居心地




「おらおらどうした?!あんだけの事をしやがったんだ!まさかこんぐらいの挨拶レベルの炎で怖気付いてる訳じゃねぇよなぁ?!」


「こいつ…っ!!まだこれからだ!数ならこちらの方が明らかに上!!大丈夫だ…負けることはない!全員遅れを取るなよ!!」


「ははは!そうかよ!!そうこなくちゃこっちも仕返しのし甲斐がないんでな!バシャーモ!フレアドライブ!グラエナは避けてバークアウト!ヤミラミは炎のパンチで迎え撃て!!」




火山灰が降る中で。
四方八方…まるで鳥籠に閉じ込められてしまっているかのようにフレア団の残党達に囲まれているジンは一度に3体のポケモンの指示を出していた。
お互い同意の上でこうして外でバトルをしている事から、証拠品であるパソコンやその他の機械等の破損を心配する必要がないわけで、思う存分に暴れても何の支障はないものの。

腕に自信があると言っても、普段はダブルバトルでさえも中々やらないジンにとってのこの状況は、彼の放つ言葉とは裏腹に少々まずい物だった。
正直…別に負けると思っている訳では無いが、こう周りを四方八方囲まれてしまっては、360度何処からなんの技が飛んでくるのか分からず、一度に3体のポケモン達の状況を常に把握するのはとても集中力がいる。





フレア団の残党達のポケモンを全て倒しきるのが先か、自分の集中力が切れるのが先か。





あるいは、それとも。

そう考えながら…それでも強気の姿勢は一切崩さずに正確な指示をポケモン達にし続ける事が出来ているのは、ジンにとって今この時がとても重要な物だったからだ。




(お前何やってるんだよっ!!いつまでそんな場所に居るつもりなんだ!!)




別に、子供ながら友人なんて要らないと思っていた。
そんな時にホウエンに来て、親同士の思惑があったにしても…紹介されたダイゴとこうして今も付き合いがあるのは、あまり言いたくはないが反りが合うからだ。

気を遣う必要はないし、友人だからと無理して合わせる必要だってない。

いつの間にか…お互いがお互いをそういう奴なんだと理解していたせいで、気づいたらこんなことを思うようになっていた。





「…居心地が良かったんだ」






寂しく降り続ける…白い火山灰と無造作に燃え上がる炎が混ざりあった荒れ狂う空間の中でジンがぼそりと呟いた言葉。


居心地がいい。


そう思うようになっていたのは、割と昔から。
いつからだなんて聞かれてもはっきりとは言えないが、距離間とか、考え方とか。
そういう物を含めて居心地が良かった。


「今までは」





(……お前は、そうやっていつも私達の尻拭いをするんだな…昔から……ずっと、そうだった)





本当は聞こえていた、あの時自分の後ろから響いてきたミクリの声。
尻拭いなんてしているつもりはないが、「昔から」と言っていたということは、やっぱり自分達はそれぐらい長い時間を共にしていたんだろう。
それこそ、本当にそれは居心地がいいと思っていたからあっという間に過ぎていた時間。


でもそれは、過去の話。


今はもう、距離間が楽だとか、居心地がいいとか。
そんな事は本当にどうでもいい。
だって、だってそうだろう。




「…無くすわけにいかねぇんだよ」




居心地がいいからこそ、無くすわけにはいかないのだから。
いつの間にか「当たり前」になっていた…ダイゴやシアナ、ミクリ、アスナ…そして自分。
それぞれがそれぞれ思うように生きて、心から泣いて笑って…嘘偽りなく自分らしく過ごしている、この場所に。
今までもこれからもずっといる為にはどうしたらいいのか。

そう考えたら、出てくる答えは…一つ。






「…ま、頼まれた訳でも頼んだ訳でもねぇけど」


「その言葉、そっくりそのまま返させてもらうとしようか」





まるで、自分「達」を取り囲む汚染された物を洗い流してしまうかのように外側から流れてきた…その水が。
この世で最も美しく、光り輝くその水が。
普段のジンからは決して出てこない様なその感情を瞬く間に押し流してくれたから。





「「…「元通り」にさせてもらうとするか」」





嘘偽りなんて要らない。
心から笑っているあいつと…いや、「あいつら」でなくては、近くにいたって居心地が悪い。
それなら…当たり前になったその居心地のいい場所を、また当たり前に戻してしまえばいい。

何の不安もなく、何の危険もない。
これからも「いつも通り」の自分達で居られるように。




「もう少し遅くても良かったけどな」


「それはお前のウォーグルに言いたまえ。私はお前の思惑通りに「美味しい所」だけを持っていくつもりはないよ」


「……はぁ、昔からお前はどっか喰えねぇ奴だったな」


「ははは!ダイゴとは大違いだろう?……私の後ろは任せる。もう気にせず好きに暴れてくれて構わない」


「そこは否定しねぇけどな。…つか、水とタッグなんて組みたかねぇんだけど。…まぁいいか」




白く寂しい火山灰が降る中で。
フレア団の残党達が後退りしながら怖気づき始めた中で。
この2人が揃ったら勝ち目がないと思ったらしい1人の残党が仲間を裏切って逃げようとした、その時。

先程まで水のイリュージョニストを乗せて空を飛んでいたウォーグルが「逃がさない」と急降下して捕まえた時に抜け落ちた黒い羽が宙に舞ったのを合図にするかのように、ジンとミクリは背中合わせになると、目の前でもうほぼ戦意喪失の雰囲気が見て取れるフレア団の残党達に言葉を投げた。




「さぁ諸君!今から一生忘れられぬくらいの、この世で一番美しい水のイリュージョンをお見せしよう!!」


「…ッ!!ルネジムの…いや、新チャンピオンの、ミクリ…!クソ…!事前に呼んでいたなんて…!!」


「あーあ…完全に怯えちまってんの。…仕方ねぇ。情けをかけてやるか。…可哀想なお前らに選ばせてやるよ」


「…選…?な、何、を…!」




事前にこうなる前からウォーグルをミクリの元に向かわせていたらしいジンが言った、その選択というものがどういう事なのか。
ボールを持っている手がカタカタと震えるのに苛立ちながら思わず聞き返してしまった、残党の内の1人の声が寂しく響いたその時。

ミクリとジンは真っ直ぐ前を向き、その口元に弧を描くと楽しそうに…そしてその青緑と赤の瞳をギラリと光らせて声を上げた。




「焼け焦げてぇのか」


「溺れ、もがき苦しみたいのか」


「「好きな方を選べ」」




















「ダイゴさん。これ、お父……っ、ムクゲ社長から預かってきた荷物です!ここに置いておきますね」


「あぁ、シアナちゃん!ありがとう…もう日が暮れるのにわざわざ届けてくれて…迷惑をかけてしまったね」


「いえ、大丈夫ですよ!…これって鞄ですよね?」


「うん。実はね、さっき担当の先生から話があって…今後のカウンセリングは通院しながらでも大丈夫でしょうって事になったんだ。だから、明日に色々と話を聞いたら、そのまた次の日にはもう退院」




もう太陽がえんとつ山に完全に隠れてしまった頃。
カナズミシティにある総合病院の最上階にあるダイゴの病室に、ムクゲ社長から頼まれ事をされたシアナは今日二度目の顔を出していた。

ムクゲ社長にダイゴの記憶喪失の事について、正直に話すつもりだと説明をした時に、複雑な表情をしながら申し訳なさそうに「それなら」と渡されたのがこの空の鞄とメモ帳だったので、正直シアナは何に使うのかと思っていたのだが…どうやらそれはダイゴが退院するからだったようだ。

ムクゲ社長も、「もうその時は正直に話すことにしました」と言われた手前、それなら明後日退院だから調度良いね!だなんて事は言えなかったのだろう。
なんてタイミングなんだと思ってしまったが、自分の覚悟とは裏腹に…通院はするとしてもダイゴがこうして無事に退院出来るのは喜ばしいこと。




「!退院…ですか…!それは、良かったですね…!」


「…うん。ありがとう。…だからその…家の掃除とか色々落ち着いたら、連絡するから…えっと…!前に言っていたお茶の件なんだけど…!」


「…ふふ。はい!楽しみに待ってますね!それなら明日からちょっとバタバタしますね…今日はもうゆっくり休んで備えてください。エルフーンは明日迎えに来ます。…エルフーン、分かった?」


「ルウ!」




怖い、本当は怖い。
笑顔で良かったと言えた。それは素直に思った事。
でもつまりそれは…自分の中でずっと「幸せ」だと思っていたこの立場を手放してしまう事になるかもしれない。

まだ記憶喪失であるダイゴは、自分との関係を知ったらどう思うのか…どんな反応をするのか。
自分に笑顔を向けてくれているダイゴとエルフーンに笑いかけながらもそれを考えると、覚悟を決めたとしてもやはり実際にその時が「いつ」と分かってしまったらどうにも怖くなってしまったシアナは、なるべく自然な流れでダイゴの病室を去って、すっかり暗くなった空が良く見える長い渡り廊下を通ると、通り過ぎようとした談話室から聞こえてきたテレビ越しの言葉が耳に入って何故かふと足を止める。




『次のニュースです』


「…?」




次のニュースですなんて、そんなの毎日聞いているワードだし、正直それは意識していなくても普段から何気なく聞こえてくるものだ。

でも何故か今は、この瞬間は…そのニュースの内容を今すぐに見なければならないと本能で感じたシアナは、そんな自分に心の中で首を傾げながらも開きっぱなしになっている扉の向こうに見えるテレビに目と耳を集中させる。




『数ヶ月前に起きたプロモーションカップのヘリコプター墜落事故ですが…こちらは何と事故ではなかった事が明らかになりました。現在現場と中継が繋がっておりますので、そちらの映像を映しつつご説明します』


「っ……え…………?」


『こちら現場のマリです。えぇ、現在こちらは113番道路なのですが…!こちら!こちらの立ち入り禁止のテープが貼られている洞窟ですね!警察の情報によりますと、ここに何とあのカロス地方を脅かしたフレア団の残党が潜んでいた為、現在は警察によって現場調査が行われております!』


「……フレア団…の、残党…?!」


『今現在の情報ですと、フレア団の残党達はここを拠点にして潜みつつ、あの日のヘリコプターに細工を施したり等といった悪行を働いていたようです!それが判明したのは単独で調査をしていたらしい新チャンピオンのミクリ氏だということが分かっています!現在ミクリ氏は情報提供等の理由で警察に…』


「…!!え、え?!っ、と、取り敢えず電話?!しても出ないかな…!え、待ってどうしようこれどういう事…?!あ、ジンくん!ジンくんなら何か知ってるんじゃ…?!え、えぇ…えぇ…?!取り敢えず!うん!ジンくんに電話電話…!!」





目と耳にダイレクトに入ってきたあまりの情報に訳が分からず、おろおろとしながらどうしようどうしようと慌てるシアナは何とか近くの裏口から外に出て外付けの階段を昇ると、屋上に上がって訳が全く分からないままにポケフォンを操作して、ジンへと電話を繋げると、プツ…という電話が繋がった音を確認した途端にしどろもどろながらも声を上げた。




「…!あ!ジンくん?!ねぇあのニュースってどういう…」


『おかけになった電話番号は………ピー…という音が……』


「何で留守電?!?!いつもマナーモードになんかしないのに?!え、本当にどういうこと?!そ、それならアスナ、アスナ!!!」




声を上げた…のだが。
その通話相手はジンではなく留守電のメッセージだった。
彼は電話に出ないことは偶にあるが、こうしてわざわざ留守番のメッセージが流れるということは、彼がポケフォンをマナーモードに設定しているだろう事が分かったシアナは、そのせいで余計に焦ってしまう。

一体何がどういう事なのか、どういう状況なのか。
それを直ぐに理解したくて、取り敢えずまずは落ち着きたい冷静にならなきゃと気持ちから次にシアナが電話を掛けたその相手は親友のアスナだった。

しかしその判断は間違ってしまったのか、結構シアナは自分1人ではなく、説明した途端に同じく「意味分かんない」とパニックになってしまったアスナとダブルで慌てることになってしまった事など…



ミクリとは別室で事情聴取をされながら呑気に大欠伸をしているジンが知る由もないのだった。



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