朝露に光る





自分が寝返りを打った時に生じるベッドの軋む音。
その音でゆっくりと目を覚ました珊瑚は、上半身を起こしてぐーっと両腕を天井へと伸ばした。
そしてそのまま二度寝することもなくすんなりとベッドから降りてテキパキと身支度を整える。

今思えば、朝にこうやってすんなり起きれるようになったのは本丸が襲撃された後くらいだった。
定かではないが、きっと封印されていた分の霊力が戻ったことが関係しているのだろう。
確か長谷部の推測では……「体が成長するに連れて無意識に封印に抗おうとして使っていた体力の回復の為だったのでは」というものだったか。




「珊瑚〜!おはようさん!今日の朝はえっぐでべりーぐっどらしいぜよ!」


「むっちゃんおはよー!それ多分エッグベネディクトだね!」


「おー!それやそれ!がっはっは!最近の燭台切は更に腕を上げちゅーやきね!名前が難しいもんが増えたが、今回もげに美味そうやったぞ!ほれ!はよ行くぜよ!」


「今行くー!」




珊瑚が仕上げに髪を梳かしながらそんな事を考えていれば、ふと今日もいつものように扉越しに聞こえる仲良しの初期刀の元気な声と会話をする。
そういえば彼も、前まではお構い無しに扉を開けて中に入ってきていたが、今はノックをしてから入るか扉越しで会話をした後にひと声かけて入ってくるかの二択になった。
きっとそれはくーくんと恋仲になったのを考えてくれているからなのだろう。

そういう所が何とも周りを見ていなそうで実は気遣いに溢れてる彼らしいな、と珊瑚は笑って、扉を開けた先に居たその眩しい笑顔に再度挨拶をしながら2人横に並んで廊下を歩き、階段を降り。
すれ違う鯰尾や長谷部達に同じように挨拶をして厨へと寄る。




「あ。おはよう主!今日は自信作のエッグベネディクトだよ!」


「おはようみっちゃん!あ!本当だ!むっちゃんの言ってた通り凄い美味しそう!」


「そうだぜ!俺も今さっき食べたけど、めちゃくちゃ美味くて鶴さんと「こいつは驚きだ!」って声に出たもんな!」


「あはは!初めて作ってみたから少しドキドキしていたんだけどね、そう言ってもらえると嬉しいよ。はいこれ2人の分と……あ。それからそろそろ伽羅ちゃんの朝恒例のあれが終わる頃だから、一緒に持っていってあげて!」


「ん!朝恒例のあれだね!分かった!ありがとうみっちゃん!」


「がっはっは!まっこと大倶利伽羅は精が出るのう!」




いつものように厨にいる燭台切と貞ちゃんと会話をし、3人分のエッグベネディクトを見た珊瑚と陸奥守はその蕩けた黄身が朝日に照らされてキラキラと金色に輝いているのを見て、あまりの感動に同じく瞳を輝かせる。
朝からこんなに美味しそうなものが食べれるなんて、どれだけ幸せなことだろうか。確かに最近の燭台切は前に比べて何倍にもその腕を上げている。

そしてそこにいる全員には詳細を言わなくても伝わってるいる「大倶利伽羅の朝恒例のあれ」がどんなことかと言えば、それは……
















「……あ。いたいた……!」


「毎度珊瑚も飽きんのお」


「えへへ、だって毎日見ててもカッコイイんだもん」




コソコソと縁側の柱から顔を出し、こちらも毎度同じ会話を繰り返す珊瑚と陸奥守の視線の先。
そこには静かな中庭の中心に立ち、足を軸にしてその切っ先で早朝の深く凛とした空気を斬る大倶利伽羅の姿があった。

その研ぎ覚まされた肉体と刀。そして長い前髪からチラつく金色の瞳は……斬られた空気の残痕で飛び舞う朝露の中でそのカッコ良さを何倍にも増幅させている。

そんな大好きな彼のカッコイイ姿を今日も今日とてその瞳に焼き付けた珊瑚がちょいちょいと無言で陸奥守の裾を引っ張れば、陸奥守は「あぁ堪能したのか」と笑って未だに集中している大倶利伽羅のその背に声を掛けた。
まぁ集中していたとしても気づいてはいるはずだが、大倶利伽羅も大倶利伽羅で珊瑚の反応を知っているからか照れくさいのだろう。
ちなみにこれを珊瑚に教えれば最後、陸奥守の頭には大きなたんこぶが出来るのが分かっているので彼は今後も絶対に言わないだろう。




「大倶利伽羅ぁー、おはようさん!今日の朝はえっぐべねでーとやぞ!」


「……惜しい。エッグベネディクトだろう」


「かーっ!!なして完璧に言えるんじゃ?!」


「昨日光忠が調べていたのを横で見ていただけだ。……おはよう」


「ん!おはようくーくん!はいタオル!」


「あぁ。……今日も目覚めは良かったのか?」


「うん!今日も気持ちよく目が覚めたよ!やっぱり長谷部の言った通りなのかもね!」


「そうか」




陸奥守に淡々と言葉を返す中でも、先に「惜しい」と言ってくれる辺り、馴れ合わないとよく口にする大倶利伽羅にしても陸奥守はそれくらいの仲なのだろうが、本人も言われた側もそれに気づいていない辺り珊瑚は2人らしいなと心の中で嬉しそうに笑いつつも縁側に畳んで置いてあったタオルを広げて大倶利伽羅に渡す。

そのタオルを受け取って軽く顔を拭きながら珊瑚に目覚めのことを聞いた大倶利伽羅はその答えを聞くと、「そうか」と口にして自然に優しく微笑んでくれた。
その優しく細められた金色の中に頬を染めて照れ笑いする珊瑚が映っているのを見た陸奥守は、今日も今日とてお似合いじゃと思うのと同時に、エッグベベ……エッグデ……エッグベネデー……もういい。取り敢えず美味そうな卵の何か。それを早く食べたいのだと片手で器用に持っていたお盆に乗っている3人分の朝食を2人に見せてそれを急かした。




「イチャイチャもえいけんど、早う食べんとこいつが冷めてしまうが!ほれ!」


「も、もう!からかわないでよ!でもそうだよ暖かい内に食べなきゃ!くーくん、早く食べよう!」


「そうだな。食べるか…………随分美味そうだな」


「ね!最近のみっちゃんは前よりもワンランク上の料理に挑戦してるみたいでさ、何だか特に楽しそうに見えるよ!……んんー!美味しいーっ!!」


「ほにほに!んんー!これは美味い!!んぐ。でもそうやのお……確かに最近の燭台切は前よりも楽しそうじゃ!」


「…………そういえばそうだな」




冷めない内に食べようと、大広間ではなく中庭に面した一室のテーブルに朝食を置いて食べ始めた3人は各々それを口にしてそのとろける美味しさに酔いしれながら思ったことを口にする。
それは最近前よりも明らかに楽しそうに料理をする燭台切のことで、きっとこのレシピを調べている時も実際に作っている時も、彼は桜が舞うほどに蕩けるような笑顔だったのだろう。
それが分かるくらいこのエッグベネディクトは柔らかくて暖かく、かなり美味しい。




「次はどんなものに挑戦するんだろうね……って、あれ?くーくん?どうしたの?」


「口に合わんかったんかぁ?」


「……!いや、美味いと思っていただけだ」


「そうやろうそうやろう!惚けるくらい美味いやろう!」


「何故あんたが誇らしげになる」


「いやぁ弟が美味そうに食っちょるんで、兄ちゃんは嬉しくてなぁ〜」


「誰が弟だ」


「おまんじゃ」


「寝言は寝て言え」




口は動かしていたものの、大倶利伽羅の表情が何かを考えていたような気がした珊瑚は素直に彼に聞くが、その答えは「美味いと思っていただけ」

その言葉に何故か自分が作ったかの如く両手を腰にやってドヤァ!と笑う陸奥守に大倶利伽羅が呆れた視線を送りながらする会話を目の前で聞いていても、今日も何だかんだ仲良くやっているなと嬉しく思いながらも。
珊瑚はそれでも、そんな2人のやり取りを見ても、聞いても……さっきの一瞬感じた大倶利伽羅からの何処か寂しそうにも見えた違和感のようなものが頭の片隅に残って綺麗に消えてはくれなかったのだった。




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