焼け野の雉夜の鶴
「そっちそっちー!あーもうちょい左!……そうそこそこ!」
「おーい長谷川ぇー!これは何処に置いたらえいー?」
「それは入口の左側だ。ついでに蔵で粟田口達が使っている折り紙を持ってきてくれ」
「あいよぉー分かった!!行ってくるぜよー!」
「屋根裏から行くといいぞー!」
「おお!それがえいのぉ!!」
「良くないわ!!廊下を歩いて行ってこい!!!」
わいわいがやがや。
いつもの通り……いや、それよりも更に騒がしい今日は本丸の皆が一丸となって何やらあっちに行ったりこっちに行ったりと忙しなく動いている。
それを指揮している長谷川は何やら事前に必要なリストを纏めている紙を片手に持ちながら物凄い機動の速さで陸奥守と鶴丸に「廊下を歩け」と怒鳴っていた。
それはそうだろう。昨日あんなことがあれば持ち前の機動をフルに使って阻止するのは目に見えている。
ちなみに昨日あったあんなことがどういう事かと言うと……
「長谷川も中々に楽しかっただろ?屋根裏誘拐ごっこ」
「楽しいわけがないだろう!!大体な?!蜜柑もまぁ分かる!酒も分かる!ずんだ餅も分かる!!それなのに何故俺は食べ物ではなく「家計簿」なんだ!!」
「えー?長谷川と言えばケチ臭いからめちゃくちゃに金額を偽造した家計簿を置いておけば釣れるだろう?」
「釣れ……た俺が憎いッ!!!!!というか誰がケチ臭いだその理由は大体お前が一番だからな?!!」
会話の通り鶴丸に釣られたからだった。
ちなみに酒で釣られたのは言わずもがな次郎太刀である。
そして長谷川を釣る前に各々の好物を用意していた鶴丸だったのだが、長谷川の好物は何だろうと考えた時に真っ先に思い浮かんだのが金に関することだったらしい。
釣られたこともそうだが、それに対してが一番不服だったと大声を張る長谷川は今にも頭から湯気が立ち上りそうなくらい今日もキレッキレであり……それを助けようとはしてくれている肥前も南海が余った部材で何かしようとしているのを発見してそれどころではなくなったようだ。
「ここは何処だ?!主、主は無事か?!きゃー助けて長谷川!!あ、あ、あ、あ、主?!主?!?!お待ちください主!今この俺が助けます!!くそっ!真っ暗で何も見えん!!大倶利伽羅!大倶利伽羅は何をしている?!大倶利伽羅!近侍っ!!!きんっ、大倶利伽羅ぁぁぁー!!もごもごもご」
「再現をするなというか今思えば下手くそな主の真似だな?!」
「忠義者だなぁお前さんは。その調子で励むが良いぞ」
「いや忠義を尽くすのは当たり前……って何様だ貴様は!!」
「そんな馬鹿なことをしていたのか……」
「お前は何をしていたんだ?!」
「?昨日は非番でな。一日珊瑚と蜜柑の世話をしていたが……」
「ブレないなお前は!!!いっそ清々しいわ!!」
「あっははははは!」
何やら準備で急いでいるというのにも関わらず……こうして揃えば漫才のような事になってしまうこの本丸の皆のやり取りを見て聞いていた珊瑚は楽しそうに笑う。
そんな珊瑚を見てしまえば、怒ってツッコミが追いつけなくなりそうだった長谷川も毒気を抜かれてしまったのだろう。
少しだけ微笑んで我に返ると「最終調整だ。時間が無い」と言ってドタドタと普段は走らないように言っている筈の廊下を走り出していってしまった。
「……間に合いはしそうだな」
「おう。後はあいつらの帰りを待つだけさ。今頃近くを仲良く歩いているだろうよ」
「ふふ。早く帰ってこないかな?きっと喜ぶだろうね!」
……そう。この本丸の皆一丸となって何をしているのかといえば、それは今日帰ってくる予定の燭台切と太鼓鐘の二振りを盛大に出迎える為の準備だったのだ。
この通り大広間は派手好きな太鼓鐘の為に煌びやかに飾り付けられ、既に玄関には鶴丸が広げていた玄関天井の屋根裏にくす玉を隠し置いてある。
そして朝早くから皆で作った巨大ずんだ餅は歌仙によっていつ持ってきても大丈夫なように保管されており、準備はほぼほぼ完了している状態だ。
「皆あの2人が帰ってくるのが待ち遠しいんだろうね。手紙で料理の腕も磨いてくるなんて書かれてたんだもん。そりゃテンションも上がっちゃうか!」
「そうだな。手紙が来て割と直ぐに肥前にその話をしたんだが、まぁ張り切ってあいつも更に敵を斬っていたくらいだ」
「はっはっは!そんなこともあったなぁ!……ただまぁ、そうか。……もう六振りになるのか、旅に出たやつらは。……そんなに経ったか」
「?鶴さん……?」
三通目の手紙を見せた時の皆の反応を思い出して笑っていた3人だったのだが、ふと感慨深いかのように1人空を見上げた鶴丸の言葉が気になった2人はお互いの顔を見合わた後に再度鶴丸に目をやる。
すると、鶴丸は何故か庭へと出て一本の桜の木のてっぺんに器用に飛び乗ると……小さく見える大倶利伽羅と珊瑚……そして塀の向こうに見えたのだろうとある二振りの走っている姿を見て満足そうに微笑み、まるで自分にだけ言い聞かせるような声量で呟いた。
「焼け野の雉夜の鶴、って知ってるか?……雉は住んでる巣が焼かれちまうと、子を守るために命を投げ捨ててでも巣に戻って、下手をしたらそのまま死んじまう。……だが、俺は雉じゃない」
「「……?」」
「……俺は鶴。鶴丸国永だ。……鶴はなぁ、寒がってる奴がいると、その白い羽で包んで暖めてやるのよ。……俺は、そうなりたい。そうでありたい。優しさだけが優しさじゃないが、刀剣男士に「在り方」を選べるのなら、俺は必要な時にそうしてやれる「その在り方」を選ぶさ」
「……そうか」
「……うん。鶴さんらしいね」
自分はそんな鶴でありたい。
刀剣男士に「在り方」を選択出来るのなら、自分はその在り方を選びたい。
そう言った鶴丸の全身の白が羽のように風で舞う姿を見上げていた2人は、穏やかな表情でそう返した。
平安時代から存在する……墓を掘られてまでして欲しがる者がいたその美しい鶴。
そしてその鶴は桜の木から降りる前にあと一つだけ、背を向けたまま言葉を放つ。
「……俺の番は、最後でいいんだ。俺は……帰ってきたお前達を包む羽を白く保っていなきゃならん。……子を見守る鶴ってのは中々に在り方甲斐が有るってもんだ。……はっはっは!まぁ産んだ覚えなんざないがな!俺が本当に産んでたならお前さんはもっと素直で百面相もなんのそのだろうよ」
「ええー?くーくんがそうなってたら私どうしてただろう?それはそれでまた面白そうだけどね?」
「想像するんじゃない。……はぁ、見えたんだろう?そろそろ行くぞ」
いつも言わないようなことを言ったかと思えば、やっぱりいつものような下らないことを言って。
満足気に木から降りてきたその鶴は2人を先導するように既に皆も集まっているだろう玄関へと白い装いをなびかせて歩いていく。
そしてほら、宣言通り。
帰ってきたカッコイイ二振りをこれでもかと驚かせるくらい……玄関の扉が開かれた瞬間に勢い良くくす玉を引いて、四方八方に舞う金色のたくさんの折り紙を折角整えたその髪に乗せてしまった二振りに、皆と同時にこう言うのだから。
「「「「「おかえり2人共!!」」」」」
「「ただいまっ!皆!!」」
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