空に寄り添って




「ねぇシアナ…本当にいいの…?」


「…うん。いい」


「まぁ、確かに隠す方が無理だとは思うんだけどさ…でも、それにしたって辛くない?本当はダイゴさんの方から思い出して欲しかったんでしょ?」


「ふふ。本音を言うとねぇ。…でも、もうここまで来たらそうも言ってられないし…それに、今の私とダイゴはきちんと交際しているわけじゃないから。…だから逆に、今はそっちの方がなんだかもやもやしちゃって」




ジンとミクリから諸々の話を聞いた次の日の昼頃。
今日の夕方頃に退院して帰ってくるダイゴと鉢合わせにならないよう、朝一番にエルフーンを迎えに行ってから、こうしてこの家に残っていた必需品を回収しに来ていたシアナは、その作業をしながらダイゴに全て説明するつもりだということをアスナに伝えていた。

その話を聞いたアスナは、初めこそ「やめなよ」と反対していたのだが、淡々と鞄に荷物を詰めていくシアナの横顔が、そして声が。
何処かスッキリとしたものに見え、数秒間を置いた後に考えをスっと変えて素直にシアナを応援することにしたようだった。




「………分かった。あんたがそこまで決めてるなら、もうあたしも何も言わない!ならちゃっちゃと残りの荷物を持って、シアナの家に行こ!マヒナさん達も待ってるだろうしさ!」


「うん!…ちょっとおばぁちゃん達にさっきの話をするのが緊張するけど…!」


「あはは!まぁ何かしら言われそうな気はするけどね!なるようになれってやつじゃん?…ほら、早く行くよ!……あ、さっきそこの海でサメハダー達が喧嘩してたな…ハイドロポンプとかの巻き添え喰らわないといいけど…」


「え、何それ!ちょっとだけ見てみたかったなぁ…!」


「…うん?あれ…シアナってサメハダー好きだったっけ?」




なるようになれ。
これからマヒナ達にダイゴに正直に話すということを伝えることに対して緊張している様子のシアナにそう言ってみせたアスナは、それなら早く行こうと苦笑いをして体を強ばらせているシアナの手を取って玄関の扉を開ける。
その時に目の前に現れたホウエンの海を見て、ふと数十分前にサメハダーの喧嘩を目撃していたことを思い出したアスナはちょっとした不安と共についそれを口にした。

すると、それに何故か「えっ」と反応したシアナの声が何処か楽しそうに聞こえたアスナが振り返ると、そこには予想通りに少しだけ興奮したようなシアナの顔があったアスナは首を傾げて質問してしまう。

それもそうだ。長いことシアナと親友をやっているアスナだが、そんな彼女と過ごした日々をいくら遡ってみても彼女がサメハダーを特別好きだと言っていた記憶などアスナにはないのだから。




「ふふっ、実はね…私とダイゴが出会ったのって、ダイゴが浜辺で倒れてたからーって話はしたでしょ?」


「うん、それは聞いた。でもそれがなんの関係があるの?」


「実はね、あれ…ダイゴがエアームドで空を飛んでた真下でサメハダー達が喧嘩してて、その時のハイドロポンプがエアームドの目に直撃して…それで落ちちゃったみたい」


「……ふ、ふふ…!え、何それ…?!ダイゴさん、よくシアナにそんなこと正直に話出来たね…?ふふっ、」


「ふふふ、実は寝言で言ってた時があったの」




(ううん……うう……)


(ダイゴ、ダイゴー?朝だよ……起きてー…)


(やめ…うわ、エアームド…)


(…?寝言…?)


(エアームド……喧嘩、してる…サメハダー達の…真下は…通らないで…またハイドロポン…プが…目に、目に当たるよ、…僕落ちちゃうよ…あぁ…でもそしたら、未来の奥さんに…出会ったけどさぁ…)


(…………へ?)


(んん…シアナには、言えない……絶対、バレ…たくない…これ…)





「…って」


「あははは!赤裸々…っ!!夢通り越してそれもうほぼ思い出じゃん…!!あはははは!!!そ、それ…!その寝言、聞いちゃったよってダイゴさんに言ったの?」


「言ってない…ふふふ、言うと拗ねちゃうと思って…ふふ、あはは!もうアスナ笑いすぎだってば!」


「だって想像したら面白いんだも…っふ、あはははは!」




どうしてサメハダーが好きなのか…というよりも、話を聞けばどうやらそれはサメハダーの「喧嘩」を見てみたかったというのが正しいのかもしれないが、それにしたってあのシアナ大好きなダイゴが寝言で自分の失態を赤裸々にバラしてしまうだなんて…とツボにハマってしまったらしいアスナは涙を溜めて大笑いしてしまう。
そしてそれに釣られるようにシアナも笑ってしまえば…


もしかしたら、正直に話した後のダイゴの返答次第ではもう二度と帰ってくることが出来ないかもしれないこの家の玄関先も。

二度と世話が出来ないかもしれない、毎度ダイゴを出迎えていた庭の花達が風に揺らめく姿も。

銀のプレートに青い石が飾られた、ツワブキと書かれた表札も。


もう、見れないかもしれないのに。そんなの寂しい筈なのに。
本当なら口に出さずとも心の中で「さようなら」と後悔のないように挨拶をした方がいいような気がするのに。


そんな寂しい気持ちを感じさせないくらい、シアナとアスナはマイナスなことを全て笑い飛ばしてしまった。





「あはははは!はーっ、笑った!全く!シアナが変なこと言うから…!」


「切っ掛けはアスナだったじゃん!もう!ふふふ、でもありがとう!やっぱりアスナといると何でも楽しくなるね!」


「へへん!あたしはあんたの親友だからね!……あたし、思うんだけどさ…」


「うん?」


「…ほら、上を見てみなよ」




緊張とか、怖いとか、後悔とか、不安とか。
そういった物を笑い飛ばして放り投げ…親友のアスナが指さした方向を見上げたシアナは、その青い瞳に何処までも清々しく広がる色を更に輝かせる。

何処までも、ずっとずっと。
青く青く広がるその空は、どんな時でも自分達の上にあった。そしてそれはこれからも一生変わらない。




「時にはさ、暗く曇ったり、悲しそうに雨だって降るよ。…でも、毎日恥ずかしそうに、幸せそうに赤くも染まるじゃん?」


「?アスナ…?」


「でも、あんたが一番あんたらしいのは…やっぱり今のこの「太陽が眩しく光る青い空」なんだって思ってた。…うん、思ってた!」


「…思ってた…?」


「…そう、「思ってた」。でも今はちょっと違うかなーって」




思ってたと、過去形で。
意味深な言葉なのに、とても自慢げに満面の笑みのアスナから紡がれたその言葉をシアナが聞いた時。

しんしんと…静かに、それでいて柔らかな光が心の何処かに現れたような…いや、顔を覗かせたような感覚を覚えたシアナは何も言わずに…幸せそうに目を細めてしまった。





「あんたが輝いている時、静かに薄らと見守ってて……あんたが疲れて、真っ暗になって休みたい時…いつも寄り添うように柔らかく輝くのは……」






青い青い空に眩しく光る太陽の下で笑って。
大丈夫だと、心配ないと。信じていると。
そう…まるでそう言うかのように、その「名前」を口にした親友は、どんなに眩しく輝く太陽よりも…やっぱり強く優しく…何よりも眩しく見えた。
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