜コースですね」


「それは困るので寝てくださいお願いします…」


「シアナさんの可愛い顔が見れたら大人しく寝ます」


「う…」




ダイゴが帰ってきてからというもの、先に帰ってきていたらしいシアナが「おかえりなさい」という言葉とほぼ同時に土下座の勢いで頭を下げて「ごめんなさい」と連呼していたのはまだ記憶に新しい。
そしてその時のシアナの顔と言ったら、まるで穴があったら入りたいと言うように恥ずかしそうに目をつぶって顔を真っ赤にしていたのだから、それはきっと今も全く同じ表情をしていることだろう。

まずダイゴからすれば今回のシアナのことは全く怒っていないし、寧ろ今更になってと新しい彼女の一面を知れたのだから驚きはあれど嬉しかった、というのが本音だ。
それを慌てて本人にも伝えたのだが、どうやらかなりの罪悪感でそれどころではなかったらしい。
お陰で、いつもは向き合って眠りにつくこの就寝タイムも寂しいものとなってしまっていた。





「僕は怒ってなんかないよ?だからほら、こっちを向いて?」


「…絶対に情けない顔してるから見せたくない…」


「僕はどんなシアナの表情も好きだけどな?」


「っ……またそういうこと言う…!」


「ふふ。仕方ないだろう?嘘偽りのない本心なんだから。…よっ、と」


「っ…!?」




記憶を飛ばす程にコンテストバトルに夢中になり、ダイゴが相手だと言うのにあんな…あんな羞恥を晒してしまったのだから見せられる顔などないだろう…と未だに自分を責めているシアナにとうとう痺れを切らせたのか、それともそんな彼女すら愛おしいのか。
どう考えても後者なのだろうが、そんなダイゴは自分に背を向けているシアナの上に覆い被さると、驚いた弾みで上を向いてしまったシアナの頬に手を添える。





「はい。これでもう逃げられません」


「う…っ」


「今日みたいな勝気なシアナも僕は大好きだと思ったよ」


「っ……ほ、本当に…?」


「うん。それに、この僕がシアナを可愛くないと思うことがあると思うかい?」


「…だっ…だって…どう考えてもあの時の私はガサツでダイゴのお嫁さんに相応しくないと思ったもん…」


「っあはは!本当に君は繊細なんだから…あのね、シアナ。僕は君ともう随分一緒にいると思っていたから、正直に言うと今日のことはとても嬉しかったんだ。僕の知らないシアナを見れたからね。益々惚れ直したくらいだよ」


「…………ダイゴが優しくて泣きそう…」


「優しいというか、だから本心なんだってば。うーん…どうしたら君にこの気持ちが伝わるんだろうね?」





自分の真上で、カーテンの隙間から漏れる月明かりが照らすダイゴの瞳と目が合ったシアナは、いつの間にか逃げようと思っていた気持ちは何処かに行ってしまったようで、それよりも今は本当にダイゴに呆れられていないかという疑問の方が勝っているようだった。

しかし、そんな疑問を感じた時間は本当に数分。
いつもと何も変わらない、自分だけに向けてくれるダイゴの優しい表情が近づいてきたと理解してすぐに感じた大好きな感触のお陰でシアナは幸せそうに目を閉じる。





「…ね?いつもと何も変わらないだろう?あまり僕を見くびっちゃ駄目だよ」


「…ん。」


「ということで。見くびってくれたお礼に、もっと君を堪能させてもらおうかな」


「………へ?!あっ、ちょ…!っ…!もう…っ!ふふふっ、」





優しく触れていたキスを止め、再度目を合わせたダイゴがそう言えば、いつの間にか返事をするまでもなく甘い彼の唇が何度も全身に触れてくる。
幸せそうに、唇だけでなく鎖骨や首筋までもキスをされ、くすぐったさも相まってすっかりいつもの様子に戻ったシアナを心から愛おしいと思ったダイゴが、その後観念して自分の首に両腕を回してきたシアナに耐えきれずに食べてしまったのは言うまでもないだろう。











…と、まぁそんな感じで幸せな時間を過ごしたはずなのだが。






「本当に本当に本当に嫌だ!!!!」


「そんな事を言われても…本人からの要望なんだ。仕方ないだろう」


「だとしても!君はジムもコンテストも掛け持ちしているんだから忙しいだろう?!いいよ!ぜんっぜん気にしなくていいから!気を遣わなくていいから!」


「私としては、シアナちゃんのお陰で君が今回のスペシャルゲストを引き受けてくれたのだから、これくらいの礼はさせてもらうさ。諦めた方がいいと思うが?」


「っ…!!」





翌日。
シアナに言われて何故かルネジムへと来ていたダイゴはその持ち主であるミクリとバトルフィールドに立っていた。
事情を知らない人から見れば、きっとこれから高レベルのポケモンバトルが見られるのだと想像するだろう。
しかしそれは大きな間違えで、その真相はダイゴにコンテストバトルを教える人物がシアナからミクリへと変わったことだった。
どうやらシアナが直々にミクリに頭を下げてお願いしたらしい。
ダイゴに呆れられることはないと理解はしても本人的にはもうよっぽどあの姿を見られたくないのだろう。




「……分かった…それは…うん…っ、分かった…けどさ…!」


「うむ?」




シアナの気持ちも考え、ミクリから教えを乞うことはダイゴにとって問題はなかったし、元々大好きなシアナからこの依頼を受けて了承してしまった時点でダイゴ自身も精一杯のことをしようとは思っているからだ。
だから本当に、今目の前にいるのがミクリなのは何の問題もないし、有り難いとさえ思う。

ただ、ただそれでもどうしても納得いかない問題が一つだけあった。
失礼だと承知で…いや、寧ろその人物に対してするこの行為が失礼だなんて思ってもいないが、その問題がある観客席へとビシ!と指を指したダイゴはジム内に響く滝の音をかき消す程の声量を上げる。





「なんでお前までいるんだよ!!」


「よぉ御曹司」


「挨拶なんか要らないから帰ってくれる?!」


「お。このカメラ画質いいな。ナイスミクリ」


「話を聞け!!そして今すぐそのカメラを止めろ!!!!!」


「だろう?特注品だ」


「ミクリぃぃぃい!!!」




ダイゴが指を指した観客席。
そこに座っていたのは、それはもう大層楽しそうにカメラをこちらに向けたまま、ミクリにグッドサインを出していたジンだった。
そしてあろう事かそのサインに対してミクリもキメ顔で同じサインを返しており、お陰で昨夜の幸せな記憶が吹っ飛んでいってしまったダイゴはとうとう頭を抱える。

自分の親友コンビは何故こうも息がピッタリなのだろうか、とその付き合いの長さを呪いたくなったダイゴだったが、これはどちらかというと付き合いの長さではなく完全に相性の問題なのだろう。
昔のことを思い返してみても、腹が立つ程にこの2人には何度もからかわれてきたような気がしないでもない。





「思い出を残しておくことは大切なことだぞダイゴ」


「あ。結婚式にこれ流すか?シアナの為に努力するダイゴの姿。見たら喜ぶんじゃね?」


「それはナイスだジン!グレイト!」


「それだけはやめろ!!!!!」





ところでいつ結婚するんだ。
ダイゴの叫びを完全に無視して、揃ってそんな事を言った親友2人に、ダイゴはとうとう相棒のメタグロスのボールを手にしたのだった。




大人になった今でも。
昔と変わらないこうした何気ない思い出が、また一つ増えていく。


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