新たな一面





「綺麗って何…美しいって何…加減…加減って何だ…バレットパンチがピヨピヨパンチになるくらいってこと…?」


「……これ生きてんの?」


「まぁ生きているとは思うが」


「…魅せる…魅せるバトルって何…倒さないバトルって何…美しい…綺麗…美しい…綺麗…ラスターカノンはただの発光物体…ハイドロポンプは蛇口の水…」


「いや重症じゃねぇか」





ここはキンセツシティにあるマンション内の一室。
その一室…つまりジンの家にあるテーブルに突っ伏してブツブツと良く分からない単語を繰り返して自問自答をしているダイゴをキッチンから見ていたジンは同情の目を向けながら淡々とマトマパスタを作っていた。

今にも魂が口から出てしまうのではないかと言うくらい何かに取り憑かれているダイゴの生死を連れてきたミクリに聞けば、生きてはいると返事が返って来るが、それにしたって重症なので思わずマトマの量を減らしてしまった。
いつもは絶対に辛さなど調整してやらないが、流石に今回ばかりは彼に合わせた辛さにしてやらないと本当に死んでしまいそうな気しかしなかったからだ。





「シアナちゃんのスパルタを初めて見たらしくてな…」


「スパルタ?あいつが?」


「シアナちゃんはコンテストのことになると人が変わるんだが…」


「…あぁ、それはカロスで目の当たりにしたから知ってっけど…そんなのダイゴからしたら今更なんじゃねぇの?」


「シアナちゃんはコンテストバトルの時は「勝ち」に集中しているからそうでもないんだが、それが特訓や誰かに教える時にはその倍は人が変わるのさ…いや、変わるというか…容赦がないというか…」


「………そりゃご愁傷様…」


「…まぁ、お前がこうして文句を言わずに私達を家にあげてマトマパスタを作っている時点でダイゴの疲弊具合いが分かるわけだが」


「いや流石に顔面蒼白で来られたら何も言えねぇだろ」





てっきりシアナに振られたのかと思った、とミクリから事情を聞いたジンがそんな事を言いながら皿に盛り付けたマトマパスタをカウンターに置けば、それを受け取ったミクリが苦笑いをしながらテーブルへと並べる。

こうなった事の始まりはシアナからのスパルタ教育を受けて色々な意味で疲れきったダイゴに肩を貸してジンの家を訪れたミクリによるものだったのだが、あの時「何しに来たんだ」と言って出てきたジンの次の言葉が「いや取り敢えず上がれ」と180度態度が変わったことからもその状況はかなり伝わり易いだろう。





「…む。今回はあまり辛くないな…これはこれで美味い」


「口から火が出たついでに魂まで出たら洒落になんねぇからな」


「それは同感だ」


「…っ…お前ら面白がってるよね…まぁ確かに美味しいけど…」


「「まぁ面白い」」


「…っ…!くそ…っ!!」





出来上がったマトマパスタを食べながら各々言葉を口にする面々はコの字にテーブルを囲んで座っている。
その真ん中に座っているジンの涼しそうな顔と言葉を受けたダイゴが悔しくなって一緒に出されたお茶を飲み干せば、向かい側のミクリがそのグラスにお茶を足す。

その気遣いと、純粋にあまり辛くない自分好みのマトマパスタを食して少しは気が紛れたのだろうダイゴがテッシュで口周りを拭えば、それを合図にジンが空になった皿をカウンターに置いた。
そんなジンの珍しい優しさにダイゴは思わず弱音を吐き出してしまう。





「はぁ…だから最初に無理って言ったんだよ…別にシアナの人柄が変わろうが勝気だろうが、僕のこの気持ちは何も変わりはしないけどさ…寧ろ新たなシアナの一面を知れて嬉しいくらいだ…ビックリはしたけど……いやでもあんなに真剣なシアナのことを思うと、やっぱりバトル専門の僕には荷が重いって…」


「今ナチュラルに惚気けたな。つか元気が出たなら帰れよ」


「他人事だと思って…!!あのな!お前には絶対に分かんないだろうけど!魅せるバトルだよ?力加減とか技と技のぶつかり合いにも技同士の相性があるとか、如何にポケモンと技を綺麗に見せるとか…そういう事を考えながらバトルをするって、難しいにも程があるだろ…いや、難しいというか経験がないから検討もつかない…」


「ははは!私達のチャンピオン殿は昔からバトル専門だからな…いきなりコンテストバトルをやれと言われても難しいだろう。でもまだ時間はあるのだから今からそんなに詰め込まなくても問題はないよ。あまり身構えずに、ゆっくりコツを掴めばいいのさ。私もシアナちゃんもお前を信頼しているから頼んだのだし」


「それは光栄だけどさ………はぁ、なぁジン…お前も一緒にやってみない?」


「会場を火の海にしていいなら」


「聞いた僕が馬鹿だった」


「諦めるこったな。俺も柄じゃねぇし。つか、肝心のシアナは何してんだよ」


「シアナちゃんは我に返った後に両手で顔を覆いながら「アスナと温泉に行って反省してきます」と謝り倒して走っていったね」


「逆上せる未来しか見えねぇな」





少しは落ち着いたのだろうダイゴの弱音をいつものようにバッサリ切り捨てたジンがシアナの行方を聞けば、どうやら彼女はアスナと温泉に行ったらしい。
きっと今頃はごめんなさいごめんなさいとブツブツ言いながら湯船にでも浸かっているのだろう。
その後に逆上せて目を回した親友を介護する羽目になるだろうアスナを想像して少し笑ってしまったジンはまたブツブツと技の名前を繰り返し始めたダイゴを放って食後のコーヒーを用意しようと席を立つ。





「私はブラックで頼むよ。……そういえばアスナで思い出したが…その後は順調なのか?」


「あ?…まぁ普通なんじゃねぇの。」


「それは何よりだ。…なら、お前にもチケットを渡しておくから、2人で見に来るといい」


「お。サンキュ。…でもプロモーションカップってチケットの倍率高いんじゃねぇの?」


「まぁその通りだが、そこは主催者側の特権だよ」


「嘘でしょ…待って…ジンも見に来るの…?!いいよ来なくて!!」


「安心しろ。絶対に見に行ってやるから」


「だそうだ。良かったなダイゴ、きっとシアナちゃんも喜ぶよ」


「っ…!!この野郎…っ!!」




食後のコーヒーなら自分は砂糖とミルクを入れて欲しい、とお願いしようとしたダイゴだったが、それを言う前に目の前でミクリからプロモーションカップのチケットを受け取ったジンを信じられない…!!といった表情で見たダイゴがまた顔面蒼白になったのを見たミクリは可笑しそうに笑う。

そんなミクリに苛立ちを見せるものの、今後ジンに馬鹿にされない為にも、絶対にヘマは出来ないと心に違ったダイゴであった。







「うう…ごめんなさい…ごめんなさいダイゴ…ごめんなさい…」


「はいはいもう分かったから湯船から上がりな」


「夢中になってダイゴにあんな姿を見せるなんて…信じられない…私の馬鹿…本当に信じられない…!私何を言った…?!全然覚えてない…気づいたらダイゴが疲れきった顔してた…!!」


「ねぇあたしの話聞いてる?」


「聞いてる…心底私が馬鹿だって話でしょ…うん知ってる…知ってるよそんなの…もう胸を張ってダイゴのお嫁さんになれない…」


「うん聞いてないね」




何処かの誰かと同じように、ブツブツと言いながら…もうかれこれ数十分はフエンの温泉に浸かっているままのシアナを眺めながら、温泉の縁の岩に座っているアスナは呆れたような視線を向けている。
こうやって冷静に状況を眺めていられるのは、自分もシアナのあの一面を知っているし、何よりそれでダイゴがこの親友を嫌うわけがないと確信しているからだった。
寧ろ嫌うよりも「新たな一面を知れて嬉しい」とでも思っているのではないかとさえ思う。実際その通りなのだが。

そんなことをアスナが考えていれば、何処からか聞こえてきた、かぽーんという温泉に良く響く音と共にぶくぶくと沈んでいってしまったシアナをあーあー…と引き上げに行ったアスナがジンが想像した通りにその後シアナの介護をする羽目になったのは言うまでもない。



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