月白色恋物語



キラキラと太陽の光を浴びた海が。
青く青く…澄んだ空を映した紺碧色をしている中。
その広い広い青にぽつりと浮かんでいる小さな島では、同じく小さな結婚式が行われていた。
そう…沢山の花が咲き、その花弁が風に舞う中で…ぽつんととあるものが佇んでいる、その場所で。





「綺麗だぞ、シアナ…本当に綺麗だ」


「…えへへ、ありがとう、お父さん」




祝福の鐘はないけれど、神父さんは居ないけれど。それでも誓いをするのはこの場所が良かった。
それはあの時…シアナが父にこの場所で話をした時からその決意は強いものだった。
父も笑顔で了承してくれ、月の夜のプロポーズの後に話したダイゴもそれは当然かのように首を縦に振ってくれたから、こうして叶ったもの。

いつもは母の眠る墓石へと続く小道も…今日は烈火色のヴァージンロードとなって、その先で立っている彼の元に繋がっている。
その始まりの場所で、「綺麗だ」と微笑んで言った、純白のドレスを身にまとった娘を映したセイジロウの瞳は…彼女の空色を混じえて翠玉色に揺らぐ。




「…いくぞ、シアナ」


「…うん」




スッ…と。
ゆっくりとしっかりと。
父の腕に手を乗せ、リードをしてもらうシアナはその先で待つ彼の元へと歩き出す。

近づく度に震える父の腕に少し笑ってしまいながらも、近づく度に横から鼻をすする音が聞こえる度にまた笑いそうになってしまいながらも。
その間に蘇る沢山の記憶が、どれも暖かで大切で、全部が全部が愛おしくて。

大切な人達が見守ってくれる中で、シアナとセイジロウはそれらを噛み締めるように…大切に大切に、一歩一歩前へと歩いていく。




「お前な…いい加減泣きやめよ」


「ぐす、絶対無理今日一日ずっと泣いてる」


「勘弁しろよ…ったく、化粧崩れてブスになんぞ」


「殴るよ…ぐすっ、」


「殴ってから言うなよ」




歩いていく中で聞こえたのは、オレンジ色のパーティードレスを着たアスナの泣きじゃくる声と、そんなアスナの隣で呆れたようにその背中をさすっている、珍しくスーツを着て…前髪スッキリと上げているジンの声。

2人はいつも自分を助けてくれた。
出会った時から太陽になって泣き虫の自分を照らしてくれた大好きな大好きな親友と、出会ってから今まで…不器用ながらも彼のやり方でフォローしてくれた…大好きな人の親友。

2人はこれからも、こうして隣同士に立って…自分との椛の約束を守り続けてくれる頑張り屋なアスナをジンが支えてくれるだろうし、逆もまた然りで…面倒そうにしながらもホウエンの補欠の四天王として活躍する彼を、アスナが支えていくのだろう。


こんな時でもいつも通りの2人の様子を見て、安心したように微笑んだシアナはまた一歩、また一歩とセイジロウと共に歩いていく。




「…シアナさん…世界一綺麗…!やっぱり私の憧れの人…!ぐす、幸せになってくれて、良かった…ふふ、いいなぁ…!」


「はぁぁ…!とっても素敵…!いいなぁ結婚式…!」


「…お、おれ、おっ、俺が、俺が、その!あの…!!おう!綺麗だな!」


「おやおや…ふふふ。こちらはまだ花の蕾のようだ」




次に聞こえたのは、ヴァージンロードを挟んだアスナとジンの向かい側にいる、可愛らしいピンク色のパーティードレスを装飾違いで着たハルカとセレナ、慣れないながらも子供用のスーツを着ているユウキ…そしてこの日の為に特注したらしいスーツを着こなしたミクリの声。

この4人にも、これまでに沢山の物をもらった。
コンテストという自分が輝ける場所で、もっとそれが楽しくなる方法を教えてくれた…ハルカとセレナのお陰で、自分はこれからの新しい道を見つける事が出来た。

ライバルでもあり、友人でもあるミクリにはコンテストでも、ダイゴとのことも…本当に何度も彼には世話になった。
…そしてこれからは、チャンピオンになった彼を精一杯応援したい。

マグマ団の事件をダイゴと共に解決してくれ、この大好きな光り輝くホウエンを救ってくれたユウキ…今までもこれからも、自分はそんな彼に感謝をして…もう少しで咲きそうなその花も応援していきたい。


そんな4人の様子を見て、新しい道を進む勇気をもらったシアナは、また一歩…また一歩と、セイジロウと共に歩いていく。




「見惚れるのも泣くのも勝手だけど、あんたらしっかりと写真撮ってよね」


「言われなくとも…っ、ちゃんと撮って…ひっく、はぁ…綺麗だ…綺麗だシアナ…!」


「本当に、本当に綺麗だシアナ…!しかしマヒナさん、そんなに写真が欲しいなら自分でも撮ればい、」


「欲しっ、?!ちが!違うわよ!あのジュエリーはうちの会社のもので!わた、私がデザインしたやつだから!ちがっ、宣伝する為であって!!別に部屋に飾るとかじゃないわよ!!」


「私のバクーダ並に本音が噴火しているが…」




次に聞こえてきたのは、大人組の4人。
アローラの海を思い出させる、翠玉色のパーティードレスを着たマヒナと、グレーで落ち着いたスーツを着こなすホークとムクゲ、そしてマツブサの3人。
この小さな花畑に合流した時に、「何故一緒の色なんだ」と戸惑いを通り越して笑ってしまっていた3人の笑顔を思い出して、ついまた笑ってしまう。

これから本当に「父」となってくれるムクゲ社長には今まで本当に沢山の贈り物をもらった。
今回の結婚指輪だって、記憶を無くす前のダイゴに頼まれて会社で作っていたもので、それをあの時…退院したダイゴに渡した箱の中にネックレス達と一緒に入れておいてくれていたらしい。

出会ってからも素直じゃないマヒナは…相変わらず今日も素直じゃない。
でもこの日の為に彼女が用意してくれた空色と紺碧色…そして翠玉色のジュエリーは、太陽の光で輝く銀の金具と共に自分を煌びやかに彩ってくれている。

この純白のドレスだって、自分の好みを聞いて…セイジロウとムクゲが用意してくれた特注のもの。
今日こうして披露したこの姿を見たホークはほわほわと彼のパートナーのように花を飛ばしていたし、いつも彼らには沢山の愛情をもらっている。
マツブサに至っては何やら慌てて目元を隠すようにメガネを弄っていた。…今はマヒナにチョップをされて涙が滲むその目元が隠せていないが。


そんな…少し騒がしい大人組に和ませてもらったシアナは、擽ったそうに微笑んでまた一歩…また一歩とセイジロウと共に歩いていく。





一歩一歩…しっかりと。
沢山の思い出と、沢山の愛情を全身に浴びて。
沢山の事を思い出して歩いていれば、いつの間にか遠かった筈の彼が目の前にいた。




「……ダイゴ、私の娘を…頼んだ」


「……はい」




辿り着いた、大好きな人の前。
沢山の思い出と沢山の愛情を噛み締めて歩いた先に立っていた彼のその手を取った瞬間。
シアナはまるで「今まで」のようだと思って微笑んでしまう。

沢山のことがあった。
本当に…本当に沢山。

辛いことも、悲しいことも、寂しいことも沢山あった中で…それでもその記憶は、楽しくて、愛に溢れて、暖かかった記憶と同じくらい大切なもの。


いつの間にかぐしゃぐしゃになっていたセイジロウの顔を見てから、その言葉に真剣に頷いたダイゴの隣を歩いて、そうして最後に辿り着いた、この場所で…



「…私、ダイゴと…」


「…私、シアナは…」




その場に神父さんはいない…いや、いなくても良い。
だって、この誓いをしたかったのは…神様ではないから。





「「今日…こうして大切な人達の前で、尊敬する貴女の前で、誓いをさせていただきます」」




神様ではない、目の前の墓石の下で眠っている、大好きな母に誓う、言葉。




「「私達は生涯、愛し合う夫婦となり…共に沢山の幸せを充分に浴び、抱えきれなくなるくらい、沢山の思い出を作っていくことを、ここに…貴女に誓います」」


「…私を産んでくれて」


「僕の妻を産んでくれて…」


「「心から、ありがとうございます」」





やっと言えた。
言うことは出来ても、貴女に心から伝えることが出来なかったこの言葉を。

やっと届いた。
あの時の貴女のその願いを、こうして直接誓うことが出来た。

小さい頃からずっと、今までずっと…思って。言いたかったその一言を。




「…ダイゴ…私のお願いを聞いてくれてありがとう」


「あはは、何言ってるの。僕だって同じことを考えていたって言っただろう?…周りにどう思われても、それでも君との式は、僕もここ以外考えられなかった」


「…ふふ。うん、ありがとう」


「……シアナ……いや、ツワブキ・シアナさん」


「…はい」




空が光る。
とうとう大きな声で泣きじゃくる親友のような眩しい太陽と共に。

瞳が輝く。
その大地に立つ、青い青い「空」と「海」を映した…ぐしゃぐしゃの顔で揺らぐ翠玉色の父の瞳が。

風が舞う。
お互いにつけあった、その銀の指輪をしたダイゴの左手で上げられた白く柔らかなベールが。

花が舞う。
まるでその銀の指輪の中心で光る、紺碧色の宝石を更に彩るかのように。




「…今までも、これからも。僕の隣で笑っていて」


「…うん、ダイゴも。今までもこれからも、私の隣で笑っていて」




お互い笑いあって…ゆっくりと誓いのキスをして。
その途端に突然吹いた潮風が月白色の装いを纏った2人をふわりと包み込む。



(ふふ。私も幸せよ…ありがとう、2人共)






だぁいすきっ!






「「…え…?」」




その暖かさに驚いたのもつかの間。
何処からか一瞬だけ聞こえた声に更に驚いて辺りを見回してしまったシアナとダイゴだったが、その声の主を見つけることは、当然ながらない。

空耳だったのか、或いは空から届けてくれたのか。
そう思って笑い合おうとしたのだが、それはずっとバシャーモの頭の上にいた筈のエルフーンがいつの間にか持っていた緑のリボンを空へと掲げていた事で、2人は…そしてセイジロウは、一筋の涙を流すことになる。




「エル!エルルゥー!!!ルゥー!!!」




−…レーヴィー!!…−




「「!……ふふ、あはは!」」


「…っ、ははは!カイリ…お前って人は…」




エルフーンが掲げた、その緑色の友情のリボンのはためきに答えるかのように。
空から聞こえた可愛らしい声を聞いた面々は各々涙を流したり首を傾げたりとしてしまったが、暫くすると儀式が終わった!とばかりにハルカがアスナの手を取って駆け出した。

それをなんだなんだと見守る面々と共に、同じく揃って首を傾げたシアナとダイゴは狼狽えるアスナと自信満々なハルカの行動を見守る。




「いきますよアスナさん!!」


「ほ、本当にやるの?!失敗したらどうすんの?!」


「私を誰だと思ってんですか!」


「よく分かんねぇけど俺の真似すんなよ」


「ジンさんの真似したら勇気出るかなーって!ってことで!エネコロロ!空に向かってサイコキネシス!!」


「だぁぁ!余計なことしなくていいっ!もう分かった!やってやろうじゃん!っ…いくよコータス!最大で…!!オーバーヒートッ!!」




おどおどと不安そうにしているアスナを勇気つけるため…らしいのだが、どうにも茶化しているようにしか見えないのは気のせいだろうか。
そんな事を思っていれば、ハルカのエネコロロと意を決したらしいアスナのコータスによる技が空でぶつかり合い、それはあの時の…残念ながら結局今年は中止となってしまったプロモーションカップでのシアナとダイゴが作り上げた大輪の光の花達が昼間の空に輝いた。




「やったー!!!成功したー!!?」


「ほらね!だから言ったでしょ!私の「先生」は凄い人なんだから!これぐらい出来て当然です!来年のプロモーションカップ!ぜっったいに合格するんだから!」




空色、銀色、翠玉色、烈火色、紺碧色…




様々な色が、様々な思い出が。
明るいはずの真昼の空で、存在感を損なうことなく…この場を祝福するように光輝いている下で。

それを初めは目を丸くして眺めていたシアナとダイゴは、お互い目を合わせると幸せそうに笑う。




「…ねぇダイゴ…そういえば、あの時どうして泣いてたの?」


「…え?!あれ見られてたの?!」


「ふふっ、うん。バッチリ!」


「っ…恥ずかしいところを…!!…っ、こほん。…あれは…その……この花火の色が、まるでシアナとの思い出を再現してくれている気がして…さ、…愛おしくなって…胸がいっぱいになる感覚がして…気づいたら、その……耐えきれず…、うわっ?!、んむ?!」




あの時の大輪の花火を思い出し、それを首を傾げながら聞いたシアナに対して。
見られていたのか…と恥ずかしそうに咳払いをしながら白状したダイゴの言葉を聞いたシアナはその途端に勢いよくダイゴへと飛びついた。

そしてそのまま…それに驚きながらもどうにか受け止めたダイゴの唇にキスをしたシアナは、からかうように舌を出して笑うと、してやられた…といった表情ながらも世界一幸せな笑みを浮かべるダイゴにこう言った。




「…チャンピオンをこのままミクリさんに任せて、お仕事一途になっても、私との思い出を…沢山の色を増やしてね?ダイゴ副社長さん」


「…ふふ、シアナ「先生」こそ、コンテストプロデューサーという新しい道を進むからって、僕を蔑ろにしたら駄目だよ?」





別に、言ってはない。
寂しい思いをさせてしまったシアナとの時間を少しでも取り戻したくて、自分自身がもっと一緒にいたくて。
「僕自身を見て欲しい」と願うことに拍車をかけていたチャンピオンを降りて、デボンの副社長としての仕事に専念すると決めた、その理由を。

別に、言ってはない。
ダイゴのお陰で…もう「私を見て」と願ってテレビに映ることを気にしなくて良くなった…それでも大好きなコンテストの魅力を、椛の約束を守りつつ、家にいる時間が増えるだろう…今度は育てる立場になろうと決めた、その理由を。

でもそれはきっと、言わなくてもお互いがお互いを分かっているから、わざわざ言わなくても…それでいい。


これからはもっともっと。
大好きな大好きな、君の傍にいるから。


ほら、両手を広げたら飛び込んでおいでよ。
思い出色が光照らす世界で、この空の下で。


いつでも傍にいて、いつでも抱きしめて受け止めるから。





「ダイゴ!だぁーいすきっ!!」


「あはは!僕も、だいっすきだよ!シアナ!」





ある時、1人の「孤独」を抱えていた女の子がいました。
自分を見て欲しくて、愛して欲しくて、家族に憧れた女の子がいました。

ある時、1人の「孤独」を自ら抱えていた男の子がいました。
本当の自分を見て欲しくて、見るもの全てを…将来を適当に流していた男の子がいました。




「「ずっと…傍にいるからね」」




そんな2人は今日、出会った時と同じ…青い青い澄んだこの空の下で。
月白色のウエディングドレスとタキシードを身にまとい、世界一幸せそうに笑いあっています。

沢山の大好きな人達に囲まれて、沢山の祝福を受けて。

その幸せは、大好きな大好きな君と、大好きな大好きなこの世界で…いつまでもいつまでも続くことでしょう。



ありがとうと、このお話に出会った全ての人達に感謝を込めて、ここにそれを誓います。



だって、だってほら。
君の、僕の、全てを繋げたこの青い空に浮かぶ昼の月が…こんなにも淡く優しく、今日も空と寄り添っているのだから。


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