落ちる笹の葉





月が照らす静かな夜の竹林。
音を奏でるのは鋼と鋼がぶつかり合って擦れる音と、天から無限に落ちてくる笹の音。
そして落ちてきた無数の笹の葉が構わず踏まれることでザリザリと鳴る。

そんな中で遡行軍と対峙している第一部隊の面々は、目に入る者を自らの判断で対処しているところだった。




「そっち行ったぞみっちゃん!!」


「分かってるよ貞ちゃん!!っと、あぁもうビックリした……!!」


「っとととと!!だぁぁ悪い!逃がした!」


「っ……!ごめん僕も間に合わないっ!」




飛び出してくる敵を斬って、斬って。
勝てないと判断したらしい残りの敵が数体抜け出そうとしたのに気づきはしたものの……お互いを庇いながら連携をとっていたのが仇となってしまった燭台切と太鼓鐘は直ぐに相手を追うことが出来なかった。
しかし遅れを取ってでもここで追わなければ、きっとこの優勢にある状況が崩れてしまう。

太鼓鐘と燭台切は咄嗟に走って敵を追いながらも、内の心は焦りで満ちていた。
気配を感じただけでも足の速い鯰尾は逆の方向に居るし、割りと近くに居る陸奥守だってこんな狭まった竹林の中では銃は使えない。
鶴丸は何故か何処を見渡しても見当たらないし、一体どうしたら……




「チッ……逃がすか……ッ!」


「!伽羅ちゃん!!」




焦りに焦って無我夢中に走っていたそんな2人だったが、ふと頭上からギギ……と竹のしなる音が聞こえたのに気づいたと同時に現れた大倶利伽羅の姿に安堵の表情を浮かべた。

そのまま大倶利伽羅はしならせていた竹に掴まっていた手を離し、竹が戻るタイミングに合わせて乗っていた竹を蹴って相手に飛び掛り、スピードも乗ったその勢いを使って何とか抜け出した敵を空中で全て仕留めて着地する。
そんな大倶利伽羅を見た太鼓鐘は目をキラキラとさせて大興奮の様子。




「伽羅すっげぇ!!なんだあれ?!」


「助かったよ伽羅ちゃん!僕達とした事がごめんね!」


「陸奥守さん今の撮った?!撮った?!」


「撮ったぁー!!戻ったら珊瑚に見せちゃろう!!」


「あんたは撮ってる場合か……」


「銃が使えんくてひねくれちょった」


「子供か」




背を向けていた大倶利伽羅が振り返ったと同時に集まってきていたらしい面々はそれぞれ楽しそうに会話をし、陸奥守に至っては一部始終を録画していたらしいのだから大倶利伽羅は呆れて片手で両目を覆ってしまう始末。

すると、そんな皆の真ん中に舞い降りるかのように鶴丸がストンと着地してやっとその姿を現した。




「いやぁー見事見事!俺が土産の筍を探している間にあんなもんが見れるとはな!」


「はぁ……何だっていいが、用が済んだならさっさと帰るぞ」


「早く主にさっきの勇姿を見せたいんだろう?分かってる分かってる!いやあーんくーくんカッコイイ!もう!お・ちゃ・め!素直じゃないんだからあッッだあ?!?」




カッコよく登場した癖に最後は茶化し過ぎて脳天からスコーン!!と目玉が飛び出る勢いで大倶利伽羅から鉄拳を食らった鶴丸は頭を両手で抑えてしゃがみこむ。しかし完全に自業自得なので全員無視である。

そして鶴丸が立ち上がった途端に皆はそれぞれ持っている本丸に繋がる小型の装置を取り出した。
無事に任務は終わった。後は帰るだけ……特に怪我人も出ていない事を確認した大倶利伽羅がそう思った、その時。
2人の口から何気なく出た言葉を聞いた大倶利伽羅は、思わずその手を止めてしまった。




「いやぁー剣術訛ってんのかな?やらかしたなー」


「そうだねぇ……でも伽羅ちゃんのお陰で何とかなったし、帰ったら新作のレシピでも考えようかな!」


「お!それいいな!どうせなら派手に飾り付けできるのがいい!よぉーし!ちゃちゃっと風呂入っちまおう!!」


「あっはは!そうだね!伽羅ちゃんが居てくれると心強いから、安心して好きなことが出来るんだよね!」




……なんだ、今のは。
素直にそう思って、目を見開いて。
パッと顔を上げてしまった大倶利伽羅のその瞳に映ったのは、燭台切と太鼓鐘が本丸へと戻った後に少しだけ残った桜の花びらと、未だ無数に降り注ぐ笹の葉の雨があったのみ。

信じられない……とでも言いたげなその表情は、大倶利伽羅と同時に帰ろうとしていた陸奥守と鯰尾、そして鶴丸もあまり見たことがないくらいのもので、陸奥守と鯰尾はどう声を掛けたら良いのか分からずに思わずお互いの顔を見合わせてしまっている。
しかし鶴丸だけは黙って大倶利伽羅を見つめており、その表情はまるで大倶利伽羅から何か言葉を聞こうと待っているようだった。

しかし数秒待っても大倶利伽羅から言葉が出る事はなく、どうにかフォローしようと動いた鯰尾が弱々しくだとしてもおずおずと声を掛けた。




「あの、大倶利伽羅さん……ほらその、あの2人もさ、勿論悪気は……」


「っ……分かっている……そんな事は。……だが、」




だが……その後ゆっくりと、ゆっくりと。
大倶利伽羅から呟かれるようなその言葉は、役目を終えて落ちていくだけの……




「…………楽しそう……、だな」




寂しさを感じる笹の葉の音に掻き消されるくらいに。
弱く、寂しく……儚かないものだった。























「あ?!やっと帰ってきた!どうしたの皆!先にみっちゃんと貞ちゃんだけ帰ってきて、あれ?他の皆は?!って一緒に凄い心配してたんだから!」


「そうだよ!早々に装置起動しちゃった僕達が悪いけど……!ごめんね?!もしかしてあの後敵の増援とか……!」


「すまざったにゃー!ちっくと探しもんをしちょって!」


「え、探し物……って、それ全部筍?!」


「そうそう!頑張って探したんだよーこの筍達!凄いでしょ!」


「なぁーに!帰り際に光坊達が新作を考えるってんで、驚きのサプライズを用意してやろうと思ってな!これだけ採れたし今夜は筍を使ったもんにしてくれ!」


「何だそういうことだったんだね?もうビックリした……!でも無事で良かったよ。それなら今日は腕によりをかけて筍料理のフルコースを作るからね!」




あれから暫くして遅れて帰ってきた大倶利伽羅達は、物凄い心配していたらしい珊瑚達の出迎えに対し、全てを遮るように土産の筍を目の前にドン!と置いてみせた。

そのハイテンションに任せて鶴丸は黙っている大倶利伽羅の肩と同じくハイテンションで珊瑚に余計な心配をかけまいとバレないようにしている陸奥守の肩を後ろからガバッ!と抱いて笑顔を見せてくれている。
鯰尾に至っては珊瑚の手を取って自分の頭の上に乗せて強制よしよしを要求して燭台切達の気を逸らしてくれていた。

そんな面々を見て、黙りはしていても大倶利伽羅も内心落ち着きを取り戻していたのだろう。
珊瑚に「報告書は簡易的だが出来ている」と告げ、箇条書きでまとめてある紙を渡して着替える為に自室へと戻っていき、それに合わせて陸奥守と鯰尾も珊瑚の背中を押して「分からないところがあれば口で説明する」と上手くその場から離れてくれ、これでどうにか珊瑚に心配を掛けることはないだろうと安心していたのだが……




「この報告書を見ても分からないところがあるんだけど」


「ん?何処や?」


「何でも聞いてよ!」


「くーくん、何かあったでしょ」


「「…………え」」




……前言撤回。
自分達の主には、近侍と想いあって暫く経つこの女性には。
どうやら誤魔化すのは中々に難しかったようだ。




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