憧れの彼女





「うんうん!良い調子!なら次は相手が水タイプだった時の場合を想定してやってみようか!」


「は、はいっ!!よろしくお願いしますっ!」



マグマ団のアジトの最下層。
そこでは人工的な明かりに照らされたバトルフィールドでシアナにコンテストバトルを教わっているセレナの姿があった。
その様子を少し離れている所から見ていたハルカは、自分がバトルをしているわけではないものの、憧れであるシアナがバトルフィールドに立っていること、そして彼女のミロカロスの美しさを前にして興奮冷めやらぬ様子で相棒のエネコロロと共にその目をキラキラと輝かせていた。




「相変わらずシアナさんのミロカロスは綺麗だなー…!!あれで暫くコンテストに出てないだなんて信じられないよ…!ね?!エネコロロもそう思うよね?!」


「エネ!エネロロォ!」


「そうだよねそうだよね!!あー!セレナちゃんいいなぁ…!私もシアナさんには色々聞いてみたいことが沢山あるんだよなぁ…!!」


「エネ?ロロロ?」


「ん?うん!そうだなぁ…ポロックの作り方とか詳しく聞いてみたいし、あとは純粋に普段どんなトレーニングしてるのかなとか!他にも色々あるけど……あれ?そういえば今日のシアナさん、コンテスト関係なしに凄い機嫌が良いみたい?何かいい事あったのかな?」




目の前でセレナのテールナーに対して繰り出されたシアナのミロカロスの放つ水技が人工的な明かりを利用して光り輝いている様を見ながら、素直にどんな場所でもこの人は煌びやかなコンテスト会場に変えてしまうんだと、元からあった憧れを更に強いものにしたハルカはテンションが高いままに隣にいるエネコロロに話しかける。

その間にもシアナはバランスを崩して転倒してしまったテールナーの治療をしつつ、セレナに咄嗟の判断力が少し鈍いことを伝えているのだが、その言葉が前に初めてレクチャーを受けた時よりも柔らかな印象を受けたハルカは何かいい事でもあったのだろうか?と小首を傾げてしまう。
しかし、こうしてシアナが嬉しそうにしているのなら、勿論それは憧れている自分にとっても嬉しいことだ。




「…………………シアナ………いた」


「うわぁ?!って、あ、カガリさん…?だ?あーもう、ビックリした…!どうしたんですか?何か用事?その持ってる箱ってなんですか?」


「………ねぇ、シアナ…呼んで。…ボク、大きな声、出せない…から」


「あっ話す気ゼロ…はいはい!シアナさーん!!カガリさんがお呼びですよー!!」


「っ……お前…、うるさい…」


「呼んでって言われたから呼んだのに!?」




ハルカがシアナからアドバイスを聞きながら真剣にうんうんとメモを取っている一生懸命なセレナを微笑ましく眺めていると、突然気配もなく後ろからボソボソっとした声が聞こえた気がしたハルカが振り返る。
するとそこにはいつものマグマ団の服とはとは違う服装をしたカガリが何やら大きめの箱を両手で持っており、それに対して聞いてみるものの…肝心のカガリは「シアナを呼べ」としか応答してくれない。

挙句の果てに呼んで欲しいというから呼んだのに、迷惑そうに顔を歪めて「うるさい」とまで言われてしまったハルカは心底この人は良くも悪くも変わらないな…と思うのだった。
いや、元々そんなに接点もないのでどんな人かすらも良く分からないのだが。

そんな事をハルカが思っていれば、そんなハルカの声でこちらに気づいたらしいシアナが笑顔を見せ、セレナの手をとって一緒に仲良く小走りで駆け寄ってきた。




「あ!カガリちゃん!その服って私が前にカロスでお土産に送ったやつだよね?!着てくれてありがとうっ!凄く似合ってる!ふふ、やっぱりカガリちゃんは美人だから何でも似合うんだなぁ…!羨ましい!」


「…………これから、リーダーマツブサと…ボランティア行く……から」


「そうなんだね!って、あ、もしかしてその箱って…!」


「木の実………セイジロウとホムラが、取ってきた」


「わぁ!ありがとう!後でお父さん達にお礼言わなきゃ…!あっ、カガリちゃんも忙しいのにごめんね…!」


「リーダーマツブサからの………ミッション…コンプリート……帰る」




カガリから箱を受け取ったシアナが笑顔で話すものの…どうにも話が噛み合っているようで噛み合っていない気がするのは気の所為だろうか。
いや、それでも先程の自分よりは恐らく会話になっているのだろうと思ったハルカがその様子を見守っていれば、カガリはそそくさと振り返りもせずにエレベーターに乗ってスルスルと上の階へと戻っていってしまった。

そんなカガリが見えなくなるまで笑顔で手を振っているシアナを見つめながら、いつの間に親しくなったのだろう?と疑問に思ったハルカが思わずそれを口にする。




「シアナさん、カガリさんといつの間に親しくなったんですか?」


「え?親しく見えた?ふふ。ちょっとね…カロスに行った時に名前を借りちゃってたから、折角ならもっと仲良くなりたいなーって思ってて…ここにお世話になってからすれ違いざまとかに話しかけてたんだ!まぁ正直に言うとまともに会話をしたのは今のが初めてなんだけど…あはは…」


「え?!そうなんですか?!あっでも確かに…!カロスではシアナさん、カガリさんって名前にしてましたもんね!あれってあの女性から借りてた名前だったんだ?!」


「うん、そういうこと!それにしてもカガリちゃん…洋服着てくれたの嬉しいなぁ…!私と変わらないくらいの年齢っぽいのにあんなに大人な服装も似合うなんて…いいなぁ、羨ましい!」




セレナとシアナが話している横で。
あぁそうなのか…と納得したハルカなのだが、途中でふと前にユウキがボヤいていた事を思い出して眉間に皺を寄せてしまった。
というのも、頭の中でシアナの言葉とユウキの言葉が矛盾してしまったのだ。
どういう事かというと、それは前にユウキがこんな事を言っていたから。




「まだマグマ団が改心する前にさ、ミツルがさぁ…カガリさんに向かって「おばさん」って言っちゃってな、いやぁそん時のカガリさんがめっちゃくちゃ怖かったんだよな…」




…と。
なのでつまり、ミツルにとっては23歳はおばさんと言うことなのか?
いや、あのミツルだ。早々女性に対してそんな言葉は言わないだろうし、当時のマグマ団に怒りを見せていたとしても若い女性にそんな事は言わないだろう。
少し天然な所があるが、それにしたって。

そして何より…シアナはカガリと歳が近いと言っていたが、まずあの会話も上手く噛み合わないカガリ本人から実年齢を聞けたのだろうか?
寧ろハルカが思うに、カガリは大人びた服を着こなせるというよりも…




「あの、シアナさん。一つ質問いいですか?」


「ん?何?この箱に入った木の実のこと?」


「あ、それも勿論気になるんですけど…それよりもカガリさんの年齢の方が気になって…カガリさんって多分、というか、その…年上ですよね?」


「……ん?」


「「ん?」」





……………………………





「えええええぇえ?!!?!」















「あー!あはは!失礼だけどちょっと笑っちゃった!私、カロスでは本当にシアナさんの凄い所しか分からなかったから、あんな一面もある人だなんて知らなくて!なんだか一気に距離が縮まった気がする!」


「あはは!私もシアナさんの可愛い一面を知れて嬉しかった!私の憧れで、いつかは追いついて…いや、追い越すんだ!って目標にしてる人だけど、本当…あの人って色々な魅力がある人だよね」




あの後すぐ、「ちょっと待ってて!」と慌ててカガリを追いかけに走っていったシアナは、顔を真っ赤にして数十分後にハルカ達の元へと帰ってきた。
話を聞けば、どうやらカガリは既にマツブサと出掛けてしまった後だったようで、お礼を言うついでにセイジロウとホムラに彼女が自分よりも年上なのかどうかということを聞きに行ったらしい。



そして、結果は「年上」



実年齢こそ失礼になるのでシアナも聞かなかったしセイジロウ達も言わなかったらしいのだが、取り敢えずやはりそういうことだったらしい。
どうやらシアナは以前マツブサに頭を撫でられて喜んでいたカガリを見たことがあったようで、それで年下だと勘違いをしていたよう。

その後はやれ「年上にタメ口聞いちゃった」だの「馴れ馴れしくしちゃった」だの自分をボソボソと呟きながら責めて落ち込んでいたのだが、結局その後もセレナ達にポロックのレシピを教える場面になれば、途端にキリッと表情を変えてテキパキとレクチャーしてくれたので、やはり彼女は生粋のコンテストマスターだった。




「でも教えてもらったポロックのレシピも凄い参考になったし…それに今回使ってたあの箱の木の実!あれってシアナさんが自分で拘って育てたものなんだね?!簡単に取りにいけないしお世話も出来ないからお父さんに頼んでるって申しわけなさそうに言ってたけど…やっぱりシアナさんって凄い人だなぁ…!でも、今日はこの前のスパルタよりもかなり緩かったかも?いい事でもあったのかな?」


「私もそれ思ってたんだ!多分ダイゴさんと何かいい事があったのかもね!この後もお見舞いに行くって言ってたし!………私、あの2人が幸せそうにしてる所を前から見てたから……やっぱり、また2人がそんな風に笑いあってくれればなって思うよ…」


「ハルカちゃん…」


「…私ね。コンテストをやる切っ掛けはシアナさんだったんだ。旅の途中で、その時の気分で何となく見に行ったコンテストにシアナさんが出場してて………」




彼女は生粋のコンテストマスター。
それはハルカが身をもって体験して、よく知っている。
偶然見に行ったコンテストで、群を抜いてキラキラと輝くシアナとミロカロスを見た時のあの感動は言葉では到底表せない程に美しかった。

計算された技の角度、洗練された輝きのある技、息を吐くかのように自然に相手の技に合わせた火力の調整、手入れの行き届いた艶のある身体がそんな技達の光で更に輝きを増し、これこそが「最も美しいとされるポケモン」に相応しいと思わせてくれた。

もう、全てが完璧に見えていたのだ。
ポケモンバトルとはまた違った魅力のあるコンテストバトルというものが、こんなにも魅力的で心躍るものだと言うのを、その時初めて知って、気づいたら一気にのめり込んだ。




「憧れだった。勿論、それは今も。…でもそれはただのコンテストマスターのシアナさんだけじゃなくて…あの日からは一人の女性としても憧れるようになったの」


「…それって、もしかしてダイゴさんの…」


「あはは、やっぱり有名だもんね!カロスにいたセレナちゃんでも知ってるんだもん……うん。あのチャンピオンのダイゴさんに、あんなに大切に想われて…想わせて、想って…幸せそうにお互いが隣に居るだけでお互いを輝かせてた、あの時ステージに立ってた2人を見た時にね、あぁ、この人は本当に私の目標の人なんだって。いつか私もあんな女性になりたいって思った」




彼女が今までどれだけ努力をしてきたのか、それは彼女の親友のアスナならば分かる事なのだろうが…それを知らないにしても、素直に尊敬した。
そして…どれだけ努力したらあんな風になれるのだろう、どれだけ磨いたらあんなに輝けるのだろう。
そんな事を考える度に、想像する度に。
自分も前へ前へと向ける気がして、もっともっと頑張ろうという気持ちが自然に湧き出るようになった。

それからはあっという間に時間が流れた気がして、気づいたらそんな彼女からの推薦でプロモーションカップに出場出来ることになって…その時に今までの事を全てぶつけると決めた。
まぁ、結局そのプロモーションカップは未だに延期になるのか中止になるのかも決まっていないのだが。

そんな事を考えて…つい下を向いてしまい、歩いていた足を止めてしまったハルカの手を握ったのは強気に笑っているセレナの暖かな手だった。




「なら、私達も頑張ろうよ!私達がもっともっと上を目指して、私は最高のパフォーマーに!それでハルカちゃんも最高のコンテストマスターになって、シアナさんに笑顔になってもらおう!私達は私達が出来ることをすればいいんだから!前にエルさんが言ってたんだ!「自分を目標にしてくれてる子が輝いて羽ばたく姿は最高に嬉しくてわくわくする!」って!……それに、シアナさんとダイゴさんならきっと大丈夫!記憶がなくても、2人はまた想い合うようになるって、私は信じてるもの!」


「!……うんっ!!そうだね…そうだよね?!っ…よーーしっ!!それなら今日はこのまま夜までポロック作りだ!!ほら行くよセレナちゃんっ!!」


「え?!あっ!待ってよハルカちゃーん!!」




そうだ、きっと大丈夫。
どんな事があっても、自分の目標にしている彼女の輝きは…彼女ならではのキラキラとしたあの空色の瞳は、ちゃんと今日も輝いていたのだから。


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