衝突事故





慶長5年、関ヶ原。
あれから珊瑚の指示で二部編成での出陣となった一行は、情報を元に戦場から少し離れた所にある目立たない獣道にて遡行軍達を斬っている最中だった。

いくら撤退したとしても、こうして確かな情報を取ってきてくれたのだからこちらとしては有り難い。
現にこの遡行軍達は事前に貰った情報の通り、目立たない獣道を通って背後から伊達政宗を討ち取る予定のようだった。
大方、徳川を援護する伊達政宗を討ち取ることで東軍を撹乱させて西軍を勝たせる算段なのだろう。




「それにしても二部編成とは主も思い切ったことをしたなぁ!あらよっと!がら空きだぜ!!」


「けんど、確かにこいつは数が多いき、二部編成は当たりじゃのぉ!ほい!よぉ狙って……ばん!」


「よっ、ほっ!っと!……それにしても、久しぶりのこの編成なのにどうにも噛み合ってないっていうか……大丈夫かなぁ?」


「そーらよっ!……まぁ問題ないだろ!向こう側には長谷部率いる旧第二部隊だっているんだ。上手く敵を分断出来ているし数も明らかに減ってきている。もう少し踏ん張ればこの任務も無事終わるだろうさ」




鶴丸が奇襲を仕掛け、鯰尾が持ち前の機動で敵を翻弄し、何十体という敵を陸奥守が得意の銃で仕留めていく。
そしてその弾の中でも大倶利伽羅は難無く敵を倒していくしで敵は確実に数を減らしつつあった。
それに第一、東に大倶利伽羅、西に肥前忠広という特攻隊長に挟まれているのだから敵とはいえど同情の気持ちさえ湧いてしまうというもの。

そんな様子で獣道に集まっていた敵を計12振りで相手をしていたわけだが、鯰尾の言った通り少しだけ問題も生じていた。それは……




「みっちゃん!そっちは任せた!俺はあっちだ!」


「貞ちゃん!任されたけどあまり無我夢中になるとそっちは伽羅ちゃんが……」


「っ、!貞か……気をつけろ」


「あっ、ご、ごめん伽羅!えっと、横が見えてなかった!」


「って、あらら……案の定だね……」




何か思うところがあるのだろう、珊瑚の指示もあって大倶利伽羅の反対を押し切って参加した燭台切と太鼓鐘の事だった。
少し前まではお互いの動きを読んで上手く連携していた筈なのに、今は何やら息が合わずに戦闘中にあぁして衝突をしてしまっている。

燭台切は案外冷静のようだが何処か弱々しく、どうやら太鼓鐘に至っては何かに焦っているのか珍しく視野が狭くなっているようだ。
でなければずっと一緒に戦っていた大倶利伽羅が何処でどんな動きをしているのかなんて手に取るように分かっている筈で、あぁして横から大倶利伽羅に突撃してしまうこともあるわけがないのだから。




「あっ、ご、ごめんね伽羅ちゃん!そっちに砂が飛んだよね?!」


「……いや、別に気にし、ぐっ、?!」


「わ、悪い伽羅!頭肘で打っちまった?!」


「…………いや、もういい。これで終いだ。……鶴丸」


「はいはいお呼びですかなっとぉぉ?!すまん光坊退いてくれ!!」


「ええ鶴さん?!いつの間にそこにっ、うわぁ?!」




そして衝突事故のようなものは何度か続き……とうとう敵も最後の一体となったところでも最後の最後でまた衝突事故を起こしてしまう伊達組。
そんな伊達組を鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔で見てしまっていた陸奥守と鯰尾は、刀を鞘に戻しながらつい思ったことをそのまま口に出してしまう。




「あんなにも息があってない伊達組、俺初めて見た……」


「わしもじゃ……まぁ、終わったからえいがの……」




あんなにも息のあっていない伊達組をまさか見ることになろうとは……終わったからいいけど。
そんな会話をして落ち着こうとした二振りだったのだが、いくら怪我がないとしても……どうにもやはり弱々しく見える燭台切と拳を握り締めて悔しそうにしている太鼓鐘の様子が心配で仕方なかった。

そしてその心配はある意味違う意味で作用してしまったのだろう……いつもの太鼓鐘なら気づけたことも、思い悩んで焦っていた今の彼には無理だったのだろう。




「……って、待って終わってない!!大倶利伽羅さん!!上!生き残りが数体!!!」


「!んの……っ!隠れちょったんか!!」




脇差の鯰尾がその行動に気づいた時にはもう……木の上で隠れていたらしい敵の数体から放たれた弓が真下にいた大倶利伽羅達を襲っている光景。
それを既所のところで避けてみせた伊達組に安心したのも束の間……考え事をしてしまっていたらしい太鼓鐘は咄嗟の判断が出来ずに鶴丸達が避けた際に弾き飛ばした弓が自分に向かってきている中で足が上手く動かなかった。

このままじゃ、いくら弾き飛ばされた弓だとしても真面に食らってしまう。
しかし焦りで無理に動き回っていたせいか、疲れで足が思ったように動かない太鼓鐘は怪我を承知で両腕を前に出して受け身の体勢を取る。


しかし……




「!貞ッ!!!」


「……えっ、?!」




その後感じたのは痛み等ではなく、耳から届いた数発の銃声に掻き消され、ほんの少しだけ聞こえた呻き声。
それに気づいて目を開けた太鼓鐘の視界にあったのは、自分の目の前に立ち、数本の弓を腹に食らっている大倶利伽羅の姿があった。




「……か、……伽羅?……伽羅!!」


「っ……別に、折れるような傷じゃない……陸奥守、敵は撃ったな?」


「あぁ撃った!もう居らんきとっとと第二部隊連れて戻るぞ!!早う手入れ部屋に行かんと!……鯰尾!第二部隊の所に行ってきてくれ!わしはその間に大倶利伽羅の止血しちょるから!!」


「は、はいっ!!分かりました!!大倶利伽羅さん、痛いだろうけど我慢ですよー!!」




その後直ぐに陸奥守が鯰尾に指示を出し、鶴丸が「そーら抜くぞー」と容赦なく弓を引き抜いてから流れ出す血と、大倶利伽羅の痛みで歪ませた顔を見た太鼓鐘は一気に青ざめる。
そんな中で陸奥守と共に止血を手伝い始めた燭台切に目で合図され、同じように布を受け取って大倶利伽羅の腹にそれを当てがった太鼓鐘は自分の不甲斐なさを痛感して俯いてしまうのだった。

その俯いた頭の上に、自分よりも大きな手が一度だけ不器用に優しく乗せられたことにちゃんと気づいても。

















「……あ!陸奥守……!伽羅は?!」


「ん?おう!安心せい。珊瑚が速攻で手伝い札を使っちょったからのぉ……とっくに治って意識もしっかりしちょるし一応横にもなっちゅう。……けんど、まぁ今は2人にさせちょいてくれ」


「そっか……良かったね貞ちゃん。……はぁ、それに僕も久々で足を引っ張ったからね……」


「がっはっは!いやーえいえい!まぁ気にするなー言われたところで無理やろうけんど、おまんらも取り敢えず今日はもう部屋に戻って休むがえいよ!わしもこのまま部屋に戻るき!んじゃな!」





その後は特に何も無く本丸へと帰還した大倶利伽羅は陸奥守の肩を借りて手入れ部屋へと入り、珊瑚も珊瑚で長谷部が用意してくれた報告書を手入れ部屋の中で陸奥守と共に確認してその任務は無事に終了した。

そして大倶利伽羅の手入れが終わるまでずっと襖の前で待機していたらしい太鼓鐘に現状の報告をした陸奥守は二振りを慰めつつ自分も早々に部屋へと戻っていく。




「陸奥守くんはあぁ言ってたけど、伽羅ちゃんは大丈夫だとしても主は……」


「うん……嫌なこと思い出させちゃったかもだよな……」




大倶利伽羅が手伝い札を使うような怪我をしてしまったということ自体が、きっと主である珊瑚からしたら……あの時を思い出してしまう出来事で。
それを考えると申し訳ない気持ちと心配とでぐちゃぐちゃになってしまったのだが……その後すぐに襖の向こう側から




「くーくんの馬鹿」


「……すまん」


「念の為今日の夕飯は歌仙に頼んでくーくんだけおかゆにしてもらうからね」


「また梅なのか……」


「……へ?何で具が分かるの?」




といういつものような雰囲気のやり取りが聞こえてきたことで、本当に重症ではなかったという確信は得れた二振りはここでやっと安心のため息をつけた。

そしてお互い何も言わず……その足で、とある刀の自室へと歩いていったのだった。



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