振り出し
突然飛び込んできたマヒナに抱き締められ、狂ったように泣きじゃくってしまった日から数日が経った。
シアナは、あの時は状況も何も全く分からず、それを聞くことすら考えられずに祖母の腕の中で泣きじゃくることしか出来なかった。
マヒナと共に来てくれたらしい祖父のホークにも、ぼろぼろと涙を流して…一緒になって泣きじゃくって抱き着いてしまったのを覚えている。
そしてその後に話を聞いてみれば、どうやらマヒナはセイジロウの計らいで見舞いに来てくれたらしい。
元々、今世間ではこの事件はかなりニュースになっているようで、規模は全国どころか世界にまで及んでいるらしい。
事故として報道しているところもあれば、何かの陰謀やらテロリストからの攻撃なのではという考察をしている専門家までいるようで、今は病院も最大限に注意を払って、関係者以外はダイゴとシアナの病室に近づけないようになっている。
「ったく…!あの時どれだけ私があんたの面倒を見てあげたと思ってるわけ?次またこんな美人に「妖怪」だなんて言ってみなさい、社会的に潰してやるからね」
「だからあの時はどう見てもそうとしか見えなかっ」
「ならそのメガネックレスを今すぐ返しなさいよ」
「すいませんでした二度と言いません」
「「………」」
そんな事があってから、今は自分の目の前で。
腕組みをして、未だに怒りが収まっていないと言いたげなマヒナに物凄く睨まれているジンが珍しく素直に謝っているのを見ていたシアナは心底驚いたようにアスナの隣で目を丸くしてしまっている。
実はあの時…マヒナが来てくれた時の話なのだが、その後に色々話を聞いて分かったことがあった。
それはどうやらマヒナとジンが知り合いだった、という事実。
何でも、ジンが各地方を転々としている時にたまたま知り合って、数ヶ月お世話になった事があったようだった。
「大体ね、あんたがあの時ライバル社に雇われた野蛮人達に襲われてた私を助けてくれたからって、主人が大袈裟に「お礼」だって騒ぎ立てたから「お礼」として数ヶ月家の空き部屋を貸してやって、尚且つそのメガネックレスだって「お礼」としてプレゼントしてやったんじゃないの。それを何?忘れたとは言わせないけど?」
「あーー分かった、分かってますって、はぁ…流石に覚えてますけど…それにしたって後ろからマジで切羽詰まったような形相で来るもんだから誰だか分かんなかったんだっつの…まさかシアナのばぁさんだったなんて知らなかったし…」
「えっと、つまりよっぽどシアナが心配だったんですね、おばあさん……あはは、怖い人かと思ってたけど、今はこんなに愛されてて良かったねシアナ」
「ふふ。うん、おばあちゃんは優しいよ」
「別に愛してなんかないわよ!!孫がこんな事になってんのに何もしてやらないとか世間的に、その、あれでしょ?!薄情とか言われるのが嫌だっただけよ!まぁ怪我は腕のかすり傷だけだったみたいだけど!」
「まぁ聞いてた以上のツンデレではあるみたいだけど…」
「あはは…」
個々の出会いが巡り巡って、こうして今この状況になっている事が不思議な感覚であり、それと同じくらいにダイゴの事で心が冷たくなっていたシアナのその心がぽかぽかと僅かながらも暖かくなっていく。
それを感じて…また、そんなシアナの様子を横目で見て優しく微笑んだアスナはそろそろジンを助けてやった方がいいだろうと立ち上がると、同じく立ち上がったシアナの手をしっかりと握って2人に声をかけた。
「はいはいその辺にしましょ、もうこの部屋ともおさらばなんですから!ダイゴさんの家に帰って、皆でちゃっちゃと荷物まとめちゃいましょ!」
「ご、ごめんね…迷惑かけて…!」
「んな事一々気にすんじゃねぇよ。パパラッチならミクリが引き付けてくれるらしいから、俺達はその間に屋上から出るぞ」
「その屋上にはもうおじいちゃんとジジーロンが待機してるから、あんたはそれに乗りなさいね。ハクリューに乗ったらバレるかもしれないから」
「うん、分かった…!ありがとう…!」
このホウエンでは勿論のこと、ダイゴとシアナの関係は世界的にも有名だ。
それは以前、ダイゴが公の場で交際宣言をしたことが主な切っ掛けだが、そのお陰もあって報道陣は血眼になって情報を狙って来ている。
それを知った時のアスナはプライバシーも何もあったものではない、とシアナの今の状況を間近で見ているのもあって怒り心頭だったのだが、シアナ本人から「仕方ない」と言われてしまえばそれ以上何かを言うことは出来なかった。
それだけこういった事には元々慣れているのかもしれないが、それでも。
いくら世間ではただ「怪我をして入院している」という事しか報道されていないにしても、その事実を知っている身としてはこの状況はあまりにもシアナにとって酷な物だと思ってしまう。
「…シアナ、あたし達が絶対に色んなことから守るからね、ダイゴさんなら絶対に思い出してくれるから…だからそれまでは…」
「……うん…ありがとう……あのね、アスナ…後で話があるから、その…今日はこのままずっと一緒にいてくれる…?」
「?うん!元々そのつもりだったしね!」
「ふふ、なら良かった…ありがとう。ジンくん、今日は一日アスナを借りるね」
「別に構わねぇよ。俺もやる事があるしな」
「?やる事…?」
「はいはいお喋りはそこまで。ほら行くわよ、もう退院の手続きはしてあるから」
ダイゴが記憶喪失という事実が世間に漏れてしまえば大変な事になる。
そうなれば、今まで婚約者がいるからとダイゴを諦めている女性も、それこそシアナを諦めている男性陣もどんな動きをしてくるか分からないし、もしかしたらそれこそ大怪我をする羽目にだってなるかもしれない。
だから、一番にその情報を隠すことが望ましい事だが、本心的にはそれよりもシアナとダイゴの関係を一番に優先してやりたい面々は、「情報の漏洩」を防ぐと共に、ダイゴがいつ記憶を取り戻しても良いように動くつもりだった。
そんな頼もしい友人達に囲まれて、申し訳ないと感じつつも微笑んでしまうくらいに嬉しかったシアナは、話のついでに聞いたジンの「やる事」が何なのか気になってしまったが、それよりも今はここをバレずに出るのが先決だと判断して、マヒナの言う通りに屋上へと向かったのだった。
途中で。
ダイゴがいるだろう病室の扉を、何も言わず…目を伏せるようにして通り過ぎて。
「…?何か、今日はやけに外が騒がしいね…」
「…今日まで有名な人が入院していたらしいからな。それもあるんだろう」
「有名な人?え、誰だろう…僕の知ってる人?」
「……」
「?…親父…?」
一方、シアナ達が何とか病院の入口や裏口で待機している報道陣達を抜けて病院を出ていった少し後。
それを知らない報道陣達がガヤガヤとしているのを少しだけカーテンをズラして不思議そうに眺めていたダイゴは、病室のソファに座っている父のムクゲへと質問を投げかけていた。
僕の知ってる人?
そんなダイゴからの、きょとん…とした表情と、無垢な言葉を聞いてしまったムクゲは思わず息子から目を逸らしてしまう。
「……本当に分からないんだな…」
「…え?何、小さすぎて聞こえないんだけど…?」
「…何でもない。お前は早く怪我を治して、カウンセリングにも素直に対応しなさい。色々な話はそれからだ」
「……まぁ、そうだね。別に誰でもいいか…ならお言葉に甘えて暫くはゆっくりするよ。何だか分からないけど、最近まで馬鹿みたいに走り回ってた気がしてさ……何なんだろう」
「………」
こちらの話に興味がなさそうに。
ベッドへと再度横になって退屈そうに本を開いたダイゴを見たムクゲは、口には出さずともその気持ちをこっそりと拳に乗せてきつく握り締めてしまった。
分かっている、別にダイゴは何も悪くない。
こうなってしまったのはあの事故が原因で、ダイゴだって忘れたくて忘れたわけではないのだから。
そうでなければ、そうでなければ納得が出来ない。
ずっと、ずっと何でもかんでも適当に済ませて、自分に害がなければ好きにしてくれといったスタンスだった自分の息子が…ある1人の女性と出会って、恋をして。
それからは人が変わったように心から笑って、泣いて、バトルや趣味以外のことでも楽しそうに過ごすようになったのに。
後に継がせるつもりの仕事だって、ずっとその人の隣で生きていく為に…何よりもそんな自分の為に走り回って、真剣にこなすようになったのに。それなのに。
これではまた、振り出しに戻ってしまったようだ、と。
まるで、今までめくって来た沢山のページが、物語が。
ばらばらと無惨に逆方向にめくれていってしまったような……そんな気がして。
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