周りの正解と自分の正解
「………わぁ…!なんだか懐かしいな…!」
シアナがダイゴと久しぶりの再会を果たしたその日の夜。
シアナはマグマ団のアジトではなく、所持者がセイジロウからマヒナへと移った実家の自室にいた。
というのも、それはダイゴと数十分程の会話をした後にずっと待ってくれていたアスナに抱き着いた際に「さっき心配してたような連絡があったから、今日はマヒナさんの所に泊まれば?」と提案してもらったからだった。
その時に、自分の知らない所でおばぁちゃんが色々な人と連絡先を交換してくれているんだなと知って、その不器用ながらも確実な彼女の気持ちがサプライズプレゼントのように感じたのは、今こうして思い出しても思わずふふ、と笑みが零れてしまう。
実はその際にもう一つ笑みが零れてしまう嬉しいジンからのサプライズがシアナにあったのだが、それに関してはもう少しだけ後で説明しようと思う。
「…2人共、私の部屋まで綺麗にしておいてくれたんだ?ありがとう!」
「ははは、ここはマヒナが買い取ったとしても、セイジロウくんとカイリ…そして君の家であることは変わらないからな。いつでもこうして帰って来なさい」
「てか、そ、そりゃそうでしょ、全くそんな下らない事で一々お礼とか言わないでくれる?」
「ふふっ、はーい!」
「…ところで、その…あれよ」
「うん?」
見た瞬間に当時住んでいた時と何ら変わらない様子の自室に感動したシアナが掃除をしてくれたのだろうマヒナとホークにお礼を言う。
しかし、お礼を言った筈なのに更に嬉しいことを言ってくれた2人にまたお礼を言いたくなりはしたが、そうなると隣で何やら罰が悪そうな顔で視線を泳がせているマヒナに怒られることは目に見えていたシアナはその気持ちを言葉に出さずに心に仕舞うと、そんなマヒナに首を傾げてみせた。
するとマヒナは視線は明後日の方向を向いたまま、気持ち小さめの声でそんなシアナに問い掛ける。
「…どう、だったのよ。あいつの調子」
「!…うん、元気そうだったよ。大丈夫!」
「……そうか。記憶はどうあれ、ダイゴくんの怪我が回復しているなら私も安心だよ。まぁ私はムクゲさんから彼の様子は聞いていたのだがね」
「あ、そっか!おじぃちゃんはお父様と仲が良いもんね!ふふ。おじぃちゃんもおばぁちゃんも、ダイゴの心配をしてくれてありがとう!」
「?!ちが、違うわよ!別に心配とかじゃなくて!頭を強く打ったのなら少しはあの石馬鹿が治ったのかと思っただけだからっ!!変な事言わないでくれる?!てかご飯出来てるんだけど?!私の作ったものは要らないってわけ?!あんた達って本当に失礼ね!?!いいわよ私1人で食べるから!」
どうやらマヒナはマヒナなりに、シアナとの記憶を失ったことに怒りはしていても彼の事を心配していたのだろう。
ホークはムクゲと仲が良いことから逐一様子を聞けたのだろうが、いつも素直でないマヒナはそれをホークと共にムクゲに聞くに聞けなかった、といった所なのだろうが…その後嬉しそうに笑ったシアナと目が合ってしまったマヒナは気持ち頬を赤らめて弾かれるように勢い良く早口で言葉を吐いて部屋を出ていってしまう。
そのままバタン!!と照れ隠しかのように強く閉められたドアの音に驚きながらも、どちらともなくきょとん…とした表情でお互いの顔を見合わせたシアナとホークは、そんなマヒナの素直じゃない可愛らしいところに思わず笑ってしまったのだった。
「グラタン冷めるんだけどっ?!!?!」
「「ごめんなさい!!!!」」
1人で食べると言っていた筈なのだが、自分で閉めたドアの向こう側で律儀に待っていたのだろう、「グラタンが冷める」と何気にシアナの好物を用意していたらしい彼女の、本当に素直じゃない…不器用で優しい気遣いに再度笑みを零して。
そしてシアナが祖父母と暖かなやり取りをしていた頃。
そんな家の裏にある森では、比較的開けた場所でそれとは正反対の荒々しい物音が響いていた。
お互い何も言うことは無いが、その手と脚は止まることなく物凄い速さで衝突を繰り返し、その度に衝撃波のようなものが周りの木々をザワザワと勢い良く揺らしている。
「「……」」
向かってくる鋭い赤と、暗い夜の空間で光る黄色の眼光。
昔から良くこうして手合わせをしていたと思ったが、少し見ない間にこうも漂わせる空気が変わるものなのか…と、バシャーモは考えながらその鋭く赤いハサミを受け流す。
そう。
どうして途中からダイゴの手持ちとなって…このホウエンのチャンピオンの手持ちポケモンとして活躍していた筈のハッサムが今こうしてバシャーモと森で手合わせをしているのかと言えば、それは冒頭で後で説明すると言っていた、ジンからのサプライズプレゼントがハッサムのことだったからだ。
「はいはいお疲れさん。ほら、受け取れよ」
「え?……!!ジンくん!これ、このボールって…?!」
「前にダイゴに会った時にな、そのボールが隠れるようにサイドテーブルの下にあってよ。何かを伝えたいかのようにカタカタ揺れてたんで、それから持ち出すタイミングを計ってたんだが…さっきやっとそれが出来てな」
「…お前、だからさっきダイゴの部屋から出てきたのか」
「そういう事。大方、シアナが心配で帰りたかったんだろうな。まぁそれにあいつの記憶が飛んでる以上、手持ちにいたら可笑しいと思われるのもあるんだろうが」
「そっか…あはは!よかったねシアナ!ハッサムも何だかんだシアナが大好きだからね!」
「っ……うんっ!!ありがとう…ありがとう、ハッサム…っ!おかえりなさい…!」
シアナが記憶のないダイゴと会話をした後…
扉の先で両手を広げて待ってくれていたアスナに抱き着いて、その背中をよしよしと摩ってもらっていたシアナが顔を上げたのを見計らったジンが手渡したのが「強くなりたい」と自ら志願してシアナからダイゴの元へと行っていたハッサムのボールだった。
どうやら話を聞けば、ハッサムは少し前にジンへとサインを送っていたらしい。
ボールの中で事態を把握しながら、ダイゴにバレないようにサイドテーブルの下に隠れて機会をうかがっていた…そんな彼の気持ちを考えたシアナは涙を滲ませ、ジンから受け取ったそのボールを優しく両手で持って頬に擦り寄せていた。
その時たまたまボールの外に出ていたバシャーモがそんな事を思い出していれば、久しぶりの手合わせに満足したらしいハッサムが距離を取ってきたタイミングでバシャーモは構えていた両手をスッと下ろす。
「バシャーモー!ハッサムー!ご飯だよー!」
すると、偶然良いタイミングで家の窓からシアナの嬉しそうな「バシャーモー!ハッサムー!ご飯だよー!」と呼ぶ声が聞こえた為、バシャーモがハッサムと顔を見合わせて頷けば、ハッサムはそれに同じく頷いて答えるとバシャーモから背を向けてシアナの元へと歩いていく。
「…………」
何もシアナの周りにいる人間だけが彼女を支えているか、というのは間違えだ。
自分達ポケモンだって、シアナをいつでも支えてきたし、これからも勿論ずっと支えたい。そして同じくこちらもいつでも彼女に支えられている。
シアナは知らないだろうが、彼女がいない所でエルフーンの気持ちを考えた上で「ダイゴと会えた時は、またシアナとダイゴが会えるようにお前は泊まれ」と指示をしていたルガルガンの事も知っているし、ミロカロスとハクリューだって、いつシアナが復帰しても良いようにとコンテストの自主練をしている事だって、知っている。
今はマグマ団のアジトでセイジロウの手伝いをしているチルタリスやグレイシアだって、娘の事を想って心が折れそうなセイジロウとそれこそシアナの事を心配して寄り添っているのも、知っている。
「……」
自分の周りがそうやって…大好きなシアナの為に、ダイゴの為にと自分に出来ることを精一杯やっているのを見ている中で。
こうやって今1人だけ、その感覚が違うような気がするのは…そしてそれを悟られたら…皆はどんな顔をするのだろうか。
悲しい訳では無い、悔しい訳でも、怒っている訳でもない。
何かが欠けているような気はするが、別にだからと言ってどうこうという気持ちは…正直浮かばない。
シアナが笑顔になれるのは、心から無邪気に気持ちを出せるのはダイゴがいるからこそなのは勿論理解した上で、自分は他のポケモン達と違って今の状況に危機感というものがないのだ。
傍から見たら薄情なのかもしれない。
恩知らずとか、冷酷だとかも思われるのかもしれない。
でも、それがどうしてなのか自分でも分からない。
そんな事を1人森の中で考えていたからなのか。
「滑稽」だという言葉がふいに脳裏に浮かんで思わず目を伏せ、息を吐くと共に小さく呆れた様な笑い声が出てしまう。
それは自分で自分が良く分からないことが原因か、それとも…
「……ッ……」
自分を置いて、先にシアナの元へと戻っていったハッサムからの拳を受け続けていた、自分の拳が。
少し前までは…ダイゴの元に行く前までは。
一度だって全く感じたことがない…「痺れる」まで強くなった彼の大きくなった力の感覚を味わっているからなのか。
考えても、考えても。
まだ自分には、どれが正解なのか、分からない。
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