もう1つの銀



ヒラヒラと、まるで木の葉が風に舞うように捲られていくページをその瞳に映し…本能のままにそのアルバムに手を伸ばしたダイゴは、窓を閉めることを忘れた誰もいない静かな部屋の中で1人、途中から真っ白になっているアルバムを最初から捲り直す。




「……………あ、…………え……?」




そこには、キラキラと輝く翠玉色の海。
それを背景に笑っている…自分と、最近自分の心の中に暖かな熱を帯びさせている、とある彼女の姿。

幸せそうに笑って…肩を抱いて。
やがてそれは2人だけではなく、ずっと記憶の片隅に存在していた老夫婦の姿や、フエンのジムリーダーであるアスナ、そして自分の幼馴染であり、親友でもあるジンとミクリの姿もある。

そのまま…それは更に時を進めるかのようにユウキやハルカ、ずっと引っかかっていたセイジロウという人物も、マグマ団のマツブサも。

沢山…本当に沢山の人物がページを捲る度に増えて。
沢山…本当に沢山の景色がページを捲る度に彩って。
沢山…本当に沢山の笑顔がページを捲る度に輝いて。




「…………ぁ……」




わけがわからない筈なのに、今目の前に映る光景がどういう事なのか、理解しなければいけない筈なのに。

考え事は得意だ、推理小説だって何冊か読んだことはあるし、推察するのは嫌いじゃない。

我ながら頭の回転も早いと思う。
どんな事があっても、一度冷静になろうと頭の片隅で思いつけばすんなりとスイッチだって切り替えられる。



でも、それなのに。



「考える」という概念が、行動が。
今だけは絶対にしてはいけないことなのではと浮かんで、思うままに思い出せと命じられている気がして。
それは固まって動かない唇から言葉が発せられない代わりかのように、ぽろぽろぽろぽろと…ページを捲る度に、その作り掛けの思い出が目の前に入ってくる度に。
ただただ、自分の瞳から無意識に零れ落ちる沢山の雫がそれを証明してくれている気がしたダイゴは、ふとその中から一番目を惹かれた一枚の写真を見た瞬間、風鈴のような透明な音が…頭の中に響いてくるのを感じた。




──…チリー…ン……──



(これね?お母さんが憧れてた髪型なんだって、だからかな?なんだか親近感湧いてきちゃって。)


知っているんだ
短くなってしまっても、その柔らかな色をしたふわふわとした髪の感触を



──…チリー…ン……──



(…だって…私、もっと色々な意味で強くなりたいから…それなら、知ってるこのホウエンよりも、知らない地で旅をした方がいいんじゃないかって…思ったから…)


知っているんだ
そのふわふわとした髪とは違って、真っ直ぐ前を向いて知らない道を歩き出せる勇気が、君にあることを



──…チリー…ン……──



(……私の…大好きな色…。)


知っているんだ
真っ赤に染まる炎のように、その大切な人への気持ちや想いを…幻想的な世界美で具現化させられる、君の努力と才能を



──…チリー…ン……──



(ま、待って…お兄さんは、誰なの…?なんで、私の名前…!)


知っている……そう、知っているんだ。

「はじめまして」と、挨拶をしてくれて、名前を名乗ってくれたから知っているわけじゃない。
毎日お見舞いに来てくれて、まだ幼いエルフーンを預けてくれていたから、知っているわけじゃない。

知っている…そう、知っている。
元々君は今と同じ、僕を「ダイゴさん」と呼んでいたことも、丁寧な言葉使いで柔らかく話してくれて「いた」ことも。

そして、そしてそれが…




「………僕……は……っ、」




ずっと夢を見ていたんだ。
あの日から…大切なものが…世界で一番大切なものが、ぽっかりと消えてしまった感覚を埋めるかのように見るようになった、あの世界の夢。

どこまでもどこまでも続く…青い青い澄んだ空の中。
眩しい太陽に照らされて、逆光でほぼ見えない…−…は、こちらへと振り向くことは無い。

ただただ、青い青い空の中心で凛としながらも寂しそうに立っている…−…に対して、僕は何も出来ずに立ち尽くして、時間が経って目が覚めるんだ。




「っ……僕は…っ…!!」




…−…の背中が寂しそうで、何かを僕に訴えているように感じて、毎度毎度、僕は届かないその背中に手を伸ばすんだ。



届かない、その背中。
ずっとずっと、隣に並んでいた、その背中に。




「…!…親父……から、もらった……あの、箱…!」




もう一度、手を伸ばす。
知っている、今の…−…じゃない、もっと、もっと前から…ずっとずっと…隣にいた、隣にいてくれた、…−…に、今度こそ届くように。




ずっとずっと閉じていた、その蓋を開けて。




──…チリィーン…、!…──




(好き…大好きなの…っ!私は…っ!)




白いクッションに大切に大切に包まれている…その中身を。




(ダイゴが、好き…!)




優しく、優しく…そっと取り出した…それは




「…シアナ………っ、!シアナ!!」




澄んだ空からの、僕への贈り物。














「…ダイゴ、置き手紙気づいてくれたかな…?」


「エルルゥ」




走る、走る。
頭が猛烈に痛いとか、病み上がりで足が上手く想像通りに早く動かないとか。
思い出を頭に掴み直した途端にまた吹いた風が、気づいていなかったテーブルの上にあったメッセージを運んでくれたからとか。




「…ねぇエルフーン、ダイゴ…どんな反応すると思う?」


「ルル!ルルー…ル!」




零れる、零れる。
どうして忘れていたのかとか、どうして「はじめまして」だなんて言ってしまったんだとか。
どうして今こうしてまた首にかけたことで、輝きを取り戻してくれたこのネックレスを「誰の」だなんて言ってしまったんだとか。




「ふふ、そうだね……きっと……ダイゴなら…」


「ルウ!」




揺れる、揺れる。
優しく笑うその笑顔の裏にある涙に気づかなかったのかとか、そうさせてしまったのは僕なのに、とか。
どんな想いで毎日会いに来てくれていたんだとか、どんな想いで笑ってくれていたんだろうとか。
どんな想いで毎日過ごしていたんだろうとか、どんな想いで…どんな想いで…





「…私の…大好きなダイゴなら……きっと」





僕を、愛し続けてくれていたんだろうって。




「ごめ、…!シアナ…!ごめっ、…はっ、…!いま、いま行く、から…!!」




走って、零れて、揺れて。
足も目も心も…どれだけ苦しくて、どれだけ溢れて、どれだけ視界が見えなくなっても。

それでも知っているんだ、ずっと知っていたんだ。

君がどれだけ僕の心の中にいて、どれだけ僕の心を温めていてくれて、どれだけ僕に幸せを届けてくれて、どれだけ沢山の幸せな思い出を、幸せな時間を、幸せな世界を僕と共に綴ってくれてきたのか。

一生作り掛けなんだ。
終わりなんて一生来ない。

だって、だってこんなにも君は、僕の世界でたった1人の…たった1つの鮮やかな空は。




「君に今こそ、僕は……!言わなきゃ、ならないんだ…!」




きっと、きっと。
僕が今本当の意味で取り戻したこの首にかけ直したネックレスと。
僕が今本当の意味で取り戻したこの左の薬指にはめ直した銀色の指輪をして、色鮮やかに、待ってくれているのだろうから。




だから、だからどうか…




「………君……」


「……」




そして、もう1つ。
君に渡さなければならない、ジャケットの内ポケットに入れてある…もう1つの「銀」を。

君に、渡したいから。
君に、届けたいから。

だから、だからどうか…その資格がまだ僕にあるのか、その資格をまだ取り戻せるのか。



「……バシャーモ……」


「………」



目の前の彼から確かめたら、勝ち取ったら。

直ぐに…行くから。
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