Telescopii




いつもの朝。そう、いつもの朝。
どこに行くでもなく、窓の外から聞こえてくるガヤガヤとした音で起きるいつもの朝。

する事と言えば、質素な家と言っても外見は街中に合わせたデザインである為に、流石に窓辺に花くらいはあった方が良いだろうという考えなだけで日課になった花の水やりくらいだ。
すると、アミーが窓辺から顔を出してジョウロを持って現れるタイミングで偶然目の前を通っていたレビィアタンに声をかけられたアミーはその手を止めて返事をした。




「アミー、おはよう」


「…レビィ……おはよう」


「ねぇ、今日もRADに来ないの?」


「うん。そんな資格ないから」


「だからそれは…!…あぁ、もう…どいつもこいつもぉ…!」


「?どうかした…?」




レビィとアミーが話したその内容は、触りはいつもと同じ流れだった。
今アミー達がいるのは、悪魔達が住んでいる「魔界」という場所で、そこにあるRoyal Academy of Diavolo…通称RADという悪魔達が通う学園があるのだが、そこに「今日も来ないのか」「行く資格がない」というもう決まった流れ。

それに対していつもレビィは否定をしてくれるのだが、今回は毎度しているそれに対しても気力が湧かない程何か疲れるような事があった様子。




「…ほら、前に話したことがあっただろ?人間の女が来たんだよ。しかも俺達の寮に…」


「…あぁ…そうなんだ」


「そうなんだって、お前なぁ…俺はあんな人間と一つ屋根の下で暮らすなんて身の毛もよだつんだからな?!アミーは関係ないって顔をしてるけど、つまりそれはマモンとも一つ屋根の下で暮ら、」


「時間平気?」


「えっ、あ、あぁ?!ヤバイっ!!遅刻してルシファーに説教食らうのは勘弁!!アミー!また後でなぁー!!!!」




話の中でレビィからとあることを聞いたアミーは軽くそれを受け流してみせたが、レビィも相当疲れているのだろう。
はぁ…とため息をついて、いつもならアミーに気遣ってあまりマモンの話はしない筈の彼が、咄嗟にその話題を出してしまうくらいには。

しかし、その名前を聞いて直ぐにピクリと反応はしてしまったものの、何とか自然にレビィを学園へと向かわせることが出来たアミーは窓とカーテンを閉めてソファへと腰を降ろす。




「…人間の女…か……」




人間の、女。
自分達悪魔とは何もかも違う人間。
何故人間がこんな魔界にいるのだろうか…と考えてみたところ、そういえば前にディアボロ殿下の意向で天界と人間界から留学生を招くと言った話を聞いたことがあったのを思い出した。

大方、つまりはその留学生がマモン達のいる嘆きの館に住んでいる…ということなんだろう。
性別が女だというのは今初めて知ったが。




「……まぁ、こんな私よりも、案外人間の方が…価値はあるんじゃないかな」




そう言葉に出してしまった瞬間に、複雑に絡もうとしていた茨がするすると離れていくような感覚を覚えたアミーは諦めたように鼻で笑ってしまう。

傷つけたかったわけじゃない、離れなかったわけじゃない。
でも、何も持ってない自分は…隣にいても足枷になるだけだった、惨めになるだけだった。

大切な友達の悩みすら気づかないで、何もすることが出来なくて、自慢の髪だって真っ黒に染まって。
それもそれで…いっその事全部黒く染まってくれればまだ諦めもついたのに、何故だか毛先だけはいくら切り落としてもまた同じあのミストホワイトが顔を出す。




「……バイトの時間だ」




何もかも嫌味に感じられる。
そう思い始めたのはいつからだったか。
そんな昔話を頭の中で始めようとしてみても、時を刻む音に乗せられて見上げたその時刻は生活に必要な為であるにしても乗り気のしない行事の知らせだった。

その知らせを確認し、軽く身支度を整えたアミーは誰もいない部屋に向かって寂しく「いってきます」と声をかけると、扉を開けてゆっくりともう誰もRADの学生達が通らなくなった道を逆方向へ歩いていった。

















そしてお昼過ぎ。
悪魔達が勉学に励む筈のこのRADでは、自分への借金を返済させる為にもう何度目か分からない催促を一つ上の兄であるマモンにしているレビィの姿と、それに対して「はいはいいい子でちゅねー」とあまりにも馬鹿にして相手にしていないマモンの姿と。

…そして、このRADでは悪い意味で有名な1人の女性が椅子に座ってその話を聞いている様子だった。




「借りたお金は返さないと」


「あぁん?うるせェんだよ愚民が。お前如きがこの俺様に指図出来る立場だと思ってんのか?」


「愚民は同感だけどこいつの言う通り、借りた金は返せよこのクズ」


「にゃんだとー?!誰がクズだ!!カッコよくてクールで超モテモテのマモンお兄様と呼べ!!」


「破滅的に真逆過ぎて草通り越して森www」


「…ぶふっ、」


「うるせェェーッ!!!俺様は今虫の居所が悪いンだよ!!………わりとガチでどっか行け」




ある意味有名な1人の女性…それは、この魔界で権力を持っているディアボロ殿下が「交流」を目的とする為に考案した人間界からの留学生だった。
名を伊吹というが、悪魔達からすれば彼女は人間の為に、「ご飯」だと思われても何らおかしくはない存在なのだ。
それだけでなく中には「下等種族」だなんて思う悪魔達もいるのだから…かなり居心地は悪いだろうし、冷たくされるなんてことは珍しくも何ともない。




「「………」」


「……チッ、いいわ、俺がどっか行く。着いてくんなよ」




勿論それは、ディアボロ殿下と悪魔であるマモンやレビィ達の兄でもあるルシファーの指示で同じ屋根の下で暮らしていても、彼らからの扱いだってあまり変わりはないようなのだが…そんな関係なのにも関わらず、伊吹とレビィが顔を見合わせてしまうくらいには、マモンの様子が変だったのだ。

確かにいつも誰かに怒られたりからかわれたりして怒っていたり、ルシファーからお仕置をされて不貞腐れている時なんてよくあ……ほぼ毎日だが、それにしたって今のは、あまりにも醸し出している感情が強かった。

そんな彼の遠くなっていく背中を見つめ、一体どうしたのだろうかと伊吹が考えこもうとすれば、それよりも先に何かを察したのだろうレビィがぽん!と手を叩いて1人納得をし始めた。




「……あーそういうことか。流石俺」


「そういうことってどういうこと?」


「は?お前には関係ない……と、言いたいけど…待てよ…このままマモンの機嫌が治らなかったら俺は金を返してもらえないんじゃ……いや、それは困る…あと数日で数量限定の超激レアな花ルリたんの劇場版仕様のフィギュアが…!」


「あの、レビィ……?」


「しかも特典には花ルリたんからのメッセージ付きクリアポスターとフィギュアにピッタリなサイズのオリジナル防弾ケースが付いてくるから絶対に逃せないのに!!」


「防弾ケースって何…なんでフィギュアをそんな物から守る必要が…」


「あぁぁあうるさい!!兎に角!!兎に角だ!!善は急げ、俺に会いたがっている花ルリたんの為に!!お前に協力してもらうのはすっっっっごい癪だけど!!花ルリたんの為…そうだ!花ルリたんの為なら俺はどんな屈辱にも耐えてみせるよ!!ほらぼさっとしてないで早く着いてこいよこのノロマ!!」


「だから何がなんなの?!ちょ、待ってよー!!」




1人で納得をし始めたと思えばスラスラスラスラと出てくるよく分からないワードを物凄い早口で言葉にし、まるでこちらの事など気にもしていない…いや、実際に気にしていないのだろうが、そんなレビィと上手く会話を成り立たせることが出来ないまま、何故か伊吹はいつの間にか1人で何かの作戦を思いついていたらしいレビィに腕を掴まれてマモンが歩いていった逆の方向へと小走りで連れていかれてしまうのであった。

その時刻は……そう。
RAD内に響き渡る鐘の音が知らせる、学生には嬉しい筈の終業の頃だった。

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