変わらない大好きなもの




もうこうしてシアナがダイゴの病室に来るのは何度目になったのだろうか。
ムクゲ社長がメディアにダイゴの状況を説明してくれたお陰でいくらか自由が効くようになったシアナはこの頃になると正面入り口から病院へと出入り出来るまでに世間は落ち着いてきた。
しかしそれでも毎度マスコミに囲まれはするのだが、その度に「順調に回復しています」と説明すれば、マスコミ達はやれ「献身的な恋人」だの「仲睦まじい」だのと報道している。

その事に嬉しさは勿論あるものの、その報道を見る度に心の隅でダイゴが自分とそういう関係だということを忘れている、という事実が突き刺さってしまうシアナは無意識の内になるべくテレビを見ないようになってしまっていた。

それはそうだ。だって、惨めになるのだから。
自分との記憶がすっぽり抜けているダイゴの病院に行くまでには…告白された時に彼からもらった大切なネックレスをつけたままで、彼の病室に着く目の前でそれを外して、…毎度それをポケットに隠すのだから。




「シアナちゃんってさ、欠点とかないの?」


「え?!ありますよ沢山!よくアスナには天然とか言われるし…!ジンくんには鈍臭いとか言われますし!えっと、コンテストの事になると周りが見えなくなるし…!あっ、でも最近は教える側も凄く楽しいなって思うようになりました!新しい発見です!」


「あはは!君は本当にコンテストが好きなんだね…ハルカちゃん達が羨ましいな。…でも君の言うそれは欠点とはまた違うもので、長所とも取れるんじゃないかな?」


「も、もうダイゴさんったら…!ふふ、そんなにそのスコーンがお気に召しました?」


「それはもう!毎日食べたいくらいだよ」


「大袈裟なんですから…!でもありがとうございます。素直に嬉しいです!」




世間では何も変わらない2人でも、事実は何もかもリセットされた関係性。
それが分かっていても、やはりその顔を見るだけで安心するのもまた事実で…こうして自分のことをそういった感情で見てくれていないにしても、出来るだけ一緒に居たい…もっと我儘を言うならまた好きになって欲しいと願ってしまえば、シアナの体は自然と彼を求めて色々な事をしてしまう。

そんな訳で今日はエルフーンの様子を見に来たついでにと、コーヒーに合いそうなスコーンを手作りして持ってきたシアナは、それを目の前で食して笑顔になって褒めてくれるダイゴに素直に嬉しくてくすぐったそうに照れながら微笑み、思わず近くにいたエルフーンを抱き締める。




「エールゥ、エルル!ルールゥ!」


「ふふ。エルフーン、ダイゴさんに迷惑かけてない?ちゃんと良い子にしてる?」


「ルゥ…!」


「あはは!凄いドヤ顔…!でも大丈夫だよ。エルフーンは凄く良い子だから。それに…毎日可愛く甘えてくれるから、こうして退屈な入院生活の癒しになってくれてるよ」


「そうですか…それなら良かったです!この子ってまだ小さいから、寂しがり屋だし我儘な所も多いんですけど、可愛いから私もつい色々甘やかしちゃって…」


「うんうん、分かる。僕も可愛くてつい甘やかしてしまうからね。こんな可愛いポケモンが毎日一緒なら幸せなんだろうなって思うよ」


「……そうですね、幸せですよ。…とっても」


「…?シアナちゃん…?」


「…?え、あ!いえいえ!何でも!何でもないですよ!ふふ、ダイゴさんの負担になっていないようなら、是非これからもエルフーンと一緒に居てあげてください!この子、凄くダイゴさんに懐いてるようだから…!」




ちゃんと良い子にしているか、我儘は言っていないか。
そんな事を自分の腕の中でドヤ顔してふんぞり返っているエルフーンを見ながらダイゴに聞いたシアナは、その返答内容で思わず微笑んでいた表情を一瞬だけ固めてしまった。

エルフーンが毎日一緒なら幸せだろう

その言葉が、本当に彼の記憶に自分達がいないということを証明しているように感じて…彼が目の前にいるのに、一気に「寂しい」という感情が溢れてしまいそうになる。

しかし、その溢れて止まりそうになかった感情がほんとうに漏れてしまう前にダイゴの心配そうな表情と目が合ったシアナは慌ててそれを何とか仕舞うと、咄嗟に笑顔を再度見せて言葉を繋げた。
そんなシアナの様子が何処か可笑しいと思ったダイゴだったが、それを聞く前にシアナの腕の中にいたエルフーンが急に飛び込んできたことでその流れはすっぱりと切れてしまう。




「おっ、と?!」


「エルエルゥー!!」


「あ、こらエルフーン!ダイゴさんはまだ体調が万全じゃないんだから!大好きなのは分かるけどあまり無茶させないの!」


「あはは、大丈夫大丈夫!それに、今すぐではないけど、実はこのまま順調に行けば当初の予定よりも早めに退院出来そうなんだ」


「え?!そ、そうなんですか…?!」


「うん。記憶はまだ所々ごちゃ混ぜのままなんだけど、担当医の人が言うには、後は日常生活の中で徐々に整理した方が良いんじゃないかって。まぁ退院と言っても、メディアに出たりとかそういうのはまだ控えた方がいいみたいなんだけどね。退院しても暫くは自宅でのんびりとする感じかな」


「そう、ですか…でも、退院の目処が立ったなら良かったですね…!」




突然ダイゴにダイブしたエルフーンに怒りつつも、その行動の意味が自分を助ける物だと分かっていたシアナは注意をしながらも密かにエルフーンに目配せをしてお礼を言う。
そんな中で、ダイゴの退院の目処が立っていたらしい事を知ると、シアナは複雑そうな心情ながらも何とか平常心を保って「良かった」とダイゴに向けて言えたのだが、内心では「どうしよう」という心配があった。

というのも、ダイゴが言った自宅というのは勿論、彼が記憶を失う前に自分と住んでいたあの家のことを言っているだろうからだ。
あの家にはシアナの私物だって残っている。
それにダイゴの記憶が無いことから、彼が知らない家具やら、それこそ一緒に住んでから作り上げた木の実畑だってあるのだ。

私物や家具は今から急いで移動すれば何とかなる事だが、木の実畑は流石にどうも出来ない。
それをどうしようか…と引き攣った笑顔を浮かべながら焦っているシアナだったのだが、そうとは知らないダイゴはそんなシアナに向かって何故かほんのりと頬を染めて何かを言いたそうにしている。

その事に気づいたシアナがそんなダイゴに声を掛けようとしたその時、ダイゴはまるで意を決したかのようにバッ!とシアナの両手を握ると、ほんのりと頬を染めたままで、突然の事に驚いているシアナに向けて声を上げた。




「あの!!シアナちゃんさえ良ければなんだけど、そ…その…!!」


「?は、はい?」


「た、退院したら、僕とお茶でも…!ど、どうかな…?!」


「……お茶、ですか…?」


「そ、そう!ほらあの…!毎日こうしてお見舞いに来てくれてるし、そのお礼というか何と言うか…!あ、あぁ勿論!君が外で僕と会うのが嫌だとかなら全然!無理強いとかじゃないよ?!」


「………それっ、て…」


「た、確か…カイナにオススメのカフェがあるんだ!桃のモンブラン…だっけな、それが美味しい所があって!!それをこの間…窓から空を眺めてた時に急に思い出して…その時、君が好きそうだなって…思ったんだ…!!」


「……っ……」







(あの…シアナちゃん!!)


(はい?)


(今日のお詫びに、今度お茶を一緒に…どうかな?僕の昔からの友人が絶賛していたカフェがあって、彼が言うにはケーキがとても美味しいらしいんだけど…!)






自分のことではない。
ハッキリとではないが、それでも。
あの時の…自分にとってとても大切で大好きな記憶と重なった今の光景が懐かしくて、嬉しくて。

それでいて、目の前のダイゴが自分との思い出の場所を思い出してくれていた事が、シアナにとっては何よりも嬉しかった。
それが…「君の瞳みたいだ」と記憶を失う前も失った後も言ってくれた、空を眺めていた時にと言うのだから。

早く返事をしたいのに、行きたいと笑顔で言いたいのに。
それよりも零れそうになる涙を堪えることに忙しくて、手を握られたまま視線を下に落として必死にそれに耐える事がシアナには精一杯で。
そんなシアナを見て、不安そうな声で「駄目かな…?」と聞いてくるダイゴの声を聞いたシアナは何とかそれに対して首を横に振ることでそれを否定する。




「…えっ、と…それじゃぁ…?!」


「っ、…は、はい…!行き、ます…行きたいです…っ!」


「良かった…!!あぁ、断られたらどうしようかと…!えっと、本当に嫌とかではない…んだよね?」


「っ、嫌じゃないです!…寧ろ…嬉しくて…っ、でも、ごめんなさい、…今、私…!ダイゴさんの顔が、見れそうにない…っ!」


「………」




切ないけど嬉しくて、暖かくて懐かしくて。
ダイゴとは違い、自分の中では今のこの光景は記憶の繰り返しだけれど…それが何よりも寂しくて、愛おしい。

でもその寂しいという気持ちはきっと、これからゆっくりと埋まっていくのだと思う。
だから、寂しくて、「愛おしい」

震える身体を通してでもそう強く思えるのは、そう自信を持って思えるのは。




「…シアナちゃん、少しだけ…このまま…いいかな…?」


「……はい…っ、」




未だに下を向いたままで…顔も見れないままの震えている自分の身体を。
いつの間にか両手を握っていたその手を解いて、ゆっくりと背中に腕を回して抱き締めてくれたダイゴから漂う香りも、体温も、感覚も。

その全部が全部、自分の知っている大好きなダイゴと…何も変わりが無かったから。




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