浮かんだ空の色




もう毎度のことになってきたここは、カナズミシティにある総合病院の最上階。
そこに唯一ある病室に向かう一本道の廊下を歩きながら話しているのは、ミクリとジンの2人だった。

ジンの表情はいつも通りのものだが、その隣を歩くミクリは何処ぞの御曹司かのように頭を抱えてため息をついている。




「…全くお前という奴は…っ!!私の知り合いにテレビ局の知人がいたから良かったものの…それが無ければどうなっていたか…」


「だから悪かったっつの。でもそのお陰で何とかなったんだ。これ以上の小言は勘弁な」


「はぁ…まぁ、正直お前がシアナちゃん達に着いていなかったら、それこそ今頃どうなっていたか分からなかったからな…今回は大目に見よう」


「カゲツにも兎や角言うのは止めてやれよ」


「はぁ…彼も関わっていたのか…まぁ安易に予想は出来るが…分かっているさ、彼にも何も言わないし処罰もしない」



ミクリが頭を抱えてため息をついてしまったその理由。
それはもうお察しの通り、その隣にいるジンが原因なのだが…実際それはそんな彼のお陰で何とかなったと言っても過言ではない内容だった為に、ミクリはジンの要望通りに大目に見る事を選択したようだった。

そして…ミクリをこんなにも疲れさせたその内容というのは、ジンがシアナを無事にマグマ団のアジトまで行かせた後まで遡る。










「!ジンさんですね?!先程シアナさんがこの家に帰って来たかと思うのですが、間違えありませんよね?!」


「さぁな」


「貴方がダイゴさんやミクリさんと昔からのお付き合いだと言うことは有名なお話です。当然詳しい事情を知っていると思います!何かお話願えますか!!」


「それはダイゴの親父さんから後々詳しく説明するって話だったと思うけどな」


「それでも!!少しでも情報があるのならお話を!!」


「…はぁ、仕事熱心なこって…」




あの後…シアナ達を家から遠ざけたジンは1人家に残り、数十分ポケフォンを操作してから堂々と玄関から報道陣の前に登場してみせた。
そんなジンに食い付いた報道陣はあっという間にジンを囲んでマイクを向けるが、当の本人はそんな事など気にしていないかのように淡々と適当な受け答えをしながらシアナから預かった鍵で玄関の戸締まりをする。

そして、再度前を向いたジンを「逃がさない」と言った沢山の強い視線が襲うが、それにも動じないジンは数分黙りを決め込む。
それを報道陣の面々は「困っている」と受け取り、何かやましいことがあるのだろうかと予想したのだが、その予想は次の瞬間にジンがきょとん…とした表情で遠くの方を見つめ始めた為に明後日の方向へと飛んでいってしまった。




「…っ、あの馬鹿…!!」


「え?!…あっ、シアナさん?!追って!!早く早く!!」


「違ぇ!!あれはシアナじゃ、…!だーっ!!クソっ!!取り敢えず猛スピードで走れ!!!」


「!!やっぱり…!!早く追うのよ!!」




自分達の後ろにいつの間にか居た…誰かのバイクの後ろに乗っている金髪の女性を視界に入れた報道陣は、焦って早く早くとジェスチャーしているジンの姿を見て、それがシアナだと確信したのだろう。
しめた!とばかりに各々が全速力でそれを追っていき、あっという間にジン以外の人間が居なくなったその場所は、先程とは真逆のがらん…とした風景が広がっていた。
しかしその沈黙は、そこに残されたジンの堪えきれないと言った笑い声で破られる。




「っ、ははは!はいはいご苦労さん。マジで仕事熱心で助かるわ。…あー面白ぇ。…さて、ウォーグル。暫く空から傍観したらズラかるぞ」


「グルルゥ!」



シアナが見つかってしまったというのに、何故ジンはこんなにも他人事かのように笑っているのか。
その答えは、ボールから出てきたウォーグルに掴まって空からその様子を見れば分かることだった。

ジンが楽しそうに空の上から見下ろしたその光景は、誰かが運転しているバイクの後ろに乗ったシアナを追いかける報道陣の姿がある。
普通に考えれば、この時点でかなりヤバい状況なのは否定出来ないが、それは「本当にそれがシアナなら」の場合である。




「さーて。何人の「シアナ」を見つけられるか…見物だな。……俺の人脈を舐めてもらっちゃ困るんだよ。はいはい頑張れ頑張れ仕事熱心なマスコミさんよ」




1人…2人、5人。
ジンとはまるで違う、仕事熱心な報道陣達がいつの間にか散り散りになって、バイクのお陰で知り合った沢山のツーリング仲間が変装した「偽物のシアナ」を必死に追いかけ回している光景を見ながら。
爽快だとばかりにニヤリと笑ってポケフォンで一枚写真を撮ったジンは、颯爽と自宅があるキンセツシティへと帰っていった…というわけである。





「今回の事でダイゴの苦労が良く分かったよ」


「そりゃ良かったな。あれに慣れときゃ今後も問題ねぇだろ」


「お前という奴は………まぁいい。…さて、そんな訳で…本人には何と報告しようか?」




そして話は冒頭へと繋がり、その後の事を対処することになったミクリは知人に声掛けたり書類を提出したり、それこそマスコミからの質問を何とか誤魔化しつつ粗相のないように答えたりと大変な目にあったのだった。

何より、今回ミクリがその対処をしなければいけなくなった原因というのは…




「「大人しく寝ていろ職無し。あーグロリアス」とかでいいんじゃねぇの」


「そのような時にその言葉は使わないよ。覚えておきたまえ」


「冗談だ。…まぁ何にせよ、ここで立ち止まってても何にもなんねぇしな。とっとと本人に話をつけるぞ」




今まで、ずっと…ずっと。
才能のままにその座を勝ち取って、才能のままにその座を守り続けて。
いつか自分よりも強いトレーナーが現れるまでこのままでいいやと軽い気持ちでいた筈の彼が、ダイゴが。

何よりも大切だと思える相手の隣にずっと胸を張って居られるようにと…いつの間にか真剣な気持ちで守り続けてきた、そのホウエンの玉座を…





「……ダイゴ、お前が今までいた席は、明日から私が座ることになった」





ミクリが、その手で正式に取ったという事だった。





「見舞いに来て早々………それ、本気で言ってるわけ?」


「そんなタチの悪い冗談を私が好むと思っているのか?……正式な公式でのバトルで私が勝っただけの事。だが、それはお前が入院中だからというわけではない。この席に座った以上…私はお前に「チャンピオン」という名を返すつもりはないよ。ルネジムはアダンさんが受け持ってくれる事になったからね」


「………」




扉を開けて早々に。
そんな事をミクリから言われたダイゴは寝ていた体を起こして、真正面からその言葉を受け取った。
その顔はミクリやジンでも思考が予想できないような複雑な表情をしており、誰もが言葉を発せずに暫く続いた沈黙がその場の空気を冷たいものに変えようとした、その時。




「…まぁ、それならそれでいいよ。別にチャンピオンって肩書きに執着してた訳でもないし…その分自分の身が軽くなるしね」


「………そうか。お前がそう言ってくれるなら私も気が軽くなったよ」


「…なら後は素直にミクリに任せるこったな」





今までのダイゴなら、自分達が「変わった」と思っていたダイゴなら。
この結果を意地でも覆そうとしていたのだろう。
しかし…そんな期待も虚しく、今のダイゴの頭にはそれは浮かばなかったらしい。

目を閉じて、その分自分の身が軽くなると息を吐いて言ったその姿が、「変わる」前の…それこそ自分達が見てきた昔のダイゴの姿と瓜二つな光景に、密かに見えない所で拳を握り締めたジンとミクリの脳裏に悲しそうなシアナの顔が浮かびそうになったが、その浮かびそうになったシアナの表情は、次の瞬間に驚くほど簡単に柔らかな物へと変わる。




「…ただね、残念ながら…どうも最近空を見てると「やる気」が出てきてさ。まるで僕が僕自身に適当な事はするなって言ってるみたいなんだよね」


「……は?」


「……だから、ここから退院したその時は…」







取り戻しに行くから







青い青い、澄んだ空。
どこまでも澄み渡って、気持ちの良いくらい光り輝く、ホウエンの空。

大きな大きな窓の外にある、そんな空を後ろにしてそう言ったダイゴの表情が、「変わった」後の彼と重なって見えたジンとミクリは、何も言わないながらも何処かスッキリとした表情で力を込めていた拳を静かに開くのだった。


脳裏に一瞬浮かんだ…シアナの表情のように。
緩やかに、ゆるゆると。



BACK
- ナノ -