真昼の月



「ジンくんったら…!それならなんでそう言ってくれないの!」


「お前な、それでヘマして俺の苦労が水の泡になったらどうすんだよ」


「どういう意味かなそれは?!…あーもう情報が多すぎて……」




あの後は結局電話が数時間繋がらず、項垂れていた所にジンの元執事で、今はホウエンのリーグにて世話係をしているキンモクから連絡をもらえたシアナは、キンモクの指示に従って次の日にミクリの家にアスナとお邪魔することになった。

そこで聞かされた話というのがこれまた情報が多すぎて…そして何よりジンにかなり負担を掛けてしまったのではと気にしたシアナだったのだが、それは当の本人によってつまりは「邪魔」と言われてしまえばシアナは素直に罪悪感を消し去るしか無かった。




「えっと、つまりは何?あの日にあったのは事故じゃなくてフレア団の残党達があたし達を殺そうと仕掛けた事だったわけ?」


「簡単に言えばそうだな。残党ってことはつまり、まだあいつらはフラダリの野望を諦めきれなかった奴らってことだ。本人達も言ってたが、今度こそ自分達の目的を完遂する為には、あの時カロスで協力した俺達が邪魔だったんだろ。それに復讐も出来て一石二鳥って訳だな」


「まぁ…私はそれに関しては完全にとばっちりなのだがね。それでも、フレア団の残党達がやろうとしたことはその他にも理にかなっているんだよ」


「それはどういう事ですか…?」


「もし仮に。あの事件があいつらの計算通りになってりゃ、それこそ大事件だ。世界の注目は一斉にこのホウエンに集中する。そうなったらあいつらはカロスで安心して動き放題…消息不明のフラダリも戻って来るかもしんねぇ棚ぼたってわけだ」


「そんな用心深く計算高い奴らだったからね。ジンは真っ先にそれに気づいて…誰にも何も言わずに今までずっと単独で調査していたという事だ。私も彼のウォーグルに案内されるまで知らなかったからね」


「まぁ、つまりはそういうこった」




カロスであった、あの時の事。
世界の半分を消し去るという…とんでもない事をしようとしていたあのフラダリの思惑はカロス地方のチャンピオンであるカルネを初めとしたジムリーダー達や、サトシ達、そして偶然そこに居たシアナやジン…それを心配する形で駆けつけてくれたダイゴやアスナといったミクリを除くここにいるメンバーも協力した。

まさに出る杭は打たれるとでも言うのか…ジンの話では復讐も兼ねた事だったらしいが、それにしたって彼らは人の命を本当に何だと思っているのだろう。
それを考えると、本当にあの時、あのプロモーションカップでの事件が彼らの予定通りにならなくて良かった。
もしそうなっていれば、今度こそ世界の半分の命が失われていたのかもしれない。




「っ……」


「…大丈夫かい?シアナちゃん…」





そう考えると、彼らが今度こそ全員捕まって本当に良かったと思う。
ジンが真っ先に彼らに気づいて、こうして自分がいっぱいいっぱいになっている間にも影で動いてくれていたことが。

それは分かっている、純粋に凄いと思うし、そういう部分は尊敬だってしている。
でも…ありがとうという気持ちが素直に溢れてくる中に混じって、「なんで」という気持ちも同時に溢れて来てしまったシアナは下を向いてそれに耐えるようにぎゅっと両手を握ってしまい、ミクリから声を掛けられても上手く返答をする事さえ出来なかった。




「…シアナ、大丈夫…大丈夫だから。皆気持ちは一緒だよ。あんたがきっと今考えてることは絶対に最低なことじゃない」


「!アスナ…」


「…あたしだって悔しいよ。なんであんな奴らに腹いせを受けて、ダイゴさんが大怪我して…大怪我だけじゃなくてこんな事にもなってるんだろうって。本当なら今すぐ塀の中に行ってめちゃくちゃにしてやりたい。…でもそれはもうそこの2人がやってくれたからさ?」


「…ふふ、うん。…そうだね、ありがとう…。ジンくんも、ミクリさんも。本当にありがとうございます…私がいっぱいいっぱいだった時に…」


「ははは、さっきも言ったが、私はほぼ何もしてあげられていないよ。お手柄はそこで煙草を吸っている彼だから、彼のみに言ってあげてくれ」


「別にわざわざ礼を言わなくたって構わねぇよ。話が分かったならお前らはもう帰れ。各々明日からまた忙しくなるだろうしな」


「「これでもう何の危険もないし安心して過ごせるから、お前は焦らずダイゴとの事を一番に頑張れ。俺達がついているし応援してる」…という意味だから罪悪感を感じることはないよ」


「頭ん中もイリュージョンかよ」


「ぶっ?!、あっはっはっはっは!ごめ、ごめんなさいミクリさん!あはは、ジンの馬鹿、ふふふ、あっはっはっはっは!!!!」




自分がダイゴとの事を必死にやっている中で…同じくらい辛い筈の目の前のジンがそれを堪えて色々とやってくれていたというのに。
ミクリやアスナも自分のやるべき事をちゃんとやって、尚且つこうして傍にいてくれている。

もうどれだけ…自分が周りに支えられてもらっているからこそ目の前の事を頑張れていたんだろうと再確認して嬉しさと罪悪感に挟まれつつあったそんなシアナだったのだが、その感情はミクリとジンのやり取りで大爆笑してしまっているアスナの笑い声に釣られる形でとてもスッキリとしてしまった。




「っ、ふふふ、も…もうそうやって皆…!!ふふっ!あはは!もうアスナ笑い過ぎ!」


「だって急に漫才みたいな事やるんだもん!あはは!ごめんって!あはは!」


「もうやめて本当に!いつまでも笑っちゃうでしょ!ふふふ、あはははは!もーアスナー!!」


「だからごめんってぇ!はははは!!無理ちょっと待って!!」




暫く笑いあった後。気づけば午前中に話を始めたというのに、あっという間にお昼を過ぎてしまったことに気づいたシアナは再度ジンとミクリに頭を下げると、アスナと共に先程聞いた事情を父や祖母達に話したり、今の内にダイゴの退院に間に合うよう色々と準備する事もあるからとその場を後にしていった。

それを見送ったジンとミクリは完全に2人を乗せたハクリューが空の向こうに消えていったのを確認すると、どちらともなく目を伏せて一息ついた様に表情を緩くした。




「……それで?私のプライドは一体どうなるのかな?」


「ははは、まぁそこは勘弁だな」


「…全くお前という奴は…計算高いのかなんなのか。そういった所は悪党よりも上なんじゃないかと思うよ」


「俺にそういった煌びやかな名声なんざ必要ねぇしな。有難く受け取っとけ」




ミクリが少し悔しそうな表情をする隣で、カチャリとライターの音を響かせたジンは煙草の煙を吸い込むと空へ向かってそれをゆっくり長く吐き出す。

ミクリが私のプライド…と言ったが、それがどういう事なのかと言えば、何とこうして優雅に煙草を吸っているジンは警察に嘘を突き通してまでして自分の手柄をほぼミクリに渡してしまったからだった。
本来ならフレア団の残党達を追い詰めたのはジンだけだったのだが、彼は警察に「見つけたのはチャンピオンであるミクリ。自分はバトルの時に呼ばれて協力しただけ」と説明していたのである。

傍から見ればそれは彼の性格上、そういった名声のような物は性にあわないし世間にもてはやされるのが嫌だという事なのかもしれないが、長く付き合いのあるミクリにはその裏にある本当の目的が分かっている為に本心は少し複雑な心境だった。




「…はぁ…受け取れと言われてもな……まぁ…私もお前が考えているだろう事には同意だが」


「…ならそれこそ何の文句もねぇだろ」


「ここ暫く無断欠勤は禁じさせてもらうがね」


「……チッ…まぁ仕方ねぇか。……お互い苦労すんな」


「ははは、あいつの親友でいる時点でそれは心得ているよ」


「違いねぇ」




軽く笑って、空を眺めて。
そこに薄らと浮かぶ真昼の白い月を発見した2人は、数回の会話をした後にスッキリした様な表情でミクリの屋敷へと戻っていった。

きっと、そう。
自分達の「知っている彼」なら…全てを思い出した時にあることを言ってくるだろうと確信があったから。

そのあることがどんな事なのかというのは…それこそきっと、この先…もう遠くない近い未来で分かることだろう。

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