揺れる金の瞳
大倶利伽羅から衝撃の話があった次の日の午前。
この本丸の主である珊瑚は皆を集めている大広間へと続く廊下で青い顔をして立っていた。
その手には新しい編成が書かれた紙があり、緊張のあまりかその端はくしゃっと皺が何本もついてしまっている。
「うう……流石に言い辛い……」
「…すまん……俺が読み上げるか?」
「いや、お前だってそうだろう大倶利伽羅……代わりに俺が読み上げても……」
「いや、いい。主は私だし、あの時了承したのも私だし……!うん。よし!行こう2人共!」
これから起こるだろう、これから見るだろう事を安易に想像出来てしまう自分が憎い……と思いながらも。
自分の右隣で申し訳なさそうに言ってきた大倶利伽羅の提案を断り、左隣で早朝に話を事前に聞いていた心配そうな長谷部からの提案も断った珊瑚は意を決して廊下を歩き始め、目の前にある大きな襖を開けた。
そして2人と一緒に皆が集まっている前に立ち、すぅ……と息を深く吸い込んで口を開く。
「みんなごめんね急に集まってもらって。実はちょっと部隊編成を変えたから、その発表をさせてもらおうと思って……」
「へぇー?この本丸で編成変えなんて珍しいねぇ?」
「そうなんだよ次郎ちゃん。でもちょっとね、ずっと固定するのも良いけどそれだとどうしても経験に差が出てくるでしょ?そ、そういうのもあるからね……!えっと、そんな訳で、順番に、よ、読み上げるよ……!」
珊瑚の言葉に素直にきょとーんとした表情で言った次郎太刀に対し、珊瑚はなるべく平常心を保ちながらもどうにか返答したものの。
やはり今からこの紙に書いてあるものを読み上げるとなると先程の平常心は何処へやら……の状態。
そんな珊瑚の隣に立つ近侍の大倶利伽羅は、自分の考えが発端なのもあってかなり珊瑚を気にしているし、長谷部だってあわあわとしてしまっている始末。
でもそれでも、この本丸の近侍であるくーくんが頼んできてくれたのだから……!と脳内で自分に言い聞かせた珊瑚は、どうにか自分の手に持っている紙に目をやりながら口を開いていった。
「まず第三第四部隊は、行く戦場に応じて編成する。その歴史に詳しい子達とか縁ある子達が行った方がいいだろうからね。そこら辺は出陣経験が多い少ないも考慮してその都度考える。あと、日々の遠征に関しては行く所も毎度違うし、挙手制にすることにしました。後で長谷部が専用の書類を用意してくれるから、その遠征の隊長になる子は行く前に編成を書いて私に提出する流れね」
まずは第一第二以外の編成についての考えや説明を終え、集まっている皆がそれぞれ「なるほど」と納得したように頷いたりしてくれているのを見た珊瑚は取り敢えず一安心といったところだった。
しかし正直問題が出始めるのはここからで、隣に立っている大倶利伽羅からの「いつでも代わる」といった視線を感じ取った珊瑚は、そんな大倶利伽羅に大丈夫だと言いたげに首を横に振ってから顔を前に向き直して再度話を続ける。
「そして次、第二部隊。名前を読み上げるね。……部隊長、へし切長谷部。残り五振りの隊員は……次郎太刀、同田貫正国、和泉守兼定、堀川国広、信濃藤四郎。以上」
「わぁ!第二部隊だって兼さん!一緒に頑張りましょうね!」
「おう国広!まぁ俺がいるからには大船に乗ったつもりでいるんだな!信濃もよろしく頼むぜ!」
「うん!秘蔵っ子の俺にお任せあれ!頑張るよ!」
「……よし。ちなみに今回から俺の隊に新規で入る和泉守と堀川は以前に陸奥守が政府から受けた任務にて実戦の豊富さと実績があることを踏まえて俺が選出した。短刀である信濃も遠征にての実戦経験が豊富なことを考慮してだ。変わらずの同田貫に関しては特に不満は無いが、次郎太刀……お前はくれぐれも……分かっているな?」
「え?あっはは大丈夫だよぉ〜今後も任せときなって!あたしにはこのお酒ちゃんがいつでも一緒だし!」
「それだ馬鹿野郎!!!」
急遽だったにも関わらず、早朝から今までのたった数時間でバランスを考えて自分の隊である第二部隊の編成を考えてくれた長谷川がどれだけ頼りになるか……それにこうして緊張の場を少しでも和ませてくれ……ていると信じたい珊瑚はその勢いでとうとう今日一番の問題である第一部隊の編成を読み上げる決意を固め、また再度口を開いた。
「そして第一部隊。部隊長、大倶利伽羅。残り五振りは……陸奥守吉行、鯰尾藤四郎、鶴丸国永、……肥前忠広、南海太郎朝尊。……以上」
「「っ……え……?」」
編成を読み上げた途端。
聞こえてきたのは燭台切と太鼓鐘の呆気に取られてしまったような声と、ざわざわとした他の男士達の声。
それはそうだ。この本丸の全員がずっと固定でやってきたこの第一部隊にこんな変更があるとは予想もしていなかったのだろうから。
想像通りのその反応に思わず目を細めてしまった珊瑚は、主として目を背けてはいけないと心では分かっていても、どうしても例の二振りの顔を見ることが出来なかった。
すると、やはり納得がいくわけないのだろう太鼓鐘は上手く言葉が出ない燭台切に変わって立ち上がり声を上げる。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ主!なんで俺とみっちゃんが第一部隊じゃなくなってるんだ?!別に肥前達だって強いのは分かってるけど!それにしたって第二でもないって……!自惚れじゃないけど、俺達の強さは知ってるだろ?!何でなんだよ?!」
「それは……その……、」
「っ、答えてくれよ主!!……伽羅も!なぁ!何か言ってくれよ!!」
「……分かった。俺が話す」
「……くーくん……」
太鼓鐘が声を上げているその様子を。
周りの男士達は疑問に思っていたり心配そうに見ていたりしている中で、鶴丸と肥前、南海は静かに見守っている状況。
同じ伊達組の鶴丸が意見やフォローをせずに見守っている理由は分からないが、きっと肥前達に関しては事前に陸奥守から昨日の内に話を聞いていたのだろう。
そして未だに燭台切はショックを隠しきれないという表情で黙ってしまっており、太鼓鐘に関しては納得がいかないというように両手を強く握り締め……理由が言えずに言葉に詰まってしまっている珊瑚から、今度は縋るように大倶利伽羅へと声を掛けた。
「……なら……伽羅ちゃん、君の意見はどういうものなのかな?」
「そもそも今回の編成に関しては、俺が珊瑚にあんたらを外してくれと頼んだのが発端だ」
「……は?……ちょ、何言ってんだよ伽羅……?そんな冗談今は必要な、」
「この場でそんな冗談を言う筈ないだろう。肥前と南海を選んだのも俺だ。急に編成されてもこの二振りなら問題なく陸奥守と連携が取れる上に、陸奥守が受け持った例の任務での実績もある。肥前は元々第二部隊にいたが、これ以上強くなれんところまで来ていたからな。故に急に俺達の隊に入ったとしても即戦力になる。南海に至ってはこの部隊で安定した状況の中更に実戦経験を積めるだろうと考えただけだ」
「な、んだよ……それ……?何なんだよ……何でだよ伽羅……!」
誰もが分かる不穏な空気。
その中で唯一燭台切と太鼓鐘の表情はとても寂しそうなものだった。
しかしそんな二振りから視線を向けられていても、大倶利伽羅はその揃いの金の瞳こそ合わせてはいれど、これ以上言うことは何もないと言いたげに黙ってしまっている。
そんな空気に耐えきれず、見ていられず……思わず視線を逸らしてしまった珊瑚を救ってくれたのは声を上げてくれた陸奥守と長谷川の二振りだった。
「話はもうないろう?ならわしはちっくとばかし珊瑚と万事屋に用があるき、先に戻るぜよ。ほれ、行くぞ珊瑚」
「え、あ、う……うん……!」
「……なら話は以上になる。この場は解散して、迅速に皆それぞれの持ち場に戻るように。第二部隊の奴らはこの後俺の部屋に来い。今後の方針を練るからな」
解散を伝えた長谷川の手を叩く音を最後に。
万事屋に行く用事など無かった筈なのに、咄嗟に機転を利かせて助けてくれたのだろう陸奥守に手を引かれながら思わず振り替えった珊瑚が見たものは、それぞれ自分の持ち場へと散り散りになっていく男士達と……
拳を握りしめ、唇を噛み締め、今にも泣きそうになっている太鼓鐘の肩に……同じく寂しそうな表情で優しく手を置く燭台切の姿。
そして、先程まで頑なに凛としていた筈の大倶利伽羅……くーくんの、申し訳なさそうな後ろ姿だった。
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