嵐の中





時間は少し流れ、現在。
珊瑚が大倶利伽羅に何かあったという事実をピシャリと言い当てた事で間の抜けた声を揃ってあげてしまった陸奥守と鯰尾は、珊瑚の指示で素直に大倶利伽羅を引っ張ってここまでどうにか連れてきたのだった。

ちなみにここに来るまでに……どう考えても嫌な予感しかしなかった彼は陸奥守からは腕を引っ張られ、鯰尾には背中を押されている中、それはもう必死に踏ん張り続けて最終的には柱に掴まってまでして抗い、まるで嵐の中にでも立ってるんですかとばかりな状況を作り上げ……そしてそれを偶然通りかかった肥前に「は?なに怖……」というような目で見られたのは秘密の話だ。

そしてまたちなみにそんな彼には口封じの為に今夜の筍料理を大盛りにすると近侍から咄嗟に約束されているので変に広まることはないだろう。




「大倶利伽羅さんもどうにか連れてきた事だし……じゃ、じゃぁ俺はこの辺で!」


「鯰尾ー、待ちぃー。今ここで逃げたら大倶利伽羅との鍛錬禁止令を出しちゃるぞ?」


「俺はそれで結構なんだが」


「さぁドンと来い!!過去なんて振り返ってやりませんからね!」


「過去を振り返る話なんやが」




そんな隠れたエピソードがあった後に今に至るのだが、その後こうして軽く漫才のような会話がある中でも珊瑚はいつものように笑うことなく、ただただ目の前の大倶利伽羅をジト目でじぃーーーー……と見詰めている。

そんな視線に耐えられないのだろう、大倶利伽羅はバツが悪そうに目を伏せ、その眉は時折ピクリと動いてしまっている。
出会った頃に比べるとまるで嘘のような光景だが、それを素直に喜べる程の状況であればどんなに良かったことか。




「……それで?くーくんは何があったの?」


「別に何もな、」


「何も無かったらそんな顔してないしそもそも普段クールなくーくんがそんな事になってないでしょ!何その両手!」


「逃げないように隙をついて俺の髪紐で結んだ」


「……チッ……!」


「強うなったのぉ珊瑚……あの大倶利伽羅が尻に敷かれちょる」


「残念ながら感心してる場合じゃないんですよ陸奥守さん」




どうやら大倶利伽羅。
肥前と交渉をしている間に鯰尾によって光の速さで両手を縛られていたらしい。流石の極めた脇差である。
そんな状態で珊瑚に詰め寄られてしまえばぐうの音も出ないのだろう。
舌打ちするのが精一杯な彼を見た陸奥守は観念しろとばかりに大倶利伽羅の背をぽん!と叩いてみせた事で、大倶利伽羅はため息をつくように長く息を吐くと、やっと珊瑚の目を見て口を開いた。




「……別に、あんたに隠し事をしようとか思っているわけじゃない。ただ、まだ言う必要がないだけだ」


「なら良いけど……まだってどういうこと?そもそも出陣先で何があったの?それにこの間からくーくんちょっと変だし……でしょ?むっちゃん」


「まぁそれは、ほれ。なんや……その、あれじゃ!近侍としてもそうやが、大倶利伽羅には大倶利伽羅の感じ方があるゆうか考え方があるっちゅーかぁ……なんてゆうかのぉ……あー、ちっくとばかしそげなやり取りが燭台切達とあっただけで、珊瑚が心配しちょるようなもんやないき!なっ!大倶利伽羅!」


「……まぁ、そうだな。それに元々ある程度俺の中で考えが纏まったらその時にあんたに話そうと思っていたんだが……こうして無理矢理連れてこられた」


「くーくん……!なんか成長した……?!」


「二匹竜王くらいにはなってるんじゃないですか?」


「俺を分裂させるな」




珊瑚の問いに対して事細かにどういうやり取りがあった等の事は言わないにしても、どうやら大倶利伽羅は大倶利伽羅なりに考えが自分の中で纏まった時にきちんと珊瑚に話はするつもりだったようで。
それを聞いた珊瑚は感動のあまり頬を染めて両手を組みながら惚れ直した!とばかりに大倶利伽羅を見詰めているし、速攻で空気が柔らかくなったことに安堵した鯰尾もいつも通りの調子に戻ったようだ。

こんな事になるならば別に無理矢理こうして連れてくる必要はなかったのかもしれないが、ここ数日の大倶利伽羅に対して心配が募っていたのだからここである程度話をさせたのは正解だったのだろう。
それなら取り敢えず今はこの辺にして、大倶利伽羅の考えとやらが纏まった時に再度詳細を……と思った面々だったのだが……




「纏まったら、と思いはしていたんだがな。悪いが、今の時点で珊瑚に頼みたい事が一つある」


「?別に構わないけど、頼みたいこと……って?」




しかしそれは……次に発せられた大倶利伽羅の一言によって事態は急展開を見せる。






「第一部隊から、光忠と貞を外して欲しい」






今、なんて、言った?
誰もが自分の耳を疑って、誰もが言葉の意味を疑って。
そして誰もが目の前にいるこの男が誰かと疑ってしまうくらいには、その発言は信じ難いものだった。

だってそうだろう。目の前にいるのは元は伊達政宗の刀で、馴れ合うつもりは無いと日々言いながらもずっと縁のある者達と組んで顕現当時からずっと共に戦い抜いてきたのだから。

そんな彼が、どうして同じ伊達家伝来であるあの二振りを自分の隊から外してくれだなんて頼む?
可笑しい、可笑しいだろうそんなの。本人だってそんな事をしたら主戦力に大幅な穴が空いてしまう事くらい分かっているだろうに。




「ちょ、ちょっと待ってよくーくん!な、なんで?!」


「そうですよ大倶利伽羅さん!そんなっ、何もそこまでしなくたって……!あの時は偶然陣形が不利だったのもそうだし、あの時の発言だって本人達に悪気は……!」


「そうじゃ!!おまっ、何を拗ねちゅう?!そげな男やないやろう?!」


「何を勘違いしているかは知らんが、別に拗ねているわけじゃない。拗ねるわけないだろうが。……ただ、少し様子を見たいと思ったからこそそう頼んでいるだけだ」


「様子……って……?」


「悪いが、今はまだこれ以上の事は言わん」




しどろもどろになりながらも、何とか理由を聞いたり説得しようとしたりする3人だが、その言葉に対して大倶利伽羅は特にこれと言って詳しくは答えてくれそうになかった。
取り敢えずは何か考えがあっての事で、マイナスな意味ではないようなのだが、それにしたとしても本当にあの部隊から燭台切と太鼓鐘を外してしまって大丈夫なのだろうか?
それを珊瑚が考えていれば、同じように考えていたらしい陸奥守が声を掛ける。




「けんど、そこに空いた穴は一体誰が埋めるっちゅーんや?今の第一部隊は長いこと一緒で連携も取れちょるし……大倶利伽羅やってあいつらが居らんとやりづらいのは確かやないがか?」


「……何もそこは俺との連携を絶対条件にしなくてもいいだろう」


「いやまぁ確かにそうやし、わしと鯰尾も大体の戦いの流れとか、おまんの剣術や癖は把握しちょるし……鶴丸も居るしな……そこらの心配は要らんのか」


「まぁ言われてみれば……確かにそれはそうかもだけど、それなら現時点で大倶利伽羅さんは一体誰を入れようと考えてるんです?」




何も新しく入る刀にまで連携を求める必要は無いと答えた大倶利伽羅に対して、近侍としての頼もしさを感じると共に……あの大倶利伽羅がちゃんと部隊の皆を信頼しているのだなと伝わった珊瑚は黙って男士達の会話を聞きながらも嬉しく思った。
まぁそれでも複雑な心境なのは変わらないのだが、確かに鯰尾の言った通り、その穴を一体誰に埋めてもらうのが得策なのかという問題が生じる。

もうこれは長谷部にも相談に乗ってもらった方が……と考えた珊瑚だったのだが、それよりも先に大倶利伽羅は凛とした表情で真っ直ぐ目の前で考え込んでいる彼を見つめると、まるで嵐が過ぎ去った後のような静けさを思わせるはっきりした声でとある男士の名を二つ上げたのだった。



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