信じているから




マグマ団アジトのとある一室。
そこではシアナ特製の虹色ポロックをおやつとしてもらったチルタリスとグレイシアが、その後彼女に寄り添いながら心配そうな表情を見せていた。




「ふふ。大丈夫大丈夫、心配しなくても…ちゃんと上手くやれてるよ」


「レイ…グレーイ…?」


「チルゥ…?」


「本当。だからそんな顔しないで、笑ってて欲しいな?グレイシアもチルタリスも…今は私の手持ちにいないけど、変わらず私の大切な子なんだから」


「!…チル!」


「レイ!レーイ!」


「あはは!くすぐったい!ふふ、うん!ありがとう!」




心配そうなその表情を見て、シアナはすぐにそれがダイゴとの事だと分かったのだろう。
心の底から無理なく優しく笑って、2匹の頭を撫でながら言ったシアナのそのお願いを聞いた2匹はその表情を見てそれが嘘偽りの無いものだと分かると、安心したように笑って各々がシアナの頬に頬擦りをする。

左側にもこもことした綿毛のようなチルタリスの頬。右側にふわふわとしたぬいぐるみのようなグレイシアの頬の温もりを感じながら笑うシアナのそんな声が部屋に響けば、それを扉越しに聞いたらしいセイジロウがノックの後に部屋へと入ってきた。




「シアナ、ここに居たのか」


「あ、お父さん。…って、凄い荷物だね…?」


「ん?あぁ、ははは。まぁな!…今時間あるか?」


「?うん。さっきセレナちゃん達も帰ったところだし、大丈夫だよ。何かあった?」


「そうか。なら少し話したいことがあってな…よっと」




セイジロウが部屋に入ってきたタイミングで一旦頬擦りを止めたグレイシアとチルタリスの頭を再度撫でて「お利口さん」と褒めてくれたシアナの行動に2匹がにこにこと笑う中、そんな2匹に挟まれているシアナに時間があるのかどうか聞いたセイジロウが気持ち複雑そうな…真剣なような。

そんなよく分からない表情をしていたことが気になったシアナが思わず首を傾げてしまいながらもどうしたのか問えば、セイジロウはそれに対して軽く笑うと、持っていた重そうな箱をドン、と地面に置いてシアナの目の前に胡座をかいて座った。




「シアナ、実はお父さんな…」


「うん?」


「この度……」


「この度?」


「…自分の研究所を設立させてもらうことになったっ!!」


「えっ?!え、本当に?!うわぁ…!おめでとうお父さん!!」



スゥ…!と息を吸った後に、少し焦らしてから言われたその言葉に素直に驚いた声を上げ、それでもすぐに祝福の言葉を述べたシアナがパチパチと拍手をすれば、それに合わせてグレイシアやチルタリスも同じように一生懸命に手をパチパチと合わせる。

その際にグレイシアはバランスを崩してこてん、と後ろに転がってしまい、チルタリスに関しては手というよりももこもこの羽毛のような翼なので室内の筈なのにごうごうと風が吹いてしまうのだが…そんな風に靡く髪を抑えながら可愛らしい2匹に笑い声を上げたシアナとセイジロウの2人はすっかりと和やかなムードだ。

しかし、その和やかムードは再度緊張したように息を吸ったセイジロウの言葉で真剣な物に変わる。




「…という事でな…お父さんは暫く荷造りやらなんやらで忙しくなる。…勿論、完全に引っ越すまではここに世話になるから、居ないという事はないが……それでも、マグマスーツを作った時に一緒に試行錯誤してくれたホムラを筆頭に、数名のマグマ団の連中も着いてきてくれるから、ここのアジトもある程度は忙しないと思う」


「あ、そっか…そうだよね…!じゃぁ私、家に帰った方がいい?いつまでもここにお世話になる訳にもいかないし…」


「あぁいやいや!そういう意味でこの話をした訳じゃない。誰もお前を邪魔だとか思っていないし、好きなだけここに居ればいい。…お父さんが言いたかったのはそんな事じゃなくてな……お前とダイゴの事だよ」


「……私と、ダイゴのこと…?」


「そうだ」




始めはセイジロウの言葉で、それならマヒナとホークが居てくれる実家に移動した方がいいのだろうかと考えたシアナだったのだが、それを聞くとセイジロウは首を横に振って否定した。
それなら何故そんな話を…?と気になったシアナが素直にセイジロウの言葉を続きを待ってみれば、セイジロウはシアナとダイゴの事だと言う。

それがどう意味か。何故父親の忙しさと自分とダイゴのことが関係するのか。
そんな事を考え、更に話の続きが気になったシアナは大人しくその続きを聞く為に少し姿勢を正す。
すると、それを見たセイジロウもまた釣られるように姿勢を正してから真剣な表情でシアナの空色の瞳を見詰めた。




「…シアナ、お前…ダイゴが退院するまでに自分の事を思い出さなかった場合、ダイゴ本人に自分との事を話そうとしているだろう?」


「…………それ、は…」


「……退院するという事はダイゴの体調もほぼ回復しているだろうし…混乱はさせるかもしれないが、充分説明出来る状況ではあるだろう。…まぁ確かに無理な話ではあるんだ。退院して自由の身になったダイゴに婚約者がいることを隠し通すなんてことはな。実際、ムクゲさんもこの間どうしたもんかと悩んでいたよ」


「………」


「…だから、お前がそう考えているんだろうと思って、忙しくなる前に話をしたかったわけなんだが。…やはり図星か?…まぁその様子じゃ図星だろうな」


「………うん…」




目の前のセイジロウから見事に図星をくらったシアナは、素直にその事を肯定した。
すると、やっぱりかという表情で困ったように笑ったセイジロウは思わずふぅ…と息を吐いてしまう。

確かに、無理な話なのだ。
入院している今でこそどうにか本人に怪しまれることなくメディアとの接触を避けさせていられているが、退院してまでそれをさせたら、どう考えても頭のキレるダイゴは「何かしらがある」とすぐに勘づくだろう事は目に見えている。

おまけにあの家にはシアナが育てた花達が庭に咲き誇っているし、見事に育った木の実畑だってある。
その時点で…じはそういったものにまるで興味がなかった筈だとダイゴは首を傾げるだろう。




「……お父様がね、色々考えてくれてるのは本当に有難いの。ダイゴ本人が私の事を覚えてないのに、それでも私とダイゴが不利にならないように…少しでも変わらないようにって考えてくれてるわけだから…」


「そうだな…それは私からしても有難いことだよ。可愛い娘をそこまで大切に思ってくれていて、認めてくれているわけだからな」


「うん。本当に頭が上がらない……でも、この前アスナと話したんだけど、やっぱり色々と無理があるなって。私の私物はどうにかなるけど、それ以外の事はどうも出来ない。……ならもう、その時点で説明するしかないと思ってた。…それでダイゴが嫌がるなら、婚約破棄もしようって」


「グレイ?!」


「チル!!チルル?!」


「!シアナ…!それはいくらなんでも…!」


「っ、本当はね、怖いし嫌だよ。記憶がなくてもダイゴとはこの関係でいたい。でも、それは私のわがままだとも思うから……だから、記憶がなくてもダイゴが了承してくれるように…拒否されないように…その時まで、私なりに少しでもダイゴとの距離を縮めようって思ってた」


「…シアナ……」




アスナと木の実畑の話をしてから数日…自分がどう考えていたか、どうしようと決意していたか。
それを説明したシアナに対して驚きの声をあげたチルタリスやグレイシア、そしてセイジロウがおどおどとしてしまえば、そんな全員に「大丈夫」といったような表情で笑ったシアナは自分なりの言葉を繋げていく。

シアナはシアナなりに考えたのだ。
それがどんなに悔しくても、辛くても、それでもそれが一番自分にとってもダイゴにとっても良い事で…筋の通った事なんだと。
それを聞いて…何も言えなくなってしまったセイジロウ達の様子を確認したシアナは困ったように笑う。




「…ふふ。もうちょっとしたら皆に言おうと思ってたんだけど、そっか…お父さんにはバレちゃってたか…」


「……カイリならな、そうすると思ったんだよ」


「……お母さんが?」


「あぁ。お父さん、この間1人でカイリの墓参りに行ってきたんだ。その時にシアナの話をしながら…カイリならどうするかなと考えてた……そしたらふとさっきお前が言ったことをカイリがする気がして、もしかしたらシアナもそうなんじゃないかと」


「…そっか。やっぱり私ってお母さんに似てるね?」


「はぁ…顔も似てれば性格も似てると思うぞ。そういう自分に厳しいところはあまり似なくても良かったんだが…」


「でも、そんなお母さんだからお父さんは駆け落ちまでして結婚したんでしょ?踏み出す切っ掛けはあの時のダイゴだったけど、それで私だってこうして生まれてきた。…それに私の身体が丈夫なところはお父さん譲りだよ?身体が丈夫なんだからその分心も丈夫です」


「!ははは、先に一本取ったかと思ってたんだが、お父さんはどうやら一本どころか三本くらい取られたみたいだな?」


「はいお父さんの負けー」


「チルチルー!」


「レイレーイ!」




始めは「図星か」だなんて言っていたセイジロウだったが、カイリの話の流れでいつの間にか自分が何本も取られていたことを実感したセイジロウが降参だとばかりに両手を上げれば、そんなセイジロウを見たシアナとグレイシアとチルタリスが「負けー」と揃って言う。

チルタリスもグレイシアも始めはシアナを心配していたが、彼女の決意が硬いことを理解して気持ちを引き締めたのだろう。
本人が決意した事を、周りの自分達が否定する訳にはいかないのだから。

深刻な話をしていた筈なのに、話し終わった今では両隣にいるチルタリスとグレイシアと共に笑っている娘のその光景を見ながら、本当にカイリそっくりだと改めて思ったセイジロウは娘の後ろにある窓から見える海を眺めて、ふと目を細めるのだった。




カイリならきっと、「思い出してくれると信じていたいの」と…強く、優しく笑って…そう言うのだろうから。



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