想い想われ願い願って





珊瑚の部屋に繋がる階段の手前にある長い廊下。
その角から少しだけ顔を覗かせているのは燭台切と太鼓鐘の二振りだった。

そんな二振りは現在、昨日の夜に鶴丸と話した内容を思い出しながら今目の前の廊下にぽつんと置かれている蜜柑を眺めているところだ。




(いいかお前達。まずは伽羅坊よりも先に主だ。主の了承を得ちまえば、あいつは何も言えん)


(でもどうやって?俺達が主の部屋に行ったら、きっと伽羅はそれに気づくぜ?)


(そこはこの俺に任せてくれ。お易い御用と言っただろう?ただまぁ……お前達にも少し協力はしてもらうが)




「……とか何とか言ってたけど、何で蜜柑?」


「まさか鶴さん、流石に伽羅ちゃんを蜜柑で釣ろうだなんて考えてるわけじゃないよね……?」


「んなまさか……」



まさかそんな……いくらこの本丸の大倶利伽羅の戦以外での趣味が蜜柑栽培だとしても、流石にその蜜柑をぽつんと一つ置いたところで釣られるなんて馬鹿なことあるわけがない。
しかし鶴丸が自信満々に「置けば釣れる」と言いたげな態度だったのを思い出した二振りは半信半疑といったところで……

だが……彼此そんな状態で数十分が経った頃、やっと事態は動き出す。




「………………は?」


「「!!」」




ただでさえ寡黙な為にその独り言はあまりにも小さなものだが、遠くから気配がして直ぐ廊下の曲がり角に姿を隠した燭台切達にはちゃんと待ち人ならぬ待ち刀のその戸惑いの声が届いていた。

え本当に来たよあの近侍。いや蜜柑で釣られるというよりもこれは歩いてたら目の前に蜜柑がちょこんと置かれてて不思議そうに拾い上げただけな気がするが。

しかしそれでもこれは好機。
この隙に音を立てないように階段を登れば主の部屋に行ける。だがそれはつまり大倶利伽羅が蜜柑を何処かに置いてから主の部屋に着く前に話を終わらせなければいけないわけで……




(善は急げだみっちゃん!!)


(OK貞ちゃん!!)





足を止めさせたはいいが長くは持たない筈だと、アイコンタクトをしてお互いの気持ちを通じ合わせた二振りはそろりそろりと足を前へと動かす。
しかしその後にガタン!!と大きな音がした事で、二振りは揃ってピタ!!と動きを止めて息を殺す。

まずい、バレてしまったか……?
ここで音を出したらいけないことは分かっているのに、そんな事等知らないとばかりに心臓がバクバクと暴れるお陰で呼吸が上手く整えられない。
どうしようどうしよう、これはもう見つかる事を前提でダッシュで階段を登った方が早いのでは?大倶利伽羅が追いつく前に「話があるんだ主」と言えればこちらの勝ちでは?
そんな事を考えながら必死にどうしようか悩んでいた二振りだったのだが、どういうわけか突然きょとん……とした表情をした太鼓鐘が全身の緊張を解いてしまう。




「……あれ?待ってくれみっちゃん」


「ちょ、貞ちゃん?!近くに伽羅ちゃんが…………え、居ない……?」


「だろ?……ちょっと冷静になろうとしたら、伽羅の気配が無かったからさ……てかさっきのでかい音って何だったんだ?」


「……いや、分からないけど……でも取り敢えずこれはチャンスかも。……行ってみる?」


「へへっ!よく分かんないけど、おう!もう一回!善は急げだ!」




よく分からないけど、まぁ良しとしよう。
普通に状況が全く分からないが、取り敢えずこの好機を逃す訳にはかないということは分かる。
そう心の中で思った二振りはそそくさと珊瑚の部屋に続く階段を駆け上がっていったのだった。





















「ど、どうしたの2人共……?と、取り敢えず座って?」


「いやいいよ!このまま聞いてくれ主!」


「そう。大切な話があってね……伽羅ちゃんにはまだ聞かれたくない事なんだ」




大倶利伽羅を見事に蜜柑で釣った?後……急いで階段を登ってから一呼吸置いて扉を数回ノックして入った二振りは、突然の来客に驚きつつもきちんと顔を見て声を掛けてくれる珊瑚に一安心する。

そして今にも「くーくんと喧嘩した?!」と聞きそうな……内心大慌てしていそうなそんな珊瑚に誤解のないよう「喧嘩してない」と伝えれば、珊瑚は本当に安心したように胸をなで下ろし、全身を二振りに向けて真剣に話を聞く体勢を取ってくれた。





「……主、色々心配かけてごめんな……気も沢山遣わせちゃったよな?……俺、主の目の前で伽羅に食って掛かったりもしたし、ちょっとヤケクソになったりとかもあったから……」


「僕も、真面にポーカーフェイスとか出来なくて凄く気を遣わせちゃったよね。ごめんね主……」


「ううん!そんな事ないよ!私も2人が落ち込んでること分かってたのに、主として上手く対処してあげられなくて……っごめんね」


「大丈夫。分かってるよ。主は伽羅ちゃんに口止めされていたんでしょ?」


「それは……何と言うか……えっとー……そういうわけではないんだけど、そういうわけになっちゃってたと言うか……そうせざるを得なかったと言うか……うう。ごめんなさい……」




まずは謝罪から始まり、向こうからも謝罪が返ってきて。
謝罪に謝罪を重ねたような形になってしまったが、それでも気落ちすることなく……寧ろ「やっぱり」というような優しい笑みを見せてくれた燭台切と太鼓鐘を見た珊瑚は、会話の途中で想像していたものとは違ったのだろう。
目を丸く見開いて呆気に取られてしまっており、そんな表情を見た二振りは可笑しそうに笑う。

そんな二振りを見て、徐々に状況を把握したらしい珊瑚が閃いたような反応をすれば、それが当たりとでも言いたげな太鼓鐘がえっへんと腰に両手を添えて話を続ける。




「気づくのかなり遅くなっちまったけどさ、分かったんだよ俺達。伽羅のことも鶴さんのことも」


「……うん。全ては僕達を考えての行動だったって事だよね。……特に伽羅ちゃんなんて、いくら口下手で不器用だとしても、ずっと付き合いのある大切な仲間なのに……僕達としたことがすっかり「必要ないんだ」「認めてもらえてないんだ」って最初は思い込んじゃってて」


「今なら分かるんだ……って言っても最初に気づいてくれたのはみっちゃんなんだけど……伽羅にしたら、きっと「必要だから」「認めてる」からこそ俺達を第一部隊から外してくれたんだよな。そして鶴さんは俺達を信じてくれてたから、乗り越えるって確信してくれてたから敢えて何も言わなかった」




語られていくその言葉は、考えは。
どれも全て真剣なものだけど……それでもどんなに話しても纏っている雰囲気は二振りとも穏やかなもので、それは語っていく度にどんどんとその穏やかさを増やしていく。

そんな暖かい空気の中で二振りからの言葉を聞いている珊瑚は自然と優しい笑みを浮かべていた。




「……ふふ。2人はそう解釈したんだ?」


「うん。もっと言うなら、鶴さんも伽羅ちゃんも、僕達の在り方を認めてくれてたんだなって思うんだ。僕は伽羅ちゃんと同じで元は政宗くんの刀だった。でもこの身を受けた喜びの理由が全く違う。伽羅ちゃんは戦国の世を戦で生きたかった猛将の政宗くんの願いが強く出ているけど、僕は政宗くんの人を持て成すことの楽しかった気持ちの方が強く出た」


「そして俺はそんな2人が大好きだし、2人らしく居てくれると俺も嬉しいし楽しい!好きなことを沢山やっててくれって思う!鶴さんに関しても勿論そうだぜ!……でもそれってきっと、やり方は不器用で極端だけど……鶴さんも伽羅も同じだったんだよな」




あぁ、やっぱり暖かいな。
こんなにも信頼していて、こんなにもお互いを想っていて。
こんなにもお互いの為に考える事が出来て、こんなにもお互いの事を話している気持ちが溢れているなんて。

燭台切から話を聞く度。
太鼓鐘から話を聞く度。
そこから見えてくる鶴丸の願いを想像する度。
想い想われる大倶利伽羅……くーくんの事を想像する度。

自分はなんて素敵な刀剣男士達と出会えたんだろう、なんてカッコイイ刀剣男士達と共に生きていけているのだろう。

そんな風に心の底から思えて、珊瑚はそれが嬉しくてじんわりと体が暖かくなっていくと同時にその瞳からも暖かい温度が込み上げてくる。




「……そうだね。私もそう思うよ。伊達の皆は本当に仲良しだから……そんな皆が私は大好きだし、ずっと変わらず仲良くしていて欲しいと思ってる。審神者としては、本当なら責務を果たせって戦に行かせるのが一番なのかもしれないけど、私個人としては、皆それぞれの思う通り望む通りの在り方でこの本丸での日々を過ごして欲しいというのが一番の願いかな」


「……ならさ、主……こんなのはどうだ?」


「うん。僕達は欲張りだから……」


「……うん?」




好きなところを伝えて……審神者としてではなく、個人的な願いを伝えて。
それを込み上げてくる涙を流さないように最後まで伝えられたと思ったのに。

その後提案された二振りの答えを聞いてしまえば、珊瑚にそれを我慢することなど出来るわけがなかったのだった。



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