2回目のはじめまして




ハルカ達がシアナの元を訪れた次の日の朝。
ムクゲ社長から連絡が入ったシアナは数日間を空けてダイゴの居る病室の前へと来ていた。
数日間を空けた理由はムクゲ社長がメディアに事の事情を説明し、それが幾らか落ち着いた頃を見計らってのこと。
それがどんな内容だったのかと言えば、驚く程に穏やかなものだった。




(こんなことしか出来なくてすまないねシアナ…本当に…本当にすまない…セイジロウさんにもホークさんにも、マヒナさんにも顔向けが出来ない…)


(い、いえ!寧ろ、お父様だって辛いのに、私の事までお気遣い下さって…すみません…元はと言えば私がダイゴに庇ってもらったから…!)


(それはダイゴ本人の意思でやった事だ。寧ろ良くやったとすら思っているよ。今ではシアナも…大切な娘なんだ。そこに息子の記憶なんて関係ないだろう?)


(っ…ありがとう、ございます…!)


(メディアには出来る限りの事情は説明してあるし、ダイゴの容態も大分良くなった。これでもう君も少しは出歩いて大丈夫だろう。…辛いかもしれないが、君が会いたいというのなら、いつでも会いに来てやってくれ)


(…はい…っ!)




ムクゲ社長はダイゴの記憶喪失のことは伏せつつ…粗方の現状を話した上で、「念の為、完全に完治するまでは取材を断らせていただく」という方向に話を持っていってくれたらしい。
初めは通話越しで何度も何度も涙ながらに謝罪をされたのだが、今回のことは周りの誰が悪いというわけでも、まして自分としてはダイゴの記憶喪失の事を伏せてくれているムクゲ社長に感謝をしているくらいなのだからとシアナが伝えれば、ポケフォン越しから聞こえていたムクゲ社長の声が緩やかな物に変わってくれたこと…何より、ダイゴの「記憶」関係なしに自分を娘だと思ってくれているという言葉を聞いた時の自分の心が物凄く暖かくなった感覚を、シアナは今でもはっきりと覚えている。

そんな事を思い出し、無理矢理一度深呼吸をしたシアナがこの病院内で一番大きくて豪勢な扉を開けようと手を伸ばせば、それを控えめに止めるようなミクリの声が後ろから聞こえてきた。




「シアナちゃん、本当に大丈夫かい?私とアスナも一緒に居た方が…」


「…お気遣いありがとうございますミクリさん。…でも、ここは自分だけで向き合わないといけない気がするので…」


「…なら、何かあったらすぐ戻ってきな。あたしがここで両手広げて待っててあげるからさ!」


「ふふ。うん!アスナもありがとう!…いってくるね」




自分を心配して隣にいようかと言ってくれたミクリに笑顔を返し、それなら泣いて帰ってきてもいいように両手を広げて待ってるというアスナにも笑顔を返し。
怖いという気持ちはあるものの…レッグベルトについているエルフーンのボールが同じく「怖い」と言っているかのようにカタカタと揺れていることに気づいて、何処か安心してしまって優しくそのボールを撫でる。

すると、その安心が伝わったかのように震えがピタリ、と止まったのを確認したシアナは今度こそその扉のノブに手をかけた。


…の、だが、それはかけた瞬間に何故か何の力も与えていないのにも関わらずガチャンと動き、驚いて思わず手を離してしまったシアナと、その後ろにいたアスナ達の目に飛び込んで来たのは…




「あ?何やってんだお前ら」


「ジンくん?!ビックリした…居たんだ…?!」


「まぁな。ちっと野暮用が……つか、そうか。そういやぁムクゲ社長がメディアに顔出したんだっけか」


「ジン!あんた最近何してるわけ?!連絡もろくにしてこないじゃん!」


「あー…まぁ色々な。はぁ、悪かったっつの」


「色々って何よ?!」


「ま、まぁまぁアスナ…!病院内では静かに、静かに。ステイステイ」


「そうだぞ。ほら、どうどう」


「ギャロップじゃないんだけどあたし!!」


「っ、ふふ、」




突然病室側から出てきたジンに驚きつつ…話の流れを見守っていれば、彼と中々連絡が取れていなかったらしいアスナが怒りだしてしまったのをミクリが苦笑いで止めているのを同じく苦笑いをして見守ってしまったシアナだったのだが…その後のジンとのさり気ないやり取りを見て思わず笑ってしまう。
そんな変わらない…いつもの光景を見たお陰か、いつの間にかシアナの中ですっかり「怖い」という感情は薄れてしまっていた。

その事に気づいて心の中でホッと胸を撫で下ろしたシアナだったのだが、残念ながらそれはほんの一瞬の出来事に過ぎなかった。
それがどうしてかと言えば、ジンの後ろから控えめに聞こえてきた…




「何か騒がしいけど…誰かそこにいるの?」




それは。
この、大好きな大好きな…
愛おしくても、怖くても、それでもずっと。
ずっとずっと聞きたかった声が。

ずっとずっと傍にいて…ずっとずっと聞いてきて。
いつの間にか隣から聞こえるのが当たり前になっていた、この大好きな声が聞こえてきたから。





「お前にお客さんだ」


「えっ、あっ、ちょ!?」


「お客さん…?」




大好きなその声が耳に入った途端。
まるで頭の中に何処までも響く鐘の音が鳴り響いたような感覚に陥って身体中の力が抜けてしまったシアナは、いつの間にかジンに背中を押され、場所が入れ替わるかのように部屋へと入ってしまっていた。

その事に気づいて直ぐに後ろを向けば、そこには既に閉まってしまった大きな扉が目に入り、思わずどうしよう…!と半開きになってしまった口を両手で覆ってしまった矢先。




「えっと……君は……?」




再度そんな自分の後ろから聞こえてきたその声に…声に出ずとも、今まで押さえつけていた感情がじわじわと空色の瞳から溢れそうになるのを、シアナはその空色を閉じて塞き止める。

分かっている、分かっている。
これで振り向いて、久しぶりに見る彼に…一番初めに何を言うべきか、そして何を返されるのか。

分かっている、分かってけど。
それでも自分は向き合うと決めた、頑張ると決めた。


だから、振り返る。
それこそ、本当に彼がまたあの頃のように…自分をあの優しい瞳で見てくれるように、少しでも振り返ってくれるように。





「…っ、はじめまして。ダイゴさん」


「…はじめ…まして……」






ねぇダイゴ、この時の私は…

そうなると分かっていた、この「2回目のはじめまして」を。

ちゃんとあの時のように、同じように笑顔で言えていたかな?




(…うわ。これ、凄く美味しい。)


(本当ですか!よかった!)


(本当だよ。ありがとう!…えっと…そういえば、君の名前…)


(私ですか?シアナと申します。)


(…シアナちゃんか…素敵な名前だね。…僕はダイゴ。改めて、本当にありがとう!)




あの時の野菜のスープは今ここにないけれど。
それでも、あの時のように…

「素敵な名前だね」と、そう言ってくれた貴方に。

笑顔でこの名前を、ちゃんと伝えられていたかな?





「私は、シアナと申します。貴方のお父様には仕事の事で日頃からお世話になっているので…少しわがままを言ってお見舞いに来させていただきました」


「…あ、そうだった、…んだね?そっか…えっと、もう知っているみたいだけど、僕はダイゴです」


「はい。知っています。…お元気なようで良かったです」


「あはは、ありがとう。…それにしても、シアナちゃんか……素敵な名前だね」


「っ…ふふ。ありがとうございます」




どんな気持ちで言ってくれたのかは分からない。
お世辞でそう言ってくれたのかもしれない。

でも、それでも。

貴方がもう一度この名前を「素敵」だと言ってくれるなら。
記憶があってもなくても、この名前をあの時のようにそうやって優しく微笑みながら言ってくれるのなら。




「立ち話もなんだよね…良かったらそこに座って」


「はい、なら…お言葉に甘えて」




こうして…何処か他人行儀な笑顔を向けてきても、それでも「また」私を受け入れてくれるなら。
少しでも「今」の貴方の傍にもいていいんだと思えて、私はまたあの頃に戻れるように…その笑顔が他人行儀ではなくなるように。


しっかりと前を向いて頑張れるから。



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