憎悪




カタカタと忙しなく鳴るタイピング音と、それに呼応するかのように時折聞こえるのは苛立ちから出ているような舌打ちとため息…そんな音が響くここは何処なのか?

全体的に薄暗く、明かりと言えばパソコンや何かの機械から発せられているブルーライトの光のみで、そんな僅かな光の中で見え隠れするのはどうもわざとらしい地味めな風貌をした数人だった。




「っ…あークソっ!!まだ新しい情報は掴めないのか?!」


「はぁ…こっちだって出来る範囲でやっているんだ、そう強く当たるな…」


「強くも言うだろ?!あれから何週間…いや、もうそれ以上経っているんだぞ?オマケにチャンピオンは無事、その婚約者も、他の連中だってピンピンしてる!あぁ腹立たしい…っ!!今まで、俺等がどんな思いで…っ!!」


「それはお前だけじゃない!ここにいる全員が同じ事を思っている!だからこそ今はここに隠れつつ、地道でも確実に情報を集めるしかないんだ」


「そんな事言ったってそれは一体いつになったら実現出来るかって話なんだよ!!もううんざりだ!!」




そんな中…その場にいる数人全員がパソコンと向き合っていたのだが、まるで痺れをきらせたように1人の男性が声を上げたことで、全員は一旦パソコンから視線を外してその人物の方へと振り返り、振り返った中の1人が落ち着かせようと声をかけるのだが、そんな声を掛けた男性が使っているパソコンには誰も通っていない何処かの廊下のような物が寂しく映っているのみだった。

そしてそんな映像を視界に入れたらしい初めに声を上げた男性は更にそれが怒りの発端となってしまったのだろう、近くにあった椅子を蹴飛ばして再度怒声を浴びせ、そしてそれは弾丸かのように止まることなく続いてしまう。




「こんな暗い空間の中で?!パソコンの光と質素な食いもんだけで?!毎日毎日同じことの繰り返し!進展なんて何も無い!現にお前が確認してる病院の監視カメラだって何の役にも立たない!!」


「仕方ないだろう?!病院の警備が厳しくて潜入すら難しいんだ!だから地道だとしてもこうして今はチャンピオンや見舞いにくる奴らの動向を見つつ、情報を探るしか…」


「それはもう何度も聞いた!!でも埒が明かないから俺はうんざりだって言ってんだよ!あの時に頭を強打したのは確実なんだろ?!それならまだ完全に完治するには早すぎるし、だったら今のうちに窓からでも何でも、あのチャンピオンに強襲を仕掛けて殺しちまえばいいんだ!!」


「だとしても!!俺達の目的はその後の方が大切なんだぞ?!それで俺達が捕まったらどうする?!そうやって目先のことだけ考えていては、確実にあの方を…っ!!?」



苛立ちから生まれたその意見を浴びた方の男性は、眉間に皺を寄せながらその意見を否定した。
そしてその否定した理由がどういった意味なのか…ずっと黙って聞いている他の周りの者は聞かなくても理解しているのだろう。

ガタン、と音を立てて椅子から立ち上がった男性の姿を見た周りの者は今からその理由を言うのだろうなと誰もが思ったが、それは次の瞬間に起きた、大きな衝撃と物音と…低くも楽しそうなこの声によって中断させられてしまった。





「みぃーーーつけた」





そう。
薄暗かった筈の空間に眩しい光をさしこみ、この中心に立っているその人物から発せられた、「みつけた」という楽しそうな声。
その隣にはギロリとこちらを睨みつけながらブレイズキックの構えを崩さないままのバシャーモがおり、その事からこの薄暗かった空間に光をさしこんだのはこのバシャーモのブレイズキックで隠していた洞窟の入口を蹴り飛ばされたからである事が分かった。

それでさえもう恐怖だが、それよりも怖いのはニヒルに笑いながらも決して目は笑っていない…それでも確かに楽しそうにこちらを見つめ、優雅に煙草を吸っているこの男性…





「?!あ、………あっ、…あぁ…?!おま、お前…は…!!」


「おー、この俺をご存知ってか。そりゃ光栄だなぁ?…まぁ当たり前か。俺もターゲットだったみてぇだしなぁ。…ダイゴ、シアナ、ミクリにアスナ…ユウキ。そんでもってこの俺。…どうやら影でコソコソ世話になってたようだな、ご苦労さん」




ある者は既にボールを構え、ある者はガクガクと体を震わせ、ある者は憎悪の念を彼、ジンに向けている。
しかしそんなジンはそんな事など気にもしていないとでもいうように煙草の煙を吐き出すと、背を預けていた岩肌から離れてゆっくりと体を洞窟の中にいる連中の方へと向き直った。




「っ…!!ば、馬鹿な…!何故ここが…!!?こ、ここは、バレないように巧妙に、俺達が…!!」


「いやぁ〜お陰さんで苦労したわ。まさか俺がホウエンを離れている間に「秘密基地ギルド」なんてもんが出来てたとはなぁ?まぁ偶然それを知ったんだが、そこのマスターだかなんだかに訳を話したらこの地方のありとあらゆる秘密基地の場所を教えてくれてな、虱潰しに端からぜーーーーんぶ調べて…やっとお前達をみつけたってわけだ」


「は、端から……?!」


「あぁそうだ。元々あの事件はどうも引っかかる事が多くてなぁ…まず、あんなでかい大会で整備不良なんて起こす訳がねぇし…そこで、誰かがヘリに細工したんだろうって気づいた。そこからは早かったなぁ…お前らのことがパッと頭に浮かんでよ。あんな事件を引き起こしといて、それが結果的に失敗に終わったんなら、どっかに巧妙に隠れて再度殺せるチャンスを伺ってんじゃねぇかってな。にしてもまさか…だからってこんな火山近くのうざってぇ火山灰の降る中だとは。お前ら「かくれんぼ」の天才だな?」


「な、なんて考察力と執念なんだ、こいつ…!!」


「…「考察」「執念」ねぇ?…ははは、後者に関してはお前らの方が上じゃねぇの?……なぁ?「フレア団の残党」さんよぉ」


「!!っ、くそ…!!くそ、くそ…っ!!だとしても、だとしても俺達はこんな所で大人しく捕まるわけにはいかないんだ!!」





どうして隠れていた場所が分かったのか、どうしてあの…プロモーションカップの事件が自分達の仕業だと気づいたのか。
そして…その自分達の正体が、カロスでボスを無くしたフレア団の残党だということも。

目の前でモンスターボールをクルクルと器用に指先で回しながらニヤリと笑っているジンには全てお見通しだったというわけだった。
そしてその指先のボールからはいつの間にか赤い光が放たれ…怒りで歯を剥き出しにした彼のグラエナが顔を出す。




(悪いがこれ以上あんたらに好き勝手させるわけにはいかねぇんだわ。まぁ、本当は面倒くせぇんだけどよ。)





…そうだ、自分達はあの時、彼のこのグラエナのバークアウトでめちゃくちゃにされ、作戦に参加することが叶わなかった。
当時自分達を逃がしてくれたリーダーは警察に捕まり、瀕死のポケモンを抱えて騒ぎが落ち着くのを森で息を潜めて待っていた。

しかし待っても待っても、出てくるのはボスであるフラダリ様が失踪したということと、カロス地方のジムリーダーやチャンピオン達の活躍の話。
そしてその協力者であったホウエンの連中の情報が入ってくるのみだった。

だから、復讐も兼ねて…まずはこのホウエンの主要人物である彼らを大人しくさせてから、フレア団を再結成させようと計画したんだ。
出る杭を打ってから、今度は確実にこの世界を消すために。フラダリ様が求めた世界を再構築する為に。
そうすればきっと…あの方も、フラダリ様も戻ってきて下さると信じて、ここまでやって来たのに。




「悪いがこれ以上あんたらに好き勝手させるわけにはいかねぇんだわ」


「っ、貴様ァァァ…!!また、またそうやって、お前は俺達の邪魔をするのか…っ!!またそうやって…!!」


「…あぁ、そういやぁ前もこんな感じのこと言ったか。あん時はマジで面倒だと思ってたが……今回ばかりはな………まぁ本人達も居ねぇし、冥土の土産に本音を聞かせてやるか…」




あの時と、全く同じ。
目の前のジンに対して膨れ上がる憎しみをぶつけるかのようにボールから勢いよくポケモンを放ったフレア団の残党達は出てきたポケモン達と揃ってジンを睨みつける。
しかし…その気迫は、目を伏せていたジンの目が開かれたと同時に弱々しく丸くなって体を強ばらせてしまった。




「俺の大事な奴らを殺そうとしたんだ。それ相応の報いは受けてもらうし、俺の好きな居場所の平穏も返してもらう…………覚悟しろよ」





密かに増援は呼んだ、外出していた奴らが帰ってくるのは時間の問題。
数だけで言えばこちらが有利なのは明らかなこと。

でも、それでも…目の前で鋭く光る…この赤い瞳が。

自分達の抱いていた憎悪なんか、まるで玩具同然のものかと思ってしまうくらいに強くて、悔しかった。



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