前進




「シアナさん!!いらっしゃるんですか?!少しだけで良いんです!お話を聞かせていただけませんか!」


「お怪我は腕のかすり傷との事でしたが、婚約者であるダイゴさんの方はまだ安静が必要との情報がありますよね?!これは確かなのでしょうか?!」


「今後のご予定など詳しくお聞かせ願いたいのですが!!シアナさん!!お願いします!!」





アスナやマヒナ達と病院の屋上からダイゴとの家に戻って来ていたシアナは、裏口から入ったにも関わらず、玄関前でわらわらと群がって何度か呼び鈴を鳴らしている報道陣の様子をインターホン越しに確認していた。

決して姿を見せてしまったわけではないと思うのだが、家に入って数分もしない内に集まってきたことからどれだけ報道陣が念入りに張り込みをしていたのかを思い知らされる。
一応窓のカーテンは閉めているので隠し撮り等はされていない筈だが、それでもこんな状態ではゆっくりと荷物をまとめている時間もない。




「ど…どうしよう…!思ってたよりも大事になってる…」


「それだけあんたが有名って事でしょ。まぁ後はあの薄男の情報を仕入れたいのよマスコミは。一応このホウエンの代表みたいなもんなんでしょ、チャンピオンって」


「ダイゴくんも大変だな…早く良くなるといいんだが…」


「私は今すぐぶん殴ってやりたいんだけどね。…ほらそんな事よりも、慌ててないで早く荷物まとめなさいよ!取り敢えず軽くでいいから!ったくトロいわね!」


「えっ、あ!う、うん!ごめんなさい!」




何度もマスコミからインタビューを受けた事があるシアナでも、今回ばかりはインターホン越しに見える報道陣の勢いに圧力のような物さえ感じて、すっかり怖気付いてしまっていれば、そんなシアナの腕を半ば無理矢理引っ張って寝室へと連れていったマヒナはそのまま強引にクローゼットを開ける。

その様子があまりにも乱暴で…いや、乱暴なのはわりといつもかもしれないが、それにしてもその表情は怒りを色濃く表しており…しかしその中に悔しさのような物も感じ取ったシアナは何も言えずに急いで必要最低限の物を旅行用のバックに詰め込む。




「シアナ、棚にあったポロックケースと、それから化粧水諸々あたしのバッグに入れといたからね!後はホークさんとジンが念の為って本棚とか動かして確認してくれたけど、盗聴器とかの心配はないっぽい!そっちは終わった?」


「あっ、ありがとう…!うん、こっちも最低限のものは詰め終わった!」


「はいはいならさっさと移動するわよ。こんな所にいつまでも居たらストレスで私の頭が可笑しくなるわ」



急いでマヒナと共に必要な物を詰め終わったシアナは、アスナの報告を聞くとお礼を言って立ち上がり、先にリビングへと行ってしまったマヒナを追いかける形でこちらもリビングへと向かった。
すると、そこには何やらホークとジンが腕組みをしながら話し合っている光景があり、どうかしたのかと首を傾げてしまえば、それに気づいたジンがシアナに声を掛ける。




「終わったか。ならお前はまた裏口から出てけよ。先にホークさんとマヒナさんが出てってそれぞれ別の方角に飛んでくから、それが見えなくなった後にアスナと一緒にリザードンで目的の場所に行け」


「マスコミを拡散するってこと?」


「そういう事だ。さっき裏口から入ったのにバレたってことは、ご丁寧に上手く隠れて張り込んでる奴がいるって事だろうからな」


「えっ、でも待って…それならジンくんは?」




世間には、落ち着いた時に会見をして詳しく説明するとムクゲ社長が宣言しているにも関わらず、こうして周到に張り込みをされているのは正直困る。
これで下手に対応をして、ダイゴの状態を勘づかれでもしたら色々と面倒な事になるのは目に見えている為に、ここはどうにかして確実に切り抜けるしかない。

その為にはどうするべきかを各々に指示をしたジンの説明を聞いた面々は素直に頷くが、シアナはそれならジンはどうするのだと心配してそれを本人に問う。
すると、ジンは心配ご無用と言った様子で口角を上げて見せると、「まぁ任せとけ」とそれだけを言うだけで詳しい事は教えてくれず、結局シアナは多少の心配を拭えぬままアスナに背中を押される形でジンの指示通りに裏口からダイゴとの家を後にするのだった。














「シアナ、お疲れ様。取り敢えず今日はもうゆっくりとしなさい。お前の部屋はマツブサが用意してくれたから」


「うん、ありがとうお父さん。マツブサさんも、今日はお世話になります」


「あぁ。気を遣わなくていいから、ゆっくり休むといい。追加で必要な物があればなるべくこちらで用意するようにしよう。……君に大きな怪我がなくて良かった」


「…心配掛けてごめんなさい…でも、私は大丈夫ですから。ありがとうございます」




あれから、ジンの策のお陰で何とかマスコミから無事に逃げ切ったシアナは、アスナと共にマグマ団のアジトへと来ていた。
元々ミナモシティ近くの洞窟の中にあるこの基地は一般の人には知られていないのもあって、身を潜めるには打って付けの場所。

そこで出迎えてくれた父のセイジロウとマツブサに心配を掛けてしまっている事への謝罪とお礼を言ったシアナはセイジロウに案内されてアスナと共に用意してもらった部屋へと入り、置いてあったソファに腰を下ろすと、思っていた以上に今まで疲労が溜まっていたのだろう…ドッと体の力が抜けて思わず深く息を吐いてしまった。




「…大丈夫かシアナ…少し眠るか?」


「あ、ううん。大丈夫…一息ついたら2人に話したい事があったから…2人さえ良ければ今話してもいい?」


「あたしはいつでもいいよ。何?」



シアナの顔に疲労が色濃く見える事を心配したセイジロウが少し寝た方がいいのではないかと提案するが、シアナとしては今それを素直に聞いて眠ってしまったら、きっと朝まで起きないだろうと自分自身で分かっていた為に、どうしても起きている内に話をしたかったのでそれをやんわり断った。

そして、緊張を解す為に近くにあったクッションを手に取ってそれを抱きしめると、隣に座っているアスナと、向かいの椅子に座っているセイジロウの目をそれぞれ見てからゆっくりと口を開く。




「……私ね、ダイゴが私のことを忘れちゃったって聞いた時…今までの事が全部無くなっちゃったって思ったの」


「……うん…」


「…でも、お父さんやアスナ、ジンくんやミクリさん…おばあちゃんやおじいちゃん…それから、お父様やマツブサさん達皆に助けてもらって、傍に居てもらって…この間アスナに言われた言葉もあってね、その感覚は違うなって思った」





そう、眠ってしまう前に、どうしても。
どうしてもシアナはあの時目覚めて直ぐ視界に入って抱き締めてくれたこの2人に伝えたかったのだ。
どれだけ心配を掛けて、悲しませて、泣かせてしまったか分からない。
2人だけでなく、周りの人達皆にも心配を掛けて、その心配と同じくらいに沢山の優しさをもらっていた。

それなのに自分はいつまでも「無くした」気になって、まるで全てを諦めたような態度を取ってしまっていた事が、どうしても自分の中で棘のように引っかかって抜けなかったのだ。




「本当に、心配掛けてごめんなさい…ずっと傍にいてくれたのに、元気をくれてたのに…それなのに私はそれに甘えてずっと抜殻みたいになっちゃってたって、今なら分かる」


「それは仕方ないだろう…?そんな事を謝る必要はない」


「そうだよシアナ…!上手く言えないけど、それだけの事が今起きてるんだから…!ゆっくりでいいんだよ?」


「ううん。もう大丈夫。大丈夫なの。そうじゃなきゃ、いつまでもこのままだもん。前に進まなきゃ、ちゃんと行動しなきゃ、ずっとこのまま」




謝る必要はない、ゆっくりでいい。
シアナの言葉を聞いたセイジロウとアスナがそう言うが、その言葉に対してシアナは優しく首を横に振る振って否定すると、不安そうな表情をしてしまっている2人に対して思ったままの表情を返した。




「だからね、もう私は…また頑張れるよ。…ふふ。ありがとう!」


「「っ…!」」




青く、青く。
何処までも澄んだような、空の色。
その色は、セイジロウが、アスナが、ダイゴがいつでもどんな時でも大好きな、彼女だけの色だ。
少し前まで…その色を見ることは当分無いのだと思っていた色が、またこうして光り輝いている。

雨ばかり降って、曇ってしまったその空が心から晴れたその瞬間をしっかりと見た2人は目を見開いて言葉を失うと、じわじわとその見開いた瞳から大粒の涙を流してしまう。





「っ、ありがとう……って、あんたねぇ…!もう…!!ほんっとに馬鹿なんだからぁ…!」


「…シアナ……っ綺麗な瞳だな…本当にお前は……強い子に育ってくれた…っ、!」





ありがとう、なんて。そんな事。
そんな言葉は、こっちの方だ。
何よりも…あの事件に巻き込まれて、それでいて無事でいてくれただけでその気持ちが溢れそうな程なのに、これだけ辛いことがあっても自分達にお礼を言って、尚且つ大好きなその笑顔を見せてくれるなんて。





「「「ありがとう…っ!」」」




本当にこの子は、いつの間にかこんなにも強くなっていたんだと実感した2人は心の中で何度もお礼を言って、嗚咽混じりの声でも何度も、何度でもお礼を言う。
そのまま…誰からでもなく3人で強く抱き締めあって、沢山の涙を流した。

それが離れる頃にはシアナはぐっすりと夢の中へと旅立っており、それを見届けた2人はゆっくりとお互い目を合わせると、眩しく笑う。




「…ダイゴさんが忘れても…無くしても。シアナにはしっかりと残ってるんですね…」


「…あぁ。ダイゴと出会ってからのシアナの強さは決して消えていない。…だからきっと…ダイゴも戻ってくるさ」


「あはは!戻ってきたら一発殴っていいですか?」


「それは義理の父親である私が許可しよう!」


「はい指切り!!」




クッションを抱き締めたまま、すやすやと眠っているシアナの寝顔を見つめながら。
指切りをした後に小さな音でハイタッチをしたセイジロウとアスナのその音は、小さいながらも気持ちよく部屋に響き渡った。

まるで、悲劇はこれで終わりだと言いたげに…守りから攻めに変えるかのように。
パン!っと鳴らしたその音は、これから進む出来事が全て良い方向に前進していく物なのだということを表しているかのようだった。



BACK
- ナノ -