沢山の在り方の中で





低い天井、窓のない空間。
照らすのは人工的に作られた光のみで微かに埃っぽい臭いが充満している。

そして目の前にあるのは怪しく光る細められた瞳がこちらを見ている様子と……少し離れた場所で体を頑丈な縄で縛られて胡座をかいた状態で動けなくなっている……




「「どういう状況……?」」


「俺が聞きたい」





それはもう不貞腐れた大倶利伽羅の姿があった。





時は数分前。
無事に珊瑚からとある許可を貰った燭台切と太鼓鐘は、緊張も相まって一旦自室で寛ぐ話になっていたのだが……部屋に戻る途中の廊下でぽつりと盆に乗せられたずんだ餅があったのだ。

それを見た二振りはどうしてこんな所にこんな物があるのか……とそれを何気無く拾って首を傾げた瞬間目の前が真っ暗になり……次に目を開けてみたらこの状態。
何がどうなっているのかまるで分からないと、燭台切と太鼓鐘は今も尚こちらに向かって目を細めている……まぁ鶴丸なのだが、その彼に揃って状況を確認した。




「どういう状況と言われるとこういう状況だとしか言えんがな。はっはっは!まぁ簡単に言っちまえばここは屋根裏で、お前さん達はずんだ餅に釣られて俺に天井から引っ張り上げられたということだ。どうだこの「朝尊式刀剣男士自動釣り上げ装置四号」は!凄いだろ!このでかい麻袋にな、リールってもんが繋がってて……ここのスイッチをポン!としてやりゃぁこれが回って重いもんでも自動で引き上げてくれるって寸法らしいぜ!つまり、この床を開いて廊下に顔を出し、好物で足を止めた奴の上からこの麻袋を被せてやるってわけさ!どうだ?驚いただろう?!」


「何かもう何処から驚けばいいのか分からないよ鶴さん……」


「てかここ何処だよ……」


「ん?だから屋根裏と言っただろ?なーに。一度秘密基地というものが欲しくてな!地下に作っても良かったんだが、生憎と毎度地面は掘ってるもんで新鮮味がなかったんだ。そしたらそれなら天に作ればいいと気づいてなぁ!いやぁーこれが中々に楽しいもんで、飾り付けまでこうして拘ってたらほぼほぼ自由時間を全てここで過ごす羽目になってたというわけだ!はっはっは!」




楽しそうに……それはもう楽しそうに。
明るく笑いながら秘密基地云々という話をする鶴丸を見た燭台切と太鼓鐘は思わず間の抜けた表情をしてしまう。

どうりで最近は日頃姿を見なかったわけだし、この状況を見るからに珊瑚と話をする前のあの大きな音は大倶利伽羅が鶴丸に引っ張り上げられた時の音だったのだろうという事もこの時にやっと気づいた。

というか「釣る」というよりも自らの手で引っ張り上げているのだからそれはもう釣るは釣るでも「鶴」ではないのかと馬鹿なことを考えてしまうが、それよりも鶴丸の後ろでグルグル巻きにされている近侍の視線が怖い。
そして南海太郎朝尊は日々一体何の研究をしているのだろう。彼は罠に関するものなら何かもう何でもいいのかもしれない。そもそも何故このトラブルメーカーにそんな無駄に凄いものを作ってくれた。




「ちなみにこの場所はな、この本丸の全廊下の上に繋がってるから好きな所に好きな時に顔を出せるぞ!伽羅坊を蜜柑で釣った時もそうしたわけだ!な?お易い御用と言っただろ?」


「無駄にめっちゃ便利じゃん……」


「というか伽羅ちゃんはどうして縛られているのかな……解いてあげてよ鶴さん……折角の伊達男の顔が怖いことになってるから……」


「ん?……あぁあそうだった!お前さん達の邪魔をさせる訳にはいかんと思ってな!釣った後に驚きの速さで縛ってやってたのを忘れてた!いやぁーすまんすまん!」




一頻り鶴丸の話を聞いてあげた後、もういいだろうとずっと視線が痛かった大倶利伽羅を解放してやるように言えば、彼は「忘れていた」と呑気に笑いながら縄をテキパキと解いてやる。

すると初めこそ今にも拳をその白い脳天に叩きつけそうな雰囲気の大倶利伽羅だったのだが、それはそれより先に鶴丸が急に真剣な目をして口を開いたことによって制止された。




「まぁまぁ伽羅坊。……まずは話を聞いてやれ」


「………はぁ……何だ」


「!あっ、えっと……なんかごめんな伽羅……えっと、その……本当、ごめん……」


「……俺は謝るような事をされた覚えはないが?」


「……なら、謝らないから僕達の話を聞いてくれないかな。……大切な話なんだ」




太鼓鐘は珊瑚の時と同じように初めに謝罪から入ったのだが、それを拒んだ大倶利伽羅は目を伏せたまま自由になった腕を組んで視線を合わせてはくれない。

しかし燭台切から「大切な話」なのだと言われれば、その伏せられていた金色の瞳はゆっくりであれどはっきりと開かれ、真っ直ぐ二振りを見てくれた。

すると……それが了承の合図なのだと分かった燭台切と太鼓鐘は鶴丸に黙って見守られながら話をし始める。




「……伽羅はさ、俺達の好きな在り方を認めてくれたんだよな。自分は戦ってこそ刀剣男士だって思いがある中で、俺達にそれを強要したくなかったんだろ?」


「……だから、僕達に何も言わずに第一部隊から外した。僕達に僕達の望むような在り方をさせてくれようとして。はっきり言ったら僕達が畑や料理の時間を減らして……君の事を思って鍛錬に時間を割くと思ってくれたんだよね?」


「でも伽羅は俺達を戦の面でも必要としてくれてた。だから外す前に一旦俺にさり気なく確認してくれたんだよな?伽羅は……俺達を想ってやってくれたんだって、鶴さんもそんな伽羅と俺達を信頼してくれてたから、自分達の力だけでそれに気づいて成長して欲しかったから黙ってたってことも、やっと分かったんだ」




燭台切が話をした後も、太鼓鐘が話をした後も。
何も言葉にしないけれども、ずっと穏やかな表情でそれを頬杖をつきながら見守っている鶴丸の視線を感じていても。
それでも大倶利伽羅が相槌すらも打たずに黙っているということは、きっとそれは正解で、否定する箇所がないからだろう。

それが分かっているからこそ、燭台切と太鼓鐘は静かなこの空間で緊張することなく……一番伝えたかったことを揃って声に出した。




「「ありがとう」」


「……」


「……へへ。正直言うとさ、分かった時すげぇ照れくさかったっていうか、伽羅は俺達のことを歴史を守る責務がある、戦う刀剣男士って括りだけじゃなくて、大切な仲間としても見てくれてたんだなって……そう思ったらさ、出てくるのってやっぱり「それに応えたい」って気持ちでさ」


「……なら別に今までと変わらず……」


「だから僕達、揃って旅に出てくるよ」




戦だけではない在り方を選ばせようとしてくれたその気持ちが嬉しくて、それに応えたい。だから旅に出る。
言葉を遮りながらそう言われたその言葉が耳に入った途端、大倶利伽羅はその目を珍しく少し大きくさせると、言葉が出てこない代わりにその表情で感情を表に出した。

すると、そんな大倶利伽羅の反応等言う前からそうぞしていたのだろう二振りはお互いの顔を見合わせて悪戯っ子のようにニカ!と笑うと、同じように悪戯っ子のような笑みで大倶利伽羅を見ている鶴丸に一番視線をやってから決意したように真っ直ぐ大倶利伽羅に視線を向き直す。




「ほら。伊達の俺達って……欲張りだろ?」


「僕達の元主はさ、戦、料理、手紙、お洒落……色々なことに手を出して、色々な事に興味を示して生きてきた。その中でも伽羅ちゃんは猛将の政宗くんの影響が強い。でも伽羅ちゃんだってそれだけじゃなくて、今の主への想いや僕達との絆だって必要としてくれてる」


「なら、俺達だって別に何個求めたっていいだろ?畑も料理も派手なことも、戦も。どれも「在りたい」自分の中にあるんだ。なら、もう全部極めるしかないって!」


「……光忠、貞……お前達な……」


「あはは!文武両道とか、カッコイイと思わない?伽羅ちゃんが頼りにしなきゃならないくらい、戦も……料理も。もっともっと上手くなりたいからね。それに、主からの許可はもうもらっているよ」


「なっ、……」


「へへっ!伽羅が俺達を想ってくれてるのと同じくらい。俺達だってそうだ。俺達だってこの本丸だから……今の主のこの本丸だからこう思えた。だから俺達も……守りたいんだよ。もっと強くなって、伽羅の幸せの手助けだってしたい。それに、みっちゃんのお得意の言葉……伽羅なら分かるだろ?」




自分達の在り方を選ばせようとしてくれたのなら、是非選ばせてくれ。ただしそれは一つとは限らない。
料理も畑も……戦も、全てその中に含まれているのだから、もう一つだけとは勘違いさせない。

想ってくれてありがとう。
考えてくれてありがとう。
信じてくれてありがとう。

でもそれは、こっちだって全く同じ想いだ。




「……フッ、……どんなに防御しても、無駄だったか」


「「そういうこと!!」」




皆で強くなろう。どんな事でも、それにどれだけの数があっても。
この本丸で、それぞれ思うままに笑って過ごせるように。
その日々を皆で守れるように。




(いやぁー御苦労さんだったな!意地っ張り極端頑固なくーくんはこれにて白旗ってわけか!はっはっは!めでたしめでたしってやつか!)


(あんたは後で表に出るんだな鶴丸)


(きゃーくーくん怖ぁい!そんなんだとぉ、大好きな主に怖がられちゃ・う・ぞってすまん悪かった本当に悪かった頼む許してくれ調子に乗った)


(じゃぁ俺達は部屋に戻るな)


(またね伽羅ちゃん、鶴さん!)


(嘘だろこの頼りになる鶴さんこと俺を置いていくのか?!光坊!貞坊?!ちょ、あぁああぁあ!!)







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