零れる寂しさ





ここは陸奥守が土佐の二振りと共に過ごしている自室。
そこでは各々一日を終える為の支度を整え、後は眠るだけと敷かれた布団の上で胡座をかく陸奥守達の姿があった。




「いやぁーまさか3人でまた戦える日が来るとは思っちょっとらんかったのぉ!」


「そうだね。僕も、日々前線に立っている刀達の動きも見れたし、罠についても語れて色々と有意義な時間だったよ」


「俺は斬れりゃどこに配属されたって構わねぇんだけどな。……てかそれよりもだ」


「んー?」




たまにはこういうのも悪くは無いねと笑う陸奥守と南海太郎朝尊だったのだが、それは如何にも続きがありますというような肥前の言葉で首を傾げそちらを見る。
すると肥前は眉間に皺を寄せた状態で、心配のようなめんどくさいといったような何とも言えない表情を見せていた。




「うちの近侍は大丈夫なのかよ。見た感じ、慣れねぇことして影で疲弊してる感じがするけどな」


「ふむ。僕もそれは思っているよ。彼の性格上……何だか自分で自分の首を絞めているというか……ふふ。そこはお兄さんとしてどう思っているのかな?陸奥守くんは」


「!がっはっは!おまんらにバレちょるとは、わしの弟もまだまだやのぉ!……と、思いたいとこなんやが……わしとしては大倶利伽羅は大倶利伽羅で良い意味の成長をした故な気はしちょっても、まぁ……心配なのは確かじゃ。何を考えちゅーかも分からんしにゃぁ」


「……言われたんだよ。「あんたらを選んだのは俺だ。暫く迷惑をかけるが付き合ってくれ」って」


「そうだね。言っていたことは大広間でのあの言葉とそう変わらないが、そんなことを言っていたよ」




どうやら肥前達は、事前に大倶利伽羅からも声を掛けられていたらしい。
大倶利伽羅は大倶利伽羅で、いきなり第一部隊に放り込まれる二振りのことを心配していたようだ。
そして何より……片方は素直ではないのだが、そんな近侍のことを彼らも心配してくれていたようで。
そんな二振りから言葉を聞いた陸奥守は嬉しさでつい擽ったそうに両肩を少し上げて笑ってしまう。

他者と馴れ合わない、一匹竜王という印章が強い大倶利伽羅だが、こうやって良く一緒にいる刀達以外からも心配してもらえるくらい、彼はこの本丸で「近侍」として認めてられているのだと陸奥守は感じたからだった。




「大丈夫や!ここは珊瑚の本丸で、大倶利伽羅が近侍な以上、きっと何もかも上手くいくき安心せい!わしも着いちょるきね!」


「信頼してる所結構だが、後ろで真っ青な顔して言葉失ってる金魚みてぇな鯰尾見てもそれ言えんのか」


「……はえ?」




この本丸は大丈夫だと自信満々にそう言った陸奥守だったのだが。
目の前にいる肥前が何故か自分の後ろに向かってジト目を向けながら言ってきた言葉で不思議そうに振り向いたのだが……そこには肥前の言った通りの状態の鯰尾が身振り手振りであたふたとしている光景があった。

とても何か言いたいのだろう、でも慌てすぎて上手く言葉が出ないのだろうそんな状況を理解して声を掛けようとしたが、それはスタスタと目の前に歩いてきた南海が咄嗟に鯰尾の目の前で両手をパン!と叩いてくれたことによってハッとなった鯰尾は緊張の糸が切れたように声を出した。




「主の部屋で!!たたたた太鼓鐘さんが!大倶利伽羅さんにくく、く、食ってかかってる!助けて陸奥守さん!」





















「ちょっと貞ちゃん落ち着いて……!」


「ごめん主黙っててくれ!俺はずっと黙ってる伽羅に聞きたいんだよ!なぁ伽羅!俺の……俺とみっちゃんの何が不満だったんだよ?!」


「別に不満だったわけじゃない」


「じゃぁ何だってんだよ?!何で俺らを外してくれなんて言ったんだよ?!」


「……答えるつもりはない」


「っ……!!」




鯰尾が陸奥守に助けを求めに走っていったその間に起こっていた事は、彼が言っていたように大倶利伽羅に対して太鼓鐘が食ってかかっている光景だった。
そこに燭台切が居ない辺り、太鼓鐘の独断だったのだろう。

数分前まで自室で大倶利伽羅と今回からの第一部隊の初任務での報告を詳しく聞いていた珊瑚は何とか間に入ろうと太鼓鐘の肩を優しく叩いて声をかけたのだが、太鼓鐘はそれを控えめな力で振り払って更に大倶利伽羅に距離を詰めてしまっている。

こうなってしまえば珊瑚も何も出来ず、太鼓鐘を前にしても表情を変えない大倶利伽羅を祈るように見つめるしかなかった。
しかしその祈りは皮肉なことに叶うことはなく、大倶利伽羅が表情を変えないことが更に彼を追い詰めてしまったのだろう。
太鼓鐘は弾かれたように悔しそうに俯いていた顔を上げ……




「ハッキリ言えばいいだろ?!!「お前達は役不足」だって!!」




そう……叫んでしまったのだ。
その金色の大きな瞳からは涙が今にも零れそうで、ゆらゆらと揺れる大倶利伽羅が映されてしまっている。
そんな様子を見た珊瑚は驚いて口を手で多いながらもさすがに何か言うべきだと大倶利伽羅の服の裾を掴んだのだが、大倶利伽羅は少し目を見開いただけでそれでも何も言わない。

大倶利伽羅がこれなら、主として自分がこの場をどうにかしなければとこうなった細かな理由をそもそも未だに知らないながらも決意した珊瑚は、一歩前へと出て太鼓鐘の両肩に今度こそしっかりと両手を置いて目線を合わせた。




「……貞ちゃん、その気持ちはちゃんと伝わってるよ……それに貞ちゃんが役不足なんてことある筈ない。それは私が保証する。だから今は、ごめんね。私もちゃんとくーくんに聞いてみるから、今日はもう……」


「っ……主がそう言ってくれるのはすげぇ嬉しいんだ……!でも、それでも、俺は……!ちゃんと伽羅から理由を聞きたいんだよ……!そうじゃなきゃ、納得、なんて……!」




必死に堪えているのだろうその涙が今にも溢れてしまいそうになりながらも、珊瑚に礼を言って再度大倶利伽羅に納得のいく理由が知りたいとお願いした太鼓鐘。
しかし……大倶利伽羅は目を伏せて考えるような表情をしてはいても、それでもその口から理由が聞けそうな雰囲気ではなさそうだった。

すると、このタイミングでドタバタと走ってくる数振りの足音が聞こえてきた珊瑚が自室の扉を開ければ、バッ!と勢い良く燭台切を連れてきてくれたらしい鯰尾と陸奥守が顔を出す。




「どういたどういた?!遅くなってすまざった!」


「途中で燭台切さんも連れてきたよ!どういう状況になってるの?!」


「貞ちゃん……!」


「っ……みっちゃん……俺……」




途中で燭台切も連れてきてくれたらしい陸奥守と鯰尾は、珊瑚の隣に移動して三振りの様子を伺ってくれる。
しかしその様子はあまりにも寂しいもので、いつもの伊達組とは到底思えない静かなものだった。

ここまでしても、ここまで状況が悪化しても何も言わない大倶利伽羅は一体何を考えているのだろうか……
皆が心配の眼差しを向ける中、申し訳なさそうな顔で燭台切が言葉を切り出した。




「……ごめんね伽羅ちゃん……貞ちゃんも動揺しているみたいなんだ。少し頭を冷やす必要があるから……」


「っ、みっちゃんは何で理由を聞かないんだよ!悔しくないのかよ!!寂しくないのかよっ!!鶴さんにあんな事聞かされて!!」


「……それは……」




しかしそれが太鼓鐘にとっては更に良くなかったのかもしれない。
大倶利伽羅に「ごめんね」と謝った燭台切の前に立ち、まるで燭台切を庇うように……太鼓鐘は大倶利伽羅に向かって声を張り上げた。




「鶴さんが言ってたんだよ!「有意義だった」って!どうせ伽羅だってそうだったんだろ?!俺達が居ない編成でさ!!」


「……はぁ……鶴丸か……あいつが何を言ったのかは知らんが、今回の任で編成は何の問題もない事は確かだったさ。……それだけだ」


「ちょ、くーくん……!」


「ッー!!伽羅の馬鹿野郎ッ!!!」


「あっ、貞ちゃん!!……っ、僕も行くよ、……騒がしくなってごめんね。僕も……少し頭を冷やす必要があるかもしれないから」




言葉は違えど、言葉の量も違えど。
大倶利伽羅からもそんな言葉をもらってしまった太鼓鐘は今度こそその大きな金色の瞳から涙を零してしまうと、今日で一番大きな声を叫んでから走り去ってしまう。

それを追いかけて行った燭台切も寂しそうな言葉と共に部屋から出ていき、しん……と静まり返った中で一番先に響いたのは珊瑚の声だった。




「……くーくん、もう流石にここまで来たら、話してもらうからね」


「…………分かった」


「そうだね。取り敢えず今日はもう遅いし、まずは2人で話してよ。俺達はお暇するんで」


「そうやの。そん話を聞いた珊瑚の意見も交えて、頃合いを見てわしらとも話したらえいがよ」




珊瑚のハッキリとした声と、それに頷いた大倶利伽羅の声。
まずは2人で話して欲しいという鯰尾と陸奥守の声。
そして……その後ゆっくりと遠のいていく足音が聞こえなくなると、珊瑚は大倶利伽羅と話す為に、まずは部屋の角に置いてある茶筒へと手を伸ばしたのだった。





BACK
- ナノ -