一歩離れて
世界を照らす太陽、さわさわと木々を揺らす風。
ホースから流れる水は口を指で狭めてやれば勢いを強めて遠くの方まで飛んでいく。
その飛沫は大きく実った野菜達にかかり、キラリと輝いて落ちていく。
そんな空間でテキパキと作業をこなすのは、この本丸の畑ではお馴染みの伊達の刀達。
そして今日も今日とて輝いているのは、何も野菜達だけではなかった。
「あ。伽羅ちゃんそこに置いてある籠はこっちの荷車に乗せてくれる?」
「分かった」
「あ。貞ちゃんのはこっちの荷車の方だよ!」
「おーけいおーけいっ!」
「ありがとう2人共!……んーっ!風は気持ち良いしトマトくん達は太陽に照らされて輝いているし良い艶もしている。そこのピーマンくん達もあともう少ししたら美味しく料理してあげるからね!茄子くん達は調子どうだい?え?なるほどもっと水が欲しいのかな?」
そう。今日も今日とて輝いているのは、この燭台切光忠。
近くにいる大倶利伽羅との温度差等気にも止めずに絶賛目の前の野菜達とファンタジーなやり取りをしているこの燭台切光忠である。
そして大倶利伽羅と太鼓鐘はそんな燭台切から受けた指示に従って今日の料理に使うらしい野菜達が入った籠をそれぞれの荷車に分けて乗せている最中。
何故野菜をわざわざ違う荷車に分けているのかと言えば、それは燭台切曰く「皆のそれぞれの体調や出陣予定に合わせて使う食材を変えてみようと思うんだ」とのこと。
「何かもうここまでくるとシェフってよりか栄養士だよな」
「否定はしないな」
シェフというよりも栄養士。
燭台切がノートを見ながらそれぞれのレシピを記入していくのを見ていた太鼓鐘がそんな事を言えば、それには大倶利伽羅もつい頷いてしまった。
新しいレシピだけでなく本丸の刀それぞれメニューを変えようとまでしているなんて大変だろうに……と一度は思いはしたが、あのキラキラワクワクとした表情を見てしまえばそんな心配など何処かへ吹っ飛ぶというもの。
「いやぁでも、みっちゃんが楽しそうで何よ、」
「……あぁあ?!?!」
「えっ、!どどどどうしたみっちゃん?!俺何か間違えたか?!」
「ミミズくんこんにちは!いつも土を健康にしてくれてありがとう!!」
「いやミミズかよっ!!!」
楽しそうで何より……と太鼓鐘が言おうとした言葉を遮った燭台切の叫び。
しかしそれは叫びというよりもどうやら感動か何かの類だったようで、野菜だけでなく今度はまさかの土から顔を出したミミズに対してまで彼はファンタジーなことになっている。
しかしこれがきっと彼にとっての味方のミミズではなく土竜だったのならどうなっていたかは分からないが。
「……よし。ミミズくんに挨拶もしたし、取り敢えずこの荷車を本丸まで持っていかなきゃね。籠を降ろして空にしたらまた持ってくるから、貞ちゃん達は休憩しててよ!ついでに麦茶とか持ってくるからさ!」
「そうか?悪いなみっちゃん!なら伽羅、お言葉に甘えて一休みしよーぜ!」
「そうだな」
燭台切が帰ってくるついでに麦茶を持ってきてくれるからと、その言葉に甘えて近くの長い屋根付きベンチに座った太鼓鐘は、燭台切が荷車を押していって見えなくなると、ふう……と息を吐いて立ったままの大倶利伽羅に手招きをする。
そんな太鼓鐘に何かあるのかと思った大倶利伽羅がその隣にストン、と腰を降ろせば、太鼓鐘はウキウキとした表情で声をかけた。
「なぁなぁ伽羅」
「何だ」
「最近のみっちゃん、どう思う?」
「……どう……か。……そうだな、楽しそうだとは思うが」
「!そうだよな?!楽しそうだよな?!だよなーそうだよな!!へへっちょっと愉快な事になってる気がしないでもないけど!まぁ俺的にはそれも嬉しいっていうかさ!」
「……そうか」
ウキウキ、ワクワク。
そういった気持ちが大倶利伽羅にも分かるくらいに太鼓鐘は足までもブラつかせて楽しそうに笑う。
そんな太鼓鐘を見た大倶利伽羅は、返事こそきちんとするものの、何処か上の空のような雰囲気だった。
しかし太鼓鐘はそれに気づかないくらい上機嫌なのだろう、昨日のみっちゃんはこうであぁでと更に楽しそうに話をし始める。
すると大倶利伽羅はふと、少し戸惑いながらもそんな太鼓鐘に対して今度は自分から質問をした。
「……貞、」
「んー?」
「……貞は、そんな光忠が好きか」
「……え、ええ?何だよ急に!伽羅がそんな事聞いてくるなんて……ちょっとビックリだけど、いやでも、そりゃそうだろ!だって俺はさ!」
「……」
「みっちゃんの相棒だし!!みっちゃんが楽しそうなら俺も楽しいからさ!俺はあぁいったみっちゃんを見てるの好きだなって思うぜ!」
「……、……そうか。分かった」
「…………な、なんか急に恥ずかしくなってきたな……っちょ、ちょっと俺やっぱりみっちゃんの手伝いしてくる!!ったくー!伽羅が変なこと聞くからだぞ!!麦茶待っててくれよー!!」
「いいから早く行ってこい。……余計な物は入れるなよ」
「……バレた?あはは!まぁそういうわけで!行ってくるー!!」
大倶利伽羅からの突然の質問に驚きつつも、思ったことをそのまま答えた太鼓鐘だったのだが、我ながら中々に恥ずかしくなってしまったのだろう。
ベンチからひょいっと飛ぶように降りると、頬を少し赤く染めたままの状態で軽く会話をした後に逃げるように走っていってしまった。
そんな太鼓鐘の小さくなっていく姿を今度は大倶利伽羅が見送り、完全に見えなくなるとジト目になって自分が座っているのとは反対の端に目をやった。
「……………………あんたはいつまでそうしてる」
「いやぁーこのベンチ寝心地が良くてなぁー。あと五時間程寝かせてくれ」
「このベンチを作ったことは感謝するがな。珊瑚の真似までしなくていい。起きろ」
「寝かせてぇーくーくぅーん」
「大体珊瑚の眠気はとうに解決しただろうが」
「なら一緒にお昼寝しよー?お昼寝だけじゃなくて、出来れば夜も毎日一緒に寝たいなぁー……なぁんて思っ」
「そんなに頭に瘤を作りた、」
「嘘です起きます。……はっはっは!まぁ茶番はここまでにしてだ。……悩みが尽きないなー近侍さんよ」
ベンチの端に寝転がる白い物体こと鶴丸国永は、最初こそ自らの声だったのだが、途中からふざけたくなったのだろう。
その後発せられたのは裏声での珊瑚の下手くそな真似と言いそうで言わない言葉。
その絶妙なバランスの下手な真似に大倶利伽羅は立ち上がって無言で鶴丸の方へと体を向ける。
すると鶴丸は慌てて麦わら帽子を顔から退けると、むくりと起き上がってベンチの肘掛けを使って頬杖をしながら大倶利伽羅に言葉を返した。
そんな鶴丸の調子の良さにため息さえつくものの、大倶利伽羅は再度ベンチに座り直す。
「……別にそんなんじゃない」
「しかし何かしら思うところはあるんだろう?この間から上の空が多いぞ?」
「そんなつもりはないが」
「お前さんがそう思ってても雰囲気がそんな感じなんだがなぁ。まぁ俺はあまり心配していないが、後で陸奥守か主辺りが何か言ってくるかもしれんぞ?」
「!……」
「あの2人がお前さんのちょいとした変化に気づかんわけがないだろう?……ま。あんまり心配を掛けないことだな!素直になってくれる相手には、自分も素直になったってバチは当たらんだろうさ」
初めこそジト目で呆れたような視線をしていた大倶利伽羅だったが、段々と驚きと確信を突いてくる鶴丸のその言葉で大倶利伽羅はついその瞳を伏せてしまう。
別に隠そうとしたわけではないのだが、どうやら陸奥守と珊瑚には自分が何を考えているのかは分からなくても、その考えている状況には気づかれていたらしい。
自分がまだまだ未熟なことを痛感したと同時に、余計な心労でもかけてしまったかと内心反省していれば、タイミング良く燭台切と太鼓鐘が荷車と人数分の麦茶を持って帰ってきたことで、鶴丸との話は自然にそこで仕舞いとなった。
「この本丸の近侍はお前だぞ、伽羅坊」
この、鶴丸の……仲間と言うよりも何処か親のような……いや、一歩離れて行った雰囲気を纏った眼差しと言葉を最後にして。
(麦茶にレモンと林檎と桃の缶詰と蜜柑シロップを入れてきたぜ!)
(それはもう麦茶ですらない)
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