大好きな2人





「…ごめんね、エルフーン…っ…ごめんね…」


「…シアナ…」




ダイゴの現在の状況と、今後の方針をムクゲ社長から聞いたシアナは、その日は一日何をする気にもなれず、不思議と涙も流れず…ただただ、片割れから存在を忘れられてしまった空色のネックレスを握り締める事が精一杯だった。

そんなシアナを一緒に説明を聞いていたアスナは放っておける筈もなく、セイジロウに頼み込んでその日はシアナの病室に泊まったのだが、その日の夜中はぐすぐすと泣き出してしまったエルフーンの泣き声が止まず、シアナは一晩中泣きじゃくるエルフーンを抱き締めてその頭を撫でていたのだ。
そして、そんなシアナの身体が冷えないようにと一晩中側にいて暖めていたのは彼女のバシャーモで、今はシアナの代わりに朝食を受け取りに行ってくれている。




「…やっと眠ったみたいだね…良かったよ…」


「…そうだね…ごめんねアスナ、折角泊まってくれたのに…」


「あたしが好きで泊まったの。次それ言ったら怒るからね」


「…うん、ありがとう」




一晩中、一睡もしないで泣きじゃくっていたエルフーンが泣き疲れて眠ったのは面談が可能になるこの時間になってからだった。
それ程までに幼いエルフーンには、今回の事が堪えたのだろう。
大好きなダイゴと会えないこと、自分の事を忘れてしまったこと。
そして何よりきっと、シアナがダイゴの隣にいない事が寂しくて…シアナが一粒も涙を零さないことを、まるでその分まで泣くかのような勢いだった。

そんな昨晩のエルフーンの事をアスナが思い出していれば、眠ったエルフーンをそっと自分の隣に横にさせて布団を被せたシアナに「ごめん」と謝られる。
正直、ごめんと謝りたいのはアスナの方だった。
親友がこんなにも辛い状況にいるのにも関わらず、上手い言葉も満足に掛けられないだなんて…なんて頼りない親友なんだろうと。




「っ…ねぇ…シアナさ…」


「…うん?」


「…あたし、あたし…馬鹿だからさ…こういう時、なんて言えばいいのか全然分かんないし、何をしてあげればいいのか、どうしたらシアナとダイゴさんの力になれるのか…考えても考えても、っ…分かんないんだけど、さぁ…っ、」


「…アスナ……っ、ご…ごめんね…心配かけ、」


「当たり前だよ!親友なんだからっ!どんだけ一緒に居てきたと思ってんのさっ!…あた、あたしは…!あんたの笑顔も、泣き顔も!驚いた顔も喜んだ顔も!ずっとずっと近くで見て来たんだよ!…でも、でもそれなのにっ、あんたの…今のあんたのそんな顔は初めて見たんだよ!なんの表情もないあんたの顔なんて…っ!見たことないよ!この先だって見るだなんて思ってなかったぁ!」


「!っ…」


「生きててくれて本当に良かったよ!あんたの…カイリさんの形見のピアスが転がり落ちてんのを見た時は、怖くて身体中が震えてっ、あた…あたし!ただ叫ぶことしか殆ど出来なくて…っ!本当に情けなくて、頼りない親友かもしれないけどさぁ…っ!」


「そんなこと…っ!」





ずっと、ずっと見てきた。
きっと自分が愛されていないとか、寂しいとか、どうして私にはお母さんがいないのとか。
まるで暗い世界に一人ぼっちで泣いているような、何事にもおどおどとしていた小さな頃のシアナも。
それが段々と自分の隣で笑うようになって、いつの間にか沢山の表情を見せてくれるようになって。

一緒に旅行だって行った。大切な約束だってした。
沢山の事を一緒にやってきたし、沢山の思い出がある。
ちょっとした言い合いもすれば、大きな大きな喧嘩だってした。仲直りだってした。

でも、そんなに沢山の思い出がある分だけあったシアナのキラキラとした表情は、ゆらゆらと揺れ始めてしまった視界の向こう側には何一つない。
こちらが何度も話を遮ってしまっているから、焦っているように見えるのに…その大好きな空色はキラリとも光らない。





「いいよ、何もしなくていいよ!あたしと一緒でどうしたらいいか分からないなら、分かるまで休んでていいよ!その間…その間はさぁ…っ、」


「っ…?」


「あたしが…っ、あたしがシアナの分だけ…エルフーンと一緒に泣くよ!目が腫れて前が見えなくなっても、枯れても!それでも沢山涙を流すから!!だから…だから…っ、ちょっとでも、ちょっとでも何か響いたりしたらさ…その時はまた頑張ろうよ…!あたしも一緒にいるから…隣にいるから!」


「……っ、」


「あたしだけじゃないよ!おじさんだって、ムクゲ社長だって!ミクリさんだってジンだって…!エルフーンもバシャーモも…シアナのポケモン達も、ハルカちゃんやユウキくんも!マツブサさんもマグマ団の人達もっ!あんたのおばぁちゃんおじいちゃんも、天国のカイリさんだって、…っ、ダイゴさんだってきっと!!直ぐに思い出すよ!忘れるままなわけないよ!!皆…皆シアナの直ぐ隣にいるから!だから…っ、頑張ろうよシアナ…直ぐにとは言わないから…っ、頑張れるようになるまで、あたしがシアナの分まで元気でいるから!」




言っている内に、有言実行とばかりにぼろぼろととめどなく流れる涙がアスナの視界を滲ませる。
そのお陰で目の前のシアナがどんな表情をしているのかまるで分からない。
まだその瞳に光を灯せていないのか、それとも少しでも何かを感じてくれたか。
分からない、分からないのに口から出てくる本心そのままのアスナの言葉は本当にシアナにとって正解の言葉なのかも、寧ろ自分にとっての正解なのかも分からない。

それでも、それでも何かを言いたくて…少しでも力になりたくて。
いつかまたシアナの隣にいるダイゴが見たくて、ダイゴの隣にいるシアナが見たくて。
そんな2人の側にいる…いつも通りの皆の顔が見たくて。




また、また…いつも通りの日常に戻りたい。
ただ、ただそれだけの感情が言葉となって現れる。




「っ…アスナ…わた、私…!」


「…シアナ…っ?」




まるで見えない視界の向こうの親友が、シアナが。
掠れたような…震えたような声を出した事に気づいたアスナは弾かれるように急いで目を擦ってその涙を拭う。

何でもいい、何でもいい。
少しでもシアナの気持ちが動くなら、少しでも彼女らしい表情が見れるなら。
それが例え泣き顔だとしても、なんだって、なんだっていい。
そこに光が照らされているなら、どんなシアナだって。


そう思ってアスナがヒリヒリと腫れ始めてしまいながらも無理矢理開いてクリアになった視界にその顔を映した瞬間。
目を見開いて何かを言おうと口を開きかけたアスナのその唇は、それよりも先に耳から聞こえたドタバタと慌ただしく近づいてくる足音に驚いて閉じてしまった。





「っ!おい!!!よく分かんねぇけど何か妖怪みてぇなのがこっちに向かっ」


「誰が妖怪よぉーーーっ!!!?!」


「はぁ?!」


「ぎゃぁぁあ?!!?!ジンーーーッ?!!?」





その途端、思いっきり音を立てて開かれた扉から物凄い形相のジンが顔を出したかと思えば、間髪入れずに何かが怒声を浴びせながら「はぁ?!」と振り向いたジンのその頭を容赦なくかかと落としで床に沈める。

ビタァァンッ!!という何とも言い難い痛そうな見事な音と共にうつ伏せで地に伏したジンの姿を見たアスナが思わず目玉が飛び出しそうな勢いで叫べば、その状況を作り出した張本人はツカツカとヒールの音を鳴らしてアスナの隣を通り過ぎると、言葉を失っているシアナの目の前へと立つ。

そしてそのまま。
乱暴に腕を掴まれて引っ張られたかと思えば、その瞬間に目の前が真っ暗になったシアナはゆっくりと目を見開いた。





「っ…!、あんた…何やってんのよ…っ!!」





知っている。
高そうなこの香水の香りも。
その香りと共にふわりと香る懐かしい潮風の匂いも。

知っている、知っている筈なのに…一つだけ知らないのは…





「ふざけんじゃないわよ…っ、なんて目に会ってんのよあんたはぁ!!」





母ではなく…自分の…孫の自分の為に震わせてくれている、この声。







「無事で…っ、良かった…!!このっ、馬鹿孫が…っ!」


「っ…おば…おばぁ…ちゃん…っ!!う…うわぁぁあ…っ!!」






あぁ、我慢してたのに。
ずっと、ずっと…泣いたら何もならないと我慢してたのに。
泣いてしまったら、全部全部を本当の意味で受け入れて、途方も無い感情を剥き出しにして周りを困らせてしまうと分かっていたのに。

昔から大好きなアスナの言葉と、大好きになった家族の言葉を一気に聞いてしまうなんて。


そんなの…我慢しろと言うのが無理だった。


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