弱まる霧





「おおおー!!蟹に海老にサザエじゃぁー!!くぅーっ!!磯のえい香りがするのぉー!!」


「あはは!むっちゃんは海鮮好きだもんね!やっぱり連れてきて良かった!丁度お母さんにも紹介したいと思ってたところだし!」


「私も一度珊瑚の陸奥守くんに会ってみたかったのよ!話は沢山聞いてたからね!今日は遠慮しないで沢山食べてって!あ。大倶利伽羅くんは秋刀魚好きだったわよね?ちゃんとあるわよー!」


「……あぁ。感謝する」




こんのすけから伝えられたその日の夜。
珊瑚は大倶利伽羅と陸奥守を連れて実家へと顔を出していた。
こうして日帰りで直ぐに実家へと帰れるのは本丸と現代を繋いでくれる政府本部の隠れ場所が都会にあり、珊瑚の実家もまた同じ都内にあることが大きな理由である。

そしてどうやら「海鮮」と聞いて直ぐに陸奥守を思い浮かべて連れてきたのはやはり正解だったようで、前々から珊瑚が「凄く仲の良い兄のような刀剣男士」と話していたことから珊瑚の両親は物凄く陸奥守に会ってみたかったのだろう。
とても嬉しそうにニコニコと陸奥守と話しており、それを横目に大倶利伽羅と珊瑚は同じくニコニコとしている父親から飲み物を注いでもらう。




「また会えて嬉しいよ珊瑚、大倶利伽羅くん」


「うん!お父さんも元気そうで良かった!」


「体調等変わりは無いのか?」


「あぁ。お陰様でね。あぁして母さんも変わらず元気にしているから何の心配も要らないよ」




テーブルを挟んで向かいにいる父と穏やかな話をしている中で、特に病気等も無く日々を過ごしていることに安心した珊瑚は注いでもらった蜜柑ジュースを飲んで一息つく。
その時に父から発せられた「母さんも変わらず元気」という言葉につい隣に目をやれば、そこには出会って数分だというのにもう仲良くなっている母と陸奥守が笑いあって肩までバンバンと叩き合う光景が広がっており、あまりのスピードに驚いた珊瑚と大倶利伽羅は思わず顔を見合わせてしまった。




「……親子そっくりじゃないか」


「もう!くーくんったら!その通りだけど!」


「あはは!大倶利伽羅くんも冗談が言えるくらい僕達と馴染んでくれたという証拠じゃないか。親としてはとても嬉しいことだよ!さぁ、どんどん好きな物を食べなさい」




顔を見合わせた大倶利伽羅に軽く冗談を言われ……いや、冗談というよりも実際にその通りの事なのだが、そんなことを言われた珊瑚は少しだけ頬を染めて膨らませており、それを見た父は楽しそうに笑って小皿を各々に手渡していく。

そして他愛ない話をしながらそれぞれが好きなものを食べていたのだが、いつの間にか笑い声が尋常ではない音量になっていることに気づいた珊瑚がふと隣を見ると……




「そん時言うとったんじゃぁ!「月は綺麗だ」ってなぁ!ほんでもって、そん猪口の酒に映った月を愛おしそぉーーに飲み干してのぉ……!「いつまでも綺麗でいさせてやりたい」言うたんじゃぁ!!」


「えっ、ええ!ええやだぁー!きゃー!!大倶利伽羅くんったらぁ!もう!まさにこれこそ文字通りの伊達男じゃないのぉー!!」


「そうじゃそうなんじゃ!そん時わしは思うたんじゃ!あぁわしの弟は清い心で珊瑚を何処までも好いちょるんやのぉとな!わしもあれを聞いた時はにゃぁー!それはもう安心してしもうて!あぁわしの妹は最高の男に愛されちゅーのぉと!」


「やだっ!やだもうー!!珊瑚も素敵な子に出会えたし、こうやって妹思いの兄も出来たわけね!一人っ子で可哀想な思いさせたかと思ってたけど、私も安心しきった!これ以上ないくらい安心しきった!!ついでに息子も出来た!あんたは最高のうちの長男だ!よっ!流石日本人坂本龍馬の愛刀!!」


「がっはっは!照れるやないかぁ!!まぁそん言葉は有り難く頂戴するがの!!やき言うてそげなことをわしがバラしたと大倶利伽羅に知られたら頭にたんこぶ作ってしまうかもしれんけんどな!がっはっは!」




それはもう……それはもう酒で出来上がっている陸奥守と母の姿があった。
そして出来上がっていることですっかりここが何処で誰がいるということもすっぽり頭から抜けているのかもしれない陸奥守は酔いで頬を気持ち良さそうに赤く染めながら何時ぞやの思い出話の一部分を語っている。

そして何時どこでそんな話をしていたのかは知らないものの、「月は綺麗」だなんて言葉を彼が述べたということは経験上自分の事なんだろうと察した珊瑚が顔を真っ赤に真っ赤に染めてしまっているのも気づかず。
そしてそこに……そう、そこに当事者の大倶利伽羅がいることもすっかり忘れて。
そう……そしてそんな大倶利伽羅がわなわなと拳を握り締めて真後ろに立っていることにも気づかずに。




「今すぐ作ってやろうか……ッ?」


「?……???……?!おっ、おおおお?!大倶利伽羅ぁ?!なしてここにおる?!……ってそうやった一緒に来たんやった?!」


「表に出るといい」


「ま、待ち待ち待ち待ちぃ?!ほんっ、すま、すまん言うてるがよ?!大倶利伽羅!ちょっ、ぎぃあぁぁあー?!!珊瑚!珊瑚ーッ!!助けとーせぇー!!」


「行ってらっしゃーい」


「珊瑚ーーーーッ?!?!」




自分の真後ろから聞こえたドスの効いた声にやっとここが何処で誰といるのかを思い出したらしい陸奥守は、その後大倶利伽羅から首根っこを掴まれてズルズルと庭に向かって引きずられたことでやっと酔いが覚めたのだろう。

先程の気持ち良さそうな高揚した頬の色は何処へやらな真っ青な顔で可愛い妹の珊瑚へと手を必死に伸ばすが、それとは真逆の真っ赤な顔をしたままの珊瑚はピクピクと眉を動かしながら恥ずかしそうに手を振るのみ。

そんな陸奥守が大倶利伽羅に完全に庭へと連れ出されたことなど放っておけば、それを見て大笑いしていた母が珊瑚へと声をかけた。





「あっはっは!あれを見る限り、やっぱりあんたの本丸はいつでも賑やかそうだね!」


「もうお母さんったら……まぁうん……そうなんだけど……今はそうじゃないっていうかさ……」


「あらそうなの?まぁでもあんたらなら何があっても大丈夫よ!私から言うことなんて何も無いけど、そんな辛気臭い顔してると幸せ逃げるわよ〜?とか言いつつあんたの幸せの元である大倶利伽羅くんは逃げることないだろうけどね!あははは!」


「ねぇお父さん、これお母さん酔ってる?」


「酔ってるね」




念の為に一応父にも確認を取ったが、やはり今こうして陸奥守が庭で大倶利伽羅に追い回されているのを見て笑っている母は普通に酔っているようで。
どうやらそうとう陸奥守と意気投合して酒が進んだのが手に取るように分かるのだが……珊瑚はそんな母親からの言葉に「他人事だと思って……」と思ってしまう。

こちらは真剣に悩んだり心配していたりと不安で仕方ないのに、どうして最近こういう類の話になると頼りにしている人達は特別何かを助言してくれたりしないのだろう……と珊瑚は不思議に思ってしまい、そしてつい先日今の母と同じようなことを言った鶴丸のことを思い出した。

そうだ。そういえば鶴丸も同じように「言うことは何も無い」というような言葉を言っていた。
それを思い出し、つい考えるような素振りを見せてしまった珊瑚を気に掛けた父は首を傾げてそれを尋ねる。




「?どうしたんだい珊瑚?何か考え事かい?」


「……ねぇお母さん、お父さん……悩んでたりする相手に「心配してない。言うことは何も無い」みたいな事を言うのってどういう考えなの?ちょっと似たようなことあって、単純に気になってさ」


「?そんなの決まってるでしょ。本当に心配してないからよ」


「……え?」




どうして心配しないのだろうか。
どうして何も言うことが無いと言うのか。
それを珊瑚から聞かれた母はきょとん……とした表情で当たり前かのようにそんな答えを口にした。

そんな母の答えに珊瑚まできょとん……としてしまえば、母は更にその言葉の続きを珊瑚に伝える。




「だってそうでしょ?この子なら、この子達なら大丈夫って自信があるんだもの。それがまだまだ未熟なら、そりゃこっちも心配して助言したりはするわよ?でも、既にそれくらい自信を持てる子に成長してるならそれは野暮ってもんよ」


「……そうだね。何でも助言をしたらその子の為にならないこともある。更なる成長を止めてしまうかもしれない。今珊瑚が思い浮かべている人も、きっとそんな考えなんじゃないかな?僕はそう思うよ」




母の言葉、父の言葉。
それを受け取った珊瑚は徐々に徐々に頭の真ん中辺りでモヤモヤと渦巻いていた霧がぶわっと左右に晴れていくような感覚を覚え、いつの間にか大きく見開いていたその瞳には、まるで何かを閃いたかのようにハイライトがキラリと一つ増えたのだった。




「頭に瘤が三つ産まれた……三つ子じゃ……」


「四つ子の方が良かったか」


「えい!えいよ!もうえい!大倶利伽羅含めてもう四つ子じゃ!!」


「誰が弟だ」




庭で盛大に兄弟喧嘩……というよりも、弟に叱られる兄の事などすっかり忘れて。






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