本人のみぞ知る
ぱらり、ぱらり。
ページを捲り、その度に現れるこの文字達をあとどのくらい目で追えばこの状況は前に進むのだろうか。
そんな事を考えながら、ベンチに座っていたミクリはすぐ横にあるアイスティーへと手を伸ばす。
カラン…とグラスの中で触れ合った氷が音を鳴らせば、そんな優雅な音と違ってとてもけたたましい音がその音をかき消してしまった。
「違うってダイゴ!だから何度言ったら分かるの!コンテストはバトルじゃないのっ!そんな容赦のない威力の技を放ったらただ目の前が曇るだけでしょ?!」
「いやあの、ごめんシアナ!その…つい!」
「「つい」で容赦なく倒しちゃったらそれはコンテストじゃない!」
「はいごめんなさいっ!!」
綺麗な空をその瞳に宿す自分のライバルは、今日も輝きを放ってコンテストステージへと立っている。
コンテストに向けるその熱意はまさに本物で、流石はコンテスト界のティターニアと呼ばれることだけはある。
自分はそんな彼女ともう数年も共にホウエンのコンテスト界を支え、盛り上げてきた。
それがどんなに心踊ることなのか、というのはコンテストに対して理解を示していない者には分からないのだろう。
そう…そんな彼女の瞳のような色を顔全体で表現している彼なんかは特に。
「ほら次っ!この技はどうやって返す?!どう魅せる?!」
「っ!待って待って考えさせて?!ねぇミクリこれどういうこと?!僕の予想の遥か上すぎて正直ついていけないんだけど?!」
「それはそうだね…何せ君には言っていなかった事だから」
「そんな優雅にドリンクを飲んでる場合かっ!!」
「無駄口叩いてる暇があるなら考えるっ!!」
「はいごめんなさいっ!!!」
顔を空色に染め上げ、こちらへと苦言を申し立て始めたダイゴのその苦言は、そんな彼へと今現在向かい合っているシアナちゃんによって妨害される。
これがポケモンバトルならば優位に立つのは明らかにダイゴなのだろうが……そうでないのはもうお察し。
今現在2人がやっていることがコンテストバトルだからだ。
何故こんな事になったのか、ということは今も尚その顔を空色に染め上げているダイゴの脳内で幾度となく繰り返されていることなのだろうが……そんな彼は今もまた最愛のシアナちゃんにダメ出しを食らって元気良く謝っているので、代わりに私が説明も兼ねて思い出してみるとしよう。
時は数日前。
それは、ダイゴとシアナちゃんが無事に過去から帰ってきてからの出来事だった。
「…本当にごめんなさいミクリさん…やっぱり私1人だとダイゴに言い辛くて…」
「ははは!そうだと思っていたよ。でも、私で役に立てるなら喜んで協力させてもらう。だからそんなに気を落とさなくても良いんだよ?」
「!あ、ありがとうございます…!いや、何度かこう…頭の中でシミュレーションしてみても…どうも…」
「まぁそうだね。いくらシミュレーションしてみても「無理」だと言うだろうね彼は…」
「ですよね…」
ダイゴとシアナが無事に現代へと帰ってきて数週間が経った頃。
すっかり元の日常へと戻ったシアナは過去に飛ぶ前にミクリと話していたある事を実行しようとしていた。
そのある事というのは今こうして喫茶店で向き合っているこの2人が何よりも得意としているコンテストに関することだった。
「プロモーションカップ…年に一度の大舞台だし…私達としてはやっぱり出来る限りの事をしたいじゃないですか…」
「そうだね…合格者としては、盛大に…それこそどの地方よりも輝くマーベラスでビューティフルな物にしたいからね!うんうん、気持ちは良く分かるよ」
「はい…だからこそ今回のスペシャルゲストは…」
「彼なら大いに注目を集めるだろうしね。彼の実力も、ポケモン達も申し分ないから、彼がパフォーマンスをしてくれればそれはそれはグロリアスな大会になるだろうことは私も安易に想像出来る。…うん、やはり適任だね」
そう。
今2人がこうして喫茶店で待ち合わせをして話している内容…それは年に一度開かれるコンテストの中でも最大級の大会であるプロモーションカップのことだった。
プロモーションカップとは、マスタークラス且つ選ばれた者だけが出場を許される大会。
その大会で見事に合格をもらえれば、シアナやミクリ達のように何よりの「名誉」という称号も、それこそサポーターがついて自分で大会を開く事が出来るようになるのだ。
言わばコンテスト界における、トップの中のトップ。
合格すれば、選手としてだけでなく、そのコンテストを主催側として盛り上げる役割も得られるというわけだ。
まぁその分、難易度は最大級のものである為に合格者は未だにシアナとミクリの2人しか存在していない。
そんな大会がもうすぐ開催されるのもあって、やる気に満ちている2人が考えたのが今大会における「スペシャルゲスト」を誰にするかという話だった。
大会を大いに盛り上げてくれ、尚且つ誰もがその存在を知っている人物…となれば、やはりそれはダイゴしか浮かばなかったのだ。
「今までは彼にコンテストの「コ」の字もなかったから願い出なかったのだが……今年からは君がいるからね、シアナちゃん」
「うーん…ミクリさんは私がお願いすれば了承してくれると思いますか…?なんか、どう考えても断られる未来しか浮かばないんですよ…」
「私も浮かばない。…が、それは君が「普通に」お願いした場合だ」
「?……普通に…ですか?」
「そうだ。……ふむ。もう少しでダイゴが到着する時間だね。…そしたら最初は君のシュミレーション通り、普通にお願いをしてみよう。そしてその通りに駄目だった場合は………ここからが大切だ。いいかいシアナちゃん…まずは…」
「無理無理無理無理無理無理無理無理無理!!!!」
「ダイゴ…その…や、やっぱり駄目…?」
「ごめんシアナ!いくら君の頼みでも今回は無理だよ!?いやだって…!この僕がスペシャルゲストとしてコンテストバトルをやる?!しかもあのプロモーションカップで?!いやいやいや無理無理無理無理無理!!!僕が出来るのはポケモンバトルであって、君達みたいに魅せるバトルをするのは無理があるってば!!」
「ふむ。やはり断るか」
「当たり前だろう?!」
あれから暫くして。
予定の時間よりも10分程早くシアナ達が待っていた喫茶店へと来たダイゴは、2人が予想していた通りにプロモーションカップのスペシャルゲストの座を断ってきた。
まぁ予想していたものあってそのことは驚きはしなかったのだが、シアナからすればやっぱり断ってしまったか…と隣に座って未だに「無理無理」と連呼をしているダイゴへと羞恥のような視線を向けている。
何故羞恥のような視線を向けているのかと言えば、それはこの後自分がしなければいけない事を思い出していたからだった。
しなければいけない…というよりも、するべき…なのだろうか?
いやまず本当にこれをしたところで本当にダイゴが頷いてくれるのか自信がない…とシアナが悩むものの、チラリと目の前にいるミクリへと視線を送れば、彼はそんなシアナに「大丈夫だ」と言っているかのように余裕のウインクを返してくるのだからやはり「あれ」をやるしかないのだろう。
「っ…ダ…ダイゴ…ッ!!」
「?何だいシアナ…ごめん、先に言うけどどんなにお願いされてもこれだけは本当に了承しかね…」
「…っ、ダイゴ…しかいないの…!お願いしたいのはダイゴしかいないのっ!他の人にお願いしたくない…!だ、ダイゴだからこの役をお願いしたいの!」
「…えっ……と……!」
「…その、あの…っ、プロモーションカップは、本当に私達にとって…ホウエンにとって重要な大会だから…!それをダイゴと一緒に盛り上げられたら…嬉しいなって……あ、あの…だって、その…」
「い、いやでも…あの…」
「…だ…」
「……だ……?」
「だ、…大好きな!わ、私が世界一大好きなダイゴと一緒にそれが出来たらいいなって思ってたからお願いしたの!だからダイゴじゃなきゃ駄目なの!ダイゴが良いの!今回のスペシャルゲストは私にとって世界一カッコよくて自慢の彼氏で未来の旦那様のダイゴがいいのっ!」
「うっ…?!」
あぁ、もうヤケになっている。
目の前で顔を真っ赤に染めて、半ば無理矢理カンペを読まされているかのように勢いよくシアナが言葉を発していくごとにダイゴの表情が幸せそうに歪んでいくのを眺めていたミクリは完全に「勝ち」を確信したかのような様子でコーヒーに舌鼓を打ち始めた。
苦さの中に際立つ芳醇な香りと少しの酸味、そしてミルクの滑らかな舌触りを堪能しながら心の中でこう口にする。
さぁシアナちゃん、今だよ。
「……だ…………駄目…………?」
「?!?!…………………く………っ、」
「…………」
「……喜んで…お受け……します…っ、!」
こくり。
優雅にコーヒーをその喉に通したミクリは「グレイト」と一言発する。
それがコーヒーに対するものなのか、目の前で指示通りにわざと上目遣いでお願いしたシアナが見事に直視出来ずに目を閉じた真っ赤な顔のダイゴに「喜んでお受けします」と言わせたことなのかは本人のみぞ知る。
「だからダイゴ!!あのね?!ミロカロスが今やったハイドロポンプは威力があるけど!その分それを上手くそっちで利用すれば凄い魅力的な技が出来上がるの!例えばだけど、どうしてもそんなにラスターカノンを撃ちたいならハイドロポンプに合わせてタイミング良く撃たせれば光り輝くハイドロポンプの出来上がり!しかもそれで打ち上がる水飛沫もラスターカノンの光を吸収して観客席まで届くでしょう?!」
「あ、あぁなるほど…?!」
「それを考え無しにこっちのハイドロポンプを撃たせ終わる前に全力でかき消したらただの蛇口を捻って止められた水と眩し過ぎて目がチカチカする発光物体でしょう!!!?!」
「はいごめんなさいっ!!!!!」
そしてまた。
彼にとって愛しい愛しい、この世で何よりも大切な存在なのだろうシアナが日常の彼女を疑ってしまうくらいにコンテストのことになると人が変わって「鬼と化す」ということをすっかり親友の彼に事前注意し忘れていた…と飲み終わったアイスティーを眺めながらミクリがそう思っていたことも、やはり本人のみぞ知る。
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