烈火の闘志





「…あれ?!バシャーモがいない?!えっ、こんな時にどこに行って…!」


「ルルル〜?」




木々の向こうに見える…もうすっかり夜を映した深い色の海から送られてくる潮風を感じながら切り株にエルフーンと座っていたシアナは、ふとバシャーモが自分のボールにいないことに気づいて慌てて立ち上がる。

そんなシアナを見たエルフーンは何故か驚いた様子を見せず、まるで「あれぇそうなの?」とわざとらしく小首を傾げるのだが、その様子に何か疑問を感じるよりも先に、あのバシャーモがこんな時に自分を置いて何処かに行くということの疑問の方が強かったのだろうシアナはエルフーンの態度に気づくことはなかった。




「うん、ボールの中にいないみたい…また特訓でもしてるのかな…でもハッサムはここに居るし…って、きゃぁ?!」


「ル?!」



こんな時まで特訓でもしているのか、しかし良く特訓の相手をしているハッサムはここに居るし…とシアナが不思議そうにすれば、後ろの方から突然眩い光が輝く。

その事に驚いて、まさかダイゴかバシャーモに何かあったのでは…!と心配になったシアナがその方向へ駆け出そうとするのだが、それはボールから出てきたハッサムとルガルガンが目の前に立ち、黙って両手を広げてきたことで制止される。




「…?ハッサム…?ルガくんも…?」


「「…」」


「……っ?…何が、どうなって…?」




黙って両手を広げ、ただ首を横に振るハッサムとルガルガンの姿に困惑して立ち尽くしてしまったシアナは、その次に無邪気な笑顔でつんつんと服の裾を引っ張ってきたエルフーンに導かれるように再度切り株へと腰をおろしてしまう。

何がどうなっているのか、あの光は何なのか。
考えても何も分からないし…不安で仕方がないシアナだったのだが、その後続けて現れたミロカロスとハクリューが、まるで安心させるかのように頬ずりをしてきたことにより、今ただ…目の前の3体の強い意思に従う他ないのだと判断するのだった。














「メタグロス!コメットパンチ!!」


「グロォーッ!!」


「ッ!」


「っ…君は相変わらずだね…!!咄嗟のこの攻撃も難なく受け止めるのか…!」


「……」


「………なら……!」





待っていた、ずっと。
ボールから抜け出して、木の実畑の最奥にいるシアナを置いて、来た道を戻って。
木の実畑に繋がっている森の入口に立って、ただ黙って、ずっと。

来るだろう人物が必死に走ってくるのを、待っていた。

でも、待っていたのはそれだけじゃない。
いや、どちらかと言えば…本当に待っていたのはそんな事じゃない。

待っていた、本当に待っていたのは…




「…石の煌めき…絆となれ…!!メタグロス!メガシンカッ!!」


「グロォァァアアァアッ!!!」




そう、このこと。
覚悟故に強く輝く…この光だ。





「…ねぇバシャーモ、僕さ…君にずっと…心のどこかで遠慮してたんだ」


「……」


「でも…そんな事を君は初めから望んでなかったじゃないかって、今なら分かる……だから…」


「…」


「…シアナがいないことで、メガシンカが出来ない単独の君に対して。僕は遠慮なく…「本気」で行かせてもらうっ!!」





記憶を失った?だからなんだ。
思い出が消えた?だからなんだ、それがどうした。

シアナを泣かせたからか、シアナを何処までも深い奥底に落としたからか?だから怒っているとでも?

違う、そんな事じゃない。
あの時とは違う…銀色の記憶の時に目の前のこの男とバトルした、あの時とは違う。
「勝ちたい」と言った癖に、律儀に単独の自分に合わせてメガシンカなしで向かってきたこの男に対しては、気分は良くなかった。それは事実だ。

しかし今は違う。
何一つ遠慮なしに、本気で向かってくるこの男と…ダイゴとメガシンカしたメタグロスの覇気を目の前にした、今は違う。




「逃がすなメタグロス!バレットパンチ!」


「…ッ、」


「まだまだ!!僕は君に勝たなきゃならないんだ!今こそ絶対に、君に…!シアナとずっと一緒にいた君に勝って、そこを通してもらわないといけないんだよっ!!」




向かってくる高速のバレットパンチに対して、燃え盛る炎を纏った拳で迎え撃つ。
それが何度も何度も繰り返され…それは火花となって灯りをチラチラと青暗い森の中で光り輝く。

高速のバレットパンチと炎のパンチが激しく灯りを散らし、目に見えぬ速さの攻防戦の中でもダイゴがメタグロスに指示を出せるのは、絆の力で繋がっている証。

そしてその想いはメタグロスを通して自分にも呼応してくるのだ。

「勝ちたい」「勝たなきゃならない」「勝つ」

その強い想いが拳をあわせる度に脳に響いてくる気がして…そしてその度に胸の内に燃える真っ赤な炎が何倍にも膨れ上がってくる。




楽しいんだ、素直に。




足がガタガタと震えるのは、無数の拳の中で避けきれなかったバレットパンチを受けたからじゃない。
手がビリビリと痺れるのは、想いを込めたバレットパンチを何度も受け止めたからじゃない。
心臓がバクバクと暴れ回るのは、ずっと目に見えぬ速さで攻防戦をしていたからじゃない。




「あはは…!そうだよ…そうだよバシャーモ…僕…今なら分かるんだ…」


「…?」


「君は…記憶を取り戻した僕に何も言わない。本当なら…君の立場なら…まず記憶を失った時に初めに僕を殴り飛ばしていても可笑しくないのにね。…それをしなかったのは…それをしなかったのは…!」


「……」




不思議に感じた。
別に自分がダイゴとメガシンカしているわけではないのに…先程まで考えていたその答えを、ダイゴはメガラペルピンを握りしめながら強気の笑みで教えてくれた。




「もう…ずっと前から君は…とっくに僕を認めてくれてたからなんだって」


「……」


「…だから、怒ってない。だから、幻滅してない。こうして今、君が僕の前に立っているのは…シアナの元に行かせたくないからじゃない…僕を試してるわけでもない」






(…バシャーモ、覚えてる?貴方がアチャモだった頃、毎日のように帰りが遅いお父さんを待ちながら窓から星を一緒に眺めてたこと。)


(私ったらまるでぬいぐるみみたいに抱き締めて…貴方があまりにも暖かいから待ちきれずに良く寝ちゃってたよね…ふふ。起きたらお父さんとアチャモが隣にいて、ちゃんと布団も掛かってて…懐かしいなぁ…)



大好きだ、ずっと。
今も昔も…小さな頃からずっとずっとそばに居て、ずっとずっと寄り添ってきた。

笑ってくれれば心が暖かくなるし、泣いてしまえば心がツンと痛みを覚える。
しっかりしていそうで危なっかしくて、危なっかしそうでしっかりしてて。



(ワカシャモになっても、バシャーモになっても…相変わらず暖かいね…)


(…ありがとう、バシャーモ…今までも、この間のバトルのことも、いつも私を信じてくれて。)




そんなシアナが大好きだ。
そんな態度は中々出せないが、シアナが幸せならばなんでもいい。
その為に自分は強くあろうとした、昔…無茶をして死にかけた時に、シアナの涙を見た時から…絶対にもう「負けない」と誓った。

それからは早かった。
あっという間に体が力を求めて、まるでシアナへの感謝と想いを再現するかのように進化して…そして…





「君が…何故今、こうして僕の前にいるのか…それは…」





そして気づいたら、自分の隣に立っているシアナを挟むように、この男が…ダイゴが立っていたんだ。





「君を超えた僕を、シアナの元に行かせたいからだ」





瞬間、目の前の光の強さが増した。
そしてそれは自分の真っ赤な…烈火色の炎をも超える勢いで「空」へと昇る。
まるで追いかけるように、真っ直ぐに向かうように。

その光があまりに綺麗で、強くて、眩しくて。
思わず拳を下ろしてそれを見上げてしまえば、スゥ…と息を吐いたダイゴもまたその光を見上げる。




「…君は不器用だからね。…正直僕も、ここに走って来る間は「君に殴られる」「止められる」って思ってた。けど…君の瞳を見てすぐにそれが違うって分かった」


「……」


「…君は…もうずっと前から僕を認めてくれてた。…そして、信じてくれてた。…だから、怒りも悲しみも剥き出しにしなかったんだ。…もしかしたら君も…さっきまで自分でもよく分かってなくて、自分を「薄情」だなんて思ってたんじゃない?」


「……」




光が、消える。
ゆらゆらと揺れて、段々と薄れていって。
でも確かにその光は、「空」へと届いて…満足気に消えていった。

それを見届けて、言葉を受け取って。

真っ直ぐ前を向き直せば、そこにはお互いの瞳がカチリと合う。




「「………」」




どちらも何も言わない、いや、もう言葉なんていらない。
ただただ向き合って、真っ直ぐ、目を逸らさずに。
白く眩い光と、烈火色の猛火をお互い全身に纏えば、後はもう、ぶつかればいい。
全力で、想いも決意も…何もかもその力に乗せて。




「…いくぞメタグロス!!全力の…!ラスターカノン!!」


「…ッ!!!」




同時だった。
真っ直ぐ、真っ直ぐ。迷いもなく。
強くて、何処までも何処までも曇りのないその光をお互い目の前にして。
ざわざわと風で音を鳴らす森の声しか聞こえなかったこの場所に、物凄い轟音が響き渡る。


白く、白く。何の穢れもない澄んだ月の色を帯びたラスターカノンと

赤く、赤く。熱く燃え上がる業火の烈火色を帯びたフレアドライブが


ぶつかって、煌めいて。
まるで昼かのような錯覚さえ起こすほどに暗い暗い…青暗い世界を照らす。





「「……」」





悲しい訳ではなかった。悔しい訳でも、怒っている訳でもなかった。
何かが欠けているような気はあったが、別にだからと言ってどうこうという気持ちは…正直浮かばなかった。

シアナが笑顔になれるのは、心から無邪気に気持ちを出せるのはダイゴがいるからこそなのは勿論理解した上で、自分は他のポケモン達と違って今の状況に危機感というものがなかった。



これを傍から見たら薄情なのだと思われるのかもしれない。
恩知らずとか、冷酷だとかも思われるのかもしれない。
でも、それがどうしてなのか自分でも分からなかった。





「…ありがとう、バシャーモ。…自信がついた」


「……」


「…いってくる…!」





あぁ…そうか、やっぱり、そうか。
ダイゴは…自分を置いて、森の奥へと走っていったあのダイゴは、遠回しに「薄情じゃない」と言った。
ずっと考えていたこの感情に、答えを返した。

だがそれはやっぱり…「薄情」であっているのかもしれない。



「………」



だって、ほら。
大地に大の字に寝転がって、乱れた呼吸を繰り返している中で見る、目の前の広い広いこの「空」が


笑ってしまう程に綺麗で、月と共に輝いて。
笑ってしまう程に…あの男との…いや、「家族」とのバトルが。
自分の心の中にあった真っ赤な真っ赤な…自分でも止められなかったどうしようもない熱さの烈火の闘志を、鎮めてくれたせいで




「……ッ、シャハハ…!!」




こんな一大事にこんな事をしたのに…それなのに、心底楽しかったと、思うのだから。


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