こっちの台詞





ホウエン地方上空。
そんな高い高い空の上で暫く鳴り響いていた着信を知らせる音楽をやっと手に取って止めたジンは、背中に乗せてくれているウォーグルにゆっくり飛んでくれるように指示を出すと、ポケフォンを耳元にあてて怠そうにほぼ棒読みな歌を歌う。




「…もしもしコータスよ」


「え?あ、!こ、コータスさんよ〜…?」


「世界のうちにお前ほどー」


「あ、えと、歩みの鈍い〜ものはな、…ってぇ!!ちがーーーーーうっ!!!誤魔化すなっ!!やっっっと電話に出た!!ねぇほんっとにあんた最近何処で何してんの?!」


「あー…散歩」


「一週間以上かかる散歩があるかぁ!!!」




一週間以上…そう。一週間以上。
何度掛けても電話に出ず、「生きてるのか」とメールをすれば「勝手に殺すな」と返ってくる雑な返事。
それが一週間以上も続いた後で、ダメ元で掛けた今回の電話にやっと出てくれたかと思えば急に仕掛けられたもしもしコータスよコータスさんよの歌。

いやまぁ、それに簡単に釣られる自分も単純馬鹿なのだろうとはアスナ自身も思うのだが、それにしたって何処で何をしてるのかくらい直ぐ教えてくれてもいいだろう!と怒り心頭で瞬時にツッコミを披露したアスナのその声は、ポケフォンのスピーカーを通してジンの耳へとダイレクトに響き、ジンは思わず耳からポケフォンを遠ざけてしまった。




「ねぇ!!ねぇ聞いてる?!!やっと電話に出たんだ!今日こそ何処で何してるんだか聞かせてもらうからね?!怒ってんだからねあたし!!」


「だーっ!うるせぇ!!はいはい悪かったよ、ろくに連絡もしねぇで!…ちっとな、最近まで調べ物してたんだよ」


「全く!!てか、何?調べ物…?」


「そ。…まぁそれがさっきやっと大体の目星がついたんでな。今は数ある中から大当たりを探してホウエンの上空にいるところだ」


「目星…大当たり?ねぇもっと詳しく説明を…」



ポケフォンから耳を遠ざけたとしても、自分を心配しているのだろうアスナの声を聞いたジンは罰が悪そうな顔をしながら淡々と質問への答えを話し始める。

しかしそれが本当に最低限のワードが幾つか出てくるだけな説明の仕方な為、アスナは訳が分からないと言った様子で再度ジンにもっと詳しく話してくれるように頼むのだが、それは突然ポケフォンの向こう側から聞こえてきた珍しい鳴き声に遮られてしまった。




「フラ、フラーン!!」


「お?あぁあそこか。よし、取り敢えず行ってみっか」


「え?今の鳴き声ってフライゴン?あんたフライゴンなんて持ってたっけ…?え、てか!ねぇジン!ちょっと!まだ話は終わってないんだけど!?」


「あー、悪い。あんまりのんびりしてられる時間がねぇんだわ。…っと、シアナとダイゴは上手くやってるか?」


「え、ええ?!あ、うん…!最近はシアナも元気になってきてるし、話を聞く限りは良いことも沢山あるみたいで、頑張ってるけど!」


「…そうか。ならいい。…あー、マジで悪いな。取り敢えず俺は生きてっから、心配すんな」


「ちょ、ジン!ならせめて本当、何をしてるかくらい…!」


「お前はお前らしく、いつも通りにしててやれ。……シアナと俺の太陽さんよ」


「へあ、?!ちょ?!えっ、」




ジンが持っていない筈のフライゴンの声が聞こえ、それが不思議で思わずそっちを先に聞いてしまったのが悪かったのか何なのか。
何やらのんびりしていられない事情があるらしいジンは当初のアスナの目的であった質問に答える暇もなく、ほぼ一方的にアスナに軽い質問をして、それを聞いた途端に満足したかのように颯爽と電話を切ってしまった。

その際にちゃっかりと口説かれたような気がするのだが、そんな言葉に素直に頬は赤くなりつつも…どうにも納得がいかない様子のアスナは真っ暗になってしまったポケフォンの画面を見つめ、静かにため息をつく。




「……無茶とかしてないといいけど…」




調べ物とは結局何のことだったのか。
大当たりとはどういうことか。
考えても考えても、ジンが何をしてるのか、アスナにはイマイチ分からないし、分からないだけに彼がどんな危ない事をしようとしているのかもまるで検討がつかない。
しかし…そんなアスナでも、さっきの通話で唯一分かったことがあった。





「………「心配すんな」って……全く、それはこっちの台詞だっての」





面倒くさがりでも、ぶっきらぼうでも。
どれだけ文句を言って、どれだけ常に喧嘩してようと…
何だかんだ、彼が友人思いなのは…確かな事なんだと。











「…って、事が今朝あってね」


「え、じゃぁ結局ジンくんが何してるのかは分からなかったんだ?…うーん、何してるんだろうね…」


「さぁね〜…でもまぁ、運動神経は良いし、あれでもバトルもかなり強いし…大丈夫だとは思うんだけどね!…てか、その話は取り敢えずいいとして、良かったねシアナ!ダイゴさんとのデートの約束!」


「!う、うん…!!えっと、それは凄く嬉しかった、んだけど…最近ちょっとまずい事に気づいて…」




今朝、ジンとやっと連絡がついた後に結局よく分からないまま終わってしまった、そんなアスナは現在。
セレナとハルカにコンテストのレクチャーが終わり、ダイゴのお見舞いに行くまでの時間まで暇が出来たシアナの元を訪れていた所だった。

軽くジンとの会話内容を話した後に、シアナから聞かされたダイゴとのやり取りを自分のことのように喜んだのは良いものの、何故か当のシアナはそれに同じように喜んではいても、「どうしよう」という感情がそのまま表情に現れている。




「?まずい事?何かあったっけ?あ、もしダイゴさんが退院した後に自宅でテレビとかポケフォンでニュースとか見ちゃったらーって話?」


「勿論それもあるんだけど…それとは別にね…」


「え?じゃぁ何?他に何かあったっけ…?」


「それが…」




シアナと食べたからという完璧な思い出ではなかったものの、カイナのカフェにある桃のモンブランを思い出し…尚且つそれが「シアナが好きそう」とまで言ったダイゴのその記憶喪失が徐々に回復に向かっているのではないかと思えるくらいになっているのに、何がまずいのか?

このまま順調に体調が回復して、退院出来た後にまずい事なんて、あるとすれば彼が自宅に戻った時にメディアの情報…つまり、「婚約者のシアナが」云々の事をダイゴが目にしてしまう…等の事かとアスナは思ったのだが、シアナはそれを否定はしなかったが、それとはまた別の事が問題らしい。
それが気になって…首を傾げながらアスナが再度聞けば、シアナは長くため息をついた後に重そうにゆっくりと口を動かした。




「……木の実畑……どうしようかなって…」


「……………!あーーーー………」


「…いや、もし…もしだよ?もし、退院するまでにダイゴの記憶が戻ってくれたりしたら、もう全部が全部何も問題はないけど…そんな上手い話は無さそうだし…あっ、勿論いつか思い出してくれるってことは信じてるよ?!」


「それはね、あたしもダイゴさんは大丈夫だって信じてるけど……そっか、まぁこのまま行けばほぼ確実に記憶喪失のまま退院して自宅に戻るわけだから……そこにあんたの木の実畑があったら…あー、うん。困惑するだろうね…」


「ニュースとかの事はね、お父様が何かしら考えてるみたいだから…そこは大丈夫だとは思うの。多分ネット環境を遮断するとか、まぁ後はお父様が泊まるとか…残ってる私の私物だって、バレない内に全部移動すればいいし…」


「うんうん…なるほど…」


「…でも流石にあそこまで育った木の実畑を根こそぎ移動するなんて方法は…」


「……それは……ないね…うん、無理だわ。そりゃ確かにまずいわ」



シアナが何をまずいと言っているのか…シアナ本人から話を聞いて、素直に何一つ否定が出来なかったアスナは、まるでシンクロしたかのように目の前でカフェラテを飲み干したシアナと同じく苦笑いをしてしまう。

当時と比べて…全員の気持ちはかなり前向きになっているし、希望だって見えている状態だが、それとは裏腹にまだまだ問題は山積みだという事を実感してしまったアスナは、再度「どうしよう…」と頭を消えてしまったシアナに「取り敢えずどうにか誤魔化すしかないね」と笑い飛ばしてあげるのが精一杯だった。


太陽のように眩しく笑って見せた表情の裏で、今朝のジンとの会話を数個思い出しながら。




(確かに太陽にはなれてあげられてるだろうけどさぁ……ごめん……心配すんなはこっちの台詞ーってのは撤回しなきゃかも…)


(はぁぁ……。ん?…アスナ、それ何の話ー…?)


(こっちの話〜…はぁぁ…)


(んー…?)


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