少年の憧れ




心配だった。
本当はすぐにでも見舞いに来て、元気な姿を見たかった。
一度バトルで勝利していたとしても、それはグラードンを手持ちに入れていた時の話で、結局自分はまだグラードンなしの状態で目の前の彼に勝てたことがない。
チャンピオンとしての強さもそうだが…1人の大人として、男として。
意中の女性の為に奮闘していたあの姿を自分は今でも鮮明に思い出せるし、冷静沈着だと思っていた彼がカロス地方でヘリから身を投げ出したのをオオスバメの背中の上で目撃した時は驚きと焦りで心臓も肺も止まってしまったような感覚があったのも、今でも鮮明に思い出せる。



「ねぇユウキくん、僕はあの時…ホウエン地方の為に動いていたんだよね?結局最後は君に任せてしまったけど…」


「そうっすね。かっこよかったです」


「他にも目的があったわけじゃないよね?」


「…えっと、そうなんじゃないです、カネ?」


「…そうか…なら何で僕はマグマ団の内の1人にこんなに印象が強いんだろう…名前まで覚えてるし…あの時のマグマスーツが印象に残ってるのかな…えっと、セイジロウさんは元気かい?」


「ゲンキナハズデス!」


「?何でそんなに固まって…まぁいっか、そうか…」



だから、勇気がなかったんだ。
そんな彼が…ダイゴさんが。
シアナさんの事を「忘れた」とジンさんから聞いた時に、会いたいのに会いたくないと思ってしまって。
「暫くの内は大人に任せてくれないか」とミクリさんに言われてシアナさんに会えていないハルカに詳しい話を求められたその時も、ずっとずっとどうすればいいか、どう説明すればいいのか分からなかった。
説明してしまったら、それこそこの状況を認めなければいけない気がして…ずっとずっと知らんぷりをしてしまっていた。



なのに、なのに。
今日こうして自分は結局ダイゴさんへの心配の方が勝って、ジンさんに少し無理を言ってマスコミの目に入らないよう協力してもらってまでして今ここにいるのに。
目の前で話している、自分の知っている「本当」のダイゴさんは居ない。
それを妙にすんなりと、嫌味なくらいに感じてしまって…ジンさんから「シアナの話題は出すな」と言われていたからもあるが、変に緊張して言葉が上手く出てきてくれない。




「ハルカちゃんに怪我はなかったんだよね?」


「ん?!あ、はい!ありませんよ!ピンピンしてます!」


「そう、なら良かった。……っ…あれ…?そう言えばハルカちゃんってどうしてコンテストに出るようになったんだっけ…?確かあの子はもうコンテストマスターにまで成長してたよね?あの時のプロモーションカップに選出されてたくらいの実力だし…」


「えっ、と…!!そ、それは…あいつが目標にしてる、人が…いて…ですね」


「目標…?あ、あぁ…そう言えばそうだったような…ミクリだっけ?……いや、……ミクリじゃ、ない…?……っ、ん…また頭痛が…っ、」


「!ダイゴさ…!っ、それは…!!」


「はいそこまで」




元気な姿を見れたのは良かった。
でも、それでも。
本当に見たいその姿は何処にもなくて、思わず話の流れで「出てきそう」なダイゴさんの苦しそうな顔を見ていたら、手を伸ばしたくて思わずその大切な名前を口に出そうとしてしまう。

しかしそれは、隣でずっと黙っていてくれていたジンがユウキの言葉を遮って止めてくれたお陰で事なきを得る。
分かっている、ここで無理にその名前を口にして、ただでさえ不安定な記憶の中にあるダイゴの記憶を掻き回してしまえば、下手をしたら今よりもっとその不安定な記憶がぐちゃぐちゃになってしまう可能性があるから…と言うのは、ここに連れてきてくれる時に痛いほど言い聞かせられたのだから。




「…ジン、何で止めるんだよ…」


「お前の最優先は「体調管理」と「無理のない」記憶の整理だ。変に無理矢理記憶を戻そうとして状況が悪化して、それこそその記憶がごちゃ混ぜになったらどうすんだよ。…ったく、一々言わせんな」


「…それもそうだな…ごめん。…でも最近さ、やっぱり無理をしてでも思い出さなきゃいけない「何か」があるって分かったんだ。頭痛の頻度も少なくなってきたし」


「…ダイゴさん…」


「……そうかよ。…ま、俺はそのグラードンやらマグマ団やらが騒ぎを起こした時はホウエンに居なかったからな。そこら辺はほぼ何も知らねぇよ。…ユウキも。見たかった顔がやっと見れたんだ、取り敢えず今日の所は帰るぞ」


「…あっ、はい!ジンさんありがとうございます!えっと、じゃぁダイゴさん!俺また来ますね!ジンさんと一緒に!」


「…あぁ。ありがとう。いつでもおいで」


「はい!」




無理矢理記憶を思い出そうとした時に襲ってきた頭痛は割とすぐに治まったのだろう。
ジンの言葉を聞きつつ、比較的穏やかな表情で「またおいで」と言ってくれたダイゴになるべく明るい表情を返して。
後ろ髪を引かれる思いを抱きながらジンと共に病室を出たユウキは、黙って暫く廊下を歩いた後に、緊張の糸が解れたように力なく立ち止まって息を吐いてしまった。
振り返った先にいたそんなユウキを見たジンは、「だから言っただろうが」と少し罰の悪そうな顔をすると、そんなユウキへと近づいてその背中を叩いてみせる。




「…っ、ジンさん…俺結構キツい…」


「だから言ったろ、「無理して会うな」って」


「…でも心配の方がデカくて無理でした…覚悟はしてたけど、やっぱキツいっすね…シアナさんを「知らない」ダイゴさんを見るのは。…でも、顔を見れて安心しました。連れてきてくれてありがとうございます」


「……ったく。ガキの癖に強がってんじゃねぇよ。…つか、次はシアナの所にも行くんだろ」


「あっ、はい!行きます…っ!ハルカ達にも早くシアナさんに会わせてやらなきゃ…!!」


「あーはいはい、やっぱ行くのな。俺はガキのお守りかっつの…」


「す、すいません…!!…へへ、ジンさんは強いですね…」


「…別に俺は強くねぇよ」


「…え?」




青い青い空の見える渡り廊下にぽつんと立ち尽くして、まだまだ若いユウキには重すぎる、じわ…と滲んでしまう涙と、ツンと痛む鼻の奥の感覚を味わいながら。
同じ状況というよりは、きっと自分よりもその感覚は重苦しい筈のジンから背中を叩かれて、不器用な励ましと、行き場のない悔しさの感情を流してもらったユウキは、ダイゴと同じくらい尊敬して憧れているそんなジンに「強い」と思っていた事をそのまま口に出す。
しかし、その言葉に対して返ってきた答えは、ユウキの想像とは間逆のもので、思わずユウキはその事に首を傾げて聞き返してしまった。




「…強くねぇから、「確実」に戻してぇだけだ。それがどんだけ面倒で遠回りなやり方でもな」


「…ジンさん……」


「…何だよ、まだ何かあんのか」


「…それは「デレ」ですか」


「置いてくぞてめぇ」




強いと思ってたいた人の口から出た、その言葉。

強くないから、確実に戻したい。何もかも、戻したい。
一つの欠片も逃すことなく、確実に何もかもが元通りになるように。

その言葉を聞いて、受け止めて。
あぁ、この人はやっぱり強いんだと改めて心に刻んだユウキは、自分の言葉に不服そうな顔をして先に歩いていってしまったその背中を、弾けるような笑顔で走って追いかけたのだった。


大丈夫、きっと大丈夫。
だってダイゴさんには、シアナさんには。
本人達の想いの強さだけでなく、こうして周りの人達からも望まれている、確かに「強い」関係なんだから。






(あはは!待ってくださいよー!デレてもカッコイイままのジンさーん!)


(このまま外でお前が大好きなバトルをしてやっても構わねぇけど)


(調子乗ってすいませんでした)


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