言葉の意味
翌日の朝……外からは綺麗な朝日が窓から差し込み、空気も澄んでいてとても気持ちが良いというのに、あんな事があったのでは残念ながらそれも良く思えないもので。
大倶利伽羅の様子を見に先に中庭へと行った珊瑚の代わりに自分が朝食を取りに行くと、心配している珊瑚に大船に乗ったつもりで任せちょけ!と息巻いた陸奥守だったのだが……
「「「…………」」」
「よっ!おはようさん!今日も今日とて良い匂いじゃぁ〜!朝早くからすまんのお2人共!」
「……あ。陸奥守くん。おはよう」
「主と陸奥守の分はそこの盆の上に乗ってるやつな」
「おおー!ありがとうにゃぁ!………あぁーっとぉ……ついでに大倶利伽羅の分もいつものように持って行ってやろう思ったんやけんど……あ、あるかのぉ?」
「……うん。今用意するから少し待っててくれるかな?」
「お、おう!待っちょる!」
さて、これは本当に大船なのだろうか。
どちらかと言うと大船は大船でも年季が入り過ぎている、今にもボロボロと朽ちてしまいそうな気がしてならない。
それくらいに陸奥守が厨に入った時の空気が寂しいし、それくらいに陸奥守の笑顔もピクピクと痙攣し、冷や汗をだらだらと流してしまっており、かなり気まずいにも程がある空間になってしまっている。
本当はここで2人に何かを言った方が良いのだろうが、これでもし何かを言ったとしても、今も昔もずっと変わらずに第一部隊に属している者から言われてもきっと心に余裕など無い筈の今の2人には酷だろう。
「……はい。じゃぁこれね。よろしくね陸奥守くん」
「……え?あ、あぁ!おう!恩に着るぜよ!」
どうにか早く事が解決してくれればいいのだが……と陸奥守が考えている間に燭台切は大倶利伽羅の分の朝食を用意してくれていたらしい。
その声にハッとして我に返った陸奥守はお礼を言ってそれを受け取ると、後ろ髪を引かれる思いはしつつも急いで珊瑚が待っているだろう中庭へと歩いて行くのだった。
「……くーくん、……これだけは聞かせて」
「……何だ?」
「無理はしてない?」
陸奥守が厨へと行ってくれている間、ずっと一心不乱に刀を振っていた大倶利伽羅の姿を眺めていた珊瑚は、それが終わってタオルで顔を拭いている、表情が見えない大倶利伽羅にそう聞いた。
すると大倶利伽羅はふとその手を止めると、少し考えた様に数秒だけ間を置いてからゆっくりと珊瑚の隣へと腰を降ろす。
そしてそのまま……何も言わずに両手を珊瑚へと伸ばしてその華奢な身体を強く抱き締めた。
「……くーくん?」
「……俺はこれで充分だ」
「!……そっか。分かった、信じる」
「あぁ。それでいい」
珊瑚は聞いたのは、無理はしていないかどうかだけ。
それに対しての大倶利伽羅からの答えは、きちんとした答えではないものの……行動で示したものだった。
抱き締められていることで、今彼がどんな表情をしているかは分からなくても。
耳から聞こえてくる彼の声色が落ち着いているものだった事が分かった珊瑚はそんな大倶利伽羅の背に自身の腕を回し、ぽんぽんと優しく数回叩き……それを受けた大倶利伽羅はゆっくりと珊瑚から離れて、今度は大倶利伽羅が珊瑚の頭を数回優しく叩いて見せた。
「だから俺の心配をする必要はない。するならあいつらだけを気にかけてやってくれ」
「それは勿論、みっちゃん達だって凄く心配だよ。でもそれと同じくらいくーくんも心配だったからさ。……あの時結構無理して発言してたって事、私分かってるんだからね?」
「さぁな」
「もうっ!すぐ素直じゃなくなる……って、あ。むっちゃん!持ってきてくれたんだね!ありがとう」
「おう!持ってきてやったぜよー!」
「……あぁ。助かる」
昨日の太鼓鐘に対しての発言の事を珊瑚が言い当てれば、大倶利伽羅は目を伏せて知らん顔をしてしまった。
先程までいくらか素直だと思っていたのに、全くすぐこれなんだからと珊瑚がため息をつきそうになっていれば、ドタドタと元気な足音と共に陸奥守がひょこ!と顔を出して現れる。
そんな陸奥守は3人分の食事を盆からテーブルへと……「まず鯛茶漬けやろー、たくあんやろー、ほんで麦茶!」と説明しながら置いていく。
その陸奥守のいつも通りの笑顔を見た珊瑚も、今後いつまで続くか分からないこの本丸への不安に対して少し心が晴れたのだが、残念なことに肝心の箸が何処にも無いことに気づいて陸奥守に聞いてみる。
「あれ?むっちゃん箸は?持ってくるの忘れた?」
「え?!……あぁ!いかん!そうやった!忘れてしもうた!」
「……なら俺が取ってくる」
「?!?!いや!いやいやいやいや構わん!わしがまた行ってくるき!2人はもっかい待っちょれ!」
「いやもう一回は申し訳ないし、私が取りに行っ」
「おんしゃぁら待てゆーとるがよ?!」
忘れてしまった箸を誰が取りに行くかという話で、気を遣ったのだろう大倶利伽羅が立ち上がれば急いでその両肩を押さえ込んで再度座らせ、珊瑚が立ち上がればまた急いで同じように座らせた陸奥守は思わず大きな声を上げてしまった。
全員が全員、全員に気を遣っている為に起こってしまったのだが、その中でも一番気を遣っているのは陸奥守。
それはそうだろう……あんな寂しそうなのに、どう言葉をかけたらいいかも分からない現状をこの2人にも味合わせる訳にはいかない。いやそもそもの原因は大倶利伽羅なのだが、いやでもここはやっぱり自分が……!
……と考えた陸奥守は、突然の大声でビクッ!となってしまっていた2人にやっとこの時に気づいて急いで考えた言い訳を口にしていった。
「……!は、ははは!それにわし、この分やと茶漬けが足らんかもしれんからの!箸を取りにいぬるついでに足してもらうつもりでな!がっはっは…………は、」
口にしていった……のだが。
何故か段々と自分が話す度に珊瑚の顔が真っ青になり、大倶利伽羅に至っては目を伏せてこちらを見てくれなくなった。
その様子を不思議に思った陸奥守が笑っていた顔をそのままに後ろを振り返ってみたのだが、その瞬間に笑っていた顔は完全に乾いたものとなって何分前かのあの痙攣がまた彼を襲うことになってしまう。
それはそうだろう……後ろを振り返った先にあったのはそれはもう長い脚で、ずーっと上にそれを追い掛けた先にあったのが、
「これ、箸。忘れていたから届けに来たよ」
「お、おおー!燭台切!わざわざ届けに来てくれたんか!すまざったにゃぁ!いやぁ〜うっかりしちょった!」
「ご、ごめんねみっちゃんわざわざ……!」
「……ううん。気にしないで大丈夫だよ。箸のことは」
「「は、箸のことは……」」
先にあったのが、燭台切の顔だったのだから。
しかもその顔は笑ってはいても貼り付けたような笑みで、見た一瞬でかなり落ち込んでいるなんてすぐに分かるもの。
そんな燭台切がわざと「箸のことは」と返してきたのだから、陸奥守と珊瑚はそれをオウム返しすることしか出来ず、大倶利伽羅に至っては黙って目を伏せたまま開こうとしない。
それを見た燭台切は一度背を向けて進もうとしたのだが……その後小さくも凛とした声に名前を呼ばれたことでその足をピタリと止める。
「……光忠」
「…………何?伽羅ちゃん」
「……すまん」
「………それは箸のことなのかな?」
「……好きに取るといい」
「……そっか。分かったよ」
体は前を向いたまま少しだけ顔を振り向いてくれた燭台切の目に映ったのは、心配そうな陸奥守と珊瑚の眼差しと、伏せていた筈の目を開いてこちらをしっかりと見ている大倶利伽羅の姿。
しかしその後耳に届いた言葉とその真意を聞けば、それは自分の好きなように取れとの答え。
そんな言葉に対して自分もどちらの意味として受け取るという答えを出さなかった燭台切はゆっくりと前を向き直して去っていってしまうのだった。
まるで……ずっとずっと前からその場に居た3人を置いて、別の道へと進んでいってしまうかのように。
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